火はまた上る
「そろそろだな」
330年5月2日、ブルーノは王宮のベランダの手前にある控え室で座っている。
ブルーノは座席から立ち上がり、カーテンを開けてベランダに姿を見せた。
そこはかつてブルーノが即位と停戦を宣言した場所だ。
あの頃と違うのはベランダの下の広場の景色。
昔は廃墟のような広場に民衆や兵士が無秩序に散らばっていた。
今は整然と並んだイルダーナ軍兵士とCDFの隊員が捧げ銃の姿勢で直立している。
彼らは対ムスペルヘイムを意識した演習を行うという理由で集結している。
ブルーノの右隣にはCDFの総隊指導者としてアルバーンがいる。
「イルダーナ帝国皇帝兼ルーン連邦大統領ブルーノ・ベレンスフォードはここに宣言する。ルーン連邦の盟主にしてルーン帝国皇帝ジギスムントの命に基づき、ホルス人民共和国、ミッドガルド人民共和国、アルフヘイム人民共和国の3国に対して宣戦を布告する。3国及び3国の掲げるイデオロギーは大陸の秩序を著しく乱し、いたずらに騒乱を引き起こそうとしている。それに対する罪は鉄と血によって購わなければならない。刑の執行は我が国のみならず、ニブルヘイム帝国、ムスペルヘイム=エゲリア帝国に対してもその責務を大統領権限として課す。そして我が忠実にして屈強な兵士たちよ、帝国の名に恥じぬ戦いを行うことを命ず」
自分たちの予想せぬ敵国の名を読み上げたことに兵士たちはざわめく。
しかし、隊列のどこからかから万歳の声が上がった。
「帝国万歳! 皇帝陛下万歳!」
他の兵士もそれに倣う
帝国兵士が銃を天に掲げる。
「イルダーナ万歳! コールマニズム万歳!」
CDF隊員も帝国兵士に負けじと銃を掲げて叫んだ。
「全軍、速やかにミッドガルドへ侵攻せよ!」
首都郊外の湖から空中戦艦が浮上し、戦場へと移動を開始した。
地上軍もそれに呼応して動き始めた。
こうして第2次大陸戦争は幕を開けた。
******
330年5月3日夕刻
ミッドガルド国境警備隊がイルダーナと隣接する国境の街道を警備している。
「このあたりは一通り見てまわったな、。特に異常なし……ん、あれは!」
警備兵のひとりがこの場にいるはずのないものを見咎めた。
「イルダーナの戦車じゃないか! なんでこんなところに!」
それもそのはず。
イルダーナはムスペルヘイムとの戦争に備えているはず。
にもかかわらずイルダーナ軍はミッドガルドに姿を現したのだ。
イルダーナ軍はたった3日でミッドガルドを降伏に追い込んだ。
ミッドガルドは予想外な軍事行動と圧倒的すぎる戦力差の前に屈服するしかなかった。
それに加えてイルダーナ帝国首都タラニスからミッドガルドの間は距離がないため、侵攻しやすいこともミッドガルドの早期降伏の要因に挙げられる。
イルダーナ軍はさらにルーンにいくらかの戦力を進駐させ、アルフヘイムへと侵攻を開始した。
それに対してホルスはアルフヘイムに軍を派兵してイルダーナ軍の進撃を止めることを試みる。
両軍はエルドフリームニル盆地で対峙した。
この地はアルフヘイム西部に位置し、付近には大都市がある。
ここは西部の要地というわけだ。
艦隊戦力はイルダーナ軍10個艦隊に対し、ホルス軍6個艦隊、アルフヘイム軍2個艦隊。
「盆地に地上部隊を突入させれば高地から砲弾の雨が降ってくるのは間違いない。そこで今回は――」
ブルーノは諸将の顔を見渡した。
戦場の地形を見て難しそうな顔をしている。
「別働隊によってアルフヘイム南部へ侵攻する。もちろんこれは陽動だ。陽動部隊の指揮をベックフォード中将に任せる。敵が盆地に降りてこちらの本隊に攻撃を仕掛ければ、卿の部隊は反転して敵主力の背後を強襲してくれ」
「敵が降りる確証はあるのですか?」
アンブローズは尋ねる。
「当然だ。敵は2か国合わせても戦力で我が国に到底及ばない。たとえこの場で対峙し続けていて、こちらが引いたとしても、こちらは守りを固めてしまえば相手は戦力差が開いている以上手出しすることができなくなる。では敵が勝つにはここで主力を討ち、戦力差をなくしてしまうしかない。あわよくば最高指導者である余を戦死させて我が国を一挙に弱体化させることができる。そんな状況でこちらが隙を見せれば敵は食いつくはずだ」
