リリーローズ

@tetsu_akari

第1話

本当に、心の底から美しいと思う。

長いまつげも、その下でくるくる動く濡れたような大きな瞳も。

ミルクの入れすぎでほとんどカフェオレのようになっているコーヒーの表面を、細い指先で木製のマドラーを摘んでちょんちょんとつつき弄ぶ無駄な動作すら美しい。

学校帰りにたまに二人で寄って時間を潰すこの寂れた喫茶店も、店内にかかる暗く静かなクラシック音楽(タイトルも作曲者も知らない)も、彼女の可憐さを更に引き立てる。

可愛い子というのは、太陽が眩しい生命力に溢れた屋外で見るよりも、薄暗く涼しい場所で静かに愛でた方が淫靡さがプラスされて好きだ。

個人的にはグラビア雑誌の水着を着用し弾けんばかりの笑顔で砂浜を駆け回るアイドルには性的魅力は感じない。

もっと何か静かないやらしさが必要なのだ。


「ねえ。詠美。ねえ。聞いてる?」

「あ、ごめん。考え事してた。何?」

「もうー」

眉間に皺を寄せて軽く私を睨むと、目の前にいる美しい少女、大野桜子は自分の弟が昨晩寝ぼけて階段の途中で寝入ってしまい、トイレに行く途中に弟をおもいっきり踏んづけてしまったという話を楽しそうに続ける。

「桜。口、クリームついてる」

私は話を聞きながら右手を伸ばして、人差し指と中指で桜の唇をなぞり、紅茶のシフォンケーキを食べたときについたであろう微かなクリームを拭き取る。

ああ。

年頃の女の子の唇の弾力。

しっとりとした柔らかさ。

無表情でクリームを拭き取りながらも、胸の奥でときめきを感じ、身体の芯の温度が上昇しているのが自分でもよくわかる。

もしも私が何かの間違いで男子高校生だったのなら、こんなに尊く美しい物には易々と触れることができなかっただろう。

幸いにも私は、桜と同じ性別に生まれ、中学生の頃から親友として身近にいられたおかげでこの手の小さな幸福には毎日のようにありつける。

ただ、不幸にも私は、桜と同じ性別に生まれたせいで、きっと世の中の恋人が味わう大きな幸福には永遠に到達できないのだ。

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