第3話 豚狩り

 私はいつも通り畑仕事を終え、自室で過去の新聞を読み漁っていた。フォレストの事を調べているのだ。残り数冊の禁呪の本も消化し、禁呪の修得は既に終わっていた。並の魔女なら一つの禁呪を修得するのに数ヶ月はかかる。どんなに歴史を溯っても、私以上に禁呪を修得した魔女は恐らくいないだろう。別に自分が天才だとは思わない。殺された母や同胞達が、私に力を与えてくれているのだ。


 新聞を置き、コーヒーを飲んで一息つく。大体は分かった。まずはフォレストの組織図。ウォルナット……先王が早くに亡くなり、若干二十歳で王になる。本国ではウォルナットが先王に毒を盛ったのではと噂されているが、証拠はない。人並み外れた頭脳と武力、そして残虐非道な性格でフォレストの軍事力を一気に高めた。

 その下には四将軍と呼ばれる幹部。オーク……力はないが、その狡猾さで四将軍に上り詰めた。無類の女好きで、終戦後オークに攫われたガーデンの女は数知れず。魔女狩りの際、オークの軍に捕らわれた魔女はすぐには処刑場に送られず、一ヶ月ほどオークの傍に置かれた後処刑。何をされたのか想像するのは容易い。終戦した今でも、魔女狩りならぬ美女狩りは続いている。

 バーチ……オークとは逆で完全な武闘派。外見は小男で弱そうだが、剣の達人。気性が荒く、八つ当たりで殺された部下も多い。戦争や魔女狩りにも当然積極的に参加。処刑では斬首を担当。母の友人で、私にも自分の子のように優しくしてくれたダリアおばさんの首をはねたのはこいつだ。

 メイプル……名前は可愛いが、身長ニメートルをゆうに超える大男で、フォレスト軍一の猛将。ガーデンの魔女部隊にも一歩も退くことなく、魔法の弾幕をかいくぐり前進を続けた。母に火を付けたのはこいつ……今でも鮮明に覚えている。こいつは特に許せない。

 まったく……どいつもこいつもクズばかりで実に助かる。おかげでこちらも何の躊躇もなく裁きを下せそうだ。しかし、四将軍最期の一人、チェリーに関してはいまいち情報が少ない。元々三将軍だったのだが、戦争での活躍を認められ将軍になったということしか判らなかった。将軍になってからは一切公の場に姿を現さないため、その正体は明かされていない。私は、影のように任務をこなす暗殺者のような男を思い浮かべた。まあ、何でもいい。フォレストに属するならやることは同じだ。いずれ正体を暴いて見つけ出して殺してやる。

 次に奴らの居場所。ウォルナットのいるガーデン城を中心に、オーク、バーチ、メイプルがそれぞれ周りに拠点を構えている。方角的には、北、南西、南東だ。一つずつ潰していくしかない。どこから攻め落としてやろうか。一番手強そうなメイプルに奇襲をかけるか。いや、一番手強いからこそ情報は集めておいた方が……。


「ローーーゼーーー!」


 外から私を呼ぶ声が聞こえる。しまった。カトレアと出かける約束をしていたのを完全に忘れていた。私は大急ぎで支度して外に出た。


「ふふ、忘れてたでしょ」


「忘れてないわよ。早く行きましょう」





 町に出て、旅行用のグッズを買いに来た。と言っても行くのはカトレアだけで、私は荷物持ちだ。祖母を家に置いて泊まりで遊びに行くわけにはいかない。カトレアは旅行好きで、よく一人で出掛けている。


「そういえば今日はハイヒールなんだね。珍しい」


「普段履いてる靴がさっきの仕事中に破れちゃったの。後で靴屋にも付き合ってもらうわよ」


「オッケーいいよ。それにしてもさぁ、ロゼがハイヒール履くとホントでかいよね」


 そう、私がハイヒールを履くとカトレアとの身長差は三十センチ近くになる。カトレアが小柄なのではない。私がでかすぎるのだ。だから本当はハイヒールなんか履きたくないのだが、祖母が改まった席のために一足ぐらいは持っておけというから持っていただけだ。まあ、これでも破れた運動靴をパタパタ音を鳴らしながら歩くよりはマシだが。


