Ⅱ
――そして現在。
私は大機関区画の奥に立っている。私の目の前には、大機関区画の中心――偉大なれりはこの都市を動かす心臓部分。即ち大機関。
「ふふ……」
思わず、笑みが零れる。
ああ、なんて美しき大機関なのかしら。思わず見惚れてしまうくらいの、ある種の芸術的なまでの機関機械に、私はうっとりと口元を綻ばせてしまう。
そして手の中に転がるものを、私は自分の目の前に掲げた。地下に設置されている幾ばくかの瓦斯灯の光がその石を照らす。
赫い赫い、血のように輝く命の石。生命と魂の結晶。一匹の怪物の腹の中で精錬された、千の命を宿す石――〈
紅い光が強弱をつけて明滅する。まるで心臓の鼓動のような光を放つ〈赫の命晶〉を掌で転がして、私はさて――と大機関に備え付けられている
刹那、大機関がまばゆく光を発して。
寸前までの規則正しい駆動音より一層激しい鳴動を響かせて、大機関が
まるで一流の楽団が奏でるような旋律のように、大機関が蒸気を吹き出し、目覚ましい勢いで内部の複雑怪奇な歯車を回転させているのが私には判った。
これこそが、私の求めているもの。
これこそが、私が目指すべきもの。
私が願う、人類の到達点であるべきものの姿だ。
老いることも、朽ちることも、辞めることも死することのない存在――
ゴゥンゴゥンゴゥン――
大機関の鼓動が頭上に響き、操作盤が左右に割れて――其処から小さな空洞管が姿を現す。私はその中に〈赫の命晶〉を嵌め込んで、操作盤の中に戻した。空洞管を通じて、大機関に挿入される。機械音と共に奥へと沈んでいく〈赫の命晶〉。
途端、周囲が輝かしい赫に彩られる。
ゴゥンゴゥンゴゥン――
どくんどくんどくん――
それは大機関の鼓動であり。
巨大な
操作盤の正面に設置された
同時に、大機関から延びる幾百幾千の配管を通じて流れてゆく赫い奔流。それはロンドン全土に及ぶ
これらがロンドン全域に広がったとき、私の目的は
「――でだ、そこな美人さんよー。この明らかーにヤバげな赤点滅はなんなのか、是非ともご説明願えないか?」
……はぁ。
私は盛大に溜め息を吐く。
なんて、なんて無粋な声なのかしら。なんて無粋な科白なのかしら。私は不満を隠すことなく鋭い視線で声の主を見下ろした。
「まったく、今とてもいいところだというのに、どうしてそんな絶妙な
見下ろす先には、黒髪紅衣の男がにたりと口の端を釣り上げてこちらを見上げている姿。私の傑作が一つ、《
彼は下卑た笑みを口元に張り付けて、全く悪びれた様子もなく言い放つ。
「そいつぁ悪かったな。お詫び、申し上げるよ」
わざとらしい科白を口にして頭を下げて見せているけど、その軽薄な表情からは全く謝罪の意思なんて感じ取れない。よくもまあ、そんな薄っぺらい言葉を軽々と口にできるものねと、思わず呆れを通り越して感心してしまうほど。
「詫びるつもりが少しでもおありなら、すぐに
「人の科白まるまる使ってんじゃねーよ。二番煎じはつまらないぜ。退場するならまずはお前からだろうが」
私のやんわりとした申し出に、彼は品のない科白をぽんぽんと口から吐き出して返してきた。
まったく、あのトガガミ・センゲも口が悪いと思っていたけれど、この男は彼女なんかよりも一層酷い言葉遣いね。極東というのは、こんな品性の欠片のない人たちがいる国なのかしら……いいえ、きっとこの従姉弟たちが特殊なだけでしょう。
私はまだ一度として足を踏み入れたことのない極東という島国に、そんな感想を抱きながら嘆息する。
「本当に変な人ね、貴方は。私の邪魔をすることで、貴方にどのような得があるのかしら?」
「はっ、つまらない質問だな。答えは至って
寸前までのへらへらとした態度が一瞬で鳴りを潜め――代わりに殺気のこもった眼光が私を貫いた。
心臓が止まるような殺気というものを、私は初めて感じた。
あの日、パラケルススにすら感じなかった死の予感。私が終わってしまうような気配。
同時に私は、彼の鋭い眼光に不覚にも戦慄を覚えて――
「なるほど……少しでも理解しようと思ったのが間違いだったみたいね」
そう、結論付けた。
すると、彼は溜まっていた不満を吐き出すように口を開き、
「妥協も理解も了解もいらねぇ。ただ――惨たらしく死にやがれ」
悪辣に吼える。
びしびしと全身を貫く殺気が私を襲った。
どうやら、センゲを殺してしまったのは思った以上に彼の逆鱗に触れてしまったらしい。憎み合っているとばかり思っていたのだけれど、どうやらあの二人の間にあったのは、それだけではなかったみたい。
私はどうしたものかと視線を彷徨わせ――そのついでに硝子画面を見た。演算算出はまだ三〇パーセントにも及んでいない。
本来ならば、その数字がゆったりと増えていくのをわくわくしながら待っているのだけど、今はそうも悠長なことは言っていられないし……どうにかして時間を稼がないといけないなぁ。なんて、思った時である。
「――姉さん!」
もう一つ、あの殺気を吹き荒ばせている男とは違う声。
凛然とした声。
痛切とした声。
ああ、そういえば――と、私は思い至った。
私は、いつの間にか傍らにまでやって来ていた声の主を。
其処には――
其処には、可愛い可愛い私の妹が、泣きそうな顔をしながら銃を突き付けている姿があって――
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