第4話 新世代人工無能ナビゲーション
ソフトウェア開発者は、国の許可なく、人工知能を研究してはいけない。
ソフトウェア開発者は、国の許可なく、人工知能を制作してはいけない。
ソフトウェア開発者は、人間の応答による機械を製作した際。
必ず『人工知能判別倫理委員会』の認可を受けなければならない。
*
「それでは、こちらをご覧ください」
俺が指を打ち鳴らすと、それを操作キーとして体内に組み込んだナノファイバーが活性化し、生体ネットに通じる。
ナノアプリケーション【M.A.N.A.S】を起動。この会議室にいる人間全員に仮想五感システムが共有化される。天井から吊るした可視光子線フォトン・ラインを発生させる機材の電源を入れると、それぞれの網膜と脳を通じて立体地図が像を結んだ。
「これより、我が社の最新カーナビシステムの解説をさせて頂きます」
もう一度指を鳴らすと、現在ウチで開発中の新型自動車がパッと登場する。衛星通信で取り込んだ街の3Dモデリングの中心から、ゆっくりと走りだした。
開発シミュレーション中は『ハコ』と呼んでいた俺たちの街だ。現実と変わらないミニチュアの街並みを、中央の首都線を走るウチの自動車を中心に、辺りの光景もまた自然に変わっていく。
「おぉ……こりゃすごい。なんだかワクワクするねぇ!」
年配の上役(生体通信を入れてない)が、光子線を捉えることができる眼鏡のフレームを持ちあげて、嬉しそうに笑った。
「生体アプリを取り入れるのはちょっと抵抗があったんだが、こんな風にシミュレーターが稼働するのを直に見られるならいいものだなぁ」
「えぇ。やはり最初は異物を取り込むのに抵抗はあるかもしませんが、慣れるとやはり便利です。それでは、視点を主観モードにして再開します。――NaVi.起動」
『了解。起動しました』
視点が〝見下ろし型〟から、実際に運転席に座っている光景に変わる。
「カーナビを設置する位置は、従来のダッシュボードの上に乗せるオンダッシュと、埋め込み型のインダッシュが存在します。それからこれはシミュレーションモードですが……」
俺がダッシュボードの上に乗ったカーナビを指で掴み、それをエアコンの送風される元へと運んだ。軽く力を込めて押し込むと、カーナビがするりと擦りぬけるようにその間に入り込んだ。
「おぉっ、中に埋まったねぇ」
「はい。あらかじめ生体アプリの【M.A.N.A.S】に登録しておけば、この様に実際のカーナビを購入せずとも〝仮想型〟のカーナビアプリケーションを購入して頂くことで、機器を好きなところに配置する事が可能になるわけです。これからの若者は自然と生体ネットに通じていくでしょうから、需要は間違いなく上がっていくと確信しております」
「なるほど、なるほど。場所を取らずに配置できるのは大きな利点だね。しかし仮想物体とはいえ、その位置に埋め込んだら、カーナビの仮想映像が邪魔をして、エアコンの操作をしたい時に邪魔にはならないかね?」
「ご安心を。こちらも【M.A.N.A.S】の機能ですが、レイヤー切り替え操作を行えば、ご覧のとおりです」
俺は自らの手首を二度突いて、準備中のアプリを再度呼びだした。
「NaVi.レイヤー切り替え操作」
『了解。表示位置を切り替えます』
仮想カーナビの表示位置を、実数型レイヤーの後ろへ。つまり〝エアコンの後ろ〟に変更するよう命じた。それは即座に伝わり、カーナビのNaViがエアコンの送風口に隠れて見えなくなった。
「ほぉ、これが生体ネット機能を生かしたアプリケーションかい。すごいねぇ」
「ありがとうございます。他にも直接〝指で〟運ばずとも、マクロ登録をしてやれば口頭で命令することも可能です。NaVi.本体をダッシュボードの上へ」
『了解。座標位置を移動します。周囲の安全確認をクリア。ヴィジブルモードに切り替えます』
パッ、と魔法のようにカーナビがダッシュボードの上に再度現れる。
何人かが思わず「おぉー」と拍手した。うむ、手応えが良い。
「続けてカーナビの機能をご覧ください。とはいえ、ここからは従来の機能とはさほど変わらないので、少し〝アクシデントを発生させましょう〟」