「ん? 何か騒がしいね」


 カトレアが大通りの方を見て言った。誰かの叫び声……いや、悲鳴が聞こえる。それと何かのエンジン音が。それはすぐに目に入った。一目で分かる。フォレストの軍用車だ。


「や、やばいよロゼ! あれオークの手下だよ!」


「え?」


 四将軍オークの……ということは、あれが話に聞く美女狩りか。国中の美女を次々と攫っているそうだが、まさか居合わせることになるとは。町中の女達がパニックになって、こちらに向かって走って逃げてくる。


「ロゼ! あたし達も逃げよう! きゃっ」


 人混みに流されてカトレアを見失い、はぐれてしまった。


───────!


 閃いた。この状況……ピンチでも何でもない。この上ないチャンスだ。母や同胞達の声が聞こえる。今こそ復讐の幕開けだと。私はできるだけ不自然にならぬよう、ハイヒールのせいで逃げ遅れているように見せた。


「おい、そこのでかい女止まれ! こっちを向け!」


 かかった。オーク軍の兵士に呼び止められ、私はおそるおそる振り向いた。


「は、はい……」


「ほう、不健康そうな顔色だが、なかなかいい女じゃないか。オーク様もお喜びになる。一緒に来てもらおうか」


 兵士が私の手を無理やり引っ張り、車に押し込もうとする。


「いや! 離して!」


「暴れるんじゃねえ! さっさと乗れ!」


 車の荷台に突き飛ばされ、鍵を閉められた。突き飛ばされた拍子に膝を擦りむいた。腕にも痣が残っている。顔は覚えた。後で殺す。私は荷台の端に腰を下ろした。窓が無いから外の状況が見えないが、照明は付いている。私は荷台を見回した。既に別の町で何人かの女が捕らえられていたようだ。いずれも悲しみに暮れている。これからどうなってしまうのか、不安で仕方が無いのだろう。金髪の三つ編みの少女に目がとまった。まだ十五、六歳ぐらいに見える。こんな未成年の少女まで攫っているのか、変態野郎が。私はまだ見ぬオークという男に毒づいた。





 途中から寝てたので、何時間走ったかは分からない。しかし、目の前にそびえ立つ巨大な館は、オークの拠点だということは分かる。私達は一列に並ばされ、前後を兵士に挟まれた状態で館まで歩かされた。どうやって攻め入るか悩んでいたのが馬鹿らしくなるぐらい、あっさりと侵入できた。館に入り、しばらく歩いた先の扉の前で立ち止まった。


「さあ、お前らはこの部屋で待機していろ。じきにオーク様からお呼び出しがかかる」


 扉を開けると、そこには質素な部屋が広がっていた。先客が五人いる。兵士が扉を閉め、外から鍵をかけた。今回連れてこられた女は私を含めて四人。計九人の女がここにいる。十五年も美女狩りをしている割には少ないなと疑問に思ったが、飽きたら捨てて新しい女を攫ってくるのか、と勝手に納得した。天井を見上げると、監視カメラを見つけた。今頃オークはこのカメラから私達を品定めしているのかもしれない。私はわざとカメラからよく見える位置に座った。


 一時間後、部屋の外から足音が近づいてきて、扉が開いた。そこには兵士が一人。


「おい、そこの金髪の三つ編み。それと黒髪のでかい女。オーク様がお呼びだ」


 ご指名だ。光栄なことで。しかし二人同時とは……。一人の方がやりやすかったのだが、まあいいか。私と三つ編みは兵士に連れられ、長い廊下を進んだ。三つ編みはガタガタと震え、半ベソをかいていた。私は気にせず、他に兵士がいないか、監視カメラがないかを確認してから指揮棒を取り出し、歩くリズムに合わせて、床のあちこちに向けて指揮棒を何度も振っていった。三つ編みがそれを不思議そうに見ていた。やがて長い廊下の突き当たりの扉の前に着いた。


