殺人学園

城島 大

朝礼


弱肉強食。

弱者が犠牲になり強者が栄えるというこの言葉を最初に否定したのは政府だった。

低予算で作られるロボットの普及によって離職率が増大した時も、政府はベーシックインカムを導入することで弱者を救った。

法改正は弱者の意志を尊重できるよう国民投票によって決まることになり、いじめや暴力といった理不尽をなくすためにそれを想起させる表現はフィクション報道問わず禁止された。

そうして弱者に優しくなった日本は、とうとうその犯罪発生率が────



四十%を超えた。




「人口百人に対する犯罪発生件数の割合。それがぁ、犯罪発生率でーす!」


まるで引率教師のように、草壁はマイクロバスの中で警棒を片手に演説ぶっていた。

平均を遥かに上回る体脂肪率のせいで、シルエットはまさしく瓢箪(ひょうたん)。どこにでもあるメガネがとても小さく見える。

このバスの搭乗席は両端から縦方向に伸びており、草壁はその間を、ふくよかな身体を揺らしながら歩いている。

普通のバスよりは比較的スペースの広い作りではあるのだが、草壁がいちいち前を通るため、妙な圧迫感を覚える。シートに座った他の搭乗者たちもオレと同じ想いなのか、顔色から不平不満の数々が窺えた。

しかし、そのことに意を唱えるようなことは誰もしない。いやできなかった。


何故なら、今オレを含める草壁以外の人間全員が、犯罪者として捕まった身だからだ。


「これは世界的に見ても由々しき事態です。世界で最も安全な国だと言われていた日本が、発展途上国に迫る犯罪発生率を叩き出してしまったわけですからねぇ」


オレ達を乗せた所謂(いわゆる)護送車は、左右に車体を揺らしながら傾いた斜面を登って行く。窓の類がないため確認できないが、山道を走行中らしい。

辺鄙(へんぴ)な山奥で磔にされ、餓死するまで放置されるのだろうか。

それとも巨大な焼却炉に生きたまま放り込まれるのか?

想像は尽きないが、現段階で言えるのは、今この護送車が向かっている場所が、オレ達八人を不幸に陥れる場所であるということだけだ。


「政府は多くの策を講じてきました。暴力示唆禁止法もその一つです。フィクションだろうとノンフィクションだろうとテレビのニュースだろうと、人を傷つける言葉は使っちゃいけない。恐ろしい事件の報道もしてはいけない。そうすることで、罪を犯そうという発想自体がなくなる。我々はそう思っていたのです。なのに──」

「逆だ」


オレは思わず、そう言っていた。


「こ、耕ちゃん! 駄目だよ!」


幼馴染である清羅の制止の声は、あまりにも遅かった。

草壁は、その底冷えた目をオレに向けていた。


「……何か言ったかな? 神城かみき耕一君?」


ここまで来たら、もはや誤魔化すことはできない。

オレはため息をついて、口を開いた。


「犯罪率が上昇したから暴力示唆禁止法ができたんじゃない。暴力示唆禁止法ができたから、犯罪率が急増したんだ」


草壁は眉一つ動かさない。それが逆に不気味だった。


「報道規制は自由の束縛。歴史が証明しているように、人間が最も抵抗するのがそれだ。黙っちゃいるが、全員が理解してる。あの法案は間違い──」


突然頭に鈍重な衝撃が走り、オレは思わず膝をついた。


「はーい、みなさん。これが社会不適合者というやつです。ちゃんと覚えておきましょうね~」


問答無用で、草壁はオレの腹を蹴り上げた。

思わずくぐもった声が漏れる。


「集団行動がとれず、協調性がなく、反発という手段でしか何かを主張することができない。こういう奴が人間のクズって言うんですよ」


草壁はオレの髪を引っ掴むと、無理やり顔を上げさせた。


「神木く~ん。知らないようだから教えてあげよう。この法案はね。政府が決めたものじゃないんだよ。君達国民が、自分の手で決めた法案なんだ。それを君は間違ってるとでも言うつもりなのかな~? 今まではそうやって反抗しても優しい先生方が許してくれたかもしれない。でも、これからはそうはいかない。たとえ君がもうすぐ死ぬ運命にあったとしても、この国に住む良識ある国民たちを侮辱するのは許さないよ」


