Dirty Works

空薬莢

序章

プロローグ


「戦いは必要なもの」

ある人間はそう言った。

一方で、別の誰かはこう言う。

「戦いは不必要だ」

この二人の意見はある意味で正しく、ある意味で間違っていた。

しかし、その事を指摘する人間など、誰一人としていなかった――





レティクルの向こうで血飛沫が上がる。

(……残りは…………9体か)

僅かに銃口を動かし、次の標的の頭部へとクロスヘアを合わせ、僅かにずらして深呼吸。

数瞬後に手振れが無くなり、トリガーを絞り込む。

刹那。轟音と共に銃弾が発射され、血飛沫と脳髄の断片が宙を舞う。

標的の様子を確認せず、次の標的へとクロスヘア調整。再度、トリガーを絞り込む。

血飛沫。

肉片。

再照準。

ただ、同じ動作を八回繰り返す。

そして八度目のトリガーを絞り込んだ時、“依頼”は終わる。

(……帰ろう)

全標的の絶命を確認した俺は伏射姿勢プローンを解く。

手にした.338口径対人ライフル〈AA SS91〉を肩に掛けた直後――

『依頼……終わった?』

予め右耳に装着していたヘッドセットから、抑揚の無い少女の声が聞こえた。

「あぁ。……終了だ」

『……14時方向500m先の路地で合流。大丈夫?』

「了解だ」

通信を終え、指定された位置に向かう。


数分後に着いた目的地には一台の大型車が止まっている。

正確に言えば、四輪の高機動装輪輸送車―――つまりは装甲車だが。

他に停車している車両は見当たらない。

俺は件の装甲車のドアを開け、助手席に乗り込む。

「お帰り」

「あぁ」

隣から聞こえた声に返答しつつ、ドアを締め、ライフルを後部座席のラックに懸ける。

「……何時も通り?」

「……あぁ。何時も通りだ。ノルシェ」

答え、隣を―――運転席の方を向く。

運転席に座っていたのは、白髪の色白華奢な少女。

仕事上のパートナーである、ノルシェ・リオートだ。

無口、無表情、無感情で何を考えているか分からないが、嫌われてはいない。

「……そう」

ノルシェの返答と共に、装甲車は走り出した。



「……入社希望者?」

店に戻って数分後。話を聞いて、ノルシェに問う。

「そう」

返ってきた答えは短い肯定。俺は溜め息を吐いた。

(……ハァ……なんで此処なんだ……他にもあるだろうに)

俺とノルシェが営んでいるのは、便利屋。

主な依頼は〈魔物〉の駆除。

危険かつ不安定収入の職業だが、一度に入る収入がデカイからか、経営者は多い。

その中でも然程、有名では無い此処になんで来る?

……考えられる理由は一つだけ。


――――実力が足りない。


実力、実績至上主義のこの業界、大手の新入社員は生半可な実力だと弾き出される。

故に、ハードルの低い所に行くか、自分で会社を建てるしかない。

(……だとしても、俺もノルシェも求人は出していないし、雑誌の特集に載るような大手でも無い筈だが……)

そこが謎だ。

「……考えるだけ無駄」

俺の考えを読んだのか、ノルシェは言う。

「無駄?」

珠にいる〈魔物〉を殺れればそれでいいという戦闘狂か?それなら分かるが……

「理由が履歴書に書いてない」

「……おいおい」

落胆しつつ、ノルシェから履歴書を受け取る。


名前……フィア・リベリ

年齢……16歳

志望動機……


――――本当に書いてなかった。

……何だよ、この新入社員。

「どうしようもない。……明日、9時から面接の予定。……大丈夫?」

だが、話は進む。

ノルシェの口振りからして、変えようが無さそうだ。

「……大丈夫だ」

故に、肯定せざる負えなかった。


翌日。

「よろしくお願いします」

規定の時間の五分前に入社希望者とおぼしき人物がやって来る。

金髪緑眼の明るい雰囲気をもった少女だった。

「適当な椅子に座ってくれ」

「分かりました」

やって来たわけだが……

「得意とする武装は?」

「自動拳銃……ぐらいですかね?」

(おいっ!?)

質問の答えに俺は愕然とした。

嘘かと思い、履歴書を見直す。……曖昧な答えしかない。

――――通りで、門前払いを食らうわけだ。

拳銃というのは近距離自衛用の銃火器。25~50mまでが人間が狙える有効射程の限界であり、これも神業クラスだ。統計データ上だが、拳銃の平均交戦距離は10m以下。つまり、素人な ら2、3m程度の距離で当てられるか、だろう。

近接戦闘を得意とする“変態”は、この業界では片手で足りる数しかいない。

(コイツも、変態の一人だと言うのか?)

いや、それは無いだろう。―――変態なら、ここに来ない。

「あの……面接、無いんでしょうか?」

と、そこで少女の心配そうな声が聞こえた。

振り返って少女を見ると、表情に不安がありありと浮かんでいる。

(……ハァ……面倒だな……)

手っ取り早く、アレで済まそう。

「面接は無い。代わりに実技試験で合否を決める」

「………………はい?」

少女が首を傾げる。

拍子抜け、ということか。――――まぁ当然だな。通常、実技と面接。双方あってこそ就職試験。

「そういう事だから射撃場に移動」

「……分かりました」

数瞬の躊躇こそあったが、少女は了承した。


数分後。

射撃場に着いた俺達は拳銃用のレーンに並ぶ。

「合格基準は20ヤード(約18m)先のマン・ターゲットのバイタル・ゾーンに六割命中だ」

「20ヤード……ですか」

少し、不安そうな少女の声。

だが、声とは裏腹に、二挺の大型自動拳銃〈CA HCB02〉を握る手は全くブレない。

そのまま、立て続けにマズルフラッシュが瞬き、空薬莢がリズムを刻む。

瞬時に双銃の全弾薬――24発を撃ち切り、慣れた手つきで空弾倉をリリース。

「結果は……どう……ですか……?」

さっきまでの様子はどこに行ったのか、少女の声は不安そうなまま。

結果の方を確認すると――

(……ワンホールか)

マンターゲットの頭部。その前頭葉にあたる部分に2㎝程度の孔が空いていた。

……拳銃を扱うなら十分過ぎる腕。

何故、落とされ続けたのだろうか。

(……もしや…………)

この少女は上がり症なのか?

身体は覚えている。……でも、精神がそれを台無しにしているといったところか。

だとしたら何故、今はミスらなかった?

後がないからか?

確かに、追い詰められないと実力を発揮できないという奴はいる。その類いなのだろう。

(……面倒くさいのが来たな…………)

何にせよ、少女は条件をクリアした。

入社する資格は手に入れたわけだが――

まだ聞かなければいけない事がある。

「お前は何故、俺達の所を選んだ?」

「え……?……えっと……その……他の所は全部落とされたから、です」

ばつが悪そうに答える。

「……なるほど」

近接特化の人員は歓迎されない。無駄死にするからだ。

「ならば問おう。此処は理不尽か、極端に簡単な依頼ばかりだが、それでも入るか?」

「はい。入ります」

即答。

「……ノルシェの意見は?」

先程から気配を消していたノルシェに問うと、

首を小さく横に振る。異存はないらしい。

(……決まりだな)

「積もる話は店の方で話そう。……戻るぞ」

という言葉に――

「はい!」

フィアは元気に答え、

「……」

対称的にノルシェは無言で頷いた――

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