mission6-14 かつての同朋
「はぁ……良かったぁ……」
試合が終わった途端、ユナは長いため息を吐いた。鬼人族の二人に喧嘩を売るわ、神石の使い手が二人もいるわで見ていて気が気でなかったのだ。
「いやー、あいつはやっぱりやる男だったな。俺はそう思っていたよ」
ユナとは裏腹に、何も心配していなかったというように笑うガザ。アイラだけは冷静に会場前方の張り紙に目を凝らしていた。
「次は準決勝でしょ。相手は……」
すでに準決勝進出が決まっているのは〈イリヤンフ〉グループを勝ち抜いたミトス神兵団師団長ジューダス、〈ヴァスカラン〉グループを勝ち抜いた鬼人族のグエン、そして〈ティカ〉グループを勝ち抜いたルカの三人。あと一人が残りの〈ヒスティ〉の予選から決まる。
会場前方の張り紙にはすでにトーナメントの図が用意されていた。ルカの名前の隣にあるのは、炎の神石の力を使う師団長・ジューダスの名前だ。
「まぁ、グエンよりは相性がいいかも」
「でも決勝ではどのみちグエンか、この予選で勝った人と当たることになるんだよね」
「そうね。次は誰が勝つのかしら」
ユナたちは闘技場の様子を見つめる。第一戦、第二戦のように誰か一人が圧勝するような様子ではない。一人一人が互角に武器を交わし、狙う相手を変えながら会場内を走り回る。やがて体力が尽きた者、油断をした者から場外へと追いやられ、その人数は少しずつ減っていく。
「いや、なんか妙じゃないか? まるで示し合わせたみたいに綺麗な試合になっている気が……」
ガザが考え込んでいると、観覧席の方にルカが戻ってきた。背後にはルカと同じグループで戦った貴族風の青年もいる。
「いい試合だったね。お疲れ様」
ユナが声をかけると、ルカは嬉しそうに笑みを浮かべる。
「助かったよ! ユナのおまじないのおかげで勝てたようなもんだから」
「良かった……タレイアの歌は初めてだったから、上手く効くか不安だったんだけど」
ユナがほっとしたような表情を浮かべていると、ルカの後をついてきた貴族風の青年がルカのわき腹をついた。
「なんだよ、君たち恋人同士? 羨ましいねぇ。そりゃいつもの数倍は力が出るってもんだ」
「い、いや、こ、恋人とかじゃ、そんな」
ユナがしどろもどろになっていると、後方の席に座っていた老夫婦が急に立ち上がった。試合を見ていた周囲の観客が不満の声を漏らしたが、老夫婦の耳には入らない。彼らは貴族風の青年のそばに駆け寄ると彼をまじまじと見て感嘆の声を上げた。
「ああ、やっぱりそうだ……! エドワーズ!? お前、エドワーズじゃろ!」
「似ているとは思ったのよ……! でも、あまりにも立派な身なりをしているから、私たち自信がなくって……!」
知り合いなのだろうか。ユナがそう思って見ていると、エドワーズと呼ばれた青年は穏やかな表情で微笑み、老夫婦に向かって頭を下げた。
「ご無沙汰してます、メイヤーさん。会場からお二人のことが見えて、もしかしてと思って」
「よう元気にしとったのう……! 革命があってから、かつての仲間がどこにいるんか分からず心配しておったんじゃぞ……!」
「僕は嫌でも鍛えられたこの腕がありましたから、あの後ガルダストリアで傭兵稼業をしてここまでのしあがってこれたんです。お二人もお元気そうで何より……!」
再会を喜ぶ三人。その瞳にはうっすらと涙が浮かんでいた。
「あの……もしかしてエドワーズさんも、旧エルロンド王国の?」
ユナがおそるおそる尋ねると、彼は頷き声を潜めて言った。
「僕のかつての階級は〈チックィード〉、王の奴隷兵士として働いていたんだ」
エドワーズはそう言って詰襟のボタンを外して首元を見せてきた。それを見たユナはハッと息を飲む。そこには桜色の入れ墨が彫られていたのだ。
「これはエルロンド王の奴隷兵士の証。メイヤーさんたちは奴隷兵士の給仕係だった。僕たちはその頃からの知り合いなんだ」
「そんな……いいんですか、私たちに見せてしまって」
「僕は平気だよ。今はもう自分の力で手に入れた地位があるからね」
エドワーズは襟元を正すと、闘技場の方に視線を移して目を細める。
「……だけど、残念ながら同朋たちが皆そうというわけじゃない。革命後に自力で生き抜く術を知らず裏社会に身を堕とした者もいる」
彼の長い腕が闘技場の中央を指す。その先には第四戦が始まって以来余裕のある身のこなしで敵をいなしている出場者の一人の姿があった。
「あのこげ茶のローブの人間……剣さばきはエルロンド流のものだし、控え場所にいる時にローブの隙間から首元にチョーカーをしているのが見えたんだ。あの人もたぶん、かつて奴隷兵士として働かされていた仲間だと思うよ」
「あの人が……」
ルカはなんとか思い出そうとする。ぶつかった時の声や、あの身の丈、どこかで見ているとは思うのだがすぐにはピンと来なかった。
アイラが会場前方に張られている出場者名一覧を見ようとしたタイミングで、試合終了を告げる鐘が高らかに鳴った。
『〈ヒスティ〉グループ、ついに決着です! 準決勝に進むのはこの人! 乱戦の最中ついにローブを脱ぐことはなかった——女戦士・アニェス!』
闘技場の中央に佇むその人物は乱戦を勝ち抜いたとは思えないほど落ち着いたそぶりだった。長いローブをなびかせゆらりとルカたちの方を向く。鼻より上は隠れているが、その口角がゆっくりと吊り上るのを見てルカは唾を飲んだ。
戦うことがあるとすれば決勝戦。その前の準決勝でアニェスは鬼人族のグエンと戦うことになる。体格やこれまでの戦いぶりからすれば圧倒的にグエンが勝つように見える。だが、彼女から向けられる自信ありげな笑みは、まるでルカに対して「決勝で会おう」と呼びかけているかのようだった。
(この嫌な感覚……まさかね……)
ルカは胸元の十字のネックレスを掴む。自分の心臓の鼓動がいつもより早くなっているのを感じながら。
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