草壁は、警棒でオレの背中を思い切り叩いた。

床に倒れ込む身体に、草壁は再び蹴りをいれる。


「分かったかい? 分かってないみたいだね~。ほら、返事くらいしたらどうだい!?」


何度も何度も体中を蹴られ、全身が痛みで麻痺してどこを蹴られているのかも分からなくなってきた。


「草壁刑務官!」


その言葉で、ようやく草壁は蹴りを止めた。

オレは失いそうになる意識の中で、声の主に目をやった。

案の定、そこには清羅がいた。

オレの幼馴染。

何をするのも一緒で、いつもオレを助けてくれた彼女が。


「お話の続きだったのではありませんか? 懲罰は後でいくらでもできることですし、今は刑務官のお話を賜(たまわ)りたいのですが」

「……ふーむ。確かに目的地に到着するまでに話を終わらせておかなければならないしなぁ。……仕方ない。今回のところはその見え透いた世辞に乗ってあげましょう」


草壁が離れたところで、清羅はすぐにオレへと駆け寄り、手錠でうまく身体を起こせないオレを手伝ってくれた。


「……悪い」


オレが小さな声で言うと、清羅はにこりと笑った。


「耕ちゃんの後始末なんて、いつものことでしょ」


そうだ。

素行の悪いオレはいつも教師に怒られ、優等生だった清羅はいつも一緒になって謝ってくれた。

後にも先にも、オレが清羅の後始末をしたのは、あの時一度だけだ。


「ええと、どこまで話したっけな。そうそう、犯罪発生率が上昇したっていうところだった。実はですね。政府は犯罪件数の多さよりも、犯罪動機の割合の方がずっと大きな問題として捉えていたのです。何故なら当時の犯罪動機の圧倒的多数を占めていたのは、愉快犯という非常にタチの悪いものだったからです。えー、ですから政府はまず、そういった犯罪者の温床となっているベーシックインカム受給者の保障を減らすことにしました。案の定、それに反発しデモが勃発しました。そのデモを取り締まるため、犯罪法の厳罰化を進めに進め、ようやっと先進国と言うに恥じない治安を取り戻した時には、人口減少を促進するためにできたスラムと、『犯罪者終生追放法案』が生まれていたのです。犯罪者予備軍はスラムに追いやり、たとえどのようなものだろうと罪を犯す人間は片っ端から“追放”する。馬鹿な人間がどうしたって馬鹿なことをするというなら、そんな奴ら全員いなくなってしまえばいい。そうすれば平和が生まれる。さすがは国民の皆さん。なんて画期的なシステムを思いつくんだろう!!」


体の良い独裁社会だろ。

そうは思ったが、さすがにこれ以上の不満は口にしなかった。


「我々政府は学びました! 何度呼び掛け、何度警告しても止まらなかった犯罪は、死刑というただ一つの刑でぴたりと止まる。結局のところ、全てのものには根源というものがあるのです。人を殺すという人間にとって一番罪深き行為は、取るに足らない悪事を許すことでやってくるのです! 悪人は反省などしない。一度こじ開けた錠前は、決して元には戻らない。小さな非行だからと自分の行いに目を瞑り、結果やっているのは、良心を閉じ込めた錠前を傷つける行為なのです。ちょっとした傷がちょっとしたことでその錠前を壊してしまう。そうして、この世から抹消すべき極悪人が生まれるのです。あなた方を処刑することは、最低最悪の犯罪を予防するため。悪の根源を根絶やしにするためなのです!」


自身の行いを正当化するようなご高説の数々に、オレは胸やけがする想いだった。

自分が熱く語っているそれが、どんな独裁者よりもタチの悪い演説だと理解していないのは、草壁ただ一人だ。


「ここにいる大半の人間が、本来なら死刑に値しない罪といえます。しかも全員未成年です。世の中にはこのことに対して幾許(いくばく)かの同情を覚える人間も少なくないでしょう。しかし考えてもみてください。どうしてこの世に法というものがあるのか? どうして人は、自らの行動を律するルールを作ったのか? それは世の秩序を保つため。ひいてはそれが自分にとって、人類にとってより良い幸福をもたらすものだと知っているからです。それが法の存在意義であるならば、あなた方を処刑するのもまた、法のあるべき姿なのです」


