異世界一周旅行、当たりました!
猫又みゃび太
第1話 異世界への招待状
異世界一周旅行、当たりました!
モノさん、コトさん、おめでとうございます!
つきましては裏面に書いてある場所まで来てほしいにゃ!
異世界観光船『テュポーン号』オーナー・ルーニャ
01 モノとコト
そんな手紙が僕の家のポストに入っていることに気づいたのは今朝のことだった。
猫の絵が描いてある便箋に、ぐにゃぐにゃした丸っこい手書きの文字。
いつものように僕の部屋に来ている幼馴染のコトに聞いても、心当たりはないみたいだ。
「異世界人の知り合いはちょっといないよ。それよりモノ」
コトが僕の名を呼ぶ。
「せっかく付き合い始めたんだし、二人で旅行いこうよー。異世界じゃなくても良いからさー。それでね、一緒に温泉入るの! むふふ!」
先月高校を卒業したのを機に、コトと恋人として付き合うことになったんだけど、赤ちゃんの頃からずっと幼馴染の関係を続けてきたからまだ距離感が掴めないでいる。
「い、一緒に入るのはちょっと恥ずかしいからまた今度で……」
「だめー。付き合っても今までと何にも変わってないもん。私はもっとイチャイチャしたいのー!」
コトはベッドから飛び降りると、僕の背中からのしかかってきた。
「おーもーいー!」
「かーるーいーでーすー!」
そんな感じでお昼頃までコトとのんびり過ごした。
02 午後
「んー……」
コトは雑誌を読み終わってしまって、ベッドの上で退屈そうに脚をパタパタさせている。
「ちょっと散歩行こうか」
「うん……」
下の階に降りて、外に出る。
コトと手をつないで近くの商店街まで。
しばらくうろうろした後、そろそろ帰ろうかと思っていると、
「そういえばさっきの手紙、裏に地図が書いてあったよね」
そういえば、念のため手紙をカバンに入れておいたんだ。
立ち止まって便箋を取り出し、裏面を読んでみる。
手書きの地図が大きく描かれている。
少し……、いや、かなり分かり辛かったけど、どうやらこの近くを横に曲がったところにある公園が目的地になっているみたいだ。
「ちょっと行ってみよっか」
まあ公園なら、一先ず覗いてみて、誰もいなかったらすぐ引き返せば良いんだし、行ってみよう。
文房具屋の角を曲がって少し進んだところにある公園に立ち寄った。
03 公園
いつも歩いている場所からそれほど離れていないのに、ここに来るのは随分と久しぶりだった。
小さい頃コトと何回か行ったきりだったかな。
滑り台、砂場、ブランコ、ベンチ。
それだけの小さな公園だった。
今は誰もいない。
僕たちの貸切だ。
「うっひょー滑り台だー!」
僕は童心に帰って駆け出すと、滑り台を何回も滑った。
コトはそれを生暖かい目で見ていた。
しばらくそうやって遊んでいた僕だったけど、ふと我に返った。
「結局誰もいないね。やっぱり手紙は誰かのいたずらだったのかな?」
考えてみたら、手紙には僕とコトの名前が並んで書いてあったけど、別に僕と彼女は同じ家に住んでいるわけじゃない。
つまり手紙の主は僕たちの関係を知っている可能性が高いってことだよね。
そして手描きの地図に示された近所の公園。
しかも待ち合わせの時間も指定されていない。
何もかもが不気味だ。
僕は急に怖くなってしまった。
「か、帰ろうか」
僕はベンチに座っているコトと手を繋ぐと、足早に公園の出口に向かった。
04 空飛ぶクジラ
その時、突然僕たちのすぐ横にあった砂場から、ざざざーっ、という轟音が響いて、ぽっかりと大きな穴が口を開けた。
「ひ、ひええ……」
僕はコトと抱き合って立ち尽くしていた。
一体何が起きたんだ……。
呆然としていると、砂場に開いた大穴からピンク色のクジラがゆっくりと浮かび上がってきた。
巨大なぬいぐるみのようなフォルムのクジラは、フインフインと数メートル上空まで飛んで、僕たちの前にゆっくりと降下した。
砂場から現れた時は2メートルほどだった大きさは、今は倍ぐらいに膨らんでいる。
そのクジラみたいな物体は確かに可愛らしい姿だけど、それでも何か異様なことが僕たちの目の前で起きていることには違いはない。
僕はコトの手をぎゅっと握りながら事の推移を見守っていた。
しばらくそのクジラの中からドタバタと音がしたと思うと、いきなりウイーン、とクジラの口が開いた。
身構えていると、中から少女が踊りながら現れた。
05 謎の少女
帽子を被った青い髪の少女は、しばらくクルクルと踊っていた。
一体何なんだ……。
僕とコトはただぼんやりとそれを見ていた。
「ふにゃっ!」
「あ、転んだ」
少女は足を滑らせ、顔から転んだ。
その拍子に帽子が落ちる。
「!?」
僕は目を疑った。
彼女の頭には猫のような形の耳が付いていた。
しかもよく見ると猫の尻尾まで生えているじゃないか。
もちろん普段だったらそういうコスプレをしている子なんだと思うところだろうけど、すでにクジラが飛んでいるというファンタジックな現象を目の当たりにしているので、今更猫耳少女ぐらいで疑いを抱くような心理状態ではなかった。
少女は起き上がると、帽子を被り直した。
前のめりに思いっきり転んだにもかかわらず、鼻血も出ていないし、膝を擦りむいてすらいない。
どこまでもマンガ的な転び方だった。
06 猫耳少女の挨拶
「モノさん、コトさん、ちゃんとここまで来てくれてありがとにゃん!」
