化け物殺しの化け物

「忌々しい天賀茂あまかも家!」

 ゴーガ・ハウゼはグラスに入ったラム酒を煽ると、そのグラスを勢いよくカウンターに叩き付けた。

「俺達は夜の王! 不死の帝! だのに奴らは俺達をゴミのように扱いやがる! これなら深紅の夜空団の方がましだ。さっさと天賀茂家を潰してくれりゃいいものを!」

 深夜のバーには人が少ない。カウンター席に陣取るゴーガとその連れ、デイク・クネリス以外には、一人の客がテーブル席でちびちびやっているだけである。

「いや夜空団も相当だぜ兄弟」

 デイクがテキーラを一気に飲み干してから口を出す。

「奴らはあまりにデカすぎる。何を企んでるかわかったもんじゃねえ」

「いやいや、一番気に食わねえのはやっぱり天賀茂家だ。第一世界の原始人がデカい顔してるなんて信じられねえ」

「なんなら、潰すか?」

 デイクが酒の回った頭で纏まった考えを口にする。

「焦点街から出て、外の奴らを殺しまくってよ、喰屍鬼(グール)を作りまくるんだ。それで天賀茂家を襲えば、はいどーん!」

「貴様達の主人マスターは、ミトロプーロスの奴か」

 厳めしい、悪魔の如き声。

 二人が振り向くと、漆黒のマントに身を包んだ偉丈夫が、眼鏡の奥から地獄よりも深い眼でこちらを見ていた。

「ああん? 誰だ手前」

「やれやれ。奴の行い、そして生まれる誇りもない死徒には閉口させられる。これは世界が違うというよりも、それ以前の魂の有り様の問題か。嘆かわしい」

「何をべらべら喋ってやがる。誰だと訊いてんだ」

 男は険しい表情のまま溜め息を吐く。

「我輩の名はキューテイン・タイカヌテンド・ロイブカス・ウルナゲスト四世。貴様達も吸血鬼の端くれなら、覚えておかねばならぬ名だ」

「む、『無血の貴人』!」

「『化け物殺しの化け物フリークスキラーフリーク』じゃねえか! おい馬鹿、ゴーガ、頭下げろ!」

 二人は慌てて頭を下げ、無礼を詫びた。

「すいません旦那。俺達まだ新参者でして、何分事情に疎いもんでして……まさか旦那が高名な真祖だとは思いもしませんで……」

「我輩のことは閣下と呼べ。ミトロプーロスはそんなことも教えていないのか?」

「す、すいません閣下さん」

 ぎろり、とキューテインの深淵の瞳が謝ったゴーガを捉える。

「貴様はNHKのアナウンサーか? 何処に閣下の後に『さん』を付ける馬鹿がいる。付けるのなら『殿』だろう。否、もう謝罪の言葉はいい」

 二人は急に胸が苦しくなるのを感じ、そのすぐ後に目を見開いて力なく崩れ落ちた。

 事切れている――。

 その様子を頬杖をついて見物していた店主、レオニード・パヴロフは「あーあ」と他人事のように声を上げた。

「殺っちゃいましたか。弔い屋を呼ばないとなあ。しかし閣下殿の化け物嫌いは病気ですねえ。俺もただの人間でよかったと思いますもん」

「お前がただの人間? くくく、これは面白いジョークを聞いたな。我輩が手を下さずとも、お前が始末していたのではないか?」

「俺はただ酒の席の冗談だと聞き流してましたよ。夢物語を語るだけなら自由ですからね。そんなことでお客さんの命は取りません」

「それはすまないことをしたな」

 キューテインは二人の死体の隣の席に腰を下ろし、奥の棚に並んだ酒瓶を眺めた。

「何にします?」

「そうだな――ドライマティーニでももらおうか」

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