クズ王子勘当 ~ゼロからの出発~
ゆまた
第1話 最大の屈辱
「ゴルド! ゴルドはどこにいる!」
王である父、ゴルド十一世の怒鳴り声がフロア中にこだました。クリスタ城三階の突当りに位置する、この寝装具の物置部屋の中にまでその声はハッキリと聞こえてきた。薄暗い部屋の中、規則正しく積まれた敷布団の山に隠れるように、俺たちはこれから事に及ぼうとするところだったのだ。くそっ、ここからがお楽しみだったのに。俺は舌打ちをしつつ、脱ぎ掛けた服を着直した。
「わりいな、親父待たせるとまたうるせーからよ」
「仕方ありませんわ。早く行って差し上げてください、ゴルド王子」
布団の上で美しい裸体を晒す召使いに未練を残しつつ、俺は部屋の外に誰もいない事を確認してから外に出た。何事もなかったかのように親父の姿を探した。
「ゴルドォ!」
「ここにいるって。でかい声出すなよ親父」
東側の廊下で大声を出しながら俺を探し回っていた親父に、後ろから声をかけた。窓の外はもう真っ暗で、俺たちの声に反応するようにフクロウが鳴いていた。
「ゴルド、一体どこをほっつき歩いていたんだ!」
「別に、ただの散歩だよ。で、何か用か?」
「……ここで話すのもなんだ。ちょっと私の部屋へ来い」
はあ、またお説教か。毎度毎度ご苦労なこった。ここでバックれると後々さらに面倒なことになる。俺は仕方なく親父の後ろをついていった。まあ、いつも通り右から左に流せばいいだけのことだ。さっさと済ませて、さっきの続きをしよう。そう考えているうちに、城の最上階の王の自室に着いた。王のくせに相変わらず質素というか、つまらない部屋だ。ベッドと机と小さな本棚、そしてテーブルと椅子が二脚あるだけだ。
「座れ」
言われなくても座るわ。俺はドカッと椅子に腰を下ろした。自然と足を組んでふんぞり返る姿勢になる。
「教育係のトパから聞いたぞ。お前またサボったそうだな。どこで何をしていた?」
「あ~……ダルかったから休んでただけだよ」
「……それと小耳に挟んだんだが、お前城の召使い達に手を付けているらしいな。どうなんだ?」
「人聞き悪いこと言うなよ。単なるコミュニケーションだって。王族たるもの、下の人間との交流は大事だろ?」
親父のこめかみに血管が浮き出ているが俺は気にせずに、ポケットに入れっぱなしにしてあったチョコレートを取り出し頬ばった。
「少しはシルバを見習ったらどうだ。文武両道、お前と違って何に対しても誰よりも努力して、王族として恥じない成長を見せているんだぞ」
「そう、いずれあいつは俺の右腕となる。兄の俺が王となり、弟のあいつは参謀だ。政治だの何だの、面倒くさいことはあいつがやってくれる。だから別に俺はそこまで勉強なんかする必要ないんだよ」
このクリスタ国は代々、ゴルドの名を受け継いだ第一子の男が王になることになっている。俺は産まれた時から十二代目クリスタ王になることが約束されているのだ。幸い俺には真面目で賢い双子の弟がいる。だから尚更俺が頑張る必要はないのだ。
「…………ゴルド。私はお前にこの国の王として相応しい人間になってほしいと心から思っている。私の父も祖父も立派な王だった。私自身も国民のために、王として今日まで最大限の努力を積み重ねてきたつもりだ。お前にはそのつもりがないのか?」
「うるせえなぁ、ったく。そんなことより親父、明日の誕生式典の段取りは出来てんのか? なんせ俺の晴れ舞台だからな、きっちりと頼むぜ」
明日は俺の二十歳の誕生日だ。しかも今回はただの誕生日ではない。クリスタ国では二十歳の誕生日を迎えた時、初めて王としての正式な資格を得ることになるのだ。仮に俺が二十歳になる前に親父に万が一のことがあった場合は、俺ではなく大臣が一時的に王の代理となる。だから、この二十歳になるという意味は大きいのだ。まあ、親父はまだ隠居するわけではないだろうがな。
「……式典の段取りは滞りない。最後にもう一度聞く。心を改める気はないのか?」
俺は食べ終えたチョコレートの銀紙をゴミ箱に放り投げ、立ち上がった。
「ゴルド!」
「はいはい、考えとくよ。じゃあな」
俺は呼び止める親父に振り向きもせず部屋から出た。さあて、さっきの続きだ。明日の式典は朝早いから、さっさとスッキリするか。俺は鼻歌を歌いながらさっきの召使いを探し始めた。