彼女は一歩前に出ると、僕たちの手を握った。
「私はケット・シーの世界からやってきた異世界案内人のルーニャだにゃ! ここに来てくれたって事は、二人とも異世界一周旅行に行く事に同意してくれたって事でオッケーにゃ? よーっし、それなら早速出発にゃ! うーん、まだどこに行くか全然決めてないにゃ……。ドラゴンの世界、ゴブリンの世界、ケルベロスの世界……。まあ、どうするかはこの飛行船・テュポーン号の中で、ダーツでも使って決めるにゃ!」
「ちょっと待ってちょっと待って!」
僕とコトは二人掛かりでペラペラと喋る少女・ルーニャを制止した。
「僕たち、ちょっと試しにここに寄っただけで、別に異世界に行くつもりじゃなかったんだけど……」
「にゃにゃ、モノさんたちはワタシをからかったにゃ?」
ルーニャの目がキラーンと光った。
「そ、そんなつもりはないけど。あ、そういえば何でルーニャは僕たちを選んだの?」
07 ルーニャのアイデア
「にゃっふっふ……、あれは昨日の事……。私は途方にくれてたにゃ。ついこの前ママが異世界案内人を引退して、ワタシが後を継ぐ事になったにゃ。でも何故か旅行の申し込み者はゼロ。このままじゃママにとっても怒られるにゃ」
ルーニャはシクシクと泣くポーズをした。
「困ったワタシはあるアイデアを思いついたにゃ。それは、まずタダで誰かに楽しい異世界一周旅行をしてもらって、その旅行記を書いてもらい、異世界ネットや異世界出版で大々的に発表する事だにゃ。そうすれば知名度が上がって、ワタシは旅行の申し込みで引っ張りだこに……。これはナイスアイデアだにゃ!」
彼女はぴょんと飛び上がった。
それにつられて尻尾が揺れる。
「ワタシはそれを実行するために、旅行してもらう人を探す事にしたにゃ。一番適しているのは、まだ異世界を旅行した事がない人。一番新鮮な気持ちで異世界旅行ができる人にゃ。そこで私はテュポーン号で、あまりみんなが行かない、異世界ネットワークの中で忘れ去られたような世界を適当にウロウロしてたにゃ……。それで、うとうと居眠りしてたらここに着いてたにゃ」
「最後適当すぎる!」
「で、着いたのがここの時間で昨日の夕方だにゃ。それから商店街でお菓子を見たりしてたら、モノさんとコトさんが通りかかったにゃ。その瞬間、にゃにゃーん! と来たにゃ。この超仲良しでラブラブなお二人さんなら、異世界一周旅行を楽しんでくれるって!」
「え〜、私たちって、そんなに仲良く見える〜?」
コトがニヤニヤ満面の笑みを浮かべながら僕の腕に手を絡める。
「そうだにゃ。そんな仲良しのお二人さんが、二人っきりで旅行にゃんかに行ったら……もっと関係が深まっちゃうこと間違いなしだにゃ!」
「モノ! 早速行こう! 異世界行こう!」
「そんな軽いノリで決めちゃうの!?」
クジラの飛行船やルーニャの姿を見る限り、異世界の存在は嘘ではなさそうだし、彼女は悪い人じゃないっぽいけど……。
それでもやっぱり得体の知れない場所に旅行に行くのはかなりの決心が必要だと思うし、大切なコトが一緒なら尚更だ。
「さっきドラゴンの世界とかケルベロスの世界とか言ってたけど大丈夫なの? 生きて帰れる?」
「だーいじょーぶだにゃ! 私たちが旅行に選ぶ異世界はみんな平和で争いごとのない世界ばかりだにゃ。むしろこの人間界よりも安全なぐらいだにゃ」
「そうなのか……」
そう言われると少し興味を惹かれる。
子供の頃からゲームや漫画などでファンタジーと親しんできた僕としては、ドラゴンやゴブリンが住んでいる世界なんてかなり魅力的に映る。
僕の心の揺れを敏感に察知したのか、ルーニャが近寄ってきて耳元で声をかける。
「そうにゃ、それなら良い考えがあるにゃ。今からちょっとお試しで一回異世界に行ってみるにゃ。ほんの数時間、日帰りで遊ぶにゃ。それでダメだと思ったら諦めるにゃ。心配しなくてもモノさんはほーんのちょっとの間コトさんと異世界でイチャイチャしてるだけで良いにゃ」
「モノ、行ってみようよ! ルーニャちゃんは良い子だし、こんなチャンス滅多にないよ!」
コトはすっかりルーニャの味方になってしまったみたいだ。
「わかったよ。異世界がどんなところか気になるし、ちょっと行ってみよう」
「やったー!」
ルーニャは腕を振り上げると、さっきみたいに踊りだした。今度は僕たちの手を握って、しばらくの間一緒に踊った。
誰もいない公園で何やってるんだろう……。
08 出発
「よーっし、じゃあ早速いくにゃ! 初心者に人気の異世界……スライムの世界へ! しゅっぱーつ、しんこーう!」
ルーニャがそう叫ぶと、閉じられていたクジラの飛行船テュポーン号の口が再び開いた。
僕たちの背中をグイグイ押してその中に誘導すると、飛行船は砂場の穴に潜った。
09 テュポーン号の中
「えっへっへー、新婚旅行の予行演習だね!」
コトはご機嫌な様子で飛行船内の床に座った。
「えーっと、確かスライムの世界はこっちに……にゃっ! 次元の狭間に飲み込まれそうになっちゃったにゃー!」
ルーニャはハンドルを握って何やら騒いでいる。
大丈夫かな。
こうして異世界からやってきたネコミミ案内人ルーニャと僕たちによる異世界一周旅行が始まった。
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