4-14
智獣が攻撃して来た、という事が数回あり、それら全てを返り討ちにして私とツイは海に辿り着きました。
上空から見る水平線の先に、僅かに隣の大陸が見えます。明日、その大陸に行きます。
そして目印でもある港町まで辿り着いた所で、私は僅かな既視感を覚えました。
きっと、ここで長い間過ごした事でもあったのでしょう。ただ、それだけの事ですが。
智獣の居ない海浜に降り立ち、ツイは早速海水を舐めて吐き出しました。
私は前世の記憶の中にのみあるこの海の記憶に変な懐かしさを覚えつつも、この今まで足を降ろした事が無い砂の地面にいち早く慣れておいた方が良いと危機感も覚えていました。
流石に、息子であるツイの前では智獣に全うに戦いを挑まれて逃げるのは止しておきたいですし。
ざり、ざり、と足を砂浜の上で滑らせてみます。踏ん張りが効かず、転びやすい危うさがあります。
ただ、跳んだりしてみると、衝撃は良く地面に吸収されて脚に大きな負担は掛かりません。
少し位なら無茶な空襲を仕掛けても大丈夫でしょう。
着地、そしてそのまま体を回転させての攻撃。
また、攻撃の軌跡が砂に残るのは中々気持ちの良い事でした。
ツイもそんな、老い始めても淡々と鍛錬を続ける私を見て焦るように鍛錬を始めました。
ある程度、この砂浜に体が慣れればツイの相手になってやろうと思ったのですが、その前に私の体に疲労が溜まってしまいました。
これ以上疲れるのは良くない、と思う位です。
それに、明日はこの海を渡らなければいけません。
海の上の空は陸の上の空よりは安全な気がするのですが、何か危ない事があるような、忘れている事があるような気がします。
万全の体調にしておいた方が良いでしょう。それはいつもの事でもありますが。
海の魚を食べたいですが、流石にそんな事は出来ないのでいつものように普通の獣を狩って食べました。
町に入れば海の魚が手に入るのでしょうが、止めておきます。面倒ですし、襲うとしても、ちらりと来た時に見た所、夜が近いからか魚を売っているような市場も見当たりませんでしたから。
波打ち際からある程度離れた場所で、私とツイは寝る事にしました。
波の音もただ聞いている分には良いのですが、風以外音が無い、しんとした環境でいつも寝て来た私達にとっては寝るのには少し辛い部分がありました。
それに、誰かが近付いて来ても分かり辛いですし。
うたた寝のような浅い眠りに就きながら、私はぼんやりとこの旅の間でのツイの変化を思い返します。
最初は私が寝ている間にも奇襲を仕掛けて来たりしたのですが、それも通用しないと分かるともう、ただ付いて来るたけになりました。
そして更に、町で進路を変えてから私が智獣を相手にしていると、対等な立場に居ようとさえしなくなりました。
そんなツイの反応を見ていると、私は尊敬されていなかったんだろうな、と何となく思えました。
私は群れの中でもとても強い方になっていましたが、儀式には一度も参加していません。智獣を食べる時は、安全に弱い泥棒を襲っていました。
もしかしたらきっと、ツイは私に対し、殺す気で挑めば勝てるとでも踏んでいたのでしょう。
それが実は違く、更に普通に魔法も使って来る智獣に対しても勝つ所を見て、考えを改めたか。私の方が完全に上に居る事を知ったか。
けれども、今、私はツイに尊敬されるようになっているのか、という疑問を自分の中で考えてみるとそれは、きっと否だろうという答になりました。
私がまだ、子供達の礎になって死ぬ事を拒絶しているように見られているのは変わりないのでしょうし。
目を覚まし、疲労が無い事を確認してからその日もいつものように狩りをして肉を食べ、そして海辺へと歩きました。
智獣が数人居て、私達に気付くと海で使うような銛を向けてきました。
「やっぱり襲いに来たんだ!」とか、「様子見何て聞かないでさっさと始末すれば良かった」とか、物騒な言葉が聞こえます。
