選ばれし者

ボヘミアン

 プロローグ



 ――はい、こちら中央署です。

 ――あんたんとこに滝川という刑事はいるか。

 ―ーどちらさまで?

 ーーわしのこたあどうでもいい、いるのかいねえのか聞いてんだよう。

 ーーいるにはいますが…。

 ーーじゃあ代わってくれ。滝川さんに話があるんだ。



 ―ーはい、代わりました。滝川です。

 ――ああ、親父さん! 親父さんだねえ。

 ーーどなた?

 ――亀谷でさあ。といっても、随分昔のことだから、覚えちゃいなさらねえだろうが。若い頃親父さんにお世話になった者です。親父さんの声は変わってない。

 ――申し訳ない、ちょっと思い出せない。

 ――いいんです、いいんです。大勢を相手になさってるんだ、いちいち覚えてなくて当たり前。

 ―ーそれでわたしになにか?

 ――ええ、それなんですがね、実はわし、色々あって、もうええ歳やし、この辺で安楽したい思いましてな、極道から足、洗おう思てますねん。

 ーーほう、極道から。それはそれは……。

 ――そういう時が来たら、引導はお世話になった親父さんに渡してもらおうと、常々思うてましたんや。

 ――そう、それは、それは、よく決心したね。

 ――といっても、この歳になると、色々しがらみがおましてな、一身上の都合でいうわけにはいきしませんねん。

 ――うん、そりゃそうだ。

 ――まとまった金もおませんし、この歳になって、痛い目に遭うのんも嫌やし、このままフケよう思いましてん。

 ――そんなことして大丈夫かい。なんだったらーー。

 ――いえいえ、もう、そうしてるんですう。それで、親父さんにお願いがおます。

 ー―なんだね?

 ――なしろあわててたもので、児童公園の植え込みの中に、チャカとマメを、新聞紙に包んで捨てて来てしまったんですわ。

 ――なんだって! そら本当かね!

 ――すんません。ツツジの植え込みの、目につきにくい茂みの中に……。

 ――よし! わかった。それで、どこだね? どこの児童公園だね? それはいつのことかね? どんな拳銃? 実包は何発?


 早速、このことは滝川警部から通信指令室へ、通信指令室から最寄りの交番に、交番からは巡査部長ら三名が児童公園に駆けつけた。

 だが、児童公園の、ツツジの植え込みの中にはなにもなかった。遊び場と、常緑樹の林との境目の芝生に、ツツジは弧を描くように植えられていた。

 確かに茂った枝葉の中に隠せば目につきにくい。でも新聞紙に包んだものを完全に隠すことは、無理のように思われた。下から覗けば見えるに違いない。

 約三十分前に捨てたと亀谷なる者はいった。そこらで遊んでいる子供らに聞いてみると、彼らが来てから二十分くらい経つが、見かけなかったという。

 彼らが来る前の約十分の間に亀谷が来て捨てたのなら、そのあとそれを誰かが持ち去ったことになる、約十分の間に。

 巡査部長らは、そこらにいる者や、その付近の住人らに聞き込みにまわった。だけど、それらしき目撃情報は得られなかった。

 その報告を受けて、(いたずら電話かな?)と滝川警部は首をかしげた。

 念のために、四課のデカ時代に亀谷なる男を取り調べたことがあったかどうか、調べた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る