第40話 覚醒
腹部の激痛で祐未は意識を取り戻した。ルーサーに吹っ飛ばされてからの記憶がない。体を動かそうとすると頭と腹部に激痛が走る。思わず身をよじり、腕が拘束されていることに気づいた。
「ぐぅっ……!」
腹から血が出ていくのがわかる。服が濡れて肌に張り付きひどく不快だった。ルーサーは裏切り者だったから拘束されているのは当然の流れだろう。アレックスも捕まっているのだろうか。痛む首を無理やり動かして周囲を見渡す。視界の隅でなにかが動いた。
男が1人吹っ飛び、轟音とともに壁に叩きつけられる。隅のほうでルーサーが銃を構え、床に座り込んでいた。
スタンレーと男が1人、血溜まりの中に倒れている。
壁に叩きつけられた男の目の前に仁王立ちする影が一つ。
「……アレ、ックス……?」
ドアの向こうからバタバタと足音が聞こえてきた。騒ぎを聞きつけて残りの敵がやってきたのだろう。
「目が覚めたかい、祐未。傷が少し深いから大人しくしていたまえ」
金色の髪、赤っぽい肌、作戦用のボディーアーマーとタクティカルベスト。変った様子はない。これだけなら。
「君は私が必ず助ける!」
振り向いて祐未を見据えたアレックスの目はいつものアクアブルーではなかった。
血を思わせる深紅。
一瞬テオを思い出した祐未は、すぐに強化状態になった自分を思い浮かべて言葉を失う。ここにウイルスはないはずだし、ウイルスに感染したら髪も肌も白くなってしまうはずだ。
「私がヒーロー、君がヒロイン! なんの問題もない!」
扉を蹴破って武装した男が数人入ってくる。銃を構えた敵相手にアレックスは生身で応戦した。男2人の頭を掴んで床にたたきつけ、力の抜けた腕からマシンガンを二挺奪い取る。そのマシンガンを残りの敵に打ち込んだあと、まだのたうち回っている敵を見つけて腹部を蹴りつけた。蹴られた男の腹に穴があく。比喩ではなく血をぶちまけた死体を見て、祐未はアレックスの身体能力が向上していることを悟った。
部屋の端に座り込んでいたルーサーが悲鳴のような声をあげる。
「アレックス、お前っ……なんだよそれ!」
赤い目をしたアレックスが彼を見た。
「……さあ? ただ、こんなに自由に体が動くのは初めての経験だよ」
「てめぇまで、化け物になったのかよ! くそっ!」
ルーサーがアレックスに銃を向け、彼は赤くなった目を悲しげに細めて足を動かした。
仲間だったはずの男の首がパンッ、と軽い音を立てて飛び跳ね、地面に落ちる。アレックスは少し顔を伏せて
「残念だよルーサー」
と呟いた。
彼はそれからすぐ倒れているスタンレーに駆け寄り、傷が痛まないようにそっと抱き起こす。まだ微かに息があるようだった。
「大丈夫ですか、ブラックストン大佐」
「あ、ああ……ダメだな。もうすぐ……さすがにそれくらいはわかる……」
「……大佐、非常に……残念です……」
「そうかね……?」
スタンレーの肩口からドクドクと血が流れ出ている。その血でアレックスの手や腕が汚れた。
首を傾げたスタンレーが擦れた視界でアレックスを捉える。
「君の顔はこのうえなく嬉しそうに笑っているが」
意識がもうろうとしている祐未は彼が何をいっているのかよく解らなかった。少しの沈黙ののち、スタンレーは
「ああ」
と得心いったように息を吐き出し、笑う。
「私と戦えないのが残念ということか」
随分とクレイジーな番犬だな。
そう言ったきりスタンレーの声は途切れ、アレックスがそっと彼の体を床に横たえる。
赤い目をしたままの男が囁くように呟いた。
「……そう、見えるのですか……?」
当然返事は返ってこない。
数秒スタンレーの死体を見詰めていたアレックスがやがてふっと顔をあげ、祐未の無事を確認する。立ち上がった彼が周囲を見渡して眉をひそめた。
「……ファーディナンドは、どこだ……?」
壁に叩きつけられて動かなくなっていたはずの敵がいつのまにか微かな血痕を残し消えていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます