第11話 わぁい!男の娘だらけの格闘大会 副将戦


 ザンギとは醤油と生姜、ニンニクなどをベースとしたタレに鶏肉を漬け込み、卵と片栗粉をまぶして油で揚げた、北海道における鶏のから揚げの事である。

 僕の母さんの得意料理で僕の大好物だ。


 若干名、怪我や疲労で食事どころじゃないのも居るが、お昼休みをとることになった。

 母さんはユリ組の分まで弁当を用意してきたので、この場に居る全員にザンギ弁当を配って回っている、審判団の分もあるなんて用意周到過ぎる。


「何よも~!さっきから試合が中断ばかりしてるじゃない!」


 ザンギにかぶり付きながら文句を言う銀髪赤ビキニ、何だかんだ言って弁当を食ってるじゃないか!


「ふおおおお!!!何やこれは…!」


 僕の後ろの方でジュンがいきなり大声を張り上げた、突然何だ?


「外はカリカリやのに中はしっとりジューシー!鶏の旨みが染み出た肉汁が口の中を駆け巡る様や~!」


 何を言ってるんだジュン…グルメ漫画の見過ぎだろ!


「次の副将戦はジュンの出番なんだからあまり食べ過ぎては駄目よ?」

はしゃいでザンギを爆食いするジュンをたしなめるイツキ、まるでお姉さんだな。


「副将戦……!」


 ズーン!と急にうな垂れ落ち込むジュン、詰め込んだザンギで頬っぺたは膨れているが顔面は蒼白だ。


「ワテ…あんな奴らに勝てんのかいな?」


 僕らバラ組陣営の今現在の残り選手はスパッツのジュンのみ。

対するユリ組は、あの偉そうな銀髪ショートボブの赤ビキニ(そろそろ名前が知りたい所)と

ロングポニーテールくのいちの二人、このどちらかが必ず副将戦のジュンの相手になる訳だ。

 僕の予想だと十中八九、くのいちの方だと思うが…どちらもかなりの実力者だろう。


「そんな弱気な事、言わんといて~な…」


 弱々しいアイの声が聞こえて来た、少しだけ上体を起こしているが大丈夫なのだろうか?

 ある意味アイが一番深刻なダメージを負っているはず…


「ジュンはいつも根拠の無い自信とカラ元気がだけが取り柄やんか~」


「だけは無いやろ~!いつも一緒やったお前がこんな目にあってしもうた…大体同じくらいの実力のワテが勝てるとはよう思われへんし…」


 ジュンはアイの背中に片腕を回し、抱き起こしながら心情を吐露する。


「男の娘ならやってやれ!そやろ?」


 アイはニッと微笑み、グッと右の拳をジュンに向かって突き出す。


「あはは…!何やの?それ…」


 力無く笑ったジュンも拳を付き出しアイとグータッチ!目元にちょっとだけ光るものが見えたが気付かなかった事にしておこう。


「おいアキラ!ちょっと話があるニャ、ちょっとこっちへ来るニャ」


「何だよ?」


 カグラが僕を呼びつける、傍らにはリュックを背負った母さんもいる。


「話があるニャ…ウチのチームの五人目に付いての事ニャ!」


 何!!!?


