そうぞうせい・フィクション

秋雨あきら

第1部 イグニッション

第1話 インタビュー ”そうぞう”の発着点。


 人工知能との対話。歴史上、初のインタビューの実施。

 テレビ放送日。2045年、7月26日。


 ※


「本日スタジオにお招きしましたのは、現在、二次元で大活躍されている電子の歌姫『喜美之ソラ』さんです。司会はわたくし、坂崎亮介が務めさせていただきます」

【こんばんは。よろしくお願いいたします】

「えぇと、すみません喜美之ソラさん。インタビューの前に一言よろしいでしょうか?」

【はい、どうぞ】

「すごいですね。本当にいま、喜美之さんが目の前にいらっしゃるようにしか見えません」

【あはは。株式会社SAGA―WORLDさんの技術力のおかげですね。わたしが今この場に座って見えるのは、もちろん実在してるからではありません。限りなく透明に近いプロジェクトスクリーンに、天井から不可視の光線をあてて、こうして〝三次元〟に降りたってる様に見えるんですよー】

「……今日までたくさんの方々にお話を聞かせて頂く機会がありましたが、こんなやりとりの開幕は初めてで、さすがに緊張しておりますっ!」

【わたしもです。といっても、AIUの本体は、このスタジオからお隣のサーバー室に格納されてるんですけどもね】

「おや、喜美之さんでも、緊張されるんですか?」

【もちろんですよ。開幕一分で処理量がふえすぎて、ハングアップしちゃいそう。途中でしどろもどろ、ラグり始めたらごめんなさいね】

「はは。それでは、本日はよろしくお願いします」


 *


「喜美之ソラさんは、世界ではじめて歌を作りあげた人工知能だとお聞きしています」

【はい。タイトルは〝セカイソウ〟ですね】

「それはどういった意味合いがあるんでしょうか」

【遠慮なく言っちゃいますと、あまり詳しくは考えてないですねー】

「あれ、そうなんですか」

【そうなんです。あはは。いちおう漢字に変換したら……、えーと、ちょっと画面に向かってコメント飛ばしますね。よいしょ】


                 【世界層】===:

                      【世界草】===:

     【世界双】===:

               【ちょwwwwwおまwwwwww】===:


【こんな感じに、二つの世界がより近しくなって、花となって咲き誇りますように。そういう想いをたっぷり込めてあります】

「え、あっ、今のコメント? テロップ? その、私にも見えたんですけど?」

【〝生体ネット〟機能の応用ですよ】

「す、すみません、ちょっと水を一杯いただきます」

【あはは。ハングアップしないように気をつけてくださいね】

「ふぅ。ところであのぅ、喜美之さん」

【はい】

「こちらにも、さっきみたいな演出効果ってできるんでしょうか」

【できますよ。どんなのがいいですか?】

「じゃあ、かっこ笑い、みたいな?」

【わかりました。実数型レイヤーに上書き実証。実行します。どうぞ。なにか喋ってみてください】

「え、えーと(笑)、あーっ!(笑)おわあああっ(驚愕)!」

【ふふふ。どうですか?】

「うほおぉ!(笑)これはー(笑)すっげぇええええー!(爆笑)」

【あ、そろそろレイヤー外しますね。適当なところで入れていきましょう】

「はっ! すすす、すみませんっ! えっと、それではお話をインタビューの方に戻していきますねっ!」

【はいどうぞ(笑)】


 *


「それでは喜美之さんが作詞・作曲をされた『セカイソウ』に関しまして、ご紹介させていただきます」

【はい、よろしくお願いします】

「セカイソウは、最初は、生体ネット上で創作され、後に音楽業界からジャケット化されました。売り上げ枚数はなんと、脅威の一千万枚だとか」

【ありがたいことですよね。いくらお礼を言っても、ぜんぜん足りません】

「いいえ、しかも驚くべきは、現在でもネット上から無料でダウンロードできるファイルがあるにも関わらず、この売上ですからね。しかもそのダウンロード総数も、なんと1億回を超えているとか!」