「それなら敵も動くしかありませんね。では早速行動に移ります」
アンブローズはリジルのブリーフィングルームから転送装置で自らの旗艦アリアンロッドに帰った。
「陛下は素晴らしい軍人だ」
アンブローズは呟いた。
心から湧き上がる高揚を抑えられない。
彼とブルーノと考えていたことが一緒だったのだ。
作戦を発表したときになぜその作戦の成功する根拠を尋ねたが、答えはまさにアンブローズが考えていた通りだった。
アンブローズとブルーノは似ている。
どちらも味方を射殺していて、高い志を持っている。
アンブローズはこの国の頂点に上り詰めたいと考えていた。
しかしブルーノの下で戦えるのならナンバー2でも悪くない。
「さて、我らの作戦を形にしようではないか」
不敵な笑みをこぼして指揮官席に座った。
******
ホルス軍アルフヘイム派遣軍艦隊旗艦
「イルダーナ軍4個艦隊がアルフヘイムの南部に進軍を開始したというのか」
ホルス軍アルフヘイム派遣軍司令官アダモフ大将が怪訝な表情で報告者である派遣軍参謀長ヴァルフコフ中将に言った。
「現地のアルフヘイム軍からそのように連絡がきています」
アダモフは意を決したように立ち上がった。
「正面のイルダーナ軍を攻撃する」
「なりません! ここを捨てて4個艦隊を討つべきです」
「貴様はバカか! あれが陽動だとなぜわからん。それでも士官学校を卒業した人間か! 大軍が分散したところを討つのが用兵の常道ではないか!」
ヴァルフコフを軽蔑する眼差しを送って言った。
「敵は盆地へおびき出そうとしているのです」
「目の前にいるのは6個艦隊、こちらは8個艦隊、数で押せば必ず勝てる」
革命に殉ずる覚悟のある我が国の兵士は、革命の成果を守るために死を恐れるはずがないと付け加える。
この男は兵士をただの駒としか見ていないのだなとヴァルフコフは理解した。
「全軍、突撃!」
空中戦艦が前進を開始した。
地上部隊もそれに呼応する。
ホルス軍が盆地に到達したところで苛烈な砲撃が開始した。
砲弾の豪雨は空中戦艦の艦艇部を撃ちぬき、戦車の砲塔を吹き飛ばし、歩兵をミンチにする。
それでも前進を止めない。
「ウラァァァァ」
歩兵は叫ぶ。
冷や水を浴びせるように砲撃を続けるイルダーナ軍。
「やつらはバカなのか? まるで撃ち殺してくださいと言わんばかりに突っ込んでくるじゃないか。所詮は劣等民族の軍隊ということか」
第2CDF装甲師団ブランウェンの師団長であるアーチボルド・ベアリングCDF少将、が突撃を敢行する敵に嘲笑を浴びせかけた。
「砲撃を1点に集中させろ。汚らわしいやつらの姿を土煙で隠してくれ」
差別主義的でありながら理性的な判断を下してホルス・アルフヘイム連合軍に痛烈な砲撃を加える。
装甲師団の砲撃だけでなく、国軍の対空戦車の濃密な砲火で突撃を支援する空中戦艦を撃ち落したことも相まって、連合軍の突撃の勢いは急激に落ち込んだ。
「どうしたどうした、この程度で突撃はお終いか? まだまだホルス人が生きているではないか。ならばこちらから仕掛けるぞ。突撃!」
高台の斜面を駆け下りて盆地の連合軍に殺到するイルダーナの戦車T-6。
6番目に正式採用されたことから名付けられたその戦車は、どのような地形でも高速で走破できる優れた走行性能を持っている。
集中砲火で浮足立った連合軍は反撃を開始した第2師団の前にあっけなく陣形を崩していく。
「CDFが前に出すぎだ。これでは陣形に隙が生まれてしまう。こちらも動くとしよう」
ブルーノはリジルの艦橋から命令を全軍に飛ばした。
兵力で勝っているはずの連合軍が押されていく。
「いったん兵を引け! 高台に後退しろ!」
恐慌状態の連合軍を立て直すべくアダモフは命令を出した。
「提督、後方の高台に敵影、規模は4個艦隊です。おそらくアルフヘイム南部に進軍していた艦隊と思われます」
ヴァルフコフは報告した。
「ではいったいどうしろと!」
アダモフはパニックに陥った。
指揮官が冷静さを欠いては最早お終いだ。
紙を引き裂くように簡単に崩れる連合軍。
