第38話 反乱その2
頭に鈍い痛みを感じてアレックスが目を開ける。体は椅子に座った状態で背もたれの部分に手首を縛り付けられていた。ゆるりと視線を横に移す。自分と同じような状態で祐未が座っていた。ただしアレックスと違い意識は戻っていない。緊急手当ては受けたようだが気絶しているようだ。
「祐未っ……!!」
身動きした拍子にガタン、と椅子が動いた。祐未の返事はない。アレックスの体もそれ以上動かなかった。
「気がついたようだね。ラドフォード大尉」
聞き覚えのある声が聞こえてアレックスは前を向いた。目の前にスタンレーが立っていて、その横にはルーサーが銃を持って立っている。
捕らえられて早々"ラスボス"にお目見えできるとは思っていなかったアレックスは一瞬目を見開いてスタンレーを見るも、すぐ元上官を睨み付ける。
スタンレーはそんなアレックスの対応を気にしていないようで近くにあった椅子を引き寄せ、背もたれに腕を置く形でまたがるように腰かけた。
祐未は相変わらず目覚める気配がない。
「……2年前のゲリラ殲滅戦、覚えているか?」
アレックスは身じろぎして拘束から逃げ出せないものかと試してみたがそうそう甘くはない。スタンレーの質問には答えず、無言で男を睨み付けた。
元上官はアレックスの目をまっすぐに見据える。彼はどこか懐かしむような口調で言葉を紡いだ。
「あの時の君と……祐未君といったかな? 彼女の活躍には感謝しているんだ。被害を最小限に抑えられた。指揮官だった私はどこまでも無能で、君たちがいなければもっと沢山の部下を無意味に死なせてしまうところだったよ」
アレックスはスタンレーを睨み付けたままゆっくりと口を開いた。
「貴方は……有能な指揮官でした。2年前、貴方の下で働けたことを、私は誇りに思っていた」
「ありがとう、アレックス」
スタンレーが椅子から立ち上がりアレックスに歩み寄る。なにをするのかと警戒していた彼の前にしゃがむ形でスタンレーが目線を会わせてくる。
「君も仲間を失って悔しいだろう。このままでは、私達の命はただの消耗品となり果てる。共にこの国を変えよう、アレックス」
言われた言葉を数秒かけて咀嚼した男は、差し出された手とスタンレーを交互にみた。
祐未はまだ気絶している。
「……私は確かに貴方を尊敬していました……貴方の元で働けたことを誇りに思っていた……」
「ならばもう一度私の元で……いや、私と共に働いてみないか」
「ご冗談を。ブラックストン大佐」
スタンレーはまるでアレックスの言葉を予想していたかのように眉ひとつ動かさない。むしろ銃を持って後ろに立っているルーサーのほうが動揺しているようだった。
アレックスが敵を睨み付けて吠える。
「今となっては貴方は国家の敵でしかない! 私は
彼の叫びに反応したのは目の前にいるスタンレーではなくルーサーだ。
「アレックス! お前いい加減にしろ! 状況がわかってんのか!」
「わかっていないのは君だルーサー! 我々は
「まだそんな事言ってんのか! 捨て駒にされて終わりだ!」
「覚悟の上だ! すべてを捧げる決心はすでにできている!」
「このっ……!!」
ルーサーがアレックスに銃を向ける。スタンレーは彼のほうを向かず、軽く手をあげただけでそれを制した。
「やめておけエイトケン中尉。……ラドフォード大尉、君の言いたいことはわかった。残念だよ」
ルーサーが俯く中、アレックスは彼から視線を逸らさずハッキリと告げる。
「私も残念ですブラックストン大佐」
ルーサーが苦々しげに眉をひそめる。
目の前の敵を睨み付けるアレックスが廊下をバタバタと走る音を聞いた。
ルーサーとスタンレーの耳にも届いたようで、3人とも一様にドアへ視線を向ける。
荒々しい音を立てて扉が開き、男が2人入ってくる。スタンレーの仲間だろう。銃を持ち、いかにも物々しい雰囲気だ。
先ほどまでしゃがんでいたスタンレーが立ち上がり男たちを睨み付ける。
「持ち場に戻れ、なにをしている」
男の1人がスタンレーに銃をつきつけた。
「あんたの指示にはもう従えない。俺たちはとっとと金をもらってトンズラしたいんでね」