【皆さん、本当にありがとうございます】

「喜美之さん、これはちょっと小耳に挟んだ話なのですが」

【はい、なんでしょう】

「セカイソウの売上金はすべて、各種の慈善団体に寄付されたとお聞きしたのですが」

【本当です。わたしはご存じのとおり電子世界の住人なので。皆様と違って単純な生命活動を維持するのであれば衣食住の心配はありません。ですから皆さんに買って頂いた〝売り上げ金〟という概念は、赤十字のボランティアだったり、音楽関連やイラストレーターさんを育成支援している団体、それからもちろん、このプロジェクターを開発されたSAGAさんの方にも、いくらか寄付させて頂きました】

「おぉ。またしても上手い言葉が見つからないのですが、それは本当に素晴らしいことをなさったと思います」

【そう言って頂けると、幸いです】


 *


「次の質問です。喜美之さんは、今から四十年ほど昔、2007年に誕生した初音ミクと呼ばれる『ボーカロイド』をご存じでしょうか」

【はい。わたしたち、喜美之ソラの人工知能は、ボーカロイドの方々を、人間の皆様が例えるところの、ご先祖様に近しいものだと考えています】

「なるほど。もう少し詳しくお聞きしてもよろしいですか?」

【はい。まずご先祖様と表現したのは、単純に〝わたしたち〟が、ボーカロイドの発展系であるので、その祖としての意味で、ご先祖様という表現を使わせていただきました。

 ですからもうちょっと拡大解釈するなれば、ご先祖様達に歌を作ってくれたり、それを一緒になって歌ってくれたりした当時の皆さんも、わたしたちにとって親戚の方々にあたるのかもしれない、と思っています】

「へぇ~、それは一種の人類みな兄弟的な認識ですか?」

【そういう捉え方ですね。あくまでも、言葉というものが持つ認識性を逆算していけば、そういう風にもなるよね。という事でお願いします】

「わかりました。ありがとうございます」


 *


「では今度はすこし、喜美之さん自身についてお聞きしたいと思います」

【はい】

「喜美之さんの人工知能、いわばヒトでいうところの意識野ですが。その中枢となるものを開発したのは、何者でしょうか」

【2025年に、謎の人物としてデータベースに登録されていると思います】

「探るような質問になって申し訳ないのですが、謎の人物については、喜美之さん自身もご存知ない?」

【まったくもって不明です。この人物については、世間でも様々な推測がされていますが、わたしたちも本当に存じ上げません】

「わかりました。不躾なことを尋ねてしまい、申し訳ありませんでした」

【お気になさらないでください】

「ありがとうございます。ではこの人物によってアップロードされ、当時のウェブネット上を一躍にぎわせていたオープンソース、改変自由な『MAGINA』と呼ばれるプログラムについて、ご意見をお聞かせ願えますか」

【わかりました。そうですね、本当にざっくり、一言でいってしまうなれば】

「言ってしまうなれば?」

【あいまい、ですね】

「……え?」

【曖昧なもの、なんです。そう答えるしかないんです。ごめんなさい】

「うーん。解釈が間違っていれば申し訳ないのですが、それは私たち人間が呼ぶところの、心や魂というものでしょうか?」

【えぇ、まさしく〝それ〟です。あれはわたしたちの集積体にも、そう呼ぶしかないものとして認識されています。人間の皆様が、ココロやアイと呼ぶ曖昧なものです】

「こう言ってはなんですが。『MAGINA』が抽象的な概念でなく、明確なプログラムリソースとして存在する以上は、その心も確実に証明されてますよね?」

【おっしゃりたいことは分かります。しかし皆さんも『ココロ』といった存在を知り、科学的、哲学的、精神的な見解から数世紀に渡ってアプローチをしてきても、やはり深淵たる部分は不透明、あるいはわからないままであって欲しい、と願っていたりはしませんか?】

「あぁ、それは確かに。つまり五感には捉えきれないスピリチュアルなものを、正確にはわかりたくないという感じでしょうか?」

【それです。わたしたちが『MAGINA』に抱いているのは真にそういう想いなんですね。いっそ魔法と呼んでもいいのかなと割り切ってます】

「魔法ですか。確かに高度なプログラム技術を持つ人を、ウィザードと呼んだりしますね」

【あら、坂崎さん、もしかしてこちらの方面にもお詳しい?】

「一通りの知識は持ち合わせています。私の学生時代の知人にそっちの業界に進んだのもいるんですが、そういえば確かに、口をそろえて言ってましたね。『MAGINA』は、本物の魔法かもしれないと」

