4-15
大陸に辿り着いたのは、昼過ぎでした。
しかしながら、飛鮫がずっと追って来ていたのですぐには降りられません。飛鮫が追って来られない高度を維持してはいたのですが、その下でしつこく待ち構えていたのです。
とは言え、流石に海が終わり、陸にまで追って来る程飛鮫は馬鹿ではありません。
飛鮫は私とツイを屠れなかったのにイライラした様子で、追うのをもどかしく思いながらも止めて行きました。
憂さ晴らしにか、その飛鮫の群れは海岸に居たリザードマン達を襲い始めました。
私はそれを無視して進みました。
ある程度内地に進んだ所の荒場に着陸し、今日はこれ以上進むのは止める事にしました。
正直、飛鮫の群れに襲われたのもあり、私は結構疲れていました。
大岩に凭れ、飛んで行ったツイを見て、獲物を取って来てくれないかな、と思いながら一息吐きます。
しかしながら、ツイは口の周りを血で濡らして帰って来ただけでした。上手く事は運ばない、と思いながら私は仕方なく立ち上がりました。
飛び上がり、遠くなった海の方を見ると飛鮫の群れはリザードマン達に大半を殺されていました。リザードマンの方にも被害は少なからずありましたが、飛鮫に比べると遥かに少なく、そして私とツイの方に向って来ているのも居ました。
逃げた方が良いでしょうか。
疲労したとは言え、戦うには問題はありませんが、飛鮫を連れて来てしまったのは私とツイです。
恨みを私達にもぶつけて来られては嫌ですし。
私はツイも呼んで逃げる事にしました。しかし、ツイは飛鮫の群れを返り討ちにしたリザードマン達を見て、「ヴゥ?」と挑発するように私の方を見て来ました。
……勝てるとは、一応思うのですが。
私は仕方なくもう一度降りて、リザードマン二人がこちらに来るのを待ちました。
ツイには離れているように指示します。少しそれを拒否したそうな素振りを見せましたが、まだツイの実力では私にとっても武人である智獣達に対しては足手纏いになるだけです。
私は強く、ツイを押して無理矢理遠くへ行かせました。
もし、ツイの方にも向って来てしまったら逃げて欲しいのですが、あの性格では期待は出来ません。
全く、面倒な事になってしまったと、私は息を吐きました。
動き易い場所に少々位置を変え、私はリザードマンの二人が近付いて来るのを眺めます。
姿が鮮明になって来るに連れ、私とツイが居た大陸のリザードマンとは別物だという事がはっきりと分かって来ました。
あの大陸全ては、とまでは言えませんが、私達が通って来た場所で暮らしていた智獣達は、種族間の擦れ違いなく、劣等感等も大して抱かずに平和に暮らしている場所でした。
それは、生まれながらにして武人として生きる智獣が殆ど居ないと言う事です。
その方が智獣の生き方としては優れているのでしょうが、個々の智獣としての何かが失われるという事だとも私は思っていました。
そして、争いを今もしているこの大陸のリザードマンはその何かを確実に持っていました。
確固たる信念、自分が自分である為の柱、そんなものが強く感じられました。
私達ワイバーンは、どちらでもありません。平和をただ享受して暮らしている訳でもありませんし、喧嘩は好きですが、争い自体を好んでいる訳でもありません。
まあ、私は今になって儀式に赴くような、それも普通のワイバーンには勝ってしまうような強い智獣と戦う事になるだけです。
勝てるとは思いますが。
リザードマンの二人は、私と少しの距離を取って止まりました。
無言のまま、一人が私に近付いてきました。
身なりも泥棒に来ていたり、町で平和に過ごしていたりするリザードマンとは違います。
機能性のみを重視した装備、見た目に重みを置いたただの服とは違い、そのリザードマンの装備はどちらも兼ね備えていました。
額当て、胸当て、籠手、脛当て等、身に付けているものは体の要所要所を守るだけの単純なものでしたが、それらには複雑な模様や紋章が付けられ、戦いによってか多少くすんでいますが、色も丁寧に付けられています。
持っている二振りの刀はどちらも同じ長さの諸刃、幅広で、そちらは無骨なものではありましたが、切れ味はかなり良さそうでした。
そのリザードマンは私が年老いている事を見定めると、少しながら失望したような目を向けられました。
長く使えないのでは、儀式をする価値も無い、というような。
否定はしませんが、殺意が湧きました。
そのリザードマンの視線は遠くに行かせたツイの方へ向きました。
そちらに行かせてなるものか、とも思い、瞬間、私は毒針を放つと同時に駆けました。
リザードマンは片方の刀でそれを弾くのではなく、切断して私の攻めに応えてきました。
太く、筋肉が盛り上がって見えているその腕は、片手であろうと私の骨を切り裂いてしまうでしょう。
しかしながら、そのせいか、遅さがありました。
智獣を食べる事によって視力が上がって行くワイバーンにとってはそれは致命的です。
