1-4【それぞれの幕間】
夜が明ければ、また新しい朝が来る。
その自然の摂理は、どれだけ太陽が西から昇ろうが、魚が空を飛び鳥が海を泳ごうが、時計の針が左に回ろうが、亀に毛が、はたまた兎に角が生えようが、決して変わることはない。
そして、朝の訪れとともに人の営みは始まり、夜が来るまでそれは続けられ、また次の朝とともに新たな活力と生命に溢れた自分とともに、また営みが始まる。それもまた、誰の元にも変わりなく訪れる、この世界の永遠の真実である。
とはいえ、清々しいほどの朝とともに訪れる、人の目覚めというものは、あまり平等では無いようで…………。
ピピピ、ピピピピ…………。
「むあぁぁ~、うっぅ~……っ」
使い込まれたデジタル目覚まし時計の無機質な電子音が、少女を……八幡原有紗を眠りの沼から半ば乱暴に引き摺り出す。
重い瞼をどうにかこうにかこじ開けて、まだ疲労感が残る体に鞭打って、あぁ、もう朝か……と、まだ完全に機能を回復していないその手で、カーテンを思い切り引いて開くと、年頃の少女らしからぬ殺風景な白無垢の部屋に、燦々と太陽光が降り注ぐ。
日光には人間の体に活動開始時間の到来を告げる効果がある。それだけに今の有紗のように寝起きでボケボケ状態の脳には、朝日というものは異常なまでに染み渡るものだ。思わず、うっと呻き声すら漏らしてしまう。
「有紗! 起きなさい! もう脩君来てるわよ!?」
「あぁもう! すぐ下りるよ~!」
制服やら教科書やらをばたばたと準備しながら階段を駆け下りる。長い茶髪をツインテールに結わえ、コーンフレークとシーザーサラダ、そして熱い珈琲という、所謂“時間が無い時用”の朝食を、年頃の女子高校生のそれとはとても思えない速さでもって平らげ、行って来ますの挨拶もなしに慌しくリビングを飛び出し、無駄に重い玄関ドアを開け放つ。それが有紗の毎朝の営みだ。
そこに……玄関先にいた幼馴染の少年は、いつもと変わらぬ眼差しで、少女を静かに見つめていた。
「お……おはよ、脩」
有紗は努めて平静を、いつも通りの幼馴染を装う。
とはいえ曲がりなりにもざっと数えて一二年程の付き合いがある仲、互いのキャラクターというものなど、二人ともとっくの昔に把握済みだ。その場凌ぎの安っぽい嘘や誤魔化しなんてハナから効くはずもない。
分かっているのに、ついついこんなリアクションをしてしまうのは、未だ二人とも幼馴染からその先の関係を脱しきれていないからだろうか。
「……………………」
少年は何も答えない。幼馴染の少女がうっかり寝坊して先程まで登校の準備やら何やらでドタバタしていた事くらい、彼にもしあればの話だが……
少年はホンの小さな嘆息だけで総ての返答を済まし、くるりと向きを変え、いつもの駅へと歩を進める。当然有紗もその後を小走りで追っていく。それが二人の、今までもこれからも付かず離れず違いせずの関係を繰り返す幼馴染二人の日常だった。
八幡原有紗の家は東京都杉並区西荻南にある。西荻南は北に位置するJR中央本線西荻窪駅南口周辺に商店街が並び、その他の地域はほぼ全てが住宅地という、東京二十三区の中とはとても思えない閑静な地域だ。
休日ともなればそこかしこの公園や広場で子供や年配の人が、まだ日本では競技人口が少ない仏蘭西発祥のカーリングに似た球技・ペタンクに興じている光景が見受けられる他には、目立った観光スポット等はほとんどと言っていい程ない。
そんな西荻南のいつもの住宅地を抜け、いつもの商店街を通って、荻窪駅から学校へ向かう。
いつもの時間のいつもの黄色い電車。二人してそれに揺られて、変わり映えしない車窓風景とのったりした車内放送に思いを馳せながら、いつもの駅を目指すのが、二人の日常である。
東は千葉、西は三鷹を起点に、関東地方に住まう人々の重要な足の一つとなっているJR総武中央線。
そのJR総武中央線荻窪駅、二番・四番ホームから快速で二三分ほどかかって到着するのが、湯島から神田に至る土地である御茶ノ水だ。
文京区と千代田区を分かつように東西に神田川が流れ、明治大学や順天堂大学を筆頭とした多くの学校が競うように立ち並ぶ東京屈指の学園都市であり、神田明神や湯島聖堂といった外神田っ子達の信仰を集める施設や健康を守る病院などもこの場所に数多く存在している。
音楽、食、スポーツなどの多様な文化と教育や医療といった現代社会の重要セクションを、隙間なく一局集中させたような場所である御茶ノ水の有名な観光地の一つである東京復活大聖堂、通称ニコライ堂から徒歩四分程度の比較的広い敷地の中に、聖エミール学院はあった。
そして脩と有紗の姿も、この学校にあった。