*
誰かに起こされるまでもなく、目が覚めた。窓を見ると、うっすらと明るい。まだ朝六時頃といったところか。何かを楽しみにしている時の朝は決まって目覚めが良い。俺はベッドから身を起こし、正装に着替えて顔を洗った。髪を整え、様々な角度から身だしなみをチェックする。今日の俺もキマっている。すれ違う女の誰もが振り向くようなこの美しい顔。うぬぼれでもなんでもない。これだけは親父や死んだお袋に感謝しなければならないな。突然ドアが開き、親父と二人の兵士が入ってきた。
「お、おい何だよ。ノックぐらいしろよな!」
気色ばむ俺に対して、三人は全くの無反応だ。何か様子がおかしい。すると突然二人の兵士が早足で歩み寄り、両脇を抱え込んできた。
「何しやがる! お前ら俺を誰だと思ってんだ! おい放せ!」
「ゴルド王子、どうかお許しを……」
それだけ言うと、兵士達はそのまま俺を引きずるように部屋から連れ出した。親父も黙って後ろからついてくる。廊下で他の兵士や召使い達とすれ違うが、誰一人として驚きの表情は見せなかった。ただ残念そうに目を伏せていただけだ。兵士達は騒ぎ立てる俺を無視し、城の外まで引っ張り出して行った。城門では弟のシルバが待っていた。
「シルバ! 俺を助けろ! 城の連中みんな様子がおかしいんだ!」
「兄さん……まだ自分の立場が理解できていないのかい?」
「なっ……どういうことだ!? うお!」
シルバに突き飛ばされ、俺の体は城門外の石畳に倒れ込んだ。俺は倒れたまま睨み付けるようにシルバを見上げると、親父とシルバと兵士達が、俺を哀れむような目で見下している。今まで黙っていた親父がゆっくりと口を開いた。
「ゴルド……お前をクリスタ城から追放する」
「はっ!?」
自分の耳を疑った。今何て言った? 親父の言葉の意味が分からない。今日は俺が正式に王の資格を得る日であって、間違えても国から追放される日などではないはずだ。庭には誕生式典の準備もしっかりと出来上がっているじゃあないか。
「お前の事は何年も前から頭を抱えていたが、それでも私は希望を捨てたくなかった。きっといつかは分かってくれる日が来ると信じていた。だが、お前の素行は一向に変わらなかった。そして遂に二十歳の誕生日である今日が来てしまった。昨夜、お前と話をしたな。あれが私なりの、お前に対する最後のチャンスだったのだ。お前にほんの僅かでも改心の見込みがあれば、ここまでしようとは思わなかった。だが、希望は完全に潰えた。私が愚かだったのだ。ゴルドという名を与えてしまったお前を、何としても王にしなければならないと思っていたのだ。だが、私の次の代でその伝統はもはや捨てることになるだろう」
「なっ……てことは、まさか!?」
俺は視線を親父の隣に移した。シルバは相変わらずゴミを見るような目で俺を見下していた。
「そう、十二代目のクリスタ王の座はシルバが受け継ぐ。誰も反対などせんだろう。名前の伝統などよりも、この国の未来の方がよっぽど大事なのだ。シルバも当然今日が二十歳の誕生日だ。今日の誕生式典は、シルバのために行う」
「仕方ないよね、兄さん。正直、僕自身は王の器だとは思えないけど、それでも兄さんにこの国を任せるぐらいなら、僕が王になる。僕らの代でこの国を終わらせるわけにはいかないからね」
馬鹿な……そんな馬鹿な話があるか。俺はゴルドだぞ。この国の王、ゴルド十一世の第一子なんだ。女でも次男でも養子でもない、正真正銘この国の王となる者なんだ。そう言われ続けて二十年生きてきたんだぞ。それが、こんな所で……ここまで来てそんな話があってたまるか。夢だ。そう、これは悪い夢に違いない。俺は頬をつねった。痛い……まじかよ。ははーん、さては誕生日のドッキリってやつだな。俺を驚かせようとしているんだろう。そうに違いない。
「しかし、私も王である前にお前の父親だ。正真正銘、これが私の親としての最後の慈悲だ。お前に一つチャンスをやろう。これを成し遂げれば、お前を再びこの国に受け入れ、そして王位を譲り渡そう」
俺のポジティブな思い込みを裏切るように、親父は話を続けた。まじだ……まじで俺を追放するつもりだ。だが、最後のチャンスを与えるそうだ。一体俺に何をさせる気だ?