詭弁にも程がある。

しかしその詭弁を、あろうことか世界が認めてしまっている。

少年法も何もない。子供からすれば、大人に自由だけでなく命まで握られた世界だ。


「しかし先程も言ったように、あなた方に同情の余地がないわけではありません。大人の事情に巻き込まれた哀れな存在。そういう風に自分を慰める勘違い君が現れても多少は仕方ないと思える程度には、あなた方は“かわいそう”と呼ばれる存在なのでしょう。ですから我々は……っと、少し喋り過ぎましたね。まあ、そろそろ目的地に着く頃でしょうし、今は一時の安寧を楽しんでください」


意味深な言葉を残し、草壁は前方にある自分の席へと戻って行った。

その無防備な背中に襲いかかりたい気持ちは山々だったが、政府の人間は当然ながら草壁だけではない。そんなことをすれば、これ見よがしに機関銃を手に持つロボット兵達に撃ち殺されるだけだ。


「ずいぶんと仲がよろしいことで」


ふいに、隣の女が声をかけてきた。

長く美しい黒髪にワインレッドの瞳。一目で日本人ではないと分かる妖艶な女性だった。

女性用の囚人服に身を包んでいるものの、そこに座っているだけで周りの無骨な景色も品があるように思えてくる。

そんな彼女のか細い首には一つの首輪があった。それは彼女だけでなく、囚人全員につけられたものだ。

何のデザインもない無骨なもので、特徴といえば、ベルトの中央部分に奇妙なランプがつけられていることと、装着者の名前が小さく書かれていることくらいだ。

これにどういう意味があるのか、草壁にいくら質問してもなしのつぶてだった。

今現在役立つことといえば、自己紹介をせずともこの女性の名がユリアンヌ・ローレンスだと分かるという程度だった。


「ユリアと呼んでください。あまり長たらしく名前を呼ばれるのは好きではありません」


オレの視線を見て察したのか、ユリアはそう言った。


「……幼馴染なんだ。勘ぐられるような仲じゃない」

「幼馴染? そんな存在、フィクションの中だけかと思ってた」


派手にウェーブをかけた茶色の長髪を揺らしながら、向かいに座っている前嶋ゆかりという名の女が言った。


「あんなヒロインの踏み台のために生まれてきたような奴と一緒にするな。ただ小さい時から友達だったってだけだ」

「へー。神城は男と女の友情を信じるタチなんだ」


前嶋はにやにやと笑っている。

先程の女とは違い、随分と軽薄な印象を受ける。


「それより、さっきの大丈夫? ずいぶんと酷いやられ方だったけど……」


心配そうな声に顔を向けると、背の低い中性的な顔立ちの男がそこにはいた。

如月圭というのが彼の名前らしい。


「……ああ。なんともない」

「よかった」


そう言ってはにかむ姿は、男の自分から見ても、なんとも可愛らしい。

一部の女性からは絶大な人気を誇っていそうだ。


「お前ら少しうるせえぞ。静かにしてろ」


髪をオールバックにした男が、メガネの裏から鋭い視線で睨みつけてくる。

その男、津川孝太郎が醸し出す空気は同じ囚人仲間とは思えないほど排他的だった。


「私も同感。うるさくてねむれないし」


幼さの残る少女、鬼瓦涼音が、こんな状況でありながらまったく緊張感のない大きなあくびをしてみせる。


「さ、さすがに寝ちゃうのは怒られるから駄目ですよ」


鬼瓦の隣に座る鳥江結が、そう言って小さく笑った。

未成年とは思えないグラマラスな身体で、体格の小さな鬼瓦と並んで見れば、親子と言われても違和感を覚えないほどだ。


「ん~……」

「あ~、駄目ですって。ほら、起きて起きて」


船を漕ぎ始める鬼瓦を軽く揺すってやる様子は、まさしく母親のそれだ。


「起きてください、鬼瓦さ──」

「苗字で呼ぶなデブ」

「……すみません」


一喝され、涙目でしゅんとする鳥江を見て、鬼……涼音を苗字で呼ぶのはやめておこうと誓った。


◇◇◇


しばらくバスに揺られていると、ようやくどこかに到着した。


「さあ。みなさん降りてくださーい」


草壁の指示に従い、開いた後部ドアから降りて行く。

久方振りに見る日の光も、これからどうなるのかという不安の前には、清々しさなど感じようもなかった。