ツイが思わず威嚇しましたが、私はそれを宥めてさっさと空に飛んで行く事にしました。
そちらから攻撃を仕掛けて来なければ、私には無駄に攻撃する理由はありません。
まだ、私が幻獣に転生する為に必要な智獣の数は十分ではないと思いますが、そこまで急がなくても良い事ですし。
そうして、海へと翼を広げました。
智獣達はほっとした様子で、海へと飛び立つ私とツイを眺めていました。
下に地面が無い事に、ツイはかなり不安そうな様子を見せていました。
いつでもどこでも着地出来ないというのは初めての経験でしょう。それは私も同じですが。
海面を眺めると魚が偶に跳んでいるのが見えます。
……何か、忘れているような。
嫌な予感がして、前を向くと地平線の先に見える大陸が遠い事が更に不安になります。
目の前の大陸は、私が今まで居たこの大陸よりも智獣間の仲が悪いです。戦争も度々起こっています。それは思い出していました。
その大陸の事を思い出してからは、儀式に来る智獣達はそこから来ているのだとも予想していました。
そこに到着すれば、智獣が私達を従えようと戦いを挑んで来る頻度も増えるでしょう。
ただ、その危険は私が今感じている不安とは違いました。
何か、本当に忘れている気がしたのです。
半分位進んだと思える頃、一際大きな波の音が聞こえたと思い、私は下を見ました。
ああ、と私は忘れていた事を思い出しました。
それは、魔獣は海にも存在する、と言う事でした。
単なる魚の一種であるトビウオとは比べものにならない位、高く、長く、自由自在に飛んでいる魔獣に分類される鮫、飛鮫が私達を襲おうと飛んできていました。
しかも、一匹を皮切りにして何匹も飛んできています。海面から大して高くない高度で飛んでいたので、すぐに迫って来ています。
その緊迫に合わせるかのように、その鮫がどのような生態なのか、私の眠っている記憶の中からそれはすぐに引き出されてきました。
ただ、どの位高く飛んでいれば襲って来ないのか分からなかった事、噛みつかれたらお終いという事、そしてとてもしつこい、という事しか一瞬では理解出来ませんでした。
しかし、飛鮫のみではなく、鮫という生物に共通する事として、良い事を思い出しました。
私は早速飛んできた飛鮫の大きな顎を躱して胸に蹴りを入れてみます。
すると、「ガフッ」とすぐさま血を口から吐き出して落ちて行きました。
成程、脆い。とても。
けれども、流石に二匹、特に何も分からないツイも居る今の状況では次々と飛んで来る飛鮫に立ち向かうのは難しいです。
私は「ルアアッ!」と飛鮫に向って吼え、また身振りでツイに先に行くように示しました。
ツイは迷った目で私と、向って来る飛鮫の方を交互に見ています。
逃げたくない、と思っているのでしょう。野垂れ死にするかどうかの状況で悩むな、と言いたくなりますが、言えません。
私はツイの首を甘噛みし、無理矢理引っ張る事でとにかく逃げろと示します。
もう、飛鮫はすぐ近くに来ていました。
高度をやや上げながら、追って来た飛鮫の鼻を踏み、怯んだ所に背を蹴り、落とします。
飛んでいる様子を見ると飛鮫はどうやら、純粋に魔法で浮いているようです。ワイバーンのように翼の補助も無しに飛んでいるからか、落ちていけば、また浮き上がって来るのにさえ時間を要するようでした。
私よりも上を取ろうとしている飛鮫が腹を見せていたので毒針を当ててみます。
すると普通の獣に刺さるよりも深く刺さり、一気に動きが鈍りました。
素の防御力は無いに等しいと思って差し支えない程です。ただ、一触即発であるのには変わりありません。
ツイは逃げていましたが、そちらを放ってくれる程飛鮫は甘くありませんでした。
更に悪い事に飛ぶしか能が無いのか、ワイバーンより速いです。
「ヴラア゛ッ!」
海の生物の癖に。腹を蹴られただけで死ぬ癖に。
なのにどうして私よりも速い? 空の魔獣であるワイバーンよりも速い?
