mission8-1 打ち棄てられた峡谷
世界は五つの大きな大陸に分かれている。
呪術大国ルーフェイや職人の街キッシュが位置する、南のアルフ大陸。
そこから少し北西へ行くと、かつての二国間大戦の戦場となった砂漠に覆われた地、スヴェルト大陸がある。
さらに西側には、ミトス神教会総本山であるナスカ=エラが位置するヴィナ大陸。
ヴィナ大陸よりはるか北に位置する、年中雪と氷で埋め尽くされたヴァルトロの本拠地、ニヴルヘイム大陸。
そして五大陸の中でも最も大きな土地を持ち、東西に広くまたがるのが、ルカたちの今いるヴェリール大陸である。
ヴェリール大陸の西側はガルダストリアの領地、東側は旧エルロンド王国の領地。いずれも穏やかな気候に恵まれ、作物の育ちは良好、旧エルロンド王国にいたっては国じゅうで色とりどりの花が咲き、それはとても美しい街並みだったのだという。
だが、そのエルロンドとガルダストリアの間にある"打ち棄てられた峡谷"ウェスト・キャニオンでは、花一輪どころか草木一本見当たらない。
あるのは飾り気のない山肌に、廃棄されたガーライト鉱石の残骸、そして谷底に散らばるゴミの数々。風雨にさらされても地面に溶け込むことのない人間の排出したゴミたちは、人の繁栄の陰を色濃くこの山に刻んでいるかのようだ。
「だんだんこの景色も見飽きてきたな……」
「そうかしら? そんなこと言っている間に刺激的な彼らのお出ましよ」
「破壊の眷属……! また……!」
「何度出てこようと同じだ。蹴ちらすぞ!」
ルカたちの気が滅入っているのは殺風景な山道のせいだけではなかった。
ここは他の場所に比べて破壊の眷属との遭遇率がやたらと高い。倒したと思ったらすぐまた次の破壊の眷属が現れる。一体一体はさして強くはないのだが、息つく間もない襲撃が続いて無駄に体力を奪われる。
「おれたちの他に人がいない理由がよく分かったよ。こんな道、神石を扱えなかったら通れるわけない」
さすがに疲れたのか、ルカは大鎌に体重を預けるようにして立ちながらぼやく。
「それにしても何でこんなに破壊の眷属が多いんだろう……やっぱりジョーヌさんが言っていた話と関係あるのかな」
ジョーヌの話というのは、この場所がゴミの廃棄のためだけではなく、かつてのエルロンド王政にとって不都合な人々を追いやるために使われていたという話だ。
創世神話・第十三章の原典によれば『厭世の念』に取り憑かれた生き物は破壊の眷属へと成り変わるのだという。ジョーヌの話が本当だとすれば、人々の無念や嘆きの集まるここは破壊の眷属の温床と言っても過言ではない。
「だとしたら何で、世界の全てを破壊したいと思っているターニャは破壊の眷属にならないんだろう……?」
ユナはふと、疑問に思ったことを呟く。
よくよく考えてみれば、彼女こそ世界を嫌い、真っ先に厭世の念に取り込まれてもおかしくない人物だ。だが破壊の眷属になるどころか、破壊神と敵対するための『
ユナの隣で、アイラがタバコの煙をため息とともに宙に吐く。
「それを言ったら、私たちも本当は紙一重のところにいるのかもね。例えばこの先何か嫌なことが起きたとして……平穏な気持ちで過ごせると思う? その時に私は破壊の眷属にならないって、自信を持つことなんてできるのかしら」
アイラの言葉に黙りこくる一行。
その沈黙をかき消すようにルカはぶんぶんと首を横に振ると、あえて明るい口調で言った。
「こんなところで話してたら、悪い方向にばかり考えちゃいそうだよ。何にしても……同盟を結ぶんだったら、おれたちはまずターニャ・バレンタインが一体どんな人なのか、ちゃんと知る必要があるのかもしれないな」
峡谷沿いの細い道を越え、山頂へつながる峠道へと差し掛かった時、ルカが前方を指差して立ち止まった。
「なんだあれ? 岩になんか書いてあるぞ」