「ちょっとここでは話せない事なのよ~あちらのビジターセンターまで付き合って~」


 ビジターセンターとはこの夢の林公園にある室内施設だ、外見は巨大な銀色の卵の様な独特の形をしている


「分かった!」


 母さんにまで言われては行くしかないが、一体どういう事だろう…


「イツキ!ワシらは暫く戻れないかもしれないニャ、しばらくこの場はお前に任せるニャ」


「あ、はい分かりました…」


 イツキは小首を傾げてどういう事?と言いたげな眼差しを僕に向ける…すまん!僕も知りたいよ。

 カグラと母さんに促され僕はここから少し距離のあるビジターセンターへ向かった。


「はい、ちょっとこのリュックサックを~開けてみて?~」


 ビジターセンターの会議室…ここの職員に知り合いのいる母さんが頼んでちょっとだけ借りている。

 ずっと気になっていた母さんの背負っていたリュック、一体なにが入っているのか。

 ジッパーを開けるとそこに入っていた物は…


「はっ?…メイド服?!」


「そうニャ!ワシがシノブに頼んで持って来てもらった物ニャ!」


 出て来たのは紺色のメイド服、あとはヘッドドレス、オーバーニーソックス、ガーターベルト、パンティまで!?それらはすべて純白だった。

 最悪の展開が頭をよぎる…だが敢えて僕は二人に聞き返してみた。


「え~と…これはどういうことなのかな~?」


 物凄~く白々しく、物凄~くワザとらしく。


「いや~ね~そのメイド服は~アキラ君が着るのよ~?母さんきっと似合と思うの~」


 やっぱりかい!!


「ちょっと待って!僕が女装して選手の頭数合わせをしても意味ないだろう!?」


「まあ聞くニャ!次の副将戦ニャが、ワシの見立てだとジュンは確実に負けるニャ」


 僕もその予想はしていたさ、だが実際に他人に言われるととても悔しい…


「だからこそ五人目の選手が必要ニャ、バラ組の主力がいない今となってはアキラにやってもらう以外に無いのニャ!」


「だからって格闘技経験ゼロの僕が出て行って勝てるはずがないだろう?」


 今までの試合を見て来たから分かる、一般人が興味本位で首を突っ込んではいけない世界だ…別の意味でも…


「ワシが何の根拠も無くお前にこんな事をさせようとしているのではないニャ!アキラ、お前は生まれついての生粋の男の娘なのニャ!」


「なっ…何を言ってるんだよ?そんな馬鹿な!」


「お前の父シノブはトランスアーツを極め、今や身も心も完全な女性になっているニャ、そんなシノブの遺伝子を受け継ぐお前は初めからトランスアーツ界のサラブレッドなのニャ!」


「それはそうだろうけど…だからって…」


 狼狽える僕に、更に追い打ちをかける様に言葉を続けるカグヤ。


「尚且つお前はシノブの母乳を飲んで育ったニャ!アニマが大量に入った母乳でニャ!だからお前の体細胞は既にアニマで変質可能な状態の基礎が出来上がっているニャ!」


 何だって~?!


「さあ、試しに強く念じてみるニャ、自分は男の娘であると…」


 カグラの口車に乗っては駄目だ!この一線を越えたら僕はもう元には…

渋っている僕を見てカグラが言う。


「では、イツキ達と過ごしたこの数日の出来事を思い出してみるニャ!」


思い出す?……。

え~と、イツキがセーラー服女装で僕の前に現れた時は不覚にもときめいてしまったっけ…

ミナミに夜這いされたり、ジュンにオッパイ擦り付けられたり、

女性化したイツキと抱き合って…キス?…したり!

 カァァァァッ!顔が熱い!はっ恥ずかしい!!胸もドキドキと高鳴る!

 ドクンドクン!…胸の奥に何やら熱い物が集まって来るのが分かる…ドクンドクン!


「えええっ?」


 僕の体はイツキやミナミと同様の淡い光に包まれた。

 少しずつ膨らむ胸、丸みを帯びる体、伸びる髪。


「ああ…!」


 僕の体は完全に女性化していた!


「そっ…そんな馬鹿な!…」


 まんまと嵌められた…。


「ワシが睨んだ通り中々青春していたようだニャ、アキラ!

トランスセクシャル化は恋愛感情もきっかけになる事があるのニャ!」


 ニシシと笑うカグラ、信じられない…今まで男として生きて来たアイデンティティーが崩壊しそうだ…


「うむ、流石ニャ!初めてのトランスセクシャル化がここまでとはニャ!」


 色めき立つカグラ、チクショー!そんな事を褒められてもちっとも嬉しくないよ!


