4-8
変化の無い日常というものは、実に速く過ぎて行くものであり、変化のある日常はその逆なのだと、私は再び知る事になっています。
今年の冬は全体的に見れば殆どいつもの冬と変わらなかったのですが、僅かに変わっている事はありました。
まず、色違い達は木を集めて焚火をするという事をして来なかったのか、色違い達が焚火に嵌って今年は焚火の量が多くなった事です。
それと今回の試練でアカは少なくとも三人の智獣を食べたのですが、それだけで私はアカに勝ち辛くなってしまった事がもう一つでした。
まあ、後者は私にとってだけの違いであって、全体的に見れば焚火が増えて、その為の枯れ木を運ぶ事がやや多くなった程度の事です。
なので、気付いたら夜になっていたという事もいつもの冬と同じように多々ある事でした。
また、冬はワイバーンにとっても耐え忍ぶ季節ではあるのですが、皮翼を持っている身としてはいつもより広い範囲を探せば獲物を見つけるのも困る事ではありません。
冬は皆が集まって寝るのですが、そうすれば夜の間もそこまで寒くもありませんし、そうなると耐え忍ぶというよりただ春を待つ退屈な季節と言った方が合っているかもしれません。
退屈するのにもとっくに慣れてしまい、一日ではなく十日さえもがあっと言う間に過ぎ去ってしまうように思えるようになった頃、気が付くと冬の寒さは徐々に和らぎ始めていました。そして私はとうとう今年、子を産む事になるのだろうと少しずつ緊張し始めていました。
卵を産むのはどの位痛い事なのでしょうか。
出産の痛みは激しいものだという事位なら知っているのですが、そもそも私は卵を産む生物の雌に転生した事は以前にあったのでしょうか?
リザードマンの戦い方を知っていたので、それに転生した事があるのだろうとは思いますが、リザードマンの雌に生まれた事があるのか、という事は分かりませんし。
まあ、なるようになるのでしょう。
そしてそれよりも、私にとって重大な事があります。私は族長と一度交尾した事があるとは言え、あれは多分受け入れてくれるという事を示す為の事であって、本当の交尾ではありません。
……いや、そう言う事ではないでしょう。
どうやって、私は族長に求恋、交尾をしたいと示せば良いのでしょう。
族長は他にも番を幾つか交えていますが、それら全てとし終えた後に私が行けば良いのでしょうか?
ワイバーンは一晩に何回も交尾を出来るものなのでしょうか?
いや、そもそも私は族長に番として認めて貰えるのでしょうか?
うん……。参りました。
交尾に関しては、毎年それから目を背けていたのもあって悲しい程にこの群れでどういう風に求恋したりするのかすらも知りません。
番としての事では、私自身の強さは儀式に出てないにせよ、今ここに居るワイバーンの中でもそこそこある方だとは思うのですが、如何せん私は身勝手な事ばかりをしてきました。
色々と、そういう事に関しては微妙でした。私は。
でも、まあ、それもきっとなるようになるのでしょう。
次の春交尾出来なかったとしても、私には今は、悠久の時間があるのです。その時には来年にまた機会を望めば良いだけの事でしょう。
そう、半ば逃げの思いをしながらも、私はわくわくとしていました。
今年からはもう、去年までのように耳を塞ぎ、目を瞑っている必要は無いのです。
体の疼きに耐える必要も無いのです。
ただ、その喜びに罪悪感は残ったままでしたが。
鈍い痛みは私の頭に残ったままです。
-*-*-*-
くぁ、と欠伸をして外に出ると春の風が訪れていました。
まだ肌寒く、けれども痛々しい寒さはもう無い気温です。冬の間、一か所に集まって寝ている時のみの見張り役のワイバーンは眠そうにして、やっと終わったと、まだ寝ているワイバーンが多い洞穴の中へ戻って行きます。
今日辺りからかも、と少し私は緊張していました。
交尾をするとしたらその時、私は泣くのでしょう。最初の、去年の夏の始めの時と同じく。
それは族長自身の事と同じく、確信に近いものでした。季節が夏、秋、冬と巡っても、毎夜の度にオチビとは違って思い出し、頭痛を覚えていました。
収まってしまうのではないか、収まってくれるのではないか、と複雑な思いもあったのですが、きっと収まらないまま一年、二年と時を経ていくのでしょう。
それには安堵もあり、また逃避の気持ちもやはりあり、やはり複雑な思いでした。
狩りをして、喧嘩をして、鍛錬を積んで、といつも通りの一日が過ぎて行きます。
帰って来てからは、色違いとも喧嘩をするようになりました。殴り合い、噛みつき合い、ワイバーンとしての戦法はそこまで変わりません。
ただ、私達は毒針を有限回飛ばせるのに対し、色違いは無限回、尻尾の毒の染み込んだ刃で相手を切り裂けます。
そういう点からか、私達は距離を取る事が多いのに対し、色違いは積極的に攻めて来る事が多く感じられました。
しかし、遠距離から攻撃出来る方法が二つある私達に対して、たった一つしか方法を持たない色違いはやはり僅かながら私達に劣るようで、色違い達が焦りのようなものを感じているのが見えていました。
