第30話 再会

「ベセスダの研究施設から毒ガスが盗まれた! テロリストどもはこともあろうにホワイトハウスを占拠し、職員ら四十人あまりを人質にとった! 二十四時間以内に要求を飲まなかった場合はニューヨークに毒ガスミサイルを撃ち込む準備があるということだ」


 アントン・セッテルンド少佐が怒鳴るような声で言った。


「相手はスタンレー・ブラックストン大佐だ! 難しい作戦になるだろうが、相手は既に戦友ではなくただのテロリストだ。おまえらに失敗は許されない! 心してかかれ!」


「イエス、サー!」


 上官の激励に敬礼こそしたものの、アレックスは動揺を隠せなかった。スタンレー・ブラックストンといえばアメリカ陸軍の英雄だ。アレックスも二年前彼の指揮下で作戦に従事していた。信頼できるとても有能な軍人だったはずだ。

 アレックスの隣で同じ説明を聞いていた友人のルーサーも戸惑いを隠せないようで、ぴったりと体の横につけた左手が蒼白になるほど握り拳に力を込めている。

 たまの休みを取り消すハメになったアレックスが居るのはメリーランド州にあるアンドルーズ空軍基地だ。ワシントンD.Cに最も近い軍事基地であり、かの有名な大統領専用機、VC-25が本拠地としていることでも知られている。陸軍に所属するアレックスがこの空軍基地に招集をかけられるのは本来あり得ないことであるが、今回はホワイトハウスがテロリストに占拠されるという異常事態中の異常事態が起こったのでやむをえない。


「作戦は二つのチームに分かれて行う。突入部隊は既に作戦準備に入り、指定ポイントで待機中だ。君たちには突入部隊と別行動で敵の準備したミサイルを無効化してもらいたい。解体作業の手順は三分で頭に叩き込め!」


「イエス、サー!」


「この別働隊には君たち二人の他にもう一人、ベセスダの研究施設の人間が加わることになっている。不安だろうが、実践経験は君たちと同じくらい豊富だ。……おい、入ってきてくれ」


 セッテルンド少佐の声と共に扉がガチャリと音を立てて開く。現れたのは黒い防弾チョッキにアーミージャケット、カーゴパンツとコンバットブーツを身に着けた少女だ。クセのある黒髪に黒縁眼鏡をかけた十六歳くらいの東洋人で、アレックスには非常に見覚えがあった。


「祐未くん!」


 彼が声を上げると、名前を呼ばれた少女も驚いた様子でアレックスを見た。


「アル! 一緒の仕事かよ!」


「奇遇だね! 一緒の仕事は二年ぶりだ。いや、君と再会したのはベセスダでだし当然といえば当然なのかな……何か因縁を感じるがね」


「ま、デカイことになっちまったからな。悪ぃけど、よろしくたのむわ」


「お互いに最善を尽くそう」


 握手する二人を横目にセッテルンド少佐が言った。


「君たちは二年前の作戦でも同じ部隊だったそうだな。ブラックストン大佐のことは知っているだろう。どんなに手強いか説明するまでもないな」


 アレックスは祐未と握手を交わしたあと背筋を伸ばした


「尊敬する方でした」


「私もだ」


 配られた資料に目を通しながら同じ部隊に配属されたルーサーが尋ねる。


「その子、お前の知り合いか。アレックス」


「二年前同じ部隊でね。ルーサーはあの時別行動だったかな」


 目を通し終わった資料をシュレッダーにかけながらルーサーは口の端を歪めた。


「ああ。こっちも酷かったけど、お前らのトコも酷かったらしいな。……けど、特殊部隊の極秘任務なんていつもそんなもんだ」


 吐き捨てるようにいう彼の目をアレックスは見ない。


「任務が過酷なのは覚悟の上だ」


「わかってるよ。それにしても……若すぎやしないか、その子」


「大丈夫。腕は確かだよ」


 祐未は資料にざっと目を通してからすぐシュレッダーにかけた。


「敵の配置はわかんねぇけど、防犯カメラとかは全部こっちで無効化できるぜ。突入部隊がうまくやってくれたらこっちは楽勝でミサイルバラせる」


 腰に手を当てて首を傾げる祐未にルーサーが尋ねる。


「あんたがやるのか?」


 すると彼女はこのうえなく嬉しそうに誇らしそうに笑って答えた。


「あたしの、弟だよ!」

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