#3:夢見る兎 - 3

 食事と片付けが終わった子供たちは、また退屈な昼を車の中で過ごした。朝が早かった分、一日はいつもより長めに感じられる。

 サンドで機嫌を良くしたと思われたコシュカとクニークルスはそれでも口を利かず、互いの寝床で思い思いの時間を過ごしている。

 陰鬱な荷台に耐えられないアステリオンは天幕の下で雨音に耳を傾けながら椅子に座り、テーブルの上で頬杖をついて半分眠ってしまった。

 しばらくした後、スクァーレルがいつの間にか横に座り、同じように机の上に身を預けて昼寝を始めた。


「おいおい、こんな所で何してんだ? 冷えるぞ」


 デュランは大きめの外套をアステリオンとスクァーレルの肩にかけてやった。

 アステリオンはうっすらと目を開ける。


「ああ……ぼく、うっかり寝てたみたいだ」

「飯を食えば緊張も解れる。昨晩は相当にお疲れだったようだな」


 答える代わりにあくびをする。その様子にデュランは小さく笑う。


「街で聞いたが、砂漠は雨期に入ったそうだ。こいつは当分続くぞ」

「そんな気はしてたけど……それじゃあ、いつ頃出発できるか分からないじゃないか」


 デュランは頭を掻いた。子供の素直な意見には逆らえない。


「何とか出発するタイミングを見つけるさ。何せ、今日の雲は薄いし、一度ぐらいは止むだろう」


 アステリオンはもう一度注意深く空を見上げた。


「……なら、多分、夜遅くになるよ」

「お前は空の様子が分かるんだな」

「うん。何故だか分からないけど、多分、ずっと暇つぶしに空を見てたからだと思う」

「いい特技だ。特に俺たちのように旅をする者にはな」


 水の跳ねる音がした。コシュカだ。


「これだけ雨が降っても、砂漠は砂漠なんだな」


 そう言って、彼はアステリオンの向かい側の席に座った。


「……こんなに降るなら、花の一つでも咲いてくれりゃいいのに」

「足下の砂が触れられるモノだったらその可能性はあっただろうな」


 デュランは眠気覚ましのコーヒーを淹れるため、かまどに火を点ける。


「お前らも飲むか?」

「もらおうかな。ミルクがあるなら」


 そう言って、アステリオンは目を擦った。


「少しだが、まだ残ってる。……コシュカは?」


 コシュカは歯を見せながら、


「オレ、ブラックでいいぜ」


 と、得意気に自分の胸を親指で差した。


「よく飲めるね?」

「いやいや、飲んだことねーよ。ちょっと試したいだけさ」

「いいのか? 結構苦いぞー?」デュランは意地悪そうに言った。「俺でもミルクは入れるんだがな」


 すると、コシュカは慌てて手を振った。


「わ、分かった! オレもミルク入れてくれ!」

「じゃあ三等分だな」

「いいえ、四等分よ」


 その場にいない声が増えた。クニークルスだ。特に怒っている様子ではないが、まだ心のどこかにしこりが残っているように見える。彼女は皆から遠ざかるようにテーブルの端側に座った。


「まだ怒ってんのかよ……」


 コシュカは聞こえない程度に小さく呟いたつもりだが、クニークルスにはばっちり聞こえていた。


「別に。もう疲れたわ」

「そうかよ」


 自分を挟んで睨み合っている二人に、アステリオンは頭を抱えた。


「ねえ、二人ともそろそろ仲直りしてよ。みんな家族じゃないか」

「そうだ。アスティの言う通りだぞ。雨のせいで機嫌が悪いのも分かるが、いつまでこんなことを続けるつもりだ?」


 デュランの呆れた目線がコシュカとクニークルスを交互に突き刺す。

 堪忍して先に目を落としたのはコシュカだった。元々、勝手に夜中に忍び込んだ自分が悪いと自覚していたからである。


「……悪かったよ」


 口を尖らせて言うと、クニークルスは困ったように眉に皺を寄せて顔を背けた。


「もう許してあげろよ、クニークルス。悪気はなかったんだから」


 その場にいる誰もがクニークルスの顔色を伺っている。さすがに、謝らないわけにはいかなかった。


「アタシもその……大人げなかったわ。ちゃんと話をしなかったことだけは、ね」


 コシュカはいつになく真剣な顔でクニークルスの瞳を覗いた。


「じゃあ、話してくれるのか? お前が何でそこまで楽園にこだわってるのか」


 クニークルスは答える替わりに立ち上がった。

 さりげなく振り返ると、いつの間にそこにいたのか、ルーシーが腕を組んで立っていた。誤魔化しが効かないと分かると、むしろ心の中が少しだけ楽になった。


 皆は黙ってクニークルスの言葉を待った。話を期待するのは子供たちだけじゃない。デュランやルーシーも、クニークルスの心の内は知らなかった。

 視線を送ると、最も気がかりだったスクァーレルだけが眠っていた。……それだけで、ようやく話す気になった。

 だが、その柔らかい唇から放たれた一言は、誰もが想像しなかった言葉だった。


「……アタシ、パパとママを殺したの……」


 ──雨はまだ、しとしとと降り続けている。

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