筆達管理人

@jam

第1話

1.プロローグ

  

  注:この物語はあくまでもフィクションです。

    登場する人物および出来事は全て架空であること、始めに堅くお断りしておきます。



 やっと会えたのだ

 会えないとあきらめかけていたあのヒーローに、やっと会えたのだ

 その御姿、一見しては解らぬが、月並みな表現ながら、オーラだけは群を抜いていた。

近隣の人々もそのオーラの光に照らされて影のように存在しているかに見えたー 失礼を承知で言うならば、とにかく、そんな感じだった。

 差し出した色紙に「ペンは持っている?」とやさしく問いかけてくれる

慌てて差し出したペンにサインがつづられるあいだ、こちらは言いたいことを、不躾ながらここぞとばかりにまくし立てる

「ずっと三十年来、ファンです。亡くなった父が同じ八年の同じ月の生まれなので、失礼ですが父のようにお慕いしていました」

「ああ、そう」サインをしたためながら放たれた言葉は、やや素っ気無くも感じた

"ああ、やっぱり『その中のひとり』なのだろうな"と、こちらもやや嘆息する

しかし、色紙と筆が丁寧にその握手と共に帰ってきたとき、それは杞憂だと知った

「ありがとう」

言葉に添えられた笑顔は間違いなく、悪を憎んで人を憎まぬ正にあの笑顔だ

そして、その握手の感触には驚きが隠されていたー

 紛れもなく、忘れていた父のあの厚く暖かく逞しい手の感触、そのものだったのだ!

「それじゃあ」ヒーローは決して粗略ではない感慨を残し、こちらも

「ありがとうございました」と、精一杯の感謝を込めた

 そしてそれが、伝説となったヒーローとの、最初で最後の出会いとなったのだ




2.裏稼業、始まる


 "この世とは不知火とぞ想う月影の 虫に一度も見たこともなし"  よみびとしらず




 「そーですね・・・・」

いやいや、その編集者が誠意的なのは良くわかっている。責める気持ちなどさらさらないが、しかし、時代が時代なのだ。

「無論、この内容は斬新です。誰も現在の資本主義自体に疑問を持っていることはないですし、この好景気で・・・・ま、実感ないとは言われてますけど、みんな起業したがっているくらいですから、誰も考えないでしょうね」原稿をなんとなくとりなすしぐさにも、むしろ興味を持ってくれている毛色だ。

 「バブル以前に、その崩壊や問題点についての学士論文を書いて発表したのですが、あの頃も全く注視されずじまいでした。」全く、非資本主義だつーと、すぐ共産主義だと短絡的に想われるー  そんな白黒単純な話じゃないのに「まぁ今度の好景気もそうは続かないでしょうから、いちいち景気不景気なんてものに人間が翻弄されるのはアホとしか言いようがないので、現在の経済システム自体を一端否定する視点で書いてみたいんですよね。」

 こーゆーとこは、いわゆる『勝負所』と言うのだろうが、気合は情けないほど明らかに欠しているけれども。

 いかん、また競争原理を照らし、ついぞ考えちまってる

 「いや、悔しいでしょうね。色々と最初から並んでおられるのに、言わば割り込みされているみたいですよね、お気持ちお察しします」

 ああ、解ってもらえたんだ。解ってもらえただけまだありがたい。この言葉さえもらえることは殆どない。中には誠意なのだろうけれど『よければゴースト・ライター紹介しましょうか』等と言う失敬な編集者も居るくらいだから。

「とにかく、原稿はお預かりします。そうですね・・・・結果はなるべく早い時期にお電話でお知らせします」 極めて真摯に、背広を調えて挨拶を。

こちらも非礼にする理由なぞない「ありがとうございました。吉報、お待ちしています。」

 扉をあとにするにせよ、決して成果がなかったわけではない。そう思わないと、とてもじゃないが。受付の女性がいやに美しい。こんな時にもそんなことを考えるとは、男とは因果な商売だ。


 もう、かれこれ三、四年年にもなろうか。自己発信と言うものを真剣に考えたのは。

 何がイヤかと言うと、せっかくこちらが何十年も前から提唱していることを、社会的発言権がないゆえに他人に持ってかれることだ。ガキのころは、それなりの努力をすれば結果がついてくるものだと、信じきっていた。だがその内、限られた情報発信者が世間にヤル気を出させる為に仕組んだ罠だと知った。しかも、メディアでその発言権をもっているのがレッキとした研究者やそれなりの専門家や知識人ならまだいいが、全くオヨビでない、時にはジャリタレなんぞがいけしゃあしゃあと社会問題説いているのでは、地道に研究をしている研究者達は悲劇だ。先に並んでいるのだから、お先に失礼しますと挨拶されるのならまだよい。しかしこれでは正に、自己発信権がなければ存在していない「シュレジンガーの猫」ー 存在しない、と宣言されるに等しい。人の才能がフェアに計測されている二十四世紀ならまだしも、ここは人類が人的資源の的確な運用と開発方法を全く持っていなかった二十一世紀初頭なのだから。