「ここがオーク様の部屋だ。くれぐれも失礼のないようにな」


「ご苦労」


 指揮棒を兵士の額に当て、電撃をくらわせた。バチッという音とともに兵士が床に倒れ込んだ。


「えっ!?」


 驚きの声をあげる三つ編みの口を手で素早く塞いだ。


「騒ぐんじゃないよ。邪魔するならあんたにも死んでもらうからね」


 三つ編みが首を何度も縦に振る。落ち着いたようなので解放してやり、私は扉を開けた。


「ぐほほ!生で見るとますます可愛らしいのう!手下共もなかなかいい仕事をするじゃないか」


 ……上半身裸のふんどしを履いた上機嫌な豚がいた。不細工なツラ、ハゲ散らかした頭、体毛と脂肪まみれの身体。人はここまで醜くなれるものなのか。今までこの豚に犯されてきた女達に心の底から同情した。部屋の趣味も最悪だ。無造作に並べられた動物の剥製、不気味な絵画、目が痛くなりそうな滅茶苦茶な壁紙の配色。長居はしたくないな。


「ところで、さっき変な音がしなかったか?」


「さあ? 気のせいでは?」


「ほほ、まあいい。お前達、名前はなんというのだ?」


「ロゼです」


「……あ、あ、アイリス……です」


「ロゼちゃんにアイリスちゃんか。名前も可愛いのう! ほれ、そんな所に突っ立っとらんと、近う寄れ」


 私と三つ編み…アイリスは、オークの目の前に並んで立った。


「女にしては随分でかいのう。だがその分、このスラッとした長い脚が実にいい!」


 オークの汚らわしい手が私の脚を撫でた。アイリスは今にも泣き出しそうだ。


「……良かったらもっとご覧になります?」


 私は脚をゆっくりと、艶めかしく上げていく。オークが歓喜の声をあげた。私は……その脚を……オークの最も汚い部位目掛けて……一気に打ち下ろした。


「!!!うっギィィィああやぁぁあオオォあああァァ!!!!!」


 オークが人間の物とは思えない絶叫をあげ、股間を押さえてのたうち回った。ハイヒールのかかとに血が滴っている。結構深くまで突き刺さったようだ。男じゃなくても痛さは分かる。アイリスは一人で呆然としていた。


「な、ななな何てことをしやがるんだああ!! だ、誰かーー!!」


 オークが震える手で警報スイッチを押した。館内にけたたましいベル音が鳴り響いた。遠くの方からいくつもの足音が聞こえてくる。


「か、覚悟しろよ貴様ぁ!! すぐに兵士が来るからな!! 八つ裂きにしてやるぞぉ!!」


「ふーん……やってみれば?ここまで来れたらの話だけど」


 私が言い終わらないうちに、部屋の外で爆発音と悲鳴が連続でこだました。あまりの爆音にオークとアイリスは耳を押さえて縮こまっていたが、しばらくすると爆音も収まった。


「な、な、何だ? 何が起こったんだ!?」


「ここに来るまでの間に、廊下に地雷魔法を仕掛けさせてもらった。あんたのご自慢の手下達は今頃部屋の外でバラバラになってるよ」


「ま、魔法!? 貴様魔女か!?」


 青ざめた顔をして固まっているオークに指揮棒を向ける。棒の先に野球ボール程の大きさの光弾が作られた。指揮棒を振りかざし、光弾をオークに向けて発射した。


「ぎゃっ!」


 顔面をとらえた。光弾はまだ消えず空中を漂っている。続けて指揮棒を振る。再び光弾がオークにぶつかると、その醜い身体がゴロゴロと転がった。私はまるで悲鳴のオーケストラを奏でるように、指揮棒を振り続けた。