近づいてみると、そこには釘か何かで傷をつけたようないびつな文字が彫られていた。お世辞にもあまり綺麗な筆跡とは言えず、ノワールのミッションシートといい勝負である。だが、それでもがらんとした山道の中では唯一ルカの好奇心をくすぐるものだったらしい。彼は刻まれた文字を凝視して解読し始めた。
「えっと、なになに……『哀れな哀れなチェリー坊や、女は知れど政治は知らぬ。われら野草とこの国と、どちらが先にほろびるか?』」
読み上げたところで意味がわからず、ルカは顔をしかめる。アイラ、ユナ、リュウの三人も首をかしげていたが、やがてユナがハッとしたように言った。
「チェリーと野草……これってもしかしてエルロンドの階級制度のことなんじゃないかな」
「どうしてそう思うんだ?」
「前にメイヤーさんたちに教えてもらった話だと、確かエルロンドには四階級あるんだったよね」
「ええ。王族の〈ブロッサム〉、貴族の〈カメリヤ〉、平民の〈リリーベル〉、そして奴隷の〈チックィード〉。この四つだったわね」
アイラの解説にユナは頷く。
「それで、よく考えたらこれって花の名前なんだよね。階級が高い順に上の方に咲く花になっているの」
「ということはつまり、チェリーが王族、野草は〈チックィード〉ってことかしら?」
「うん、それだけじゃいまいち意味が分からないけど、この落書きみたいなものはきっと〈チックィード〉の人が書いたんだろうね」
王家の目の届かないこの寂れた山道で、王政に対する悪口を書き込む〈チックィード〉の人々。それほどまでに彼らを苦しめていた旧エルロンド王国とは、一体どのような国だったのだろうか。
山道は険しく、この先にあるはずの街の姿はまだ見えてこない。
「なぁ、こっちにもまた落書きがあるぞ!」
いつの間にか先へと進んでいたルカが、ユナたちに向かって呼びかける。
ルカが次に見つけた岩には絵が描かれていた。上下に人が描かれており、下側の人はエルロンド側の方を向いて、腰を曲げ、重そうな籠を背負っている。一方上側の人はガルダストリア側の方を向いて、両手を振り、楽しげに跳躍している。
そしてその絵の下に小さい文字で、『さらば苦渋の日々、同じ道でもこんなに景色が違って見えるとは』と書かれている。
「これもまた〈チックィード〉の人たちの落書きなのかな?」
ジョーヌから聞いた話だと、旧エルロンド王政の時代、ガルダストリアの北東工業地帯からの輸出品は〈チックィード〉の人々がこの山道を通って運んだのだという。下側の人物の姿はまさしく当時の様子を描いたものだろう。
「だとしたら、その後何かいいことがあったってことだよな」
「革命のことなんじゃない? ほら、メイヤーさんたちも、エドワーズも、革命の後はガルダストリアで過ごしていたでしょう。この道が亡命に使われていたってことなんじゃないかしら」
アイラの言うことは理にかなっていた。エルロンドはヴェリール大陸の東端の国。他の土地に逃げるとしたら海路かこの山道を使うしかない。航海技術の必要な海路に比べて、〈チックィード〉の人々にとってはこの山道の方が土地勘もあって逃亡には適していただろう。
だが一方でユナの頭のうちには一つの疑問が浮かび上がっていた。この道を使ったとして、〈チックィード〉の人々は全員無事にガルダストリアまで逃げられたのだろうか。革命の後ということは『
ユナの疑問に答えるかのように、どこからか低いうなり声のようなものが聞こえてきた。獣の遠吠えのようにも、人の嘆き悲しむ声のようにも聞こえる。
五感の鋭いリュウはばっと上の方を見やった。
「山頂の方からだな……破壊の眷属の親玉がいるのかもしれないぞ」
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