 そうそう、その三、四年と言うのは、ネットだ。とにかくこちらとしては二十年は前からこの手の情報手段ができることを待ち望んでいた。一方的な情報発信に甘受していたんじゃあ、おもしろくもへったくれもない。インタラクティブこそが真の民主主義なんだし、そんな猫もぼつぼつ卒業してもバチはあたらんだろう、と。

 だが問題があった。ドメイン登録にしろサーバーレンタルにしろ、やたら維持費がかかる。いかんせんこちらは人生最悪のジリ貧期なのだ。チャンスとわかってはいるものの、先立つものがなければなんとも御しがたい。なーに、タンツボサイトだって、ちゃんと考えてはいたさ。研究にあてる時間とネットの知識にあてる時間ー どっちをどう工面したらいいのやら、いずれにせよ問題は壁の如く立ちはだかっていた。

 ものを書いておぜぜがもらえれば、そりゃ言うことはない。しかし難しいご時勢になっているのは、これもまた事実である。しかしまぁ、なぜこれほどまでにツキがないのか・・・・じっと手をみているばかりでは仕方あるまい。本当は映像も手がけたいのだが、それもいかんとも、ままならんところだ。これじゃぁ、後ろ向き? そうそう、「前向きプロパガンダ」で搾取しようたって、そうはうまくゆくものか!

 

 六畳一間の我が家に戻ればまた、愛機のスイッチを入れる。ガラクタの寄せ集めのそれは、とんでもない起動時間を費やし今日も相手をしてくれようとしている。ネット生活のいいところは、こうして中古ガラクタの寄せ集めでも十分に機能してくれるところだ。騙されて新品パソなんぞ買わされている人々は、本当に可哀想なのである。

 さて、我慢ならぬ時間を経て(きっと始まった頃のテレバイザーも、画面に出会うまでこれくらいは待たされたのだろう)、ブラウザがいやいや姿を現すと、そこにはやっと自分の場が訪れてくれた。そう、当方実は非公式ながら、某女優を支える応援サイトの管理人でもあるのだ。ノーリスク・ノーリターンのささやかな憩いー およそウルサ方からすればややグレーな世界が、今日も自分を待ち望んでくれていた。そこは文字通りウタカタの夢・・・・メディア・ハエラルキーと"負執拗"な防衛網(『剥がし』などと称す勘違いのそれ)によって閉ざされた実ある夢とのささやかな接触の場でもあった。

 正直に言えば、目的はふたつ

 ひとつは、勿論、応援する彼女達の為。

 男優?  ご自分でがんばられてください!

 (但し、真剣にサイトを考えていた御仁は、おられることはおられるー 例えばプロローグのあの、ヒーローとか)

 もっとも条件がある。それは商業主義にのっとらず、あくまでもご当人の"タレント"が卓越していて、全く無名(この言葉、極め付けの差別用語と思うのだが、いかがなものだろうか?)ではこちらも忌憚なく体力なきゆえ、一定の知名度であることが望ましい。

 もうひとつの条件は、ふたつめの目的と重なるー

 ぶっちゃけ、自分の書き込みや発言を、衆知させたいが為だ。

 ただこのふたつめの目的は、ひとつめの目的が9であったなら、1か2を保たねばならない。全くないと言ってしまえば奇麗事だが、ひとつめを凌駕してしまえば管理人の外道だ。売名とは呼ばれたくはないものの、言葉に詰まるところではあるとは、潔く認めよう。どちらかと言えば功名よりも、自らが生きている証の様なものだ。

 更に付け句がある。それはいずれ公式サイトが一般化し、全てはけーやくの踊る資本市場に収斂され、自由な時期が一時であることを知っている無情だ。きっとほんのひとときの戯れに違いないそのひとときに。


 彼女を応援するサイトの管理人となったのには、幾つかの偶然の事情があった。説明臭くなるのをあえて承知で申し述べるなら、舞台もこなす若手実力派女優であり、テレバイザー(このフレーズ、さっきは説明しなかったが、三十年代のパルプバッカーならば、押して知るべし!)含めての立派な活躍があるにもかかわらず、応援サイトがひとつしかなく(ま、全ネット調べた訳ではないので一応、愚倶った限りでは)、そこに毎日かんそーなんぞを書き込んでいたのだがとうとうある日、そこの管理人が引退を宣言したゆえ、「それでは・・・・」と自ら後任に立候補したのである。

 それまでも数々のサイトでコメントをこなして来た当方としては、やっと自らの管理人としての技量が問われると、それはもう、やる気と根気と負けん気に満ち溢れていた。幾ら何を書き込もうとも、世間の著作権に抵触しないポリシーを守るため、引っこ抜いて来た写真を挿絵化するソフトを使ったり(今や違法極まりないが、ま、当時のお遊び、お許し賜れ)、とかくちこっとでも問題発言と見るや排斥や自粛を試みる言論の自由も解らぬ(応援相手を神の様に拝し是々非々の目をなくしハエラルキー製造機と化した輩は絶対に許せん!)遺伝子に対抗するため例え批判な書き込みでも品位に満ちたそれは(そうそう、サイトで『品格』を連呼していたのもこっちが先だ! 不公平ではないか!)、イオン荒らしにならん限りは削除しないとか、意を決したテーゼは幾つかあった。その世界観が作れることだけでも極めて得がたい。しかもこちらの正体がわからないと言うのが、なんとも愉快! 「覆面性の危うさ」との野次こそが、「この民度にしてこの政治家」と一意なのである(どうせ、言い訳です!)。