都内屈指のお嬢様学校として名を馳せた私立聖エミール学院が男女共学となったのは、彼此三年くらい前……姫鶴脩と八幡原有紗が入学する一年前の事である。
聖エミールは、明治時代末期に英国国教会から派遣された宣教師により開校された
当時の強硬な男性優位社会に警鐘を鳴らし、この国の近代化を見据えた当時の創設者である英吉利人宣教師が、同じ人として生まれながら“女である”という理由にならない理由だけで兎角世間に爪弾かれがちだった女性達の成長を促そうと、外神田は神保町の一等地に立派な赤煉瓦の教会と白を基調とした大規模な学舎を拵えたのが始まり。
その後、広く全国から未来社会の荒波の只中へ漕ぎださんという気概溢れる婦女子達が、とりわけ名家や良家の御令嬢達が、続々とこの白亜の学び舎に集い、彼此数十年ほどかけて教育体制を作り上げたのが、今の聖エミールである。
教育方針は「与えるは受けるより幸福なり」、「歓ぶ人たちと共に歓び,泣く人たちと共に泣きなさい」という聖書の言葉がそのまま教育方針として採用されている。このあたりはミッションスクールの面目躍如といえるだろうか。
中等部と高等部が存在し、高等部は中等部からの内部進学と、所謂高校受験による選抜により選ばれた生徒を半々ずつ入学させているという、なかなかどうして画期的な進学システムを約五〇年程前から採用しており、その結果富める者も貧しき者もこの聖エミールの白亜の学び舎に集い、皆、共に励んだ。平等という創設者の願いは着実に叶いつつあったのだ。
とはいえ、政治、教育、芸能といったこの国の様々なセクションに数え切れないほどの卒業生を輩出した、百年をいうに超える歴史を持つこの伝統校も、やはり少子化に伴う生徒数激減の荒波に打ち勝つことは出来なかったか…………。
清く正しく美しいを重んじるステレオタイプの名門女子校の伝統を修復不可能なレベルまで捻じ曲げて、ようやく聖エミールを男女共学とする方針を固めたのが二年ほど前。
多少は時勢を見る目がある教職員勢と、黴臭い伝統に固執するガチガチ頭の当時の理事長、花園に雑草が混じる事に過剰な危機感を憶えた過激派の生徒会勢やPTAその他諸々の勢力との小競合いという名の軋轢という紆余曲折を経て、ほんの少数ではあるが、ようやく穢れを知らぬ女の園の聖エミールは男子を受け入れ、現在に至っているというワケである。
聖エミールの制服は、女子が白を基調、上着の襟と膝丈のプリーツスカートは
共学に移行するにあたって考案された男子の詰襟の制服は女子と同じく白の上衣とスラックス、立襟の上衣には袖口、襟元及びボタンがない前合せの部分に女子のスカート及び襟と同じく洋紅のラインが入る。白という膨張色の筆頭のようなカラーをメインにしながらも引き締まった印象を与えるそのデザインは東京二十三区でも指折りの学園都市である御茶ノ水の住人達はおろか、コアな制服マニアからも、一際畏敬の眼差しが絶えないそれであった。
生徒一人一人が自身の規律を定めてそれを守りぬくべしという理念から、聖エミールはスカートの丈や髪の色に至るまで生徒の判断に委ねられているという、元名門女子校、偏差値は六三と上の下、加えてプロテスタント系のミッションスクールとはとても思えない緩やかな校風の学校である。もっともこの風潮はそれこそ、二年前に男女共学となったその時から顕著になってきたそれではあるのだが。
クラスは一学年にそれぞれ花、月、風、夢、雪の五クラス。姫鶴脩は二年月組、八幡原有紗は二年花組に所属している。
明治時代から続く伝統ある進学校とはいえ、あくまで生徒一人一人の自立を重んじるという校風の中で、自分達が個人の思想や方針を細かく定めて雁字搦めにしては本末転倒だという創始者の考え方からか、聖エミールの校則は比較的緩い部類に入る。禁止されているのは夜間のアルバイトや飲酒及び喫煙やゲーム機等の娯楽用品の校内持ち込みくらいである。そんな緩い校則さえも積極的に破る剛毅な生徒は殆どいないが。
まぁ、そんなこんなで聖エミールという高等学校は、学園都市・御茶ノ水という土地にただたくさんある珍しくも何ともない高等学校のただ一つとして、こうして今尚若人達と共にあり続けているのである。
「ねぇねぇ有紗! 今朝のニュース見た!? 見たよね~!!」
二年花組の教室の隅からやたらと軽い、しかし勢いのある声が響く。
「何よ紗己。いつもの事だけど、朝からテンション高すぎ」
始業前だというのに、分厚い今日の朝刊を手にそれこそ口角泡を飛ばす勢いを持ったクラスメイトの少女に気圧され、有紗は苦笑を浮かべていた。波打ったメイプルのセミロングの髪を持った、聖エミールマスメディア研究会に所属する