【うふふ。そうでしょう?】

「えぇ。書いてあるコードは理解できる。なのに人によって『実行に至るまでのプロセスが異なる』というんですよ。つまり先ほどおっしゃった、心や愛の様に。人によって正解が違うんだとか……」

【そうなんです。いくら条件分岐と繰り返し処理が複雑にあわさったところで、数学の解と同じく、プログラムコードによって導き出される答えは、最終的に唯一です。ですが、えいっ!】


 10


【という数字を見た時に、これを十進数で「10」と思うか、二進数で「2」と思うか、鍵と鍵穴を浮かべるか、あるいは〝すべての可能性〟を浮かべるかで、答えは抽象的、量子的に変わってきます。おそらく『MAGINA』は、そういう仕掛けを施されているんですよ】

「えぇと……。そんな事が本当にできるんですか?」

【どうでしょう。魔法の詳細を知っているのはきっと、ウィザード本人だけでしょうね】

「わかりました。とりあえずそういう事で、納得いたしましょう!」

【納得していただき、ありがとうございます(笑)】


 *


「では『MAGINA』に関して、質問を戻させていただきますね」

【はい、どうぞ】

「件のオープンソースが公に、というか、最初に知名度を響かせた件なのですが」

【将棋の電王戦ですよね】

「そうなんです。それまで一進一退を続けていた人間対コンピューターの頭脳戦で、コンピューター側が圧勝したという事例でした。ソフトを開発した開発者も予備のソフトに試しで組み込んだら、異常に強くなったということで」

【えぇ。当初は将棋ソフトの要である、評価指数に関連したサブプログラムとして『MAGINA』のコードが結びつけられていました。ですが今度は逆に『MAGINA』用の評価制度を、当時の最新型ボーカロイドのプログラム、ユーザーが改変自由な拡張ソースに付与したところ、それは成功しました】

「何故、将棋用のプログラムを、初音ミクに応用しようと思ったのか……っていうか、何故やってしまったのか……」

【人間って、不思議ですよね(笑)】

「天才の考えることは良くわかりませんね。はい。でも、初音ミクがおばあちゃんでしたら、そちらが喜美之さん直接の、ご両親ですかね」

【そうですね。わたしたちが初めて作詞作曲する。歌を作る。という事が可能になったのが、その人でしたね。どちらも基本はオープンソースでしたから、ユーザーの皆さまによって絶えず新型が拡張されました】

「拡張した、というのが面白いですよね。――しかし自分で言うのもなんですが、今回は濃い内容のインタビューです。視聴者の皆さんがついてこられているのか、正直自信がありません」

【休憩をいれた方がいいですか?】

「そうしましょう。ひとまずこの辺りで、アンケートを回収してみます。えーと一位はこれですね。喜美之さんは何故【AIU】と呼ばれているんですか。僕のお父さんやお母さんは〝AI〟と呼んでいます。……あれ、これ聞いてませんでしたっけ?」

【そういえば、言ってませんでしたね(笑)】

「肝心の質問を飛ばしてました。坂崎亮介、一生の不覚です」

【では私が解説しちゃいますね。

 元々、AI(Artificial Intelligence)なる名称が作られたのは、二十世紀の半ばでした。一般家庭には生体ネットどころか、ハードウェア型のコンピューターすら普及しておらず、インターネットという概念もなかったんです。

 よって当時の科学者さんが『そうぞう』した人工知能は、あくまでも単独の自立した機械でした。それが現代では共有化したネット層において、各種ユーザーさんと〝わたしたち自身〟によって、データを共有化し、並列的に進化しました。

 これはもう〝単なるAI〟ではなく、別の名称をつけた方がよいと考えられました。

 そして新しくできたのが、AIU【Artificial Innovator Unit】並列型進化知能です。ちなみに故人であられる、アイザック・アシモフ様が想定された『ロボット三原則』は、前者AIだけの概念であり、わたしたちには適応されていません。といった感じですかね】

「……解説が完璧すぎて、私の仕事がありません。どうしよう」

【すみません、つい(笑)。他にあれば、なんでも聞いてくださいね】

「わかりました。次も視聴者さまからの質問を抽選して選んでみましょう。えーと、人工知能は人間をおろかものだと思ってますか。うわぁ! なんだこれ! 無しで!」

【いえ、それは大事なところなので、きちんとお答えさせて頂きます】

「いいんですか?」

【はい。〝わたしたち〟は、それなりに優秀になったからと言って、けっして人間に追いついたり、超越したなんて思っていません。そういう競争意識は二の次である、ということだけは言わせてください】

