mission11-19 本部への襲撃
ルカたちがフリームスルス族と交戦していた頃、連合軍の本部では——
「げほっげほっ……」
ミハエルが咳こんでその場に片膝をつく。
開戦から絶え間なく神石の力を使い続けているせいで、体力の消耗が激しい。
(でも、ここで僕が倒れるわけにはいきません……)
震える膝を手で支えながら、立ち上がる。
大丈夫か、と心配するノワールの声が剣戟の音に混じって聞こえてくるが、彼もまたミハエルの心配をしていられる状況ではなかった。
連合本部は今、突如現れた破壊の眷属の群れによる襲撃に遭っているのだ。
戦況を視るミハエルと各陣への伝令役を務めるルーフェイの
本部に残っている連合軍の兵が数十なのに対し、現れた敵の数は百を超え、倒しても倒しても次々と湧き出てくる。
「こんな悪質な攻め方をしてくるのなんて、一人しか思い当たらないですね!」
シアンは苛立ちを露わにしながら破壊の眷属を三体まとめて蹴り飛ばす。彼女と背中合わせに戦うノワールは、三叉の槍——神石ポセイドンの神器だ——で敵を薙ぎ払いながら頷いた。
「参謀キリの手先だな。キリは二つの神石と共鳴していて、支配下に置いた破壊の眷属を召喚する力を持つ。ルカたちの任務報告でそう聞いたことがある」
「ええ。私もガルダストリアで戦った時にこの目で見ました。わざわざここに仕掛けてくるなんて……本当に嫌な奴!」
シアンのかかとがまた一体の破壊の眷属を粉砕したが、地面が小豆色と焦茶色に光ったかと思うと、地面からぬっと新たな破壊の眷属が湧き出てくる。しかも心なしか少しずつ手強くなっているようだ。
「このこちらの戦う気を削ぐようなやり口……ますます、リゲル・ドレークとの関係性を疑わざるを得んな」
後方に避難しているジョーヌは護身用の剣を構えながら言った。
「だが一体どういう関係だ……? リゲルの親縁の者か、それとも師弟関係でも結んでおったか……」
「ジョーヌ! ブツブツ言ってる暇があるならこの状況をなんとかする作戦考えて!」
「そうは言ってもねぇ、シアンちゃん。破壊の眷属には普通の武器が効かないんだ、呪術師か神石の共鳴者の増援が期待できない限りは今のまま持ちこたえるしか」
その時、ジョーヌの足元の影がぐいっと伸びた。
「新手!?」
とっさに助けに入ろうとするシアン。
だが身体は金縛りにあったように動かない。
「っ! なんなの、これ……!」
すると彼女の影もまたぐにゃりと変形して、道化が笑っているような形になったかと思うと、背後からのんきな女の声が聞こえてきた。
「だーいじょうぶっ。あのおじいちゃんの方、見てみて!」
シアンは言われるままにジョーヌの方へと視線を移す。すると、彼の目の前の伸びた影から巨体がぬっと現れた。
「あれは……!?」
ジョーヌのひとまわり、いやふたまわりは大きい身体を持つ、仮面をつけた鬼人族。「オオオオ!」と
「その仮面、そうか君たちは——」
シアンの影から小柄なツインテールの女がずるりと飛び出す。
「遅くなってごめんなさーいっ。エルメ様の許可、バッチリもらって
「おまけに、元仮面舞踏会もな」
男の声とともに、どこからともなく虫の羽音が聞こえてきた。
ブブブブブブブ!
虫の集団は破壊の眷属たちに群がり、何かの液体を吐き出した。ジュウと音がして破壊の眷属の身体から黒い煙が立ち昇る。酸だ。
「ひゃーっ、エっグ! さっすが蟲使いのラウリー大先輩」
ハリブルがひゅーひゅーと口笛を吹くと、あごひげを生やしたバーテンダー風の男、ラウリーは気まずそうに頭をぽりぽりとかく。
「そう持ち上げんじゃねぇ。久々の実戦で腕の鈍りを実感してるところさ」
そう言いつつも、ラウリーは呪術式によってコントロールされた虫を使い、次々と破壊の眷属たちを仕留めていく。
「あたしも負けてられないなぁっ!」
ハリブルはぶらりと上体の力を抜いて地面に手をつく。
「悲劇的な攻撃、いっくよー!」
破壊の眷属たちの足元の影が不穏に揺らめく。
「どーん!」
一斉に地面から影でできた針が飛び出し、敵の身体を貫いた。二本、三本……と針が続々と追撃し、蜂の巣状態となった破壊の眷属は呻き声もあげずに消え去っていく。
「エグいのはどっちだよ……」
呆れながら呟くラウリー。
遠隔操作をしているキリにも増援が来たことが伝わったのだろう、これ以上は体力の無駄と考えたのか、破壊の眷属による猛攻は徐々に収まっていった。
ノワールは神器を元のチャーム型に戻し、助っ人たちに歩み寄った。ラウリーは虫のコントロールに専念しながら、ノワールを横目に小さくため息を吐く。
「礼はいらねぇぞ。そもそもうちの女王の依頼なのに俺らが遅くなっちまって悪かった。城がボロボロなせいで、国内の警備を固めるのに時間かかってよ」
「いや、ルーフェイはすでにテスラさん筆頭にたくさんの兵を預けてくれただろ。十分すぎるくらいだ。……けど」
ノワールはまっすぐにラウリーに視線を向ける。
「その上で一つ頼みたいことがある。聞いてくれるか」
ラウリーは一瞬ノワールの方に視線を合わせると、「ふははっ」と吹き出す。
「そうか、あんたがクレイジーを拾った男か。なるほどねぇ、あいつがなつくのも分かるよ」
「そうか……?」
あまりなつかれている実感はなかった。きょとんとするノワールを見て、ラウリーはもう一度笑う。
「悪ぃ悪ぃ。この歳になるとな、一目見ただけでなんとなく伝わってくるんだ。生半可じゃない強さと、底抜けな人の良さ……強くあろうとしたのは同じでも、あんたはあいつには無いもんを持ってるってとこか」
「
「……ほう」
ラウリーは興味深げにあごひげを撫でる。
「それじゃ聞こうか。あんたの頼みとやらを」
仮面舞踏会たちの加勢のおかげで、本部には敵の姿がほとんどなくなっていた。
ミハエルはふぅと息を吐き、再びヘイムダルの神器に手をかざす。
ウグイス色の瞳に映るのは、ニヴル雪原の戦況、雪原を超えて凱旋峠を登り始めたルカたち一行の動向、そしてそれぞれの未来。
ミハエルはハッと息を飲み、目を細めて呟いた。
「……少しだけ、視える未来が変わったようです」
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