「まあ~カワイイ~!私~いつかアキラ君が~男の娘になってくれるって信じてたわ~さぁ~お着替えを済ませてしまいましょ~きっと似合うわ~」


 …ああ…もうどうでもいいや…僕は母さんの等身大着せ替え人形と化した。




 アキラ、カグラ様、シノブ母さんが席を外して暫く経つけど、三人は一向に戻って来る気配がなかった。


「そろそろ副将戦を始めましょうか…あら?あの小生意気な坊やとカグラ様が居ないようだけど?」


「あの二人は重要な要件で今は外しているわ…」


 実際、どんな要件かは私も知らない、でも私はこの場を任されたんだ、しっかりしなきゃ。


「まあいいでしょう、居なくても試合は続行可能ですものね」


 赤ビキニは余裕綽綽だ、次の一戦で勝てばユリ組勝利の図式はさっきと変わっていないのだから。


「さあ!ここで決めてしまいましょう!カナメ!出て頂戴!」


「承知!」


 ボン!

 くのいちことカナメが突然、フィールドに煙幕と共に現れた!

 忍者と言うだけで曲者、強者だと言うのは容易に想像できる。


「じゃあこっちはジュン!お願いね」


「よっしゃ~!まかしてんか~!」


 すっかり吹っ切れた様子でスタスタとフィールドに入って来るジュン、短めのサイドポニーが勇ましく揺れる、さっきまでの弱気な雰囲気は微塵も感じられない。


「副将戦、ファイト!」


 遂に副将戦が始まった!


「ワテもイツキはんを見のろうて先手必勝や~!」


 開幕からカナメに向かって突進するジュン!

 手本にしてくれるのは嬉しいけど、ああ言う何が飛び出して来るか分からない相手に無暗に突っ込むのはオススメしないわ…

 カナメに向かって身をひるがえし浴びせ蹴りを仕掛けるジュン、見事にヒット!

と思いきや、ジュンのキックが当たっていたのはカナメのくのいちコスチュームと 同じ物が巻かれた太い丸太であった!


「痛った~!」


 右足のふくらはぎを押さえて片足でピョンピョン跳ね回るジュン!変わり身の術!やはりこの人は忍術が使える?

 アキラはこのくのいちカナメの事を敵の五人の中ではヒカルより格下に見ていた様だけど、カナメの戦闘スタイルは単純な戦力分析には当てはまらない厄介さがある。


「何のこれしき!」


 痛みに耐え体制を立て直すジュン、そうよジュン!すぐに切り替えていきましょう。

 今度はパンチのラッシュでカナメを責め立てるジュン、しかしカナメは残像が残るほどの素早さで次々とジュンのパンチをかわしていく。


「はぁはぁはぁ…!」


 肩で息をするジュン、攻撃は相手にガードされていてもヒットさえしていればそうでもないのだけれど、空振りし続けると非常にスタミナを消耗するもの…


「フフフ…お主の実力は分かり申した…次は拙者が攻めに転じる番でござる」


 カナメは顔の前で印を結ぶ…何やら呪文のような物を唱え始めた。


「何を始める気か知らんけど、させへんで~!」


 カナメに向かって猛ダッシュするジュン、しかしカナメの術の準備は完成してしまった様だ!

 カナメの姿が一人から二人、二人から四人と倍々に増え、たちまちジュンを取り囲むように円を作り出したのだ!


「分身の術?」


 バラ組陣営がどよめく!こんな事も出来るとは思っても居なかった、本当にアニメやゲームに出て来そうな人物ね!


「こんなん片っ端からどついたらええねん!」


 ざっと10人に増えたカナメに次々と殴り掛かるジュン、しかしカナメの分身達は攻撃が当たった瞬間に像が揺らぐだけで元に戻ってしまう。

 無駄に体力を消耗していくジュン、少しフラ付いた瞬間をカナメが見逃すはずが無い、

 背後からジュンを羽交い絞めにすると、驚異の跳躍力でもろ共飛び上がった!