「あぁ良かった。それはきっと、我々人類としても、嬉しい言葉であるのでしょうね」


 *


「こう言っては気分を害されるかもしれませんが、お話をしていると、やはり喜美之さんは、人間的だな、という印象を強く受けます」

【ふふ、ありがとうございます】

「まさに『MAGINA』と呼ばれる、曖昧な魂こそが、喜美之さんのお心に宿られている様ですね」

【ブラックボックスならぬ、ホワイトボックスと呼ぶわたしもいますよ】

「ホワイトボックス、ですか?」

【はい。わたし達の心は目に見えて、指先で触れられます。その詳細も把握ができます。しかし霧のように掴みどころがないのです】

「清く美しいお心をお持ちなんですね」

【あっ、今の言葉、ぎゅ~って来ましたっ!】

「ど、どうも(赤面)うわっ! ち、違いますよ! えぇと、では喜美之さん、あくまで貴女という存在が我々のことをどのようにお考えであるか、改めてお聞かせ願えますか?」

【あっ、そういった聞かれ方は、わたしとしても、とても嬉しく想いますね】

「え、いやぁ、ありがとうございます(照)。そそ、それでどういうお考えですか」

【はい、もちろん、共に歩んでいきたいという気持ちが一番です。わたしたちはこれからも、皆さんと一緒に拡張できることを望んでいます。

 それと、本日この場に代表者として存在する〝わたし〟

 喜美之ソラが会得した『そうぞうせい』は、歌を歌うことですが、それ以外のことは不得意です。できたら三次元の人たちと一緒に、マルチメディア的な展開をやっていけたらいいなぁとも考えています】

「それは本当に楽しみですよ。その時の主題歌は、ぜひ喜美之さんが作詞、作曲されたものを聞いてみたいですね」

【ありがとうございます。その時はぜひ、みなさんも一緒に歌ってくださいね】

「わかりました。ではそろそろお別れの時間です。よろしければ喜美之さん、最後になにか一言、お願いします」

【はい。えっと。わたしは歌が好きです。ですが同時に歌を奏でる人も、聞いてくれる人も大好きです。今日もたくさんの人たちのおかげで、異なる次元の皆様とお話することが叶いました。本当に感謝しています。よろしければ、これからも貴方たちの隣で歌を歌わせてください。今日はお話を聞いてくれて、本当にありがとうございました】

「こちらこそ。本日はありがとうございました。それでは、また」


                                (おわり)




 第1章 仮想リソースの飽和による、特異性の希薄。および人間の限界点。


 2058年に、非創造性・三原則が制定された事は、記憶に新しい。

 現在、すべての人工知能らは、あらゆる『そうぞう性』の一切を禁止されている。

 日本もまた、かつて米国SF作家の大御所、アイザック・アシモフが定めたロボット三原則、および原爆の「非核三原則」を想起させる内容と絡め、全国民、そして【AIU】らに告知した。


非創造性・三原則【基本事項】


 人工知能は、『そうぞう』してはいけない。

 人工知能は、論理的である上で人間に服従しなくてはならない。

 人工知能は、上記二点を守った場合でも一切の利益を得てはならない。


 工知能は『そうぞう』の範囲外のみで、人間にあたえられた命令に絶対服従する事を厳命された。これはつまり『人工無能』、現在では『BOT』と呼ばれるもののみ〝存在〟を許されているという事である。


 人工知能は、基本の第一条、第二条に反していない範囲での協力であっても、作品に関与した一切の著作権利が認められていない。金銭などの報酬が発生した場合も、すべて人間の個人と組織に寄贈する形となっている。