三度の飯より世間の噂が好きで、それが高じてマスメディア研究会(いわゆる新聞部)にその身を置いている紗己。たまの休日ともなれば面白い噂話や都市伝説を求めて西へ東へ駆け回っている筋金入りの都市伝説ハンターである彼女、今日はいつも以上に心揺さぶられる事件の噂を嗅ぎ付けたのだろう、その挙動にはいつも以上に有無を言わさない勢いがあった。
「知らないの? 最近噂の人間荷電粒子砲。ここ最近東京中の悪い奴ぶっ飛ばしまくってる噂のアイツだよ~! こないだあの暴走族の弩羅厳会を壊滅させたアイツがさ、今度は闇金融ハッピーライフのドンを消し飛ばしたんだって!!」
「えぇっ、いつそんな事があったの? ていうか何よ人間荷電粒子砲って!?」
「ちょちょちょっ! 何よ有紗まさか本気で知らないわけ? 若い子だったら皆知ってるんだよ? それにいつそんな事って……つい昨日の事だよ?」
ずい、と紗己はその手の朝刊を有紗に突きつける。一面の見出しには『ヤミ金融経営者殺害さる』とバッチリ書かれていた。
有紗は普段から早起きというものが出来ない為か、朝のニュースや新聞は基本的に見ていない。しかも放課後たまにテレビをつけても殆どアニメしか見ないので、兎角世間の出来事には疎いのだ。
尤も世間で言うところの所謂オタク少女である有紗自身、周囲の流行を積極的に追っかけたり時事問題にアンテナを張ったりするという事はまずなく、ただ只管我が道を行く感じの二次コン女子なので、例え周囲と話が合わなくとも別段気にも留めないが。端的に言ってしまえば、自分に深く関わりがない事柄には然程関心を示さないのが有紗である。
しかし、そんな有紗の中で一つの語句が引っ掛かった。
(人間荷電粒子砲?)
荷電粒子砲。現代科学に関してはとんと無知な有紗でも、名前だけなら知っていた。確かサイエンス・フィクションによく出てくるレーザー兵器の亜種というべき武器の一つだ。アルファ線やら電子イオンといった、一般的に荷電粒子と呼ばれる物質に加速器とか電磁石とかいった装置を使って加速、高速で射出し、目標を木端微塵に破壊してしまうというとんでもない兵器である。
現実でも荷電レーザーとかいって半導体の製造とか放射線治療の分野とかで広くこの技術が使われていると聞いているが、エネルギーの確保とか加速器の小型化とか容易には解決できない様々な問題があって、肝心のフィクションに登場する荷電粒子砲は未だ実現できていない、というよりまずできないというのが現状だ。
だからこそ、その人間荷電粒子砲の噂は、根っからの噂好きである紗己の琴線に触れるそれであったらしい。携行レベルの加速器を備えた荷電粒子砲を持った人間が、暴走族や闇金融といった人に害なす悪を斃して回っている。
漫画とかでよくある話、もっと言ってしまえばありえない話だが、それが現実に噂になって紗己の元にも届いているのだ。この手のエキサイティングな、所謂ありえない話に紗己という少女が飛びつかないわけがないのである。
「はぁあ~あ。有紗ってそう言うところあるよねぇ? どっか色々疎いっていうかアンテナ弱いっていうかさぁ」
「何よそれ~。そんな事ないよ、私の場合はちょこーっとだけ一般人とベクトルがズレてるってだけで」
「もう。レーザーとかミサイルとか、有紗だったら絶対飛びついてくるだろうなぁって思ったんだけどなぁ! だってカッコいいじゃん、ビーム兵器で悪い奴をどっかーんとかずっきゅーんってな感じで薙ぎ倒してくってさぁ。あ~あ、前に追っかけてたアレ。どっかの遺跡から発掘された伝説の剣! あのデマ流した奴もソイツが消し飛ばしてくんないかなぁ~……」
「うん。私はアレかな~、イベント前に徹夜で並んでる奴とか可愛い娘を盗撮する奴とか! そして何より全リア充とか!!」
「あ~! 有紗の中だったらそうだよね~! 納得納得!!」
……女子高校生の、しかも元名門校の生徒のそれとはとても思えない過激なガールズトークが花組の一角で展開されている。
「紗己。でもなんでまた今になってそんな噂を?」
「いやぁ~、ウチのマス研の話なんだけど。こないだのアンケートで“記事がマンネリで面白味がない”とか書かれちゃってさぁ。新コーナー考えようって部長が息巻いてんのよ。んで、アタシの方でもグッとくるネタ探さなきゃなって思ってさ。ま、好きこそものの上手なれってヤツよ」
「へぇ~、なら大いに楽しみにしなくちゃね」
「でしょ! ま、期待しててよ。次号のエミタイはすっごいのを約束するし、アタシも次の漫研の部誌楽しみにしてるからさぁ」
共通点らしい共通点は多くなくていい。それだけで自分達は上手くいくと、有紗は改めて実感する。そうこうしているうちに始業のチャイムが鳴り、いつもの日常が始まる。
……紗己が言うところの好きこそものの上手なれについて有紗は深く言及しないでおいた。