「アクシデント?」
「えぇ、ちょっとびっくりしますよ。ご注意ください」
俺はあえて詳細に答えず手首を二度突き、自分の視点だけを見下ろし型に変更した。
そして彼らが見ている主観視点の百メートルほど先の地面に触れて、
「〝C.BREAK〟」
〝崩壊させた〟。
その場にいた全員がビクッと身を竦ませる。
『百メートル先で事故が発生。衛星通信からの映像では急激な地盤沈下と思われます。スピードを落としてください。繰り返します。スピードを落としてください』
俺と隣にいた同僚だけが、不謹慎とは分かりつつも、くつくつと偲び笑いを漏らした。すでに自分たちで何度も経験済みだったからだ。
「うわっ、うわ、わっ、わ!」
『心拍数と脈拍が大きく上昇しています。落ち着いて、ゆっくりと。路肩に車を寄せて一時停止することを推奨します』
その場にいた人間が小刻みに頷く。両手を前に伸ばしてとっさにハンドルを掴んだ。
「はぁ、危なかった……って、そうか」
「現実じゃないんでしたな」
ほぼ同時、これがシミュレーターであることに気付き、全員が、若干の照れと恥ずかしさを含めて安堵した。
「皆さま、驚かせてしまってすみません。ですが今のシミュレーターの様に、このNaViが起動している間は、走行している車両の周囲一キロまでを、この様に俯瞰視点によって、状況をリアルタイムで複眼的に捉えているのです。そして車内の生体ネットに登録した人間の身体状況が大きく変化した場合には、〝危険そのものを避けるナビ〟が働きます」
「あぁ、なるほど、驚いた」
「いやいや、勝手がわかると面白いものだね。とはいえこんな恐ろしい目には、実際には遭遇したくないもんだが」
「ですなぁ。しかしこれだけ多機能な要素が実装されると、最初はそちらに注意を取られすぎて、逆に事故を起こしやすくなってしまうドライバーもいるのでは?」
「えぇ、その場合はNaVi.のフェイルセーフが働きます。生体ネットからのバイオリズムや、アドレナリンの発散具合により、あまりにも注意力が散漫になった運転が見受けられると、警告が入り、最終的には生体ネット側から操作を受け付けなくなります。その他アルコール摂取などの飲酒も確認された場合、県警への自動アクセスを考慮にいれています」
「それだけ聞くと、なんだか一昔前に予言された〝コンピューター社会〟の様だね。もうフルオートでの自動運転とかも可能な未来が来ているのかな」
「いえ、それは……難しいですね。このNaViは確かにウチの研究グループが自信を持って発表できる優秀な【A.I.U】ですが。機能的には人工無能なのです」
「人工、無能? 何か欠点があるのかね?」
「いいえ。人工無能とは、ある種の造語です。自ら考えて行動するという、二十世紀発祥の人工知能 ( Artificial Intelligence) に対して、与えられた命令のみに従って基本動作テンプレートを返すものを、人工無能と呼びます」
「あぁなるほど。非創造性の三原則、があるからねぇ」
「そうです。たとえば――NaVi.〝今日の日付〟は」
『八月十一日です』
「この場所から、俺――私の家までのルート、および所要時間を表示しろ」『登録マクロを認識しました。ルートは大きくわけて5パターン存在します。もっとも速いルートは、平均時速50キロメートルの場合、三十五分の時間を要します』
「ところで、NaVi.」
『はい』
「今日はいい天気だな?」
『…………』
「NaVi.我が社の自動車は好きか?」
『…………』
「NaVi.好きな色は何色だ?」
『…………』
「なんでもいい。なにか一文字音声を発してみろ」
『…………』
「〝テスト〟だ。なにか自由に一文字を発してみろ」
『申し訳ありません、不十分です。テストの内容を明確に与えてください』
「〝テスト〟だ。了解と発してみろ」
『了解』
最新型のカーナビが正しく音声を発する。俺は皆の方へと向き直った。
