桃花鳥
朔月 更夜
第1章 社神子
山の端から陽が登り始めたころ、神社の本殿の裏に聳える大きな桜の木の下、そこで
春風は朱鷺の方へ、桜の花びらとともに遅咲きの梅の薫りを運んでくる。
……もう、あれから一年も経つのか。
朱鷺の兄である
年の離れた兄の朱雀は、朱鷺が幼い頃に亡くなった両親の代わりに朱鷺を育ててくれた、謂わば育ての親でもあり、また社神子としての師でもあった。
朱鷺の住む神社は都から遠く離れた小さな村、その外れにある古いもので、朱鷺の家はそこで代々「社神子」と呼ばれる、村の護り手のようなものを勤めていた。
木々や風に宿る精霊たちやあやかしと交信でき、力を貰えると信じられ、村人たちから信頼を受けていた。
事実、朱鷺たちには精霊たちを見る力を持ち、また式神を呼ぶ力も持っていた。
このような清らかな力を持って、この小さな村と神社の祠、さらには村の周辺の山々を護っているのだ。
また、社神子には特別な務めがあるという言い伝えもあった。
しかし、その内容を知る者はいなかったため、特に他の巫女や神官の者と変わらぬ生活を送っていた。
朱鷺は
朱鷺には、村人たちが朝の参拝が来る前に、やらなければならないことが山程あった。
祠の前で、神への朝の
そんな、数え切れない朝の準備を朱鷺は一人でこなさなければならない。
特に今は年に一度の「
朱鷺は境内の簡単な掃除が終わると一息ついた。
一度離れへと戻り、山で取れた山菜の甘漬けと雑穀米もいう質素な朝ごはんを終えると、兄の墓前にも同じものを置き、本殿へ急いだ。
朱鷺が本殿へと戻ると、桃の鳥居の前には既に村人たちの姿があった。
「あ、朱鷺姉さま!」
「あら、
桃の鳥居の前、村人たちの先頭に少し襟足の伸びた髪を一つに結っている、緑の着物の生年が笑顔を朱鷺へ向けていた。
丘陵の上にあるこの神社まで走ってきたのか、朝の風の涼しい時間にも関わらず、額には汗で前髪がぺたりと張り付き、頬は桃色に染まっている。
与吉は村の少年で、両親と兄弟を幼い頃に失っているため、朱鷺のことを姉のように慕い、いつも朝の参拝には一番にやってくるのだ。
「今日も一番乗りみたいね。今結界を解くから、少し待ってて」
「うん!」
朱鷺が神社の結界を解くと、村人たちは祠の前までぞろぞろと並んで歩き、参拝を始める。
そんないつもの朝の光景を静かに見守っていると、与吉が朱鷺のもとへと駆け寄ってきた。
小さな両手を後ろに隠し、少し照れ臭そうな顔で朱鷺を見上げる。
今度は一体なにを企んでいるのだろうと、朱鷺がくすりと笑うと、与吉は両手を前に出した。
その両手には、朝の光をキラキラと反射する美しい石を繋ぎ合わせた首飾りがあった。
いつもなら捕まえた昆虫などを得意気に朱鷺に見せてくるので、少し驚いた顔で与吉を見直す。
その反応に満足したのか、与吉は満面の笑みを見せた。
「どうしたの、これ」
「綺麗でしょ。この石はとっても珍しい石だから、東の小川で一生懸命探して、少しずつ集めて作ったんだ! へへ、朱鷺姉さま気に入ってくれたかな?」
この小さくつやつやとした石は
そんなものをこの小さな与吉が自分のために、集め、首飾りを作ってくれたことに、朱鷺は少なからず驚きを覚えていた。
「こんな素敵なもの、本当に私が貰って良いの?」
「もっちろん! だって、朱鷺姉さまのために作ったんだもん。」
「ありがとう与吉、とっても素敵ね」
「うん。姉さまもうすぐ旅へ行かれるのでしょ? 綺麗なだけじゃなくて、これ、とっても強いお守りになるって、おじいが言ってたから、きっと朱鷺姉さまを護ってくれるよ! 」
「本当にありがとう」
朱鷺がそう言うと、与吉は笑顔を残し村の方へと戻っていった。
与吉に続くようにぞろぞろと参拝が終わった村人が、列をなして村へ戻るのを見届けた後、朱鷺は旅の支度をするために離れへと戻っていった。
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