mission7-27 リュウの旅立ち



 ポイニクス霊山の中腹の洞穴、マグマの吹き出る灼熱の区域。常人ならば立ち入るだけで身体が溶けてしまいそうな場所に鬼人族の里がある。


 里には独自の文化や風潮があり、中でも特徴的なのは「ケンカに勝った数が多い者ほど偉い」という至極単純な共通認識だった。鬼人族たちは複雑なことを考えるのが苦手で、最もわかりやすいルールでヒエラルキーを形成しているのである。


 子どもたちにおいても、それは例外ではなかった。幼い頃から修行と称して同世代の子どもたちとケンカを重ね、勝ち数の多い者が次世代の首長の候補として目をかけられていくのである。


 この文化の問題は、誰に勝つかはさほど重視されず、勝った回数が多ければいいという点だ。


 ゆえに、ハーフで腕力では純血の者に及ばないリュウは格好のケンカ相手——もとい、いじめの的になっていた。


 だがリュウ自身も負けず嫌いで、腕力で叩きのめしてきた相手には後日奇襲をかけたり、予め準備ができた時は道具を使って応戦したりしてやり返していた。そんなことを繰り返すうちに、腕っ節と多少の知恵の組み合わせで同世代の純血の鬼人族たちに引けを取らないくらい強くなっていったが、同時に孤立もしていった。


「リュウ、お前が望むなら家族でルーフェイ中央都に引っ越してもいいんだよ」


 ルーフェイ中央都出身の民俗学者であるリュウの父親は、口より手が先に出るタイプばかりの鬼人族とは似ても似つかぬ、聡明で心優しい人間である。彼はいじめられていた息子のことを常々気にかけていたが、その度にリュウは「ここでやることがある」の一点張りで父親の提案を受け入れることはなかった。


 転機が訪れたのは五年前、ミトス創世歴九九一年。


 当時十三歳だったリュウは、周囲の者たちには何も相談しないまま突然鬼人族の里を飛び出した。


 そうすることで「いじめに耐えきれずに逃げ出した半端者」と馬鹿にされることは分かっていたし、家族に心配をかけることも分かっていた。


 だが、いてもたってもいられない理由が彼にはあった。里の大人たちの会話を盗み聞きしているうちに、とある情報が耳に入ったからだ。


——キッシュの街で、二国間大戦後初の「メルクリウス・フェスト」が開催されるらしい——


 「メルクリウス・フェスト」というのは、キッシュの街が登録商人ギルドの自治区になったことを記念して年に一度開かれる祭である。この期間は各地に散らばっていた商人たちが一堂に会し、破格の割引セールや掘り出し物のオークションが行われるため、身分や種族関係なく世界各地からあらゆる人々がキッシュに集まって賑わうのだ。


 二国間大戦中はキッシュの人々が戦争特需で忙殺されていたのと、渡航規制が厳しく祭を開催しても集客が難しいということでしばらく中止になっていた。それが戦後二年経ってようやく復活するのだという。


 普通の人間にとっては心躍るしらせだろう。滅多に里の外に出ない鬼人族たちにとってもこれは朗報だった。その理由は、里の中で作った民芸品が高く売れるだけではない。この祭にはあらゆる国の人々が集まるため、亜種族である彼らをわざわざ奇異な目で見る者が少ないからだ。


 特に好奇心旺盛な子どもたちにとっては年に一度の楽しみであると言っても過言ではなく、かつては普段あまり感情を表に出さないリュウも家族と出かける日を待ちわびていたりした。


 だが、それは戦前までの話。今回は違う。


(やっとだ……ずっと待っていたんだ、この日が来るのを……!)


 「メルクリウス・フェスト」復活の話を聞いてからというもの、リュウの胸の内はざわざわと落ち着かなかった。最初は幼い頃のが呼び起こされて不安に感じているのかと思った。だがやがて不安とは違う感情があることに気づく。


 これは武者震いだ。


 無力だったとは違い、今の自分にはヤワな人間など簡単に打ちのめせるだけの力があるじゃないか。


 そう思ったらもう、じっとしてはいられなかった。


 わずかばかりの小遣いと、幼い頃に父親から贈られたお守り——萌黄色に輝く小さな石で、この時のリュウはそれが『契りの神石ジェム』であることは知らなかった——を手に握りしめ、夜の寝静まった里をたった一人で飛び出す。




 そこで自分の人生を変える出会いがあるとは知らずに。



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