「うげっ! ぎゃっ! ひぃ! ぶごっ!」


 光弾がぶつかる度に顔中から血を吹き出すオーク。だが、まだまだ序の口。本番はこれからだ。


「ひい! ひい! た、助けてくれぇ!」


「ほう、助かりたいか?」


 私は一旦光弾を消してオークに歩み寄った。


「た、頼む! 何でもするから命だけは……ぐぎゃあ!」


再び股間を踏みつけた。もちろんハイヒールのかかとでだ。


「この豚の糞よりも汚らわしい○○○で、何人もの女達を絶望のどん底に突き落としておいてよく言う。でもまあ、これからのお前の態度次第では助けてやらんこともない」


「は……はひ……」


「これから質問をする。知っていることは全て正直に答えろ。噓だと判断したら、股間にもう一つ穴が増えることになるぞ」


「な、何でしょうか?」


「そうだな、まず……お前の仲間にチェリーって奴がいるだろう。こいつは何者だ。どこにいる」


「……し、知らない、です」


 私は足に力を込めた。


「いでででで!! ほ、ほんとに知らないんです! 四将軍はお互いほとんど会うことはないですし、たまに集まっても顔を隠してるし声も聞いたこともないから、素性はウォルナット王しか知りません!」


「もういい次の質問だ。バーチとメイプルの拠点の見取り図などの資料はあるか。それと手下の兵士は何人いる」


「資料はないです……手下はそれぞれ五十人ずつぐらいはいるはずです。わしも大体それぐらいなので……。王の手下は八十人ぐらいかと……」


 ちっ。結構多いな。今回は内部からまとめて片付けられたから良かったが、やはり正面突破はかなり難しそうだ。


「そいつらの拠点に、今回みたいに部外者が入ることはあるか。出前でも宅配業者でも何でもいい」


「そ、そういうのは中までは入れてもらえません。あっ! でもバーチは最近肺を患っていて、かかり付けの医者を招いて診てもらってるって聞きました」


 なるほど、医者か……それは使えるな。医者を装えば簡単に入り込める。私はオークの股間に置いておいた足をどけた。


「た、助けてくれるんですか……?」


 私は何も言わずに指揮棒を部屋にあった本棚に向け、中の本や棚板を全て床にばらまいた。中身を抜いた本棚は、一つの大きな箱になった。その箱を床に寝かせると、まるで棺のようになった。いや、これから本物の棺になる。


「何をしてるんで……うわ!」


 指揮棒をオークの両手両足に振りかざした。光の糸が二本発射され、両手両足に絡みついて拘束した。バランスを崩したオークが倒れ込んだ。オークを宙に浮かせ、そのまま箱の中に放り込んだ。


「それじゃ、これからお前の処刑を始めようか。暴れても無駄だからな。その糸は五時間は消えない」


「そ、そんな! 約束が違う! 正直に話せば命だけは助けてくれるって!」


「お前は豚と何か約束して、それを守ったことがあるのか?」


 私はポケットから小袋を一つ取り出した。いつでもこういう機会があってもいいように、持ち歩いていて良かった。袋を開け、オークの入った箱の中にぶちまけた。


「……し、植物の種?」


「ひまわりの種だ。全部で三十個ぐらいあるかな。だが、ある物が魔法で化けている。何だと思う?」


 オークの返答を待たずに、種に向けて指揮棒を振った。すると、みるみるうちに種が大きくなっていき、やがて正体を現した。箱の中を大量のソレが所狭しと走り回り始めた。後ろでアイリスが小さく悲鳴をあげた。


「ひ、ひいいい! ネズミ! ネズミィィィ!!」


「そう、たーーーっぷりと腹を空かせた特大のドブネズミだ。目の前にちょうど豚肉がある。不味そうだが、まあこいつらは雑食だ。何でも食べるだろう」


ドブネズミが豚肉を囓り始めた。


「いて!! いてええええ!! た、頼む助けて! 助けてええ!!」


 私はもう一つの同じ大きさの本棚を魔法で持ち上げ、そのまま下の箱に重ねた。立派な棺の完成だ。棺の中からくぐもった悲鳴がこだまし続けている。後は放っておけば勝手に死ぬ。地獄の苦しみを味わいながら……。振り返るとアイリスが床にへたり込んでいた。


「何してんだい? 帰るよ」


「は、はははは、はい……」


 少々刺激が強すぎたようだ。まあ、運が悪かったな。いや、私がいたから助かって運が良かったのか? どっちでもいいか。

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