「うおっ!しもた~!」


「年貢の納め時でござる」


 10メートル程飛び上がったジャンプの頂点辺りでくるりと体制が逆さまになり、両者頭から落下する。


「わっワテはアイの…アイの分まで頑張らなアカンのや!負けられへんのや!」


 この窮地にあって、まだ勝負を諦めていないジュン、


「ジューン!!」


 心配そうに見守るアイ。


「うおおおおおお!!!!」


 ジュンの体が眩い光に包まれる!

 色は赤!真っ赤に燃え盛る炎の色だ!アニマが文字通り燃えているのだ!


「ぬうううう!!!」


 カナメが顔をしかめる、だが羽交い絞めの体制を解こうとはしない。


「これでとどめでござる!アニマ忍法!稲妻落とし!」


 ズガアアアアン!!!


 上空から火の玉と化した二人がフィールドに落下、辺りにアニマに依り生じた炎が飛び散る!


「あちちちちっ!」


 炎が観戦していたミナミの頭の上に落ち、慌てて火の粉を払うがちょっぴり髪が燃えた様だ。


「二人は…!試合はどうなったの?!」


 まだフィールドのあちこちに炎が燻っているが、その中に二人の人影が確認できた。

 カナメは腕組みをしてじっとジュンを睨みつけている、アームバンド的に腕に纏っていた布地は焼け落ち少し火傷をしている様だ、忍者装束も胸の部分が焼失してサラシが露出してしまっている、

 あれは腕組みじゃ無く胸を隠している仕草だ。

 一方のジュンは…!良かった立っている!…前かがみで膝に手を付いているが立ち上がっている!

 しかも胸が膨らんでいる?トランスセクシャル化に成功したんだ…でも様子がおかしい…。


「確認します!」


 宮野ミノリ審判長がジュンのもとに駆け寄り、顔を覗き込んだり話しかけたりしている、そして両腕をブンブンと振った、ジュンは立ったまま気絶していたのだ。


「テクニカルノックアウト! 副将戦 勝者 ユリ組 仰木カナメ!」


 頭から地面に叩き付けられ、普通なら大怪我で済まない状況だったはず、だがジュンはアニマが発現したことによってダメージを押さえる事に成功した。

 しかし受けたダメージは相当の物…立ち上がった時点で力尽きたのだ。


 ジュンが負けた……


「ジューン!」


 アイの叫びがこだました…

 私達は急いでジュンのもとに駆け付け、急いでフィールドの外に連れ出した。




「しまったニャ!副将戦に間に合わなかったニャ!」


 カグラ様が戻ってきた、シノブ母さんも付いて来ている。あれ?アキラは?


「もう!遅いですよカグラ様!たった今ジュンが負けてしまいました!」


 これで対戦成績は二対二になってしまった、しかもバラ組が五人目の選手を連れて来れなかったらその時点で大将戦の不戦敗が決まり全体の敗北に繋がる。


「あ~ら!どこに行ってましたピョン?カグラ、

私たちの華々しい勝利を見て頂きたかったピョン!」


 あははは!と手の甲を口元に当てて高笑いする極悪ウサギルナ。


「これでアッシのユリ組の勝利ピョン!さあカチューシャを渡すピョン!」


「何を言うニャ!勝負はまだついて無いニャ!」


 そう言うといつの間にか後ろに控えていた人物を引っ張り出し、こう言った。


「待たせて申し訳なかったニャ、この子がバラ組の大将…キララちゃんニャ!」


 そこにはメイド服を着た、短めでフワフワのツインテールの女の子が立っていた。

 何故か顔は大きなサングラスと、風邪等をひいた時に着けるマスクで隠されている…


「「「……どなた様?……」」」


 みんながみんな一斉につぶやいた…


「この子は誰ですか?カグラ様」


 私はつい、その小さなメイドさんを指差してカグラ様に聞いた。

流石に疑問を持たざるを得ない、まさかコスプレイベントから誰かを適当に連れて来た?


「さっ…さすらいのメイド用心棒キララちゃんニャ!たまたま近くまで来ていたから雇ったニャ~」


 口ごもるカグラ様、何だか全然要領を得ない…


 本当にこんないきなり現れた謎の人物にチームの命運を託しても良いのだろうか…。

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