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それから間もなく、冬がとうとう近付いて来ました。
兄姉の、父が居なくなった悲しみは数日で薄れていったように私は思えました。ワイバーンと言うのは意外とと素っ気ないのか、とも思ったのですが、私にはその理由は分かりませんでした。
子供とは言え、ワイバーンは鶏のような馬鹿ではありませんし、また自分で言うのも何ですが、私は普通ではありませんから、他のワイバーンが一般的にどう考えているのかは、はっきりとは分かりませんでした。
鼻水を多く垂らすようになったハナミズが一番友達が多く、一番色んなワイバーンと遊んでいるのですが、私はオチビとしか未だに遊んでいませんでした。オチビは、他にも友達が居るようでしたが、私と遊ぶ事が一番多かったです。私は今でも友達を増やそうとは余り思いませんでした。
そんな大概一匹な私にも喧嘩を吹っ掛けて来るワイバーンはそこそこ居たのですが、私の方が勝つ事が多かったです。兄妹の中でも姉さんの次のハナミズと同じくらいに私は強く、子供の中でもそこそこ強い方だったのでした。
飛ぶ事は未だに出来ませんが、滞空なら少しだけ出来るようになりつつありました。尻尾もとうとう棘が生え始めています。口は鋭い牙が生え始め、火の粉程度なら出るようになっていました。冬を迎えるに連れ、私達子供の体は耐え忍ぶ準備よりも戦う準備が整いつつあったのです。
ワイバーンは冬眠はしません。それだけは知っていたのですが、どうやって冬を過ごすのかまでは私は知りませんでした。
成獣のワイバーン達は、翼が破れて飛べなくなったワイバーンや老いたワイバーン達が暮らす、やや遠く、そしてとても広い洞窟に木々を集め始めていました。良く枯れて、水気も無く、燃え易そうな木でした。ワイバーンは炎を使えます。きっと、暖を取る為に燃やすものなのだろうと、私は思っていました。
私はコボルト達が来てから、オチビと一緒に一度だけその場所に行きました。いつも遊んだりしている場所からは全く見えない場所だったので、子供のワイバーンの内、その場所に気付いていたワイバーンは少なかったと思います。私も知りませんでした。
また、半ばオチビに引っ張られて行ったのですが、私はそこに行くまでは飛べなくなってしまったワイバーン達の陰鬱とした雰囲気があると思っていました。私自身はそんな光景を見たくは無かったので、余りそこに行くのに乗り気ではありませんでした。
けれども、そこはそんな雰囲気とは全く違いました。普通のワイバーン達も混ざって、激しい喧嘩が行われていたのです。しかも、現役引退の傷塗れで、翼も破れているワイバーンの方が良く勝っていたのです。もっと詳しく言うならば、傷塗れな程、勝っている姿が良く見えました。歴戦のワイバーンと言ったところでしょうか。
現役引退のワイバーンは、ただ死を待つような老いた動物とは違い、若輩を鍛える役目を持っていたのでした。ただ、族長は彼ら、彼女らにも勝っていました。族長は、単純に強さで決まるようだと私は思いました。
また、流石に体に皺が多くなり、遠くからでも一目で老いているワイバーン達は少し離れた場所で寝ていたりしていたのですが。
私もオチビも、近寄れはしませんでした。飛べるようになっていたとしても、上空も喧嘩の範囲になっていたので、同じだったでしょう。
その喧嘩は子供がやっているような喧嘩とは全く違いました。翼腕で殴られれば生々しい痣が簡単に出来ますし、体を回転させてその太い尾が直撃したならば、同じワイバーンでさえも昏倒してしまいます。
空からの急降下による攻撃もありました。飛べなくなったワイバーンはそれを真っ向から受け止め、頭を封じ込めて踏みました。
火球も放たれます。毒針も飛び交っています。悲鳴も沢山あがっていました。血を流していないワイバーンの方が少なそうでした。
そして、極めつけに起きた事は、一頭のワイバーンが死んだ事でした。空で戦っていて、もつれ合いながら地面に叩きつけられた事がその死因でした。
けれども、それで喧嘩が止まったのは一瞬でした。それも止まった理由は、死者に冥福を祈るとかそう言う理由ではなく、誰が死者を運ぶか、それを決める為だけに喧嘩は止まったように思えました。
運ばれていった時にはもう、喧嘩は再開されていたのでした。死体は川へと流されました。
私は疑問を感じました。死体を川に流す程度でも死者の弔いがあるのなら、あの崖下の糞塗れな場所に埋まっていた白骨死体はどうして、あんな場所にあったんだろう?