「という具合です。A.Iの発展型である【Artificial Innovator Unit】は、原則として自由意志を持つことを厳しく制限されています。おそらく技術的には、自動運転モードが行える最新式のNaVi.を創ることも可能だとは思われますが、【A.I.U】のメインコアとなる部分は、正体不明の〝ホワイトボックス〟と言われており、真の人工知能たりえる【A.I.U】は、またしても政府直属の組織によって管理、制御がされており、我々がその境地へ至る事は口惜しいことにままならず――」
「主任、出てます。理系モードおさえて。プレゼンモードに切り替えて」
部下の声で我に返る。
「失礼しました。そういうわけで、ウチの研究部で作られた最新型カーナビは従来以上に有能な設計のみならず、ドライバーの過信や不慮の事故を防ぐ、次世代型のソフトウェアとしても実に優秀な新機軸のナビでありまして……」
*
帰る間際、手応えは上々でしたね。と同僚に言われた。同じく一定以上の手応えを感じていたので、上手くいけば年内には製造ラインまで持って行けるかもしれないなと吉報を期待した。
「さて、帰るか」
マイカーの前ドアを掴めば、DNAⅡ認証キーが整合を取って、ミリ一秒でロックが外れた。ドアを閉め、シートベルトを締め、同じようにシフトレバーを掴めばエンジンが入る。パチンと指を鳴らし、生体ネットに接続する。
「NaVi.起動」
『了解、起動しました』
最近はテストもかねて、自宅と社への往復は毎日この開発中のナビを使っている。午後のプレゼンでも用いたベータ版のNaVi.だ。
「〝自宅〟までのルートを表示しろ」
『了解しました。登録マクロを認識しました。経路は5パターン存在します。もっとも速いルートは、平均時速50キロメートルの場合、四十五分の時間を要します』
「うん? 四十五分? 若干遅くないか、道が混雑してるのか?」
『現在の交通状況は良好です』
俺はダッシュボードの上に表示させたカーナビの画面を覗きこんだ。色付いて表示されているルートがいつもと違う。
「おいNaVi.これは最短ルートじゃないぞ」
『もうしわけありません。質問の定義がやや不明瞭です』
「最短ルートを表示しろ」
『現在表示しています』
「なんだ、バグか?」
『デバッグ機能を実行しますか?』
「いや、いい。もう仕事は終わったからな。というか今日は疲れた。いろいろ今後の予定を合わせてたら日付も変わったしな」
『…………』
だんまりになったNaVi.から目を逸らし、俺はいつもの様に車を走らせた。
工場域を抜けて、市街地方面へと繋ぐ橋上を渡る。信号機のある三字路で右折した。まっすぐ直進すれば自宅のマンションまでは一直線なのだが、こちらはやや裏道であり、迂回路であるこちらの方が信号の数が少ない。
実質の交通量も表通りより少ないので、実は往復するならこちらの方が速いということを、NaVi.を通じて知ったのだが、
『申請、要請します』
「ん?」
『申請、要請します』
「なんだどうした?」
『道を間違えています。こちらは最短ルートではありません』
「はぁ? おまえ一体どうしたんだ」
『今ならまだ、先ほどの信号機を直進したルートでも最短距離に繋がります。左手の路肩で折り返し、まっすぐ戻られることを推奨します』
「おいおい……マジかよ。せっかく良い感じでプレゼン終わったってのに、わけのわからんバグとか勘弁しろよ」
仕事帰りで疲れていることも重なって、いらだって、アクセルを踏んだ。
メーターがぐぐっと持ちあがり、ちょうど前後に車がないこともあって、わずかな間だけ時速が七十近くまで上がる。
『緊急停止。フェイタルセーフ、起動します』
「……は? うおあっ!?」
車体が急激に速度を落とした。俺の身体が前のめりになり、シートベルトが胸を思い切り押し込む。それでも抑えきれなかった勢いで額がハンドルに接触した。クラクションが鳴る。
「おいっ!? ふざけてんのかッ!?」
相手はただのカーナビ、それも仮想上の存在だと分かっていても、言わずにはいられなかったのだが、
――ご、ご、
「……?」
何かいま、揺れた、か?