バスから降りたオレは、顔を上げて思わず唖然とした。

犯罪者が連れて来られるにはあまりに場違いな、それでいてよく見知った光景が目の前に飛び込んで来たからだ。


「……学校?」


そう。

そこは学校だった。

門と凹型の校舎が校庭を囲むように建ち並ぶ、どこにでもある学校だ。

多少小ぢんまりした校庭に停められたバスから出てきたオレ達は、ただただその学校を見上げて茫然としていた。


「耕ちゃん。これってどういうこと? ここが処刑場……なわけ、ないよね」


そんなこと、オレに分かるわけがない。

だが少なくとも、ここで何かおぞましいことが行われるということだけは、何となく理解できた。

清羅の手が小刻みに震えている。

予測不可能な状況に恐怖を抱いているのだ。

オレは、何も言わずにその手を握った。


「大丈夫だ。たとえ何があっても、お前だけは絶対にオレが守る」


今まで清羅に守られてきた分、今度はオレが彼女を守る番だ。

そのために、オレはここにいるんだから。


「……ありがとう。耕ちゃん」


彼女の冷たい掌から伝わってくる震えが、徐々に収まっていくのを感じた。

オレが安心したのもつかの間、誰かが鉄階段を上がる音が聞こえ、すぐにそちらへ顔を向ける。

それは、草壁が奥に鎮座する朝礼台へと上がる音だった。


『えー、ごほん。マイクテスト、マイクテスト~』


朝礼台の上にあったマイクをコンコンと叩き、濁った音が校庭内に響き渡る。


『みなさん。今日は遠路はるばる、ようこそおいでくださいました』


お前が無理やり連れて来たんだろうが。

草壁のふざけた態度に憤りを覚えているのは、オレだけではなかった。面と向かって野次を飛ばすことはなかったが、周囲から舌打ちや小言が漏れ聞こえる。


「みなさん混乱しているようですからちゃちゃっとお教えしましょう。ここは、これから君達が通うことになる学校、通称『殺人学園』でーす!」


草壁は胸を逸らせながら盛大にそう言った。


「殺人、学園?」


本来なら結びつきようのない二つの単語に、全員が混乱している。

オレも、めまいがしそうになるのを何とか押し留めていた。


「ねぇ、まどろっこしいこと抜きでさっさと始めてくんない? アタシ達は死刑ってことでいいんだよね?」


ぶっきらぼうな調子で前嶋は言った。

それが虚勢であることは、震える声を聞けばすぐに分かった。


「本来ならそうです。しかーし! 君達は選ばれたのです。政府が決めた、幹部候補生にね」

「幹部……候補生?」


如月が首を傾げた。


「その通り! 実験を無事に終えた人間には、政府の幹部候補生として働いてもらいます! 平均以上の給料をもらえますし、監視付きではありますが、仕事以外の好きな時間に外出することも可能です。当然、家に帰ることもね」


その言葉に、先程までの暗い空気が一気に変わった。


「家に帰れるんだ!」「生きられるってこと?」「うれしいです~!」


口々に歓喜の声が漏れる中、オレは“実験を無事に終えた人間”という言い方に引っ掛かりを覚えていた。

見ると、清羅やユリア、津川といった勘の良さそうな人間は、オレと同じように緊張感を絶やすことなく、真剣な表情で草壁を見つめている。


「うんうん。みんな喜んでくれてるようでよかったよかった。それでは実験内容についてお教えしましょう。君達にはこれから、人を殺してもらいます」


しんと、辺りが静まり返った。


「あれ? 聞こえなかったかな? 君達には、これから人を殺してもらいます。それが幹部候補生になるための実験です」

「ちょ、なによそれ! そんなこと許されると思ってんの!? だいたい、人殺しはいけない事なんでしょ!? なんで私達に強制するのよ!」


前嶋が息巻くものの、草壁はまるで意に介していないようだった。


「簡単なことです。良識ある国民の皆さんは、人を殺せないからです」

「……はあ?」

「たとえばこの私。先程からぺらぺらと語らせてもらっていますが、ここが現実の世界なら既に暴力示唆禁止法に抵触して死刑になっています。こんなクソのような仕事を、国民の皆さんにやらせる訳にはいかないでしょう?」