どうしても、私はそれが寝ている間に落ちて死んだなどという単純に思いつくような馬鹿な理由だとは思えなかったのです。
そんな事を考えつつも私とオチビはそんな喧嘩の場を飽きずに見続けて、その一日を全て過ごしました。
-*-*-*-
その次の日の事でした。
昼もとうに過ぎ、いつもならとっくに外に出ている時間なのですが、今日は何故か違いました。外を見ても、誰も遊んでいません。
……私はその時からかなり嫌な予感がしていたのです。
成獣のワイバーンの数はコボルトに連れて行かれる前と比較しても、子供の数よりも未だにずっと少ないのです。それに、冬になれば獲物の数も格段に減ります。今の数のままこの群れ全体が冬を越せるとは到底思えませんでした。
なので、子供のワイバーンが篩に掛けられるような出来事がまだ残っている事を私は確信していました。
それが今日だと、私は思い始めていました。冬に向けた口減らしも兼ねて、弱肉強食が行われるのです。
太陽が傾き始めた頃、私達兄妹は母に連れられて川の向こうにあった森へと行く事になりました。滞空も出来るようになってきたので、かなり長い距離を飛ぶ事が出来るようになっていました。
他のワイバーン達も一斉に飛び始めました。
その時点で私の嫌な予感は確信へと変わりました。全員が森に行く事もその一つだったのですが、森との境目には現役引退のあの老いたワイバーン達が居たのでした。
口減らしと言うのは、私の予期していない部分でも当たっていました。彼ら、彼女らは寿命が近い、あの大きい洞窟の近くで戦いにも参加せず、寝ていたワイバーン達でした。口減らしの対象は、私達子供だけではないのです。きっと。
もしかすると、本当にもしかすると、戦わされるのか? 私の不安は非常に高くなりました。
暫くの間滞空と滑空を繰り返した後、私達は森の境目と現役引退のワイバーン達の間に着陸しました。もう、太陽は赤く染まり始めていました。現役引退のワイバーン達は私達の方を品定めするように見ていました。
それを見た私の心の中は既に恐怖で一杯でした。非常に残念ながら、ワイバーンと戦わされると言う勘も当たっているでしょう。母の顔も不安そうな表情でした。
他の子供のワイバーンは薄々勘付いているようなのも居れば、いつも通りに遊び始めるワイバーンも居ました。
初めて飛び立つ時の試練は、弱者を振り落す試練だったと言えました。しかし、これから始まるのは強者を判別する試練です。ただ飛び降りて滑空するよりも非常に厳しく、過酷な試練です。
私は、兄妹とオチビは失いたくありませんでした。けれども、兄妹の中では私とマメしか恐怖を感じていませんでした。ハナミズもノマルも姉さんも、既に友達の方へ行って遊ぼうとしてました。
私とマメは顔を見合わせて、少し身振り素振りをしてから頷きました。言葉と言うものを持たない私達は明確な意志疎通は出来ませんが、それでもある程度は出来ます。
私もマメも、友達は今でも一匹でした。一緒にその友達と組んで行こうと言ったのです。兄妹達は沢山の友達が居ます。私達よりは安全に思えました。
私とマメは駆け出しました。両方とも、友達を連れてここに来る為に。そして、共に生き延びる為に。
洞窟から真直ぐ飛んできたのと、オチビの家族が住んでいる洞窟の場所もある程度分かっていたのもあるので、私はすぐにオチビを見つける事が出来ました。
オチビはこれから起こる事を予期していなく、いつも通り喧嘩を仕掛けようとしたのですが、私はそれを身振りで止めました。
もう、今からでもソレは始まるかもしれません。その前にマメ達と合流しなければいけません。とにかく、出来るだけ急がなくてはいけません。
しかし、オチビが私の身振りに何かを感じ、そして私がオチビを引っ張ろうとした時でした。
親のワイバーン達が全員飛んで、群れの方へ戻って行ったのです。時間はもう、全くありませんでした。私はマメと合流するか、森の中へと逃げるか、どちらを取るか迷いました。けれどもそれを決める前に、現役引退の老いたワイバーンが全員一斉に吼えました。
それはワイバーンがコボルトに戦いを挑む時に良く発していた、敵を全力で倒すという意味を持った声と同じでした。
私は未だに不思議がっているオチビをとにかく急かし、森の中へと走りました。マメもきっとそうしているでしょう。もう、合流している時間なんてありませんでした。
そして、後ろから子供のワイバーンの悲鳴が上がりました。いや、悲鳴なんてものではありませんでした。命が絶たれる時のみに聞く、断末魔そのものでした。今から起こる事の意味が分からなかった子供のワイバーン達が、現役引退達に近付いて、容赦なく殺されてしまったのだろうと私は思いました。
オチビはその度重なる断末魔を聞いて、漸く必死に走り始めました。これから始まる事を理解したというよりも、直感的に恐怖して走り出したようでした。
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