パァン、と乾いた音がしてスタンレーが蹲る。腹に穴が空いたようだ。あふれ出す赤い血を手で押さえているがあまり意味はなさそうに見える。
様子を茫然と見ていたルーサーが声を荒げた。
「あっ、あんたら何してんだ!」
「こんな悠長なヤツの下になんかつけるか! このままのんびり交渉してるよりミサイルぶちかましたほうが早い! お前も一緒にこい!」
ルーサーの目線が倒れているスタンレーを見た。駆け寄らないあたり恐らく奴らの側につくのだろうとアレックスは思う。
ルーサーを撃ったばかりの男がアレックスを見た。
「てめぇも協力するなら殺さないでおいてやるぜ」
椅子に縛り付けられたままアレックスは笑う。
「冗談だろう?」
ゆるやかに弧を描く口元とは対照的に、青い目は炎のような怒りに燃えていた。
ファーディナンドがアレックスに銃をつきつける。
「この状況でよくもまあそんなセリフが吐けるな」
アレックスは椅子に縛り付けられたまま真っ直ぐに男の目を睨み付けた。2人が数秒にらみ合う。やがてファーディナンドが軽く舌打ちをし、横にいた男を見た。
「ローランド、そっちの足やられた女は邪魔だ。始末しちまえ」
「あ、ああ」
ローランドと言われた男が祐未に銃を向ける。アレックスが声をあらげた。
「よせ! 彼女に手を出すな!」
「そりゃあ無理な相談だな。肝心なところで邪魔されちゃかなわん」
アレックスが歯を食いしばる。祐未を助けようと体を動かすが拘束された体はうまく動かない。ガタリと椅子が音を立てただけだった。ローランドの指が銃の引き金に触れる。
アレックスが吠えた。
「やめろ! 祐未にっ、彼女に危害を加えるな!」
それで辞めるようなら兵士などやっていないだろう。当然ローランドは戸惑う様子などない。
バァン、と銃声が響く。アレックスは歯を食いしばったまま目の前の状況を見ていた。
頭部に銃弾を受けたローランドが、祐未を撃ち殺そうとしていた表情をそのまま前のめりに倒れる。銃の引き金は既に引いていた。体が倒れるにしたがって狙いがずれ、発射された弾丸が祐未の腹部に当たる。
気絶していた祐未が痛みで仰け反った。体は拘束されたままなので椅子がガタンと大きな音を立てる。
「がっ、あぁあああっ!」
「祐未っ!」
叫ぶアレックスの顔に祐未の血がかかった。仰け反った拍子に飛び散ったのだろう。
「このやろう! 生きてやがったのかっ!」
ローランドを撃ち殺した弾丸は、先ほどファーディナンドに撃たれたスタンレーが発射したらしい。ファーディナンドが怒号を上げて銃を撃ち、血みどろで拳銃を構えていたスタンレーの肩口に弾が当たる。
アレックスから叫び声が飛び出した。
「ブラックストン大佐っ!」
名前を呼んでも反応がない。ただでさえ危ない状態だったのだ。先ほどの被弾は致命傷だろう。アレックスがファーディナンドを睨み付ける。
「自分でも感情の制御が下手なほうだとは思っていたが、まさかこれほどまでとは思わなかった……!! 残念だが手加減はできそうにないぞ!」
睨み付けられたファーディナンドは銃を構えたままアレックスを鼻で笑う。
「はっ! 縛られたままなにホザいてやがる」
ブチン、となにかが切れる音がした。それがなんの音か理解する前にファーディナンドの視界が黒に染まる。首に強烈な衝撃が加わり体が後ろに吹っ飛んだ。地面に叩きつけられたまま周囲をぐるりと見回せば壊れた椅子がすぐ近くに転がっている。足もとでアレックスが仁王立ちしているのが見えた。
あの音は縄が切れた音だったらしい。だが、普通人間の力で縄が切れるものだろうか? 身体検査はしたはずだ。ナイフなどの武器は持っていなかったはずである。
ファーディナンドを見下ろす形になったアレックスが冷めきった声で言う。
「だから言ったろう。残念だが、手加減はできそうにない」
コンバットブーツがファーディナンドの持っていた銃を踏みつけ、そのまま破壊してしまった。
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