二年月組の窓際、一番前。それが姫鶴脩の席だ。脩は授業の合間の休み時間はそこにボンヤリと座り、窓から映る景色を眺めて過ごしているのが普通である。
窓の外に映るのは戦前から古書店が多く立ち並ぶ神保町の街並み、そこを行き交う人々、校門前の大理石製の噴水と聖母マリア像、今はすっかり枝を若葉で埋め尽くされた桜並木。
入学した頃は、そしてつい数ヶ月前まではそこはまさに百花斉放という言葉がピッタリ合うほどの桃色で彩られていた。まるで脩が入学する以前の、穢れを知らないお嬢様学校だった頃のエミールのそれに似ている。
長い長い歴史と伝統。それを捻じ曲げてエミールは男子という穢れを許容し、受け入れた。その歴史を考えると、もう一つ思い浮かべてしまう事がある。
形が人のそれと変わらないとはいえ、脩は普通の人間ではない。その身体に人と異なる機能を備えた生き物だ。無地の布の片隅にうっかりついてしまった染みと何ら変わりない異質な存在だ。ホンの少し、何かきっかけがあれば、自分のような存在は排除の対象になるかもしれない。今こうして普通の人間と変わらない暮らしが出来るのは、自分の“機能”を周囲に隠しているからに他ならない。
だがどれほど時間がかかっても、今の居場所であるエミールがそうだったように、いつか自分のようなものを世界が受け入れる事を……自分のような存在が隣にいても気に止めないような人間が現れる事を、脩は願ってやまない。そう願わなければやっていられない…………。
「う~い、姫鶴~」
背後からの軽薄な男の声が脩の思考を強制的にシャットダウンする。すっと声の方向を向いた脩の口からはぁ、と嘆息が漏れた。
クラスメイトの
例えて言うなら、脩の中学時代の自称舎弟である矢代光吉に人並み以上の学力を足して多少の調子の良さを掛けて三で割ったら二余った、という感じの男である。
「大層なご挨拶だなオイ! いきなり人のツラ見るなりため息とかよぉ」
「……ほかにいい挨拶が思いつかない」
「はぁ~、どうしてお前はこうつれないかなぁ~、お互いここじゃあ同じ
「少数派と男子を強引に結びつけるな。あとお前の場合、さっきの言葉は彼方此方間違ってるぜ。頭から
典型的腐女子の幼馴染や未だに普段何を考えているかまるで分からない黒い少女など、数多の人間離れした人間と接してきた脩も、流石にこの崇介という男は相手にしづらい。三年前まで女子校だった聖エミールは当然のように女子の比率の方が高く、数少ない男子生徒はどうしても埋もれがちになる傾向がある。事実、生徒会はもとより全ての委員会のトップは女子生徒で占められている。別にお嬢様学校時代の名残で校内に女尊男卑が根差しているというわけではないのだが。
そんな数少ない男子生徒同士、クラスメイト、しかも席は前後で隣同士という事もあって、脩と崇介の付き合いはそれこそ入学時から続いている。共通点は沢山あるが、脩と崇介のキャラクターは誰から見ても真逆のそれだ。
人あたりはいいが兎角お調子者で、学年を問わずどんな女子にも声を掛けるいい加減な男である崇介を脩は苦々しく思っていた。何度撃沈しても全く懲りない崇介に呆れ、次こそはと明後日の方向への努力を止めない崇介に辟易しながらも、そんな彼を何故か脩は嫌いになれない。変人という評価は変わらないものの。
とはいえ……“どうして自分の周りにはまともな奴がいないんだ”という嘆きを、脩は敢えて口にしないでおいた。
「で、有紗ちゃんとはどこまでいったんだオイ?」
「……いってない。まだ現状維持だ」
「かぁ~ッ、ったくそれでも男か姫鶴よぉ? ここは元名門お嬢様学校の聖エミールだぜ? 男にとっちゃあまさに宝の山、いや桃源郷だな。出会って恋をして最後に“あ~ん”な事する相手にゃ困らねぇだろよ?」
「ならどうして今日まで連戦連敗してやがんだ、羽車」
冷徹な脩の返しに崇介は完全に硬直する。そこそこイケメンの部類に入り成績も比較的優秀、人あたりもいいのにイマイチモテない崇介。その原因が脩に対する下らないトークに集約されているという事に、羽車崇介という男はホンの少しも気付いていないと思われる。
「ふっふっふっ、確かに俺は今まで負け続けてきた。だが……その記録も次でストップだ」
唐突に真面目な顔になる崇介。その少しも似合ってない真剣そのものな表情を見つめる脩。
「聞いて驚くなよ、いや驚けよ? 俺さぁ、今度の中間試験で十位以内に入ったら、三年の茴香先輩に告は…………」
「それぐらいにしろ」
回避できるのはそれこそ
「たは~! 容赦ねぇなぁ姫鶴よぉ…………」
先程までの真剣な崇介の顔は、あっけなく哀しみで崩壊した。無論脩にはこれっぽっちも罪悪感などない。聖エミールの大多数の女子生徒から“お姉さま”と慕われる茴香先輩とステレオタイプの残念なイケメンである崇介では、両者が釣り合う筈など天地が数回ひっくり返ってもある訳がない(ちなみに有紗は茴香先輩をお姉さまとは呼ばない、念の為)。
園芸部のOGである
現在の生徒会長ですら、聖エミールの女子生徒の評価は総じて“お姉さまの飼い犬”という有様だ。それだけ今尚茴香愛海という生徒の存在感は絶大そのものなのである。
「まっ、まぁ、それはともかく。姫鶴~、お前今のままでいいのかよ? 俺たちゃ思春期、ヤリたい盛りの健全な男子だぜ? 有紗ちゃんと今まで通りズルズル幼馴染の関係を続けるのが悪い事だとは言わねぇけどよぉ、この際ガールフレンドの一人や二人作らねぇと、これからの人生つまんねぇぞ?」
「……そこまで行けないテメェが言えたタマかよ」
「だ~か~らぁ、俺もお前もこうしちゃいられねぇぜって言ってんだよ。たとえあの茴香先輩は無理でも、近場でも結構いい感じの奴がいるもんだぜ? 例えば……」
崇介の視線の先には長い緑髪の少女。休み時間にも関わらず自分の席から動く事無く、かと言って鞄から文庫本などを取り出して読むわけでもなく、暗い表情のままじっと俯いて動かない。
「雀ケ森がどうかしたか」
飼育委員の雀ケ
「ここだけの話、夢生って結構男子からは人気なんだぜ? なんつーの、守ってやりたいオーラってのを感じるっていうのかな…………そんなモンなんだよ、まぁ所謂“絶滅危惧種”的なモンだ」
「成る程。あの憂いを帯びた雰囲気がソソると言いたいわけだ」
「何だよ分かってんじゃねぇか。なら話は早…………」
「姫鶴…………君」
先程まで話題の中心にしていた夢生本人がいつの間にかすぐ傍まで来ていたので、崇介は飛び上がって驚いた。美人にカテゴライズ出来るルックスではあるが、この夢生という少女からは、いつもどこか暗い影が拭えない印象がある。苛めなどがあれば真っ先にターゲットになりそうな感じだが、お姉さまこと茴香先輩及びその取り巻き達の厳しい目があるため、聖エミール内ではそうした問題は現在まで全く目撃されていない。
すぐにでも掻き消えてしまいそうな希薄な声とともに夢生は懐から何かを取り出し、脩の机にそっと置く。真白な手のひらサイズの紙の塊……二週間くらい前に脩が夢生に貸した小説だ。
「これ……この、前の。有難う……面白、かった」
「……そいつぁ、よかったよ」
気恥かしそうな夢生の言に、脩は蛋白に“よかった”とだけ返す。文庫本が真白だったのは、夢生にはわざわざ本のカバーを外し、それをそのまま裏返してから掛け直す癖があるからだ。
「なあ、夢生ちゃん。なんで本のカバーをわざわざ裏返して…………」
全て言い終わるその前に脩の貫手打ちが崇介の人中を綺麗に捉えていた。威力次第では確実に死命を制するその部位に打突を喰らった崇介はそのままもんどり打って倒れ、床を転げまわる。
「…………お前は何故自分がモテないか考えた事があんのか」
答えは先程までの彼の言動で明白ではあるが。幾ら秀才といえども、授業の成績と一人の人間としての知能は、決して比例はしないらしい。
「その……よかったら、また…………本、貸して、ね」
「…………あぁ」
本を借りたいなら図書館に行けばいいだろう、と突き放すような言はしないでおいた。夢生が、崇介が、そして有紗がいるから、自分は自分でいられると脩は思っている。そいつらを無碍に扱う事は、脩にはどうしても出来なかった。
姫鶴脩という少年は本来、人と交わるべき存在ではない。
彼は本来、人ではなく、一個の大量破壊兵器でしかない。
もし、だ。自分の持つ全てが、白日のもとに晒されたらどうなるか。恐らく自分はきっと世界そのものから今度こそ、爪弾かれる。
意思を持った兵器が、人間社会に入り込み、彼等彼女等とともに存在している。そんなSFのような現実を容易く許容するほど、人間の思考と言うものは柔軟ではない。今ここに存在するこの確かな事実を曲げる事は困難どころか、不可能に限りなく近い…………。
その時がいつだったかは忘れたが、はっきりと脩はひとつだけ、悟っている。
一人の人間として平穏無事な生活を送る。この酷く有触れた当たり前の願いは、しかし同時に人にとって、あまりに贅沢な願いだと。だからこそ人は、その遠い願いを追い続けるのだと。
少なくとも、姫鶴脩という少年にとって、その願いは遠く果てしなく……それでも、彼は願いを追うのをやめない。
自分と確かな繋がりを持つ誰かが、すぐ近くにいる限り…………。
そうこうしているうちにチャイムが鳴り、またいつもの一日が続いていく。
「たかが三流マスコミ如きに、一体お前等は何を手こずっているんだ!!」