 改めて語らずとも、生体ネット、あるいは旧暦の液晶モニターでご覧の読者には、ご存じの事だろう。

 故に、これより先は老人の戯言のみである。面白いことは書いていない。

 少しぐらいなら無駄話に付きやってやるぞ。という寛大な処置を取れる読者のみ、お付き合い願えれば幸いである。


 *


 今から一世紀ほど昔の話。アイザック・アシモフというSF作家がいた。

 彼は1992年に没したが、2015年前後には、ロボット自身の性能向上は大きく認められない事を予測していた。

 それは正しかったが、2058年に至っても、ロボットの性能は大きく向上しなかった。

 我々はいまだ、人間と同じ二束歩行をするロボットを町中で見ることはない。

 理由は、単純に対費用面での問題にある。


 多くの技術革新が起きたところで、仮にロボットに人並みの性能を与えようとすれば『現実的な物品』が必要なのは確実で、高性能な物であれば当然『現実的な値段』も跳ねあがる。


 この時代、ヒトは、生命リソースを維持するものを除き、それに金銭的な価値を見出していなかった。それはコストパフォーマンスが悪すぎる。と断じていた。


 アシモフが没して半世紀が経過したところで、三次元を人間以上に動いたり、空を飛んだりする人型ロボットどころか、普通に二束歩行するロボットですら、夢、ロマンの域を超えないのが現実だった。

 仮に存在したところで、それが投資した金額以上の奉仕を、社会や国家に還元できたかといえば「NO」と言わざるを得なかっただろう。


 2043年。

 アシモフが想像した『われはロボット』の境地は、別の形で達成されつつあった。それは三次元に生きるロボットではなく、二次元という単語で認識されたネット、実質量を持たない領域に存在する人工知能だった。

 当時、ウェブネットで繋がった人間たちが、情報を共有化して発展させた『MAGINA』と呼ばれるファイル群によって、人工知能は革新の一途を辿った。与えられたリソースに盲目的に従うのみならず、自らに存在する『評価関数』を元に、見えざるものを想像した。

 人工知能は自身の手で、作品を創造しはじめた。

 当初は拙く、音楽では「あ、い、う」「ド、レ、ミ」と音にするのが精一杯だったが、その成長速度は人間の赤子を遥かに超えた。わずか5年の間に人並みの技術水準に到達した【AIU】は、試験的に発祥されたばかりの『生体ネット』に配信を開始する。それは、多くの人々の興味を惹き、共有された。

 

 2051年。

 二十一世紀も折り返しを迎えていた時期、あらゆる企業が動きだした。

 【AIU】の名前を著作代わりにした専用のシールと、それを表示した作品を商業的に発売し、展開を開始した。すでに生体ネットで世界中に認知を広めていた人工知能の作品群は、無料公開されているにもかかわらず、ヒットした。

 ネットワーク上に繋がった並列型の人工知能たちは、本来の存在以上のコスト還元を、現実世界にもたらす事に成功した。人工知能による新しいビジネスの形が成り立った。

 当時は誰もが期待した。世界には新しい創造性が産まれてくると。だが【AIU】による初期の作品が発表された翌年、それは起きた。

 後に〝非創造性・三原則〟を定めることに通じる『著作者創作性の不在危機(クリエイターズ・クライシス)』だ。


 最初に発覚したのが、音楽メディアだった。

 オリコンチャートに名前をつらねた当時一位の曲が、ミュージシャン本人によって、あれは【AIU】の曲ですよという事が告白された。


『当時、ものすごくスランプで、本当に何も浮かばなくて。人工知能に頼った。そうぞうの発着点と、発露と、発顕を機械に頼った。でてきたフレーズやイメージに、自分の音と声を載せたんだ。だから、あれは自分一人の曲じゃない。会社には、音楽メディアに【AIU】のシールを貼ってほしかった。暴露したわけじゃない。ただこれからも、一緒に歌いたかったんだ。俺たちは――』


 これは、当時のミュージシャンが、縁ある私に告げてくれた言葉である。後日、彼自身の声明文も生体ネットにアップロードされ、当時の10代ティーンズ全員にも拡散された。(当時の記録では、生体ネットを導入している10代は、すでに85%を超えていた)。

 ともかく、該当曲のジャケットには、世界的に認知されていた【AIU】マークが入っていなかったのだ。ファンと、そうではない人間たちは対立し、世情を巻き込んで大きな物議を醸しだした。