 ただ、書き込み達の余りの品のなさに絶句するその日も、なきにしもあらず。反発してか筋を通すため、彼女の事務所に氏素性を明かした手紙をそえた。返事はこないと解ってはいたが、そこはそれ、これも管理人としての意地なのだ。

 きょうはそこ、"常連さん"からの挿絵の提供に関する判断がせまられる。メール添付されたその作品は、いささか掲載に問題がないものとは言えない。決して得手ではないであろう画調、そして著作的なラインー だが絶対にその努力、蔑ろにしたくはないとの想いに燃える。とにかく作品群の中で支障がないと思われるそれを掲載し、御礼メールを呈する。ここにもまた、責任と意地があった。奇麗事と言う連中には、言わせておけばいいのさ! 自己発信を望むものが、他人の発信を阻んでなるものか! 過去の経験からして、言われているよりはるかに冷たい世間の風をなんとか、防いで通したい。匿名性ゆえの攻撃性と排斥などと問われては、哀しいではありませんか。なぜかネクラを蔑視するクセに、そーゆーのこそがほんとにクレぇんだよ、と、どやしているつもりでもあったのだ。

 いささか愚痴めいたが、そんなカラーで日々運営を怠らず、無事その挿絵も難なく掲示板の棚を飾った。常連さんからの御礼メールがまた、管理人ミョウリに尽きるこのひと節。

 

 サイトを開設以来二年ほど、出版社やら映画の会社やら、結構なご連絡頂戴したりとなって来ると、本当に感謝の念をいだくようになり、世間に対するネタミの気持ちもやわらいで来た。他のサイトでのイオン荒らしや誹謗中傷もさほどなく(但しこれはひとえに、当該女優様ご本人の人徳の賜物であろう)、本当に「自分の場」と言う文字がぴったりの空間に化けた。まぁ弊害と言えば時間がとられることであったが、世をなげく仮のフリーターとしては、何も問題のないところだ。

 今日は番組制作関係者から、ロケ案内のメールだ。なになにー 彼女の番組ロケが某日某所であるので、限られた場所からロケのご見学をどうぞとの、会社名と担当者名の書かれた実に丁寧なメールだった。これはありがたい! 長年の信用運営が、ついにこの様な実際のロケ見学の恩恵ををもたらしたのだ! 感慨ヒトシオとは、正にこのこと。なんだかんだ言いながら、ここはみーはーと言われても仕方がない。本音は、なにかこのサイトがやっと認知されたのだという、そんな一種仕事としての感慨に満ちていたのである。

 メールいわく、当日担当者本人は他の仕事で現場に居ないと言う。ふむふむ、ロケ現場での撮影は、後方より邪魔にならぬよう許可されている、とのこと。内容に齟齬がないかもう一度メールし、答えを聞いてその具合を特定した。内容からして会社名と担当者名に偽りはないようだ。会社も間違いなくその番組の製作会社であったし。

 総合的に判断し、日時場所等しっかと踏みしめ、サイト告知で景気よく公開! はぁ、わがサイト最初のイベントらしいイベント。いわゆるオフ会なるもの、セッティングしちゃおっかナ? 見学の喜びと感謝の書き込みに、なんとなく明るくなっては、いかんのだろうか?

 

 ロケ当日、まーなんと暑いことやら。

 ロケ地は2時間も先の場所である。思えば金も時間もなく、旅なんぞにおよそ縁はなかったが、これはいい骨休めのハイキングになるかもしれない。道を尋ね歩いて幾千里ー その場所はちょっとした丘の緑にあった。思ったとおり、ロケバスやら機材やら人やら、その昔映画を遊びで撮っていた身からすればなんでこんなに人が必要なのかと思うほど、わんさかと人であふれていた。しかししばし観察すると、その殆どが何やらロープの外側にいるギャラリーだった。へぇ~こんな偏狭の地なのに、近所の方々なんだろうか?

 無論始めにここは御礼とご挨拶を、とメールにあった製作会社とおぼしきプレートのあったブースに関係者を訪ねる。この紫外線ではなんの役にもたっていない百円帽をぬぐと、汗もぬぐって本番でないことを見極め、接触を試みる

 「お忙しい所申し訳ありませんー コールタール社さんのブースはこちらでしょうか?」 とりあえずはこちらのサイト名と事情等を担当者に告げる。するとひとりの人物がいかめしい顔をしてやって来てしまった。

「あなた、一体どう言うおつもりなんですか?」その男は明らかの怒り顔

「あの・・・・担当の片理さんにご紹介されたんですが・・・・」

「わたしがその片理ですが。私、あなたのサイトなんかにメールしてないですよ。それになんですか、告知されちゃったおかげでこんなに人がきちゃって、整理に一苦労ですよ!」

 その時、やっと事態がわかったー

 偽りのリークだったのだ!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る