海神へと還った人魚の涙
琴あるむ
プロローグ
この世で最も気高く高価な貴石、“
金剛石や紅玉などの一般的な鉱石に比べても極めて希少であり、入手がとても困難な石である。
なぜなら、南の海に囲まれた、小さな島に住むヘヤン族にしか生み出せないからだ。
彼らの目頭から溢れる涙は、海水に入れるとたちまち固体化してしまう。
チャランはまるで石のように硬く、雪のように真っ白で、海水に漬けると仄かに虹色の光を放つ。
なぜそのようになるかの原因は一切不明である。
そんな彼らの特質に目をつけたのは、当時最も栄えていたアヴァール王国の王だった。
「さぁ、涙を出せ! さもなくば腕を切り落とすぞ!」
大男から唾と共に喚かれる汚らしい声を、ヘヤンの少年は忌まわし気に睨み付けた。
声を出す為の声帯など、だいぶ前に壊してしまっている。
身体には、数えきれないほどの赤いカサブタと打撲傷。
その手や足には、本来あるべき筈の指が全て失われていた。
この“チャラン生産場”より逃げ出さないように。
「おら、早くしねェとまた身体の一部を失うぞ!」
髪を捕まれ、顔を桶の前へと押し付けられる。
中には透明な液体がなみなみと溜まっていた。
海水である。
「ふん、ガキのクセして強情な奴だ……」
途端に、ゴツゴツとした歪な指を口内へ捻じ込まれた。
乱暴に
しかし胃から出るものは少量の胃液しかない。
少年の目から生理的な涙が溢れ出た。
「う、ぐ……げェッ……」
不快な苦味と酸味とが口と鼻を襲う。
外へ出ようと身体の内から上がって来たものを吐き出そ うと咳き込めば、口と鼻とに湿った布を詰められた。
息が出来ない。
犬畜生以下の扱いに、悔しさと共に涙が頬を伝い、やりきれない思いが桶の中へと落とされた。
沈んでいく白い石は、七色の光を淡く放ちながらも底へ着く。
コツリ。
その音を敏く聴きつけた大男は、少年の後頭部をゴンゴンと殴った。
涙がまた溢れなくなる前に、今ある分を絞ろうとでもしているように。
しばらくして、大男が髪を引っ張り顔を上げさせられる。
その顔の、特に目の周辺は、蜂に刺されたかのように腫れ上がっている。
酸欠なのだろう、腫れの間から辛うじて見える瞳は虚ろだ。
「……汚ねェ顔だなぁオイ」
布が抜かれた。
ようやく得られた酸素に意識が戻り、感覚を取り戻した少年はまたも咳き込んだ。
「心配すんなって。このチャランはしっかり高値で売ってやるからよ」
下劣た笑みに、ヘヤンの少年は、あらん限りの悪意を込めて男を睨み付ける。
「……いまに、み、みでいろ、いずれ、ごのぐに、には、――わだづみ、の、ざばぎ、ぎゃがっ……!」
言葉が終わるよりも先に、大きな拳が顔面に降りかかった。
バギャ、という聞きなれた音と共に、前歯と鼻骨が折れたのだと理解する。
激痛に意識を手放した少年の頬に、一滴の涙が流れていた。
「うお、もったいねェもったいねェ……」
大男は床にあった柄杓を取り、桶の海水を少年の顔面へとぶちまける。
コロリと落ちた貴石を太い指で拾い上げ、醜く口角を吊り上げた。
大量のチャランを手に入れた事により、アヴァールは更なる富を手にし、遂には世界を統べる大国となった。
金や権力に目が眩んだ彼らは、更なる悪逆非道なる計画を思いつく。
――ヘヤン族の数を減らせば、チャランには最高の希少価値が付くのではないか。
これまでの残虐なる扱いに、既に最初の半数以下にまで減っていたヘヤン族を。
最期の一人として選ばれたのは、中でも最も美しく、気高い、少女だった。
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