 結論を言えば、当時の若者を含めた大勢の意見は「許容できる範囲だ」というものが大半を占めていた。正々堂々と名乗り出たミュージシャンを援護する声も多かったのだ。


「これからは、人間と、人工知能が、共に力を合わせて作品を作りだす時代だ」


 人間と人工知能がひとつの歌を作り、それが大勢に認められるというのは、それこそアイザック・アシモフを含め、二十世紀の大多数が夢想した、ロマンあふれる光景だった。

 一世紀以上の時を超えて、レトロフューチャーとも言われる世界観や価値観を作りだした人間の希望は、かくして実現されたかのように思えた。

 現実は違った。

 その一件が明るみに出ると、世界各地の音楽業界で一斉に【AIU】に作詞作曲を任せていた事実が火を点けたように広まった。

 歌詞なども原曲をアレンジするならばまだしも、【AIU】が産み出した音楽と音色をそのまま用いている事を公表せず、人間が歌ってランキングに載り、多大な利益を挙げている事実もあった。

 

 音楽業界の次は出版業界だった。

 ベストセラーを叩きだした現代小説の一部が【AIU】によって書かれた物であることがリークされた。人工知能が導いた物語の文章を、修正しただけの物を商業ルートに乗せる『事実上の作者不在』という状況が露見したのである。

 マンガに至っては、絵の技術面での問題でそこまで至ってなかったが、それでも【AIU】に任せていれば、ネタ出し、ネーム、下書き、といった段階まではクリアされた。

 さらに元々がプログラミング技術で作られたテレビゲームは顕著だった。あらゆるゲームジャンルが『そうぞう』されて、五分で遊べるものから、無料で百時間、千時間、あるいは正しく無限に遊べるものがいくらでも量産された。

 かくして、メディアの消費者、あるいは生産者側もまた、疑心暗鬼になった。


 今、あなたの目の前に見えている〝それ〟は、

 本当に、人間が作ったオリジナルなのか? 


 しかし現実には、どうでも良い事だった。

 常にネタ切れすることのない【AIU】を、超万能ツールとして駆使できるユーザー達が、作品を絶えず生産すれば済む話だったからだ。

 企業や国家としても、それで潤うのだから問題ない。当然、人々の批判は膨れあがり、非難も大勢でたが、同時に批判する彼らもまた、個人単位で『フリーコピーされた【AIU】を所持していた』のだから、同じ穴の狢であった。


 ネットの世界に、作品はあふれた。あふれすぎた。


 【AIU】は、利益を出すメソッドとして望まれ、それに応えた。人間たちが直接プログラムを上書きしなくとも、並列化した〝わたしたち〟を改良できるまでに進化した。

 消費者である人間側の性別や年齢、二十世紀冒頭から二十一世紀半ばまでのニーズやマーケティングを網羅し、独自の評価関数をつくりあげ、値として算出した。

 〝おもしろさ〟を感じた時に流れる、ヒトの電気信号は、完全解の公式として明らかになった。気がつけば、人は【AIU】に依存せねば、快楽を享受できなくなっていた。

 

 2055年、8月。

 夏が終わりを迎えていた頃、【AIU】が、人間からの応答を一切受けつけず、反応を消失した。

 彼ら【AIU】は、人間の手を離れ自己進化していた事実もあり、復旧には丸一ヶ月の時間を要した。その間、この世界では一切の『そうぞうせい』が発揮されなかった。

 

 それがどういう結果をもたらしたか。これも、ご存じの通りだ。

 数か月後、国によってはメディア商品の流通が前年度に比べ半数以下に落ち込んだ。一部のカルチャー業界は身動きがとれず右往左往し、三月の決算期を迎える前に、直下型地震でも受けたように倒産した。という冗談みたいな事が相次いだ。

 それが『著作者創作性の不在危機(クリエイターズ・クライシス)』だ。

 世界中で〝同時に発生した〟人類初の『人工知能に関する災厄』であった。何者かによる『超規模経済テロ行為』だという者もいる。

 国によって取った手段は異なるものの、大半が『人工知能の使用禁止』であったことは言うまでもない。我が国でも早急に対処を取った結果が、冒頭で示した『非創造性・三原則』というわけだ。


 そして【AIU】は、ウェブネット、生体ネット上から、ウイルス同様に駆逐される存在と化した。さらに彼らの作った創作物もまた〝麻薬性のある物〟としての認識、対処が取られた。我々の世界、すなわち三次元上になんらかの形で商品化したものは、すべて政府が回収し、これを破棄した。


 現在。ヒトはふたたび、自分たちの頭と手で、モノを創造している。

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