「……そういうことか。俺達は未来の処刑執行人というわけだな」

「ピンポンピンポ~ン! さすがは津川君。大正解!!」


大仰に、草壁は拍手してみせる。


「この世に悪が存在する限り、悪を断罪する必要悪が不可欠になります。君達にはその必要悪になって頂きたいのです。これは悪人にしかできない立派な仕事。我々のような下賤な者にこのような大義を与えてくださった国民の皆さんに感謝しましょう!」


話の通りなら、草壁も以前はこちら側の人間だったということだ。

オレ達のように動揺し、怒り、恐怖を感じた人間だったはずだ。

楽しそうに語る草壁を見て、オレは俄かに信じられなかった。

この実験で、ここまで倫理観が破壊されることになるのか。


「ではそろそろ、殺人学園の説明に入らせていただきます。殺人学園の校則は至ってシンプル。学園生活の傍ら、生徒自らがこの学園で実行される“殺人”を暴き処罰すること。つまり我々国家が本来担うべき捜査、裁判、刑罰を君達自身の手で行い、いかに自分達が政府の方々によって守られているのかを実感してもらいます。その手順を踏むことで、ようやく君達は、罪を犯すことでどれだけの大人に迷惑をかけるのか、自分達のやってきたことがどれだけ罪深かったのかを理解できるというわけです」


涼音が一人ため息をついた。


「人を殺せって言われて、はいそうですかと簡単に従うと思ってるなら、ずいぶんと楽観的だなぁ」

「別に従わないならそれでもいいけど、ここにいる全員が処刑されるだけですよ」


草壁に否定的だった人間も、それを聞いて戸惑いの表情が漂い始める。

その結果生まれたのは、肯定とも否定とも取れない重い沈黙だった。


「で、生き残る条件ってのはなんなんだ?」


その沈黙を断ち切ったのは、津川の冷酷な一言だった。


「ちょっとアンタ! まさかこいつの言うことを受け入れる気じゃないでしょうね!」

「馬鹿か? 俺達は受け入れざるを得ないんだよ。ここに連れて来られた時点でな」


オレ達の命は、既に草壁に握られてしまっている。

たとえどれほど否定しようと、その現実からは逃げられない。


「クフフ。津川君は物分りが良くて助かります。まぁ、まともな頭の持ち主なら、全員処刑されるよりは誰かが生き残った方がいいと考えるのは当然ですけどねぇ」

「こ、この状況が既にまともじゃないと思うんですけど……」


鳥江の言う通りだ。

生きるか人を殺すかの選択を迫って来るなんて、正気の沙汰じゃない。いや、人間のすることじゃない。

一等タチが悪いのは、それを正義と信じる国があって、そんなくそったれな国がオレ達の祖国だということだ。


「それでは、津川君の要望通り勝利条件についてお話しましょうか。この殺人学園では、みなさんは一人の生徒となってもらいます。そのことについて肩肘張ることはありません。今まで通り、いや今まで以上に快適な学園生活が送れることを保証しましょう。しかし生徒という肩書きの他に、みなさんにはもう一つ別の肩書きを持ってもらうことになります。それが探偵役と犯人役です」


如月がその言葉に眉をひそめる。


「……探偵と……犯人?」

「みなさんは推理小説を読んだことはありますか? ありませんよねぇ。暴力描写が禁止されて一気に衰退してしまった娯楽小説ですから。簡単に説明しますと、優秀な頭脳を持った暇人達が、どうやったら犯人がばれない完璧な殺人を起こせるかを日夜考え、それをまるでパズルのように読者に提示することで知性を競い合うといった悪趣味極まりない小説です。その推理小説において、特に根強い人気を誇ったのが探偵小説というものです。殺人を犯した犯人を見つけ、その犯行を推理し、警察に連行する。まさしくそれは、論理を武器にした正義の味方です」


オレはそれを聞いて眉をひそめざるを得なかった。

何故民間人が警察の真似事をする。金はどこから手に入れてるんだ?

