少女、怪物の依頼に戸惑い、スュン、少女の正体を知る。

1、夜の博物館(一年前の出来事)


 少女は御影石の台座に寄りかかり、ゆかの上に座ってスカート越しに自分の膝を抱えた。

 顔を上げ、グリフォン像のあごを見つめる。

(どうしよう……〈使い手〉を探してくれ、なんて……)

 グリフォンに魔法をかけてもらい、透明だった自分の存在にが戻った。

 怪物が言うには、声を出して人に話しかけることも出来るらしい。

 八年間、自分は誰の目にも映らない存在だった。

 八年間、自分の声は誰にも届かなかった。

 この見上げるほど大きく美しい怪物像の魔法で、少女は自分の姿を取り戻し、声を取り戻した。

 ……しかし……

(魔法を掛けてもらったに、人を探せ、なんて言われても)

 探すのは男? それとも女? ……分からない。

 子供? それとも大人? ……分からない。

 職業は? 住んでいる町は? 顔や姿の特徴は?

 すべて、何も、分からない。

 グリフォンは、ただ(会えば分かる)とだけ言った。

「自分で探すことは出来ないの?」少女は、怪物の両翼を見上げながらたずねた。「その大きなはねで空を飛んで」

 グリフォンは(無理だ)と答えた。今の自分はほとんど動くことが出来ない、と。

 ……〈使い手〉からの起動信号が無ければ、私は空を飛ぶことはおろか、脚一本動かす事も出来ない。周囲を走査スキャンする能力もごく狭い範囲に限定されている……〈使い手〉が覚醒していれば、そして、強力な通信機能を有した〈武器〉を手に入れていれば、世界の果てからでも起動信号を送って来るはず……しかし、それが望めない現状……私が自分の能力を完全に取り戻すためには、〈使い手〉の方から走査スキャン範囲の内側まで近づいてもらい、直接『起動命令』を発してもらわなければいけない……

 グリフォンが魔法の言葉を使って少女に言った。

 少女は、グリフォンの言った意味の半分も理解できなかった。

「ええと、良く分からないけど、とにかく、その〈使い手〉とかいう人に会って、話がしたい訳ね?」

 都市国家サミア公立博物館グリフォン像展示場の、満月の光に照らされ青白く光るホール内を見回す。

 一時間に一度の見回り以外、真夜中の展示場を訪れる者は居ない。

 しかし、ここはサミアで一番大きな公立施設だ。昼間は大勢の市民が来館する。職員も居る。

「博物館で働く人とかグリフォン像あなたを見に来たお客さんとかに話しかけてみたら? なにか手がかりが見つかるかも……」

 少女の言葉に、怪物はわずかに首を振ったように見えた。 

 ……駄目だ……私には、人間の音声言語を発する能力が無い……人間の声を聞き、解読することは出来るのだが……自分から発信する能力は持っていない。

「じゃあ、何で、こうして私と話が出来るの?」

 ……これは音声言語ではない。声ではない声、『魔法言語』だ。人間には理解出来ない。聞くことさえ出来ない言葉だ。そして……

 グリフォン像は、金属の目玉を動かして少女の瞳を見た。

 ……少女よ……お前は……だから私の言葉を理解できるのだ。その体は私の発する魔法と親和性が高い。ゆえに、少々の魔力でお前を『可視化』することが出来た……


2、馬車の中(現在)


「博物館に居た少女……『グリフォン像が動いた』と言っていた少女は

 博物館からエルフ公使館へ帰る馬車の後部座席で、オリーヴィアは隣に座るダーク・エルフの少女に言った。

「人間ではない? それはどういう意味ですか? では彼女は一体いったい?」

「ゆ、幽霊?」

「クラスィーヴァヤの森、あの大陥没での出来事を思い出しなさい。あなたは、あの大陥没の底で何を見た?」

「大陥没の底で、ですか? ええと、エリクの『残留魔力』に……まさか……」

 ダーク・エルフの少女……スュンの瞳が大きく見開かれた。

「その『まさか』よ」

 オリーヴィアがうなづく。

「さっき偶然にも、私はグリフォン像の下で『透視魔法』を使っていた。それで『少女の正体』に気づく事が出来た……あれは死の瞬間に放出された魔力が疑似物体化した物よ。元の宿主の外見と精神を模倣する『魔力の凝固体』……人間が言うところの『幽霊』ね」

「あの少女が、エルフが死ぬときに放出される魔力の凝固体? ……という事は『生前の』彼女はエルフだったという事ですか? 見た目は人間の少女そっくりでしたが……では、あれは『擬態魔法』ですか?」

「さあ? それはどうかしら。人間社会で暮らすエルフの数はそれほど多くないし、少なくともクラスィーヴァヤの森出身のエルフに関しては、全員、公使館で動きを把握しているはずよ。まあ、どこか遠くの森出身のエルフがこの街サミアに紛れ込んでいる可能性が無い訳ではないけれど……どうかしら」

「で、では一体いったい

「人間の中にも少数ながら魔法を使える者たちが居るでしょう?」

「魔法使い、という事ですか?」

「たぶんね。ただ『生前の』少女が魔法を使えたかどうかは分からない」

「魔法使いなのに、魔法が使えない?」

「コスタゴン閣下の言葉を思い出しなさい……閣下は、こう言われたわ。『潜在的に、全ての人間は魔力を有しているという説がある……しかしほとんどの人間は、自分の中の魔力に気づかないまま一生を終える』と」

「つまり……」

「事故か、事件か……何らかの理由で七、八歳くらいで死んでしまった少女がいた、と、仮定する……死ぬ瞬間、少女の体内に宿っていた魔力……少女本人も気づいていなかった魔力が、……しかしこの時すでに制御すべき本体、つまり少女自身は死んでしまっている」

「そして、エリクの時と同じように、元の宿主の精神と姿形すがたかたちを模倣し、博物館周辺を彷徨さまよい続けている、という事ですか?」

 スュンの言葉に上司がうなづいた。

「まあ、あくまで仮説だけど、ね。充分に有りうるストーリーでしょう? とにかく、が『幽霊』つまり死の瞬間放出された魔力の凝固体であるというのは事実。それは私自身が魔法強化された目で確かめている。……問題は……」

「あの『少女の幽霊』と、例のグリフォン像との間にどんな関係があるのか、ですね?」

「そういう事。こりゃ、なかなか面白い展開になってきたわ。スュンもそう思うでしょう?」

「お、面白い、ですか……わ、私は、むしろ面倒めんどうくさ……あ、いや、何でもありません……が、がんばります」

 スュンは力なく答え、「はぁ」というめ息が出そうになるのを危うくこらえた。

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