ツイが私の怒声で振り向き、もうすぐ後ろにあった飛鮫の開かれた口に驚いて急降下します。
躱せはしましたが、海に近くなった分危険は変わりありません。
ツイがやられてしまうかもしれないという焦りが私の中に確実にありました。
そして連携を見せ始めた飛鮫は、私がどれだけ蹴散らそうと追って来そうな気配がしていました。
ツイは苦し紛れに飛鮫に応戦して持ち応えている間、私もツイに合流しなければと飛鮫を倒しながら飛んで向います。
火球で纏まっていた数匹を燃やし、毒針を撒き、もう五匹程は倒しました。
それでもやはり、私達を追うのを止める気は無さそうです。
二匹を殺す為に五匹も失っている。その位の損得勘定なら出来るだろうに。
そんな事を思いながらも、ツイの背後を取った飛鮫の頭に毒針を数本撃ち込んで海へ落とすと、何とかツイに追い付く事が出来ました。
ただ、飛鮫も合流してしまいました。
ツイと背中を合わせると、飛鮫は私達が逃げないと理解したのか周りをぐるぐると回り始めました。
しかし、私の中の焦りは消えました。ツイと合流出来れば、そう簡単には死なせません。
飛鮫は空を泳ぐかのように、自由自在に宙を飛んでいます。エラ呼吸なのにも関わらず、飛鮫達はもう長い時間外に出ていました。
どれだけ長く空中で活動出来るのか、それは水に慣れた智獣が潜っていられるのと同じ程度の時間だと思い出しました。
もう少しで海に戻らなければいけない飛鮫も多い筈。
しかしながら、海の中にまだどれだけ居るのかも分からない今、それが分かっても状況は大して変わりません。
脆い以外に弱点は無いのでしょうか?
思い出せない以上、見つけるか諦めるしかないでしょう。
私は諦めて、全力を尽くす事だけに集中する事にし、息を吸いこみました。
そして、全ての飛鮫が全方向から襲ってきて、私は咄嗟にツイの体に自分の尻尾を絡めました。
「ヴ……」
一瞬だけ硬直したようにツイは驚きましたが、私に身を委ねるように、大人しくなりました。私は暴れなかった事に安堵しながら、思い浮かんだたった一つの選択肢を実行しました。
どこかから突破するしかありません。そして、背中を合わせている状態で二匹とも無事に突破出来る、一番可能性が高い場所はどこか。
それは真下です。
尻尾でツイの腰を締め、そのまま私は重力に身を任せながら下に火球を吐きました。
自分の腹と足に焦げ跡が付いてしまいますが、それは仕方ありません。真下の飛鮫は肉の代わりに火球を口に入れ、そして突き出している鼻を燃やしました。
上からは沢山の飛鮫が同じく歯を剥き出しにして私達に群がって来ていますが、一斉に飛び掛かったのが仇となったのか、それぞれがぶつかっていました。
そして、私はツイの横に並び、尻尾の固定を解いて落下するのを止め、翼を広げます。
幸いにも、海面はまだすぐ近くではありません。飛鮫が出て来ても何とか対処出来る高さです。
ツイも一瞬遅れて飛び始め、ぶつかりながら落ちて来る飛鮫を毒針で迎撃し、何とか包囲を抜け出す事が出来ました。
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追って来る飛鮫達を追い払う事のみに集中しながら、高度を上げて行きます。
最初からこうすれば良かったと、つくづく思いました。
どの位の高さまで追って来られるのか、それはどの位空に居られるのかというのと同義です。飛鮫は空では呼吸が出来ない以上、ただ高く飛べば追って来られないのに今更気付きました。
無駄に危険な事をしたと、疲労を覚えながら思いました。
しかし、まだまだ飛ばなければいけません。大陸は常に見えていますが、まだまだ遠いです。
今日、その大陸に着いて、ゆっくり休める事を私は願いました。
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