単純に視力だけではなく、動く物を捉える能力も上がって行きますし、夜目も効くようになっていくのです。それは毎年のように智獣を食べている私が一番実感していました。
若い頃だったら隙だと思えなかったような僅かな時間の隙も、私には鮮明に見えています。
逆に言えば、目に頼っていて、それを封じられたら窮地に陥るという事でもあるのですが、その時は高く飛んで逃げてしまえば良い事です。
智獣を沢山食べれば、素早く、殆ど予備動作も必要とせずに飛ぶ事も出来るようになりました。
力強い刀の一振り一振りを緊迫感も大して無く躱せ、騙しにも簡単に反応出来てしまうのに気付くと、儀式に参加すれば良かったと思いました。
私が攻撃を仕掛ける前に、リザードマンは普通の攻撃では勝てないと悟ったのか、片方の刀を私に向って投げ、それを翼腕で弾きます。
その瞬間、私にも隙が出来ました。リザードマンは私との距離を詰めながら、手に白色の光を溜めていました。
刀での攻撃、躱したら魔法による雷の攻撃。
どうやら、無傷で倒すのは難しいと私は思いました。
私はほぼ密接状態になった状態から切り上げられる刀に、僅かに身を屈めて翼腕の鉤爪を横から合わせます。
切られる対象だった左足も引きましたが、完全には間に合わずに浅く切られ、そのまま腹に刀が向います。
そこに、私は鉤爪を横から当てました。
完全には合わずに、鉤爪の先端が切断され、弾けるような痛みが私を襲いました。しかしそのまま、私は刀を強引に横にずらして腹を切られるのを防ぎます。
リザードマンは体がぶれると同時に、そのもう一つの方の刀も手放していました。
空手になり、まだ完全には溜めきっていない雷を、私に攻撃される前に放とうとするリザードマンに対し、私はそのまま翼腕を振り切りました。
ぐにゅり、と首に翼腕の先の方が当たります。タイミングを合わせるのに集中し、力が余り入っておらず、翼腕の先は余り太くないという二つの理由で、骨を折る事は出来ませんでした。
しかし、リザードマンを転ばせるのには十分で、雷は空気中を通る程強く溜められる事無く、霧散していくのが見えました。
もう一人の方が助けようとしてか、私の方へ走ってきました。
折れなかったとは言え、首を強打されて倒れたリザードマンは受け身も取れず、呻き声を漏らしていました。
私はすぐに、そのリザードマンに足を乗せ、強く踏みつけました。
肋骨や背骨が折れる音がし、私はもう一人に対応します。飛鮫を全て片付けたリザードマン達はこちらに歩いて来ていたのですが、異変を感じて走って来ています。
流石にこれは、逃げるしかありません。
そう思いながら、同じ二刀を振るうリザードマンの攻撃を躱して足を動かしました。
踏みつけたものの、完全には殺していません。緑色の魔法を使える者が居れば助かるでしょう。
今すぐに使えれば、ですが。
「おい! 返事しろ!」
リザードマンは私を攻撃しながら、倒れたリザードマンに呼び掛けています。
私が一旦距離を取ると、視線を私から外し、そのリザードマンの方に目を向けました。
それを見逃す程、私は甘くありません。視線が外された直後、私はそのリザードマンに跳び、頭を噛み千切りました。
数瞬の間、首無しとなり、血が噴き出しながらもその死体は立ち続け、その間に先に倒したリザードマンの頭も食べました。
逃げるのにも間はまだあります。
私は口をもごもごさせながらもツイを呼び、空に飛びました。
ツイは、複雑な顔をしながら私の後を追って来ます。
その顔は、どうして群れから逃げたのか、理解しきれない顔でした。
言葉が通じれば、言葉を発する事が出来たら、と私は思ってしまいました。その内、私は逃げた訳じゃないと分かって貰えるのですが、それでも今、伝えたいと思いました。
距離が出来てから、リザードマン達の方ももう一度振り返りました。
彼らは弓を構えるも、もう届かない場所に行ってしまった私とツイを悔しそうに見ていました。一人が弓を地面に投げつけたのも見えました。
-*-*-*-
それから数日の間飛んでいると、私は明確に行くべき場所を理解し始めるようになりました。
思い出す、という程鮮明なものでも無いのですが、自分で自分を導くように私は行くべき方向が本能的に分かる、と言うように感じられたのです。
行先は既に知っていました。それは、聞いていた知識を見て実感する、と言った感覚と似たものでした。
リザードマンの国を越え、人間の国へと入ります。
境目では小さな争いがあり、ワイバーンに限らず様々な魔獣が相棒として使われていたので迂回せざるを得ませんでしたが、それでも私のその感覚は消える事はありませんでした。
そして、近付いているとも理解していました。
町の近くを飛んだだけで野生だと分かるまで追い掛けられたり、着地すれば智獣が儀式を仕掛けて来たりと面倒な事を心底楽しんでいる自分が居ます。
近付くに連れても、私は緊張もしていませんでしたし、期待もしていませんでした。
必ず行かなくてはいけない場所ではないが、行くべき場所。
