mission11-13 決戦前夜



 フロワに告げられた決戦の日まで、あと一日。


 その夜、ルカたちが拠点にしているスーネ村の納屋には各部隊の要人が集まっていた。


 ルーフェイ軍の精鋭部隊を率いるテスラ、ゼネアの元囚人衆の指揮を執るエドワーズ、ガルダストリア周辺地域の同志を集めたジョーヌ、ミトス神兵団の師団長ジューダス。そして彼らの武具のメンテナンスを担うキッシュの鍛治職人たちを代表して、ガザもここに来ている。


 ノワールから作戦を聞かされ、彼らは耳を疑った。


 ミハエルが考えた、戦争にはせずに覇者の砦までたどり着く策。それは、「自分たちからはヴァルトロ軍に対して攻撃を仕掛けない」というものだったからだ。


 集まった各国の部隊はあくまでルーフェイの使者であるルカたちの護衛であり、ヴァルトロに立ち向かうための軍隊ではない。ゆえに、自分たちは道を阻むヴァルトロの攻撃を防ぐのに徹し、こちらからは積極的に攻め込まない、と。


 この作戦に対し、誰より最初に声をあげたのはエドワーズだった。


「ふざけるな! 僕たちゼネアの人間がどんな思いでここに来たのかわかってるのか!?」


 普段は温厚な彼が、顔を赤くして激昂する。


「わざわざ敵地まで来て防衛に徹しろだなんて……! 僕たちはそんなことのために剣を取ったわけじゃない! ヴァルトロに一矢報いなければ、死んだウーズレイくんに顔向けが」


「エドワーズ」


 遮ったのはターニャだ。

 納屋の壁にもたれかかり腕を組んでいた彼女はゆっくりと首を横に振った。


「君たちに頼みたいのはそんなことじゃない」


「けど……!」


「ウーズレイの分の復讐はあたしの仕事。君たちが手を汚す必要はないよ」


「っ……」


 エドワーズはそれでも何か言いたげではあったが、落ち着いた様子のターニャに対してそれ以上の反論をすることはできなかった。奥歯をギリと噛み締め、聞き取れるか聞き取れないからくらいの声で「分かったよ」と呟く。


「一つ、質問なんだが」


 場が静まったのを見て、ジョーヌが切り出した。


「ノワール、君が戦争を回避したいという気持ちは分かる。だが、相手はヴァルトロだ。こちらの理屈は通じるのかな」


「兵を無駄死にさせないか、ってことだろ?」


「ああ。さすがに考え無しにその判断をしたわけじゃないはずだ」


 ノワールは頷く。


「説明が遅くなったが……戦況は常に"千里眼"の力を持つミハエルがる。敵の動きはそれでおおよそ把握できる。あとは」


 ノワールが話し始める前に、テスラが一歩進み出た。


「ルーフェイ軍の呪術師団が各部隊について防御、回復の支援をしよう。ミハエル君の力と合わせれば、味方が大打撃を被ることはほとんどないはずだ」


 そう言ってテスラは呪術師団の人員構成、使える技、そして飛鼠ひそ師団と連携してミハエルが視た戦況を各部隊に伝達する手順まで事細かに説明を続けた。さすが二国間大戦を指揮したルーフェイ軍元総帥、反論する者は誰もいない。


「私たちミトス神兵団はどこを守りましょうか?」


 ジューダスが尋ねると、ノワールは机上に広げられた地図の中のニヴル雪原と凱旋峠の間あたりを指した。


「俺の仲間が偵察してきた情報だと、このあたりに霧氷の巨人・フリームスルス族がいる。戦力は未知数だが、神通力の高い人間の居場所を察知して襲ってくる性質があるんだ。おそらく覇者の砦を目指すルカたちのことにも気づいて襲ってくるだろう。そこで、ジューダス、君が率いるミトス神兵団に敵の注意を引いてもらいたい」


「なるほど、確かに私たちは他の部隊に比べると神石の共鳴者が多いですからね。いいでしょう、その役目務めさせていただきます」


「話が早くて助かるよ」


「まぁ、弟が張り切っているというのに兄が良いところを見せないわけにはいきませんからね」


 ジューダスはそう言ってミハエルと視線を合わせる。ミハエルは少し照れ臭そうに顔を赤らめるのであった。





 作戦会議の途中でユナは外に出ていた。


「ユナちゃん、あとは大人たちがなんとか話しとくからさ、若者は明日に備えて早く寝ておきなよ」


 ガザにそんな風に言われたからだ。確かにあまり自分がその場にいる意味はなかったので、補給物資の確認だけしてスーネ村の近くに構えてあるキャンプに戻ろうとした。すると、家の前で狩猟道具の手入れをしているダンが手招きしてきた。


「会議は終わったんかね」


「いいえ、まだです。先に寝ていていいと言われて」


「そうかそうか。んじゃ、寝る前にちと良いもん見ていきんさい」


 そう言って、ダンは夜空を指差す。星空またたくその空の中に、一筋のエメラルド色の帯が見えた。


「あれは……?」


 ダンはにいっと笑う。


「オデらは『雪精のカーテン』ち呼んどる。吉兆さね。もしまだ元気があるんなら、ニヴルトナカイに乗って東のリンデン湖の方へ行ってみんさい。ここより綺麗に見えるはずだで。さっき金髪の子も見に行くち言うとった」


「ルカが?」


 そういえば、ルカは会議の始めの方で抜けてどこかに行っていたのを思い出す。


 ユナはダンに礼を言うと、ニヴルトナカイの小屋の方へと向かった。


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