mission13-22 ウラノスの意思



「……それからアランとは一度も会っていない」


 話し終えたクロードは長い溜息を吐いて天井を見上げた。


「風の噂でヴァルトロ四神将の一人になっていたことは知っていたが、まさか『プシュケーのはこ』を本当に実現させてしまっていたとはな。よくよく考えれば、あいつは昔からやると決めたらやり遂げてしまう男だった」


 クロードが過去を懐かしむようにそう言った後、ルカはふと浮かんだ疑問を尋ねてみた。


「どうしてアランは今までここに来なかったのかな。リフィルを復活させるって約束を果たしたなら、会いに来たっていいだろうに」


「……それはたぶん、僕ができそこないだから」


 答えたのはウラノスだった。彼女は俯きながらぽつぽつと続ける。


「クロードの話を聞いて、やっぱり僕はリフィルとは全然違うんだなって思ったよ。ファシャルの血を持ってないだけじゃなくて、性格も違うし、リフィルだった頃の記憶があるわけでもない。アラン君はきっと、僕のことをリフィルだとは思えなかった……だからたぶん、リフィルって呼んでくれなかったんじゃないかな」


 しゅんと肩を落とす少女に、クロードは首を横に振って言った。


「違う。リフィルというのはあくまでサマルでクァリファの代替品となるべき人物に与えられる役目の名だ。その役目から解放された君をどう呼ぶべきか、あの男には分からなかっただけだろう。それに、君がリフィルの記憶を持たないのはおそらく『プシュケーの匣』の構造的欠陥のせいだ」


「コーゾーテキケッカン?」


「ああ。『プシュケーの匣』とは二つの別々のものを繋ぎ合わせる技術だ。肉体と、精神。一見精神は一つかのように感じるが、実はそうではない」


「どういうこと?」


「精神は肉体にも宿るし、二つの媒介となる神石の中にも神の意思が宿っている。三つの異なる精神をつなぎ合わせ、一つの人格として安定させるには非常に高度な技術と、三つの精神の相性の良さが影響する」


 横で話を聞きながら、ルカはキリと戦ったときのことを思い出していた。彼もまた『プシュケーの匣』で蘇った人間の一人。肉体はキルト、精神はリゲルで、神石を媒介につなぎ合わされていた。二人は親子で明確な上下関係があったからか、基本的にはリゲルの精神が勝っていたようだが、時折キルトの精神が表出することもあった。


「君の場合はおそらく、精神の位置に据えられたリフィルの意思が弱かったのだろう。そもそも彼女の精神再現のために使用した肉体の一部は死後に集めたものだ。生前よりも再現度が低くなるのは至極当然。そして肉体がゼロから作られた人工のものなのだとしたら、今の君の精神のほとんどは神石ウラノスの人格に近いものと言える。ウラノスという呼び名も的外れなものではないということだ」


「それって……ほぼ"神格化"に近い状態ってことでしょうか」


 口を挟んだのはミハエルだった。


 クロードはふむと腕を組んで頷く。


「"神格化"がどういうものなのか私は詳しく知らないが、人間と神が融合して神に近い状態になることを言うならそうなのだろうな」


「でも、僕にそんな力なんて無いよ?」


「今はまだ覚醒していないだけかもしれません。ルカさんの記憶みたいに、欠けているものを取り戻したら新しい力が使えるようになるのかも」


「僕に、欠けているもの……」


 その時、足元の転送術式から放たれる光が一層強くなった。術式に触れていたギドがすっと立ち上がる。


「準備が整った。これでいつでもマウト旧市街まで移動できる。ただ——」


 ギドは言い澱んで、請うような視線をウラノスに投げかけた。彼女も連れていくのかと、そう言いたげだ。


 ドーハは軽くしゃがんでウラノスと向き合い、彼女の手を取った。


「なぁ、どうする? 今の話を聞いてお前がずっと感じてた懐かしさの正体はわかったはずだ。ここに残りたかったら残ってもいいんだぞ」


 マウト旧市街まで移動すればそこはもうヤハンナム大砂漠のほぼ中心地だ。ソニアと破壊神、彼らと対峙する上でどんな戦いになるか分からない。多少神石の瞬間移動の力が復活したとはいえ、戦えないウラノスを連れて行くのは危険であることに変わりはない。


 本当なら、ここで留守番をさせておくべきなのだろう。ここにいるファシャルたちは皆友好的で、ウラノスのことを全力で守ってくれるに違いない。


 それでもドーハは尋ねておきたかった。


 今までに見たことがないほど、ウラノスの表情が何か悩んでいるように思えたから。


 悩んでいるということは、彼女は自分の頭で考えているということだ。意志を持たず、四神将やマティスの命令のままに動いていた時とは違って。


「僕は……」


 ウラノスはその場にいる面々の顔を順に見やる。そして何かに想いを馳せるようにまぶたを閉じた。


「僕は……僕にとってはやっぱり、四神将のみんなのことが一番大切だよ」


 ウラノスはまぶたを開き、ドーハの手をぎゅっと握り返した。


「ソニア君のところに行くなら、ついていきたい。足手まといにならないように頑張るから」


「ウラノス……」


 彼女の意思に呼応するように、足元の転送術式が強く輝く。彼女の着るワンピースの下からも淡く青白い光が漏れていた。


「なら、決まりだな」


 ルカの言葉に、ウラノスは深く頷いた。他の仲間たちも異存はないようだ。


「行くのですね、リフィ——いえ、ウラノス様」


 寂しげな表情を浮かべるギドに、ウラノスは申し訳なさそうに頭を下げる。だがクロードは「君が謝る必要はない」と言って顔を上げさせた。


「やりたいことがあるのだろう? 気が向いたらまたここに寄ってくれればいい。今度はアランと一緒にな」


「うん……! リフィルのこと、教えてくれてありがとうね、クロード」


 一人ずつ転送術式の中へと足を踏み入れる。青白い光がルカたちの全身を包み、輝きを増した。


「それじゃあ行こう、大砂漠の中心へ!」



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