「いま、世界にとって最も脅威となっている悪魔王ダイモン。馬鹿なお前でもこいつの事ぐらいは知っているだろう。悪魔王ダイモンを討伐してくるのだ。手段は問わん。仲間を何百人連れて行こうが、どんな武器を用いろうが構わん。お前のやり方でやるのだ。もっとも、今のお前についてくる仲間がいるとは思えんがな……」
「はあ!? 悪魔王ダイモンって……親父てめえ馬鹿か! あんなの倒せるわけねえだろが! 俺は伝説の勇者様でもなんでもねえんだぞ!!」
「私達の遠い祖先、初代ゴルド王は大魔王を倒し、そしてこのクリスタ国を建てられた。お前にもその偉大な初代ゴルド王の血が流れているのだ。この国に戻りたかったら、それこそ今までの堕落した人生を悔い改め、死にもの狂いでやる事だ」
それだけ言うと、親父は背を向けて城に向かって歩き出した。兵士達もそれに続いた。
「くそっ! ちょっと待てコラァ! まだ話は終わってねえぞ!」
俺は立ち上がり走り出そうとすると、シルバが立ちはだかった。
「どけ! ぶん殴るぞ!」
「……やってみなよ兄さん」
俺は振りかぶり、シルバの顔面に力の限り右ストレートを放った。その瞬間シルバの体が沈み、俺の拳が空を切ると同時にシルバの拳が俺の腹にめり込んだ。
「うげぇ!」
俺はたまらず腹を押さえ膝をつき、押し寄せてくる嘔吐感を必死に堪えた。
「がり勉の僕になら負けないとでも思ったのかい? でも王族たるもの、武術や魔術の鍛錬も欠かしてはいけないんだ。そうでないと、大切な国民を守る事はできないからね。まあ、兄さんは勉学はもちろん、武術の方もサボリっぱなしだったけどね」
完膚なきまでに負けた。全く文句のつけようがないぐらいの完敗。圧倒的敗北。今までの人生で唯一にして最大の屈辱。顔は同じでも体格はひょろかったシルバとの兄弟げんかでは一度も負けたことがなかった。こいつ、いつの間にこんなに強くなったんだ? 武術や魔術の鍛錬……そんなことやってたのか? 聞いてねえぞ畜生。
「……じゃあね兄さん。でも安心して。まだまだ未熟だけど、この国は僕が立派に治めてみせるから」
そう言ってシルバ自らの手で城門を閉めた。俺はもはや立ち上がる気力すらなかった。二十年間暮らしてきたクリスタ城が、閉じられた城門によって、まるで別世界に行ってしまったように感じた。惨めだ……惨めすぎる。いつの間にか、城下町の人間達が周りに集まっていた。そこかしこから、ひそひそ話が聞こえる。
「くそが! 見世物じゃねえぞ!」
蜘蛛の子を散らしたように国民達は走り去っていった。畜生……畜生……! 何で王子である俺がこんな目に……。これから俺は一体どうすればいいんだ。それに答える者はいなかった。俺に手を差しのべる者は、誰もいなかった……。
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