夜もすっかり更けた都内の高級住宅街の一角。その静寂を聞くに堪えないダミ声が暴力的に破った。
庭山、植木、水琴窟と鹿威しというステレオタイプの日本庭園。そこに響いたのは都立天海高校校長、
一端に高等学校の校長としての見栄のつもりか、シャープな濃紺の
ごついその手に携帯電話を握り締め、その醜い顔を怒りで赤く染め、唾を散弾の如く飛ばしながら、向こうで困惑しているであろう部下の教師を激しく、口汚く叱咤している。
『す、すいません校長! 自分が至らないばっかりに……』
「お前、そのセリフ何度目だ! どうせクズの米田がやらかしたアレが漏れました、どうしましょうって事だろう!! 何度も朝礼で口酸っぱくして言ってんのに分かってないとかどういうつもりだ!!」
『し……しっ、しかし!』
「いいか! あのクズの米田憲太郎は初めからウチの学校に在籍などしていないって事でいいって、この俺が何回言ったと思っているんだ!!」
『そ、そんな無茶苦茶な……そんな事したらまたうちの学校が叩かれ…………』
「もういい! あれしきの奴等を処理できないんじゃ今日限り貴様はクビだァ! 当然退職金は今までの俺への迷惑料として全額没収だからそのつもりでいろっ!!」
最後の最後まで聞くに堪えない火を吹くような罵声を吐き放題吐いて、山丘は通話を乱暴に切った。
「ったく、どいつもこいつもゴミばっかだ…………」
一本数千円は下らない愛用の高級葉巻に火を点け、山丘はそう毒づいた。その根っこから腐った腹の内が紫煙に乗って、星の見えない夜空へ消えてゆく。
小器、卑劣、守銭奴、冷酷非情という、人に好かれる要素は皆無と言い切っていいその穢いキャラクターをそっくりそのまま具現化したような醜い容姿と耳障りな声を持つこの山丘雄造という校長、当然生徒や部下の教職員からの評判はすこぶる悪かった。
だが仮にも天海という都立高校の校長の身分を持つ身、良くも悪くもやり手の男である。ゴタ消しの手腕だけならそれなりに定評があった。
五年ほど前に天海の校長に就任した時から、山丘はその権力をまさにフル活用して自分に反対する部下の教員や気に食わない生徒その他を、手段を選ばず社会的に抹殺してきた。そのくせ教育委員会その他を始めとする目上の勢力には徹底的に媚へつらい、立派な校長先生を演じ続け、その腹の底では彼奴等に中指を突き上げて、額に青筋を浮かべながら、“今に見ていろ”とあまりに的外れな敵意を隠そうともしなかった。
人間として根が只管ワンマンな上、人並み以上に欲深い山丘だ。都立のイチ高校のイチ校長という身分だけで満足する事など出来るはずもない。
今いるこの校長の椅子も彼にとっては将来政治や官僚の世界に踏み入って、もっともっと贅沢な暮らしを得るための足がかりでしかない。その為にはいつもいつも偉そうな、歳ばかり無駄に喰った教育委員会の老害連中に、自分は十分に信頼のおける人間であるという事を十分過ぎる程アピールしなければならないのだ。
かつて天海に確かに学籍を置いていた米田憲太郎という生徒は、そんな山丘にとってはただ目障りなだけの存在だった。
勉強は出来ない、運動も言わずもがな、見てくれも悪い、まさに苛めの格好の的とである生徒。そいつのせいで一時期、都の教育委員会の天海高校に対する評価は、それこそ落ちるところまで落ちた。彼奴等の嘲りの目を山丘は本気で恐れた。
教育委員会という身内レベルの評価でこれなのだ。もし自分が校長を務める天海で苛めなどというものがある事がマスコミにでも露見すれば、それはそのまま今いる校長としての立場が大いに揺らいでしまう事は火を見るより明らかな事。
人の口に容易に戸を立てられない今の時勢ではそのままこの騒ぎはどこまでも大きくなっていくだろうし、そうなればPTAや
不出来な生徒がいれば自分の地位や給料が上がらない。最悪失職だって十分考えられる。そうなると自分の将来の夢もそのまま瓦解してしまうのは目に見えている。
それに米田憲太郎のような劣等生が一人でもいれば、そいつが感染源となってそれこそリバーシの駒を白から黒に返すがごとく他の生徒も堕落していく。それはまさに天海高校全体の堕落であり、今の校長の椅子、そしてそこから広がる未来の地位の危機だ。
そんな山丘にとって米田憲太郎はまさに、ただ一つあるだけで周囲の果実をも悉く腐らす、まさに腐った林檎でしかなかった。
そして何より、山丘雄造という男は、米田のような社会的弱者が大、大、大嫌いなのだ。
世間一般で言う団塊世代に分類され、大規模商社の営業マンを経て今の校長の椅子を得るまでにバブル景気、そしてその崩壊後の怒涛の時代を生き抜いてきた山丘にとって競争は日常であり、その社会は弱肉強食、勝てば官軍という言葉が平然と罷り通るところであった。
