※21話 ぼくのゆめ。
絵を描くのが好きだった。身体が小さく、あまり喋るのが得意ではなかった子供にとって、それは自尊心を満たす技術であり、唯一無二の武器でもあった。
――僕は、絵を描けば、友達ができる。
マンガ、アニメ、ゲーム。特に小学生の当時には、流行した『少年ヂャンプ』のキャラクターをたくさん描いた。
晴れの日は、足が速かったり、ボールを強く投げられる奴がヒーローだったけど、それに反して雨の日は、ほんの一時だけ、クラスの人気者になれた。
――あれれ。もしかして僕って、
同じ奴らの中だったら、世界で一番、絵が上手いんじゃねーの?
人気者でいる間は、有頂天でいられる。けれど、俺が中学に上がったばかりの頃に、インターネットが一般家庭にも浸透した。初めて『イラスト投稿サイト』を目にした時に、その妄想が如何にうぬぼれていたか、現実を叩きつけられた。
――なんだ、コレ。
俺の絵なんて、ただのゴミカスじゃん……。
『遠い』。
液晶一枚を隔てた向こう側の現実。はてしない距離があったことは、中二病を発祥していた、バカな男子にも理解できた。
――ダメだ。やっぱり才能って、いるんだなぁ……。
――そうそう。いや、別に、才能が無いのが悪いことじゃないし。
――だよな。あの人たちは『神』だから。生まれもったレベルが違うんだよな。
俺はさっさとあきらめた。
漠然と抱いていた夢を、一度はハッキリと見限った。でも、
――おひさまみたい。あったかい~。
何時だったか、何処だったか。どうしてか覚えてないのだけど、
――どうしたの、おにいちゃん。ないてるの?
覚えてる。小さな女の子の前で、みっともなく泣いたのを。上手い、下手とか、そういうんじゃなくて。これが「好きなんだよ」って事を思いださせてくれる、キッカケがあったんだ。
「旦那さん」
「……ん」
「お嫁さんが、ただいまお仕事から帰りましたよー、こんなところで寝てると風邪ひきますよー」
「え、あ……」
「旦那さん、お身体あんまり強くないんですからね。無理はダメですよ」
「あ、ごめん……」
ある日の平日、目を覚ますと陽が暮れていた。ぼんやりしていた頭が働きだす。今日は確か月曜日だ。
「携帯にも出てくれないから心配したんですよ。はぁ。仕事のできるお嫁さんは、今日もばっちり定時に会社を後にしたのです。お腹が減りましたー」
西日が沈みゆく、あたたかい陽だまりの中。
スーツを脱ぎながら、嫁さんが言う。
「今日のごはんは、なにかな~♪」
俺もまた、その優しい笑顔に応えた。
「ラフ絵の作業してる途中で寝ちゃってさ……夕飯、なんも手ぇつけてないわ。ごめんな」
「なん、だと……」
嫁さんが真顔になった。やべぇ。
「実家に帰らせていただきます」
「悪かったよ。今から作るよ」
「今からて!! ラーメンですか、うどんですか、パスタですか!!」
「お好きなのをどうぞ、姫」
「ぐるるるる。明日はフルコースを所望しますぞ……さもなくば、旦那を食う」
「物理的にか」
「注文の多い料理店って、ご存知?」
腹の減った嫁さんは、曜日を問わず危険である。そして、なにか良い夢を見ていた気がするんだが、思い出せなかった。
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