そしてとどめを刺すべく背後から4個艦隊が攻撃を開始する。
「反転し、4個艦隊を突破して態勢を立て直す!」
「反転している間、こちらは敵に対して有効な攻撃ができません!」
「ええい、貴様は黙って――」
旗艦を突如振動が襲い掛かる。
ヴァルフコフは突き飛ばされるように壁に打ち付けられた。
起き上がるとブリッジは廃墟の体を成していた。
配線は剥き出しで、壁は剥がれ落ち、柱が倒れたり折れている。
そんな惨状が広がるブリッジに、アダモフは血まみれで横たわっている。
「提督!」
ヴァルフコフは駆け寄った。
アダモフの目はどこか見ているようでどこも見ていない。
その瞳に光はない。
「アダモフ大将は名誉の戦死をなされた。よって参謀長である私が指揮を執る」
ヴァルフコフは宣言した。
異論はない。
「全軍に命じる。イルダーナ軍主力部隊の右翼を横切ってアルフヘイム南部へ退却せよ」
後ろを4個艦隊に突かれ、正面からは猛烈な砲撃を受けながらも、なんとか右翼を横切って退却することに成功した。
この戦いでホルス軍は1個艦隊を喪失、2個艦隊が多大な損害を受けた。
しかしヴァルフコフの指示がなければ、全滅の憂き目を見ていたかもしれない。
ホルス軍は損害の大きい2個艦隊を統合して1個艦隊とし、連合軍の艦隊戦力はホルス軍4個艦隊、アルフヘイム軍2個艦隊となった。
******
339年5月18日 アルフヘイム南部ガラール平原
帝国の主力はホルスとの国境周辺に集結し、本国からの増援の到着を待っている頃、撤退した連合軍とそれを追撃したアルバート・ベアード率いる5個艦隊が睨み合っていた。
連合軍は左右両翼に練度の低いアルフヘイム艦隊を配した形をとっている。
「この戦いは機動力が勝負の決め手となる。こちらが指示を出したら速やかに行動するように」
アルバートはこれだけ言うと会議を終わらせた。
各員が配置についたという報告を受けて、砲撃を命じる。
「撃て」
砲火を交わす両軍。
「敵右翼に攻撃を集中させろ」
会議で言われた通り、砲撃を右翼に集中させる。
練度の低いアルフヘイム軍は攻撃に耐えきれず崩壊の兆しを見せ始めた。
「やつらはバカなのか! 対抗できない攻撃には後退してかわすのが普通ではないか。なのに連中は真っ向から迎え撃っているではないか」
ヴァルフコフは友軍に苛立ちを隠せないでいる。
「右翼に戦力を集中させろ! このままでは右翼が破られて戦線が崩壊する」
連合軍は右翼のカバーにはいる。
イルダーナ軍の猛攻に対して苛烈な反撃を加えた。
じりじりと後ろに下がるイルダーナ軍。
「左翼に攻撃を集中させろ」
素早く艦隊を動かし、左翼への集中攻撃態勢をとった。
砲撃を開始すると、先ほどの右翼と同じようになった。
「今度は左翼か! 右翼はもういい、次は左翼のカバーに回れ!」
連合軍が左翼へ動くと、イルダーナ軍は右翼へ攻撃の重点をシフトする。
連合軍がそれに対応すると、再び左翼へ動く。
一連の動きを繰り返すと、連合軍の両翼は今にももぎ取れそうな状態に陥った。
ヴァルフコフは迷った。
中央の戦力を割いて左右に回すか、それとも退却か……
しかし左右に兵を振り分けたところで練度の異なる部隊同士がまともに動けるとは思えない。
退却したいところだが、アルフヘイム国内には逃げ場が残されていない。
命令なしで本国に撤退すると、ヴァルフコフが敗戦の責任を問われて処刑されるかもしれない。
「提督、本国からです。速やかにイルダーナと我が国の国境地域に防衛ラインを敷き、当地の戦闘指揮を任せる。国家委員長ローベルト・アルバトフ。以上です」
副官の報告を聞き、ヴァルフコフは内心で歓喜した。
こんな負け戦から解放されるのだ。
「同志アルバトフの命令だ。速やかに本国へ転進せよ」
ヴァルフコフ率いるホルス・アルフヘイム連合軍は、またしてもぎりぎりのところで撤退することになった。
しかし撤退する際にアルフヘイム軍を殿に残した為に、アルフヘイム軍は壊滅した。
アルバートは戦闘態勢を解き、南部の平定作業へと向かう。
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