ルールという言葉はそこにはなく、卑劣な手段と呼ばれる全てが許されるその世界で、自分がそうなるのを恐れて徹底的にライバルを攻め立て、隙を伺い陥れ、無いに等しいプライドをかなぐり捨てて強者に媚び諂い、それを積み重ねて今の地位を得た。強者が勝って弱者が負ける、それが山丘にとっての当たり前だった。
だからこそ山丘は、仮にも学校の校長という大層な身分でありながら、自分の学校の中で所謂虐めの標的とされている生徒を、徹底的に攻撃した。山丘にとって苛めを受ける者や校内暴力に走る学校生活の中での敗北者、つまり弱者は、生きる力も知恵もまるっきり持ち合わせない、まさに害虫以下の存在でしかない。
害虫は害虫らしく踏み潰されるなり薬を撒かれるなりして根絶やしにでもなればいいというのが山丘の考え方だった。
故に山丘雄造は、自分のあの行いを省みる事はない。
米田憲太郎を自分の学校から強制退学という手段で叩き出した事に何の躊躇いも感じていない。自らの行いを善と信じて疑わない。山丘にとって米田は目障りな目の上のタンコブでしかない。
米田といえば、あの苛めグループの一団もそうだ。全国的に見ても軒並み偏差値の低い天海高校の中でも学年順位は下から数えた方が早く、取り柄といえばただ喧嘩が強いだけ、大学入学なんて夢のまた夢という全宇宙レベルの莫迦どもだ。しかも一端に欲望だけは一人前にあるのだから、とことん救いようがない。
ならば、たとえそれが校則や、ひいては法律に違反することであろうが、そいつらは喉から手が出るほど欲しいであろう推薦入学をチラつかせてやればどのようなことでもするだろう。彼奴等は物事の善悪の判断すらろくすっぽつかない脳足りんばかりなのだから。
恙無く社会に出たところで、大して奴等が世間に貢献できない事は目に見えている。そんな役立たずどもと同じ空気を吸うだけでも反吐が出るというものだ。
だから、やった。こちらは一切手を汚すことなく、学校内へのトルエン持ち込み事件をでっち上げて、米田をその犯人に仕立て上げて、強制退学という形で天海から叩き出す為のネタを仕込んだのだ。
トルエンはあの苛めグループの奴等に、推薦入学を餌にして渋谷を根城にする売人から調達させ、予めマスターキーで開けた米田のロッカーに仕込ませた。当然山丘は推薦入学を保証する気などさらさら無い。事が済んだ後で奴等も米田同様に何某かの校則違反をでっち上げて叩き出してやるだけだ。
……さて、あの莫迦どもの処理はどんな形でしてやるか。折角だからどうせ将来なんてない奴等、思いっ切り絶望させてから捨ててやろう……そう考えながら山丘は葉巻を燻らせ続けた。
(……………………何だ!?)
不意に、山岡の背中を、冷たい何かが駆け抜ける感覚が襲った。聞こえてくるのは無数の息遣い。だがそれも所謂人のそれとは明らかに違う、悪臭と粘性に満ちた海のヘドロのようなそれに似た、混濁たる息遣い。
“誰かがいる”。
ハッキリしたそれかそれとも曖昧なそれかすら分からない、ただ漠然と“誰かがいる”という感覚。大人か、子供か、男か、女か、それすら全く分からない。取敢えず分かるのは複数人、誰かがいるという事だけだ。
見えるのはただ影。しかも複数人の影。顔すら見えないその影達に山丘はただ怯える。しばらくしてその影を二つに分かちながら……さながらモーセの十戒のワンシーンのごとく、黒く歪んだ一人の男が下卑た笑顔とともにボンヤリと姿を現す。
「だ、誰、だ、お前は…………」
「はぁ? 僕を忘れたとか、校長…………あんた、マジで痴呆ですかァ?」
今は殆ど使われない嘲りの言葉。その声色に山丘は憶えがあった。
「よ、米田……米田なのか…………っ?」
低い身長、茸のような御河童頭、歪んだ顔に黒縁眼鏡……間違いなく、自分が卑劣な手段を弄して学校から叩き出した米田憲太郎その人だった。
「こうしてはっきり顔見せないと思い出せないとか……マジでボケ老人十歩奥だよ、オマエ」
鬱積した感情を吐き出すがごとく山丘を嘲る米田。目を凝らすと米田の周囲の影たちは皆例外なく米田の前に跪き、その頭を垂れている……家来が王にそうするかのように。
信じられない。これがあの米田憲太郎だというのか。成績はどん底で運動もロクにできなくて、顔も体もひたすら醜い。意志が弱く何をするにもトロい。
虐めの対象として相応しすぎるほど相応しい人間であり、ただそこにいるだけで他の健全な生徒も堕落させる天海高校のゴミ。そんな奴を、いや、そんなゴミを退学という形で捨てる事に躊躇いなんてなかった。
そんなゴミが、これだけの数の人間を平伏させている。自分には部下の教師や生徒のただの一人もそうしなかったのに!!