どれだけ飛ぼうとも、どれだけ思い出そうとしても、私にはそうとしか自分自身の記憶からは引っ張り出せなかったのです。
-*-*-*-
ここだ、と私はその山を見て、思い出しました。
……私は、ここに何度も来ている。
人間の国の、奥地。この大陸らしい、きびきびとした性質を持つ智獣達とは無縁に思える長閑な山。
中腹には山肌を切り拓いて作られた小さな村がありました。
私は一番最初、人間だったのでしょうか。ここが本当の生まれ故郷なのでしょうか。
それは、分かりません。魂の記憶の奥底の隅の隅にまで隠れてしまった記憶でしょう。もう、何をしても思い出す事は無いような、忘れたと同義な記憶です。
私は、ゆっくりとそこへ飛びました。急ぐ事も無く、ただいつものようにそこへと飛びました。
その村に近付くに連れ、私は村を構成している家の一つ一つにまで、微かな懐かしさを覚えていました。
着陸すべき場所も分かります。
村の外れに日当たりの悪い場所があり、そこには誰も居ません。今は真昼間ですが、単なる使えない空き地のようで、子供が遊ぶような場所でも無い所でした。
ざわざわと、近くで人間達が騒ぎ始め、ツイは降りるのを躊躇していました。
しかし、これも何となくと言った、確証の無いようなあるような微妙なものだったのですが、私はここの人間にはこちらから手を出さない限り襲われないと分かっていました。
ツイを呼び、渋々と言ったように降りてきます。
空き地の先には、道とは言えないような道がありました。管理されておらず、木々が生えていないだけの、長い草で覆われた道です。
それは魔獣も通れる程の幅でした。
私は導かれるようにして、その道を、草を足でなぎ倒しながら歩いて行きました。
ツイも、少し遅れて付いて来ました。
がさり、がさりと音を立てながら歩いた先には、何か生活の痕跡らしきもののみが残されている空間がありました。草木も余り生えておらず、植物が生えるのに適さない何かが土に混じっているようでした。
それを見て、私はきっと、一番最初の生はここで暮らしていたんだろうと思いました。
人間だったのかは、遥か昔の事で分かりませんが。
国境という概念があったかどうかさえも分からない昔から、私は生きていたかもしれないのですし。
そして、更にその先に道は続いています。
同様にして、私は導かれるように歩いて行きました。
その道は暫く歩いた所で唐突に終わりました。
しかし、ここが私が行きたかった場所だと、私は理解していました。
道でなくなった森の中を少し歩き、段差を乗り越えます。ツイも付いて来ていました。
もう、私はここにある物が大体予測出来ていました。いや、思い出しかけているのでしょう。
そして、また段差があり、その近くに巧妙に隠された智獣も入れないような背丈の低い穴がありました。
尻尾を突っ込むと、壁と取っ手、穴らしきものがあるのが分かりました。
……鍵穴。
必要な鍵が、どこにあるのかすぐに思い出しました。近くに古くから立つ、大木の上の枝に、ワイバーンの身である私でも使えるような石の鍵がありました。
それを使うと、がちゃり、と音がして、取っ手を引っ張れるようになりました。
中を探ると石版が大量にあるのが分かります。
一番上にある石版を、取り出してみました。
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私は、いつまで生きるのだろう。
この私の魂は、いつになったら壊れてくれるのだろう。
それを思うととても怖くなる。
ドラゴンよりも私は長く生きる事が出来てしまうのかもしれない。
この星が壊れたとしても、私という魂は壊れない。
そうなる前に、早く魔獣に転生したい。
智獣を食らってでも、この生を終わりにしたい。
次、ここに来た時は、魔獣として来ていたい。
既に、幻獣へと転生出来る程に、魂を食らった状態で。
12度目:ワーウルフ 672年目。
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……石版に刻まれた言葉は、私にしか分からない、いつ作ったのかも分からない、私自身が作った言葉で書かれていました。
石版は何枚もありました。
ここは、何度も私が生きてきた証がある場所でした。全ての生でここに来たとは思えませんが、穴を覗いてみると奥行きがあり、相当な数があります。
けれども、私はそれらを余り読む気にはなれませんでした。
一番最初、どうやって私は生きたのか。転生をした直後、どうやって私は生きたのか。
それらも書かれている石版があるかもしれません。
しかし、それでも読む気にはなれません。
何故かは、はっきりとは分かりませんでした。前世、それ以前で私がどうやって生きていたのか、興味はあるのですが。
石版をもう一つ引っ張り出しても、文字を読む気にはなれませんでした。
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