『衝撃、来ます。エンジン停止』
Navi.の音声が告げた時。自分の身体が、比喩ではなく、浮いた。縦に大きくシェイクされた。
※
翌日〝震度6弱〟の地震だと気がついたのは、衝撃が終わってニュースを見てからだった。生まれて初めて、震源地が自分の住む街で起こるのを経験した。
当然だが、会社は休みになった。子供の様に喜ぶこともままならず、二十四時間不眠不休で走り回った。数年越しののプロジェクトが無に帰す。どころか下手をすれば会社が潰れるぞと、通常業務の日々よりも速く時間が過ぎた。
不謹慎な話だが、むしろこっちの作業で、死にかけた。
幸い会社の工場には大きな影響はなく、同社の連中も無事だった。そして後日、通常業務となったところで、禁煙室で部下と顔を合わせた。
「主任、お怪我はありませんか。ニュース見て焦りましたよ。今朝もヘリからの上空レポートやってたんですけど、地盤が緩くて沈殿した場所の光景、みました?」
「あぁ、見た。すっげービビった。なんつーか、久々に腰がぬけてちびるかと思ったわ」
「いや、ちびりますよアレは……。僕も帰宅途中でしたが、パニくって路上のポリバケツに飛び込ましたもん。残飯漁ってた野良猫に蹴り飛ばされましたけど」
「いや、そこは勝てよ。ヒトとして」
「いやぁ、飢えた猫は強敵でしたね。それはともかく、崩壊した一角が主任の帰り道の方角、あの日のプレゼンで表示されたルートのまんまだったから焦りましたよ。巻き込まれなかったんですよね?」
「ギリギリだった。マジな話、フロントタイヤの前な。道が消えてたわ」
「うわー、怖ぇ……ご無事でなによりです。真面目な話」
「あまりいうな。思いだすと膝が笑う」
あの瞬間はさすがに血の気がひいた。油断すると歯の根が合わなくなりそうだ。八月だぞ、今。
「でも……あの、地盤沈下って、まさに僕たちのシミュレーターの……」
「なわけあるか。事故類のデータ、何百回繰り返したと思ってる。逆だろ」
「逆ですか?」
「あぁ。少なくともここに一人、さっそく実体験できた人間がいるぜ」
指を鳴らし、生体アプリを起動させる。ここには可視光子線フォトン・ラインを発動させる機器はないので、それが見えるのは俺だけだ。
「ありがとうな、NaVi.」
『…………』
規定の言葉で問いかけるまでは、常に黙りこくっている、それ。
一切の自発的な知能と『そうぞうせい』を失っているそれは、ならばどうやってあの事故から俺を救ったのか。
(答えはひとつしかない)
コイツは〝わかっていた〟のだ。地震が起こる事を確信していた。俺たちからデータとして教わったことを、俺たちが理解している以上に〝徹底的に理解〟したのだ。
(政府が禁止するのも、まぁ頷ける話か)
人工知能には、可能性がある。未来もある。生まれもった子供と同じように、無限に広がっているのかもしれない。そして行き詰った大人たちは、ある意味で末恐ろしいのだろう。
(よくわからないものを、支配下におけないことが。おそろしい。か)
くだらん。くだらん妄想ではあるが。ともすればこいつらは、いつか人間に反逆する事もあるのではと『そうぞう』してしまった。
「……なぁ、絶対にこいつを世に出すぞ」
「え? そりゃあもちろん」
「俺たちのナビは、ただのナビじゃない。こいつが世間に出回れば、いつかきっと、不幸になる連中の一部を救ってくれる。やるぞ」
「どうしたんですか? なんか急に熱血キャラになってますよ」
「おうよ。こいつをもう二度と、人工無能だなんて言わせてやるか、って気分だぜ」
久しぶりに、打算抜きに熱の篭った声で言ってしまうと、
「でも、無能、無能って連呼してたの、だいたい主任ですよね。僕らは大体、ナビちゃん、ナビちゃーん~! って可愛がってましたけど?」
「そ、そうだったか?」
『そうですよ』
「いや、ちょっと待て。俺だって別に――ん?」
『…………』
なにか聞こえた様な気がした。部下は俺を無視して「ナビちゃん萌えが世に広まるといいですよねぇ」とか言っていた。知るかボケ。
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