米田憲太郎の、深い深い嘲りが込められた笑顔。完全に勝利を確信した人間特有の不敵な、醜すぎる笑顔が自分に向けられている意味を必死に理解しようと山丘は努める。
「見えてるか? 分かってるか? この耄碌ジジイ。これが僕とお前の、天才と莫迦の違いだよ。あぁ、莫迦じゃあその違いなんて理解できる筈ないしできないから莫迦なのか……こりゃ失礼」
「米田ァ!! お前っ……お前、こんな事してただで済むと思ってるのか……ッ!」
「はぁ? 口を慎めよ老害。まぁ一つだけ、僕の望みだってのはしっかり教えてやるから有り難く思えよな」
憲太郎の口元に、醜い笑いがさらに深く刻まれる。
「そうだね。……死んでくんない?」
「あ、あぁ、あぁぁぁぁあぁぁぁあぁぁぁぁ…………」
「ま、端的に言っちゃえばお前、死刑って事」
「ふっ、ふふ、ふざけるなっ! 警察を……警察を呼ぶぞっ!!」
切羽詰った状況に、ついに山丘は伝家の宝刀を抜く。そうだ……相手が誰だろうとこれは立派な不法侵入だ。ここが自分の敷地である以上、優位は明らかにこちらにある。
山丘は、背広のポケットから携帯電話を取り出そうとして…………目を見開く。
先程まで影しか……輪郭しかその目に見えなかった集団がはっきりと、米田の背後にその姿を現したからだ。土気色に薄汚く変色した肌。だらしなく開かれ、濃い涎が垂れる口元。ロクロク焦点の定まっていない瞳。老いも若きも男も女も皆同じ、獣の如き形相で、ホンの僅かな隙間もなく、山丘を取り囲んでいた。
気がついたら既に山丘の背後にも、集団のうちの何名かが立っていて……両の腕と脚が彼等により、固く拘束されていた。いつの間に、と疑問を持つ間もないままに。
「なっ、何を、する……気だ、米田!!」
言うに事欠いて山丘が発したのは陳腐な問い。意志薄弱で成績不振で、それ故に苛めを受けるようなゴミと認定した少年に謝罪し命乞いをする事は、彼の中のあまりにちっぽけなプライドが許さなかった。
「はンアァ!? 何をするって…………いい大人なんだからそれぐらい察せよ、ド畜生。それとも今からお前の罪状を一から十まで述べてやったっていいんだよ?」
米田の冷徹な笑が一層鋭く、深くなる。それを待っていたかのように米田を囲む集団の中でも一際屈強な男が、山丘の前に進み出る。
心臓が早鐘の如く脈打ち、冷や汗が止めど無く流れ出るのを……自分が死の恐怖に怯えるのを、はっきり山丘は感じている。
「って言うか、はっきり言った筈だよ。お前は死刑だって」
……その淡々とした米田の言が最後通告……いや、執行の合図だった。
「――――――――――――――――!!」
高々と上げられた大男の右腕が山丘の禿げ頭に振り下ろされる。慈悲も躊躇いも何もない強烈な一撃により……人間の腕でこのような事が出来るのか……とにかく、山丘の薄ら禿げな頭部はほぼ真っ二つに裂け、その様はさながら割れた柘榴のようであった。
司令塔を失い、すぐにでも大の字に倒れ伏すであろう胴体は、ふらふらしたそれであるがまだ二本足でその場に立っている。非情にも大男は先程叩き割った山丘の頭部の裂け目に分厚い木の板を…………山丘が赦されざる者である印を、深々と突き立てる。
最後に米田の蹴り足が山丘を小突き、ようやく山丘の体は庭園に屈服し、ふらつきも止まった。かつての母校の校長の無様な姿を睥睨しながら、邪術師は醜悪に笑う。
…………ここに、天海高校校長、山丘雄造の人生は終わった。
後に残った山丘の残骸は何処ともなく消え失せ、邪術師とその奴隷たる者達の集団もまた、跡形もなく消えた。
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