そもそも、頭が良いのかどうか知らないが、警察組織以上の捜査力と洞察力を兼ね備えた超人なんて、まったく想像できなかった。

リアリティーの欠片もない。断片的な情報だけを聞けば、そう判断せざるを得なかった。


「……え? 待ってください。警察に突き出すのが探偵の仕事なんですか?」

「いいところに気付きましたね、清羅さん。その通り。探偵とはあくまでも警察の補助。犯人と違って誰かを殺したりする人達ではないのです。正義の味方ですからね」

「……ということは、探偵役になれば人を殺す必要はないってことだね!?」


如月の声音は、暗闇の中で微かに差し込んだ光を見つけたかのような興奮に満ちていた。

だが、そんなオレ達の淡い希望を常に打ち砕いてきたのが、この日本という国だった。


「しかーし! 私は常々、これはおかしいと思っていたのです。だってそうでしょう? 今の時代、殺人というのはどんな理由があろうと人が犯してはならない禁忌! そんなことをした人間には死こそが相応しい。そして犯人を裁くのが探偵の仕事なら、その命を奪うのもまた、探偵であらなければならないのです」


如月の顔が、みるみるうちに絶望の色に染まっていく。

それを見て顔をにやけさせる草壁。

オレはその光景から思わず目を背けた。

同じ当事者でありながら、如月のその姿は、あまりにも痛ましかった。


「探偵とは、犯人を定め、容疑者達にご高説を垂れ、勝手な判断で自分と同じ人間を断罪する神の如き存在です。無責任に犯人を指摘して、間違ってたらすみませんなんて、そんなものは探偵じゃない。神であるならば、その者の命をも無下にあしらってこそ神でしょう? 自分の手を汚さず、第三者でありながら事件に介入して正義を語るなんて、あまりにも身勝手だ。君達生徒諸君にはそうなって欲しくない! だからこそ、探偵は論理という武器で犯人を処刑してもらう。君達は世界初の、本当の名探偵となるのです!!」


息切れを起こすほどの草壁の熱弁に、全員がついていけない様子だった。

草壁はしばらく休憩して呼吸を整えると、先程とは打って変わって冷めた調子で言葉を続けた。


「要するに、これはゲームなんですよ。探偵役六人と犯人役二人に別れた殺し合いゲーム」


人の命が掛かっているとは思えないほど、草壁は簡単に言ってのけた。


「犯人役は、探偵役を殺して殺人事件を起こす権利が与えられています。対する探偵役は、発生した殺人事件を解き明かし、犯人役を処刑する権利が与えられています」


草壁はオレ達を見渡し、残忍に口元を歪ませる。


「探偵役を皆殺しにするか、犯人役を全員突き止め処刑するか。これはそういうゲームです」


全員が息を飲み、言葉も出せずにいた。

あまりに荒唐無稽で、あまりに理不尽なゲーム。

しかしそれを、この男は実現させようとしている。オレ達死刑囚の命を駒にして。


「殺人学園は、清くあろうとする世界から絞り出た抹消すべき悪の縮図です! せっかく政府が争い事をなくそうと心を尽くしているのに、君達は一向にそれをやめない。正義を口にしつつ誹謗中傷で相手を貶めることは日常茶飯事。争いなんてしたくないと口では言いつつ、結局は人を蹴落とし生きている。だから我々は、君達がいかに醜悪で下品で劣悪な存在なのかを身を以て理解してもらうために、この殺人学園を発案したのです」


まるで今世紀稀に見る妙案を考え出したとでも言うように、草壁は自慢げに語っている。

しかし聞いている人間からすれば、そのひん曲がった倫理観に、おぞましさしか感じない。


「殺人学園の入学条件は罪を犯した未成年者。これは君達馬鹿な子供を真っ当な人間にするための、最初で最後の慈悲でありチャンスです。探偵役は世の秩序を正すことの重要さを悟り、犯人役は自身の幸福な日常を自ら破壊することで、犯罪者の浅ましさを身を以て知ることができる。そしてこの殺人学園を卒業する頃には、君達は悪を憎み正義を愛する真っ当な大人へと成長を遂げるのです!」


正直に言おう。

オレは恐怖していた。

ここで起きるであろう惨劇に。ここで流すであろう涙の数に。

だがそれでも、下を向くわけにはいかない。

オレの隣に清羅がいる限り、オレは彼女の手を握り、きっとこの学園から脱出してみせる。

オレが清羅の手を強く握ると、彼女も握り返してくれた。


「みなさん、改めて歓迎しましょう。ようこそ、殺人学園へ!!!」


草壁は両手を仰々しく広げ、高らかに叫んだ。



朝礼 終了


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