しかし、今はもうそれは見えません。
焦りはかなり大きかったようで、色違い達はこの季節が巡る間に大体が毒針を弾けるようになっていました。
私が帰って来た頃は精々半分位の色違いしかその技が出来なかった記憶があり、少しの私達灰色のワイバーンは毒針が通じにくくなっている事に驚いていました。
そして今、私が喧嘩をしている色違いも同じです。
尻尾が刃である分、鉤爪と同じく尻尾でも毒針を弾き易く、もう全ての毒針を淡々と弾かれて距離を詰めて来ています。
かなり色んな事をやってまで、とにかくその技量を得たのでしょう。
しかし、この色違いはまだまだでした。毒針を弾く事だけに集中していて、後ろに下がりながら毒針を放っていた私が突如色違いに向って走り出したのに反応出来ません。
私はそのまま、その雄の色違いの翼腕を鉤爪を合わせて封じ、尻尾を踏んで抑え、もう片方の足を股間に向って蹴りを放ちます。
寸止めはしましたが。
しかし、色違いは思わず口も開けて、後ろにどさりと尻餅を付きました。その様を見ただけで、背筋に悪寒が走った様が良く分かります。
私の口はそれを見て緩んでいました。
勝った、と鼻を鳴らして私は歩き去りますが、色違いはすぐに立ち上がろうともしませんでした。
まだ、私の冬の退屈な日々を過ごす感覚は抜けきっていないようで、気付いたら太陽が沈みつつ、暗い青が空を包み始めている時間帯になっていました。
何だか今、私は不思議な心地にあります。
とても長く生きて来たのに、今は新鮮な気持ちでした。
全く何も知らない、本当の交尾をするというのは少し怖くもあり、それ以上に楽しみというか期待感というか、そんなものが私の中にはありました。
そして何よりも、七年間も我慢したのです。転生を繰り返してきた私にとってはたった七年間かもしれませんが、ワイバーンとしての生を受けた私にとっては長過ぎると言っても過言ではない時間でした。
下腹部の疼きを、私はもう煩わしいものだとは思わなくて済むのです。やっと、やっと、それを楽しみなものだと思えるのです。
そしてもう、その時間はすぐ近くでした。
森から帰り、川を越えると、崖の辺りで沢山の成獣したばかりのワイバーン達が新しい巣穴を探しています。
全てのワイバーン達が巣穴を決め、そして落ち着いた頃、交尾は始まります。
-*-*-*-
族長の番が何匹居るのか、私は良く知りませんでした。
私が戦って負けた雌のワイバーンの半数以上かもしれませんし、意外とほんの僅かな可能性もあります。
今、仄かな月明かりの下で交尾は始まっていました。
族長はどこに居るのでしょう。私は巣穴から探しながら、ほぼ初めて見る交尾の光景を眺めました。
大体の雄が雌の上に覆いかぶさっていますが、ふと一匹の雌のワイバーンが逆に雄に覆いかぶさっているのが見えました。
何か、見覚えがあるような……アカでした。向き合って、激しく動いていました。
番より強ければそうなるのでしょうか。良く分かりませんが、アカがそうやって交尾をしているのには結構驚きました。
ええと、族長はどこに居るのでしょう。
……見当たらない?
目を凝らして良く探してみますが、一年目にして暗い橙色と灰色の交尾が見つかっても、族長らしきワイバーンの姿は見当たりません。
色違いの族長の姿も見当たりませんし。
上、でしょうか。それとも森の中でしょうか。それともどこか誰の目にも止まらない場所でひっそりとやっているのでしょうか。
……探しに行った方が吉でしょうか?
そうする事にしました。
上の草が生えていない荒地でやっている物好きも居ましたが、その中にも族長は居ませんでした。
しかし、次に探しに行った場所ですぐに見つかりました。
いつも、激しい喧嘩をしている場所、もう空を飛べなくなったワイバーン達や老いたワイバーン達が住み、今日までそこで夜を過ごしていた大きな洞穴の近くで、族長は見つかりました。
族長と、色違いの族長もここに居ます。それとまた、僅かな他の強いワイバーン達がそこで交尾をしていました。
大体があの崖の上の戦いで見たワイバーン達です。
……何か、私がここに居るのは場違いのような。
そうは思いましたが、族長の一番の番であるワイバーンが私を見つけると、居ても良いように身振りで示してくれました。
そのワイバーンは既に満たされているようで、疲れているようでもほっこりした顔でした。
既に、二匹が貫かれていて、族長は三匹目にも衰えた様子を微塵も見せずに圧し掛かっていました。
族長の精欲の強さを、遠目から老ワイバーンが見てもいました。
しかし、そんな事は気にせずに激しく、優しく、族長は三匹目の番を貫いていました。番は光悦そうに、形振り構わず叫んでいました。
時に族長は甘噛みをし、涙を舐め取り、尻尾を絡め、その群れを繋げていくのに最も必要不可欠な一つの事を誰よりも激しく行っています。
色違いの族長も同様に激しくやっていました。
また、数えてみると、族長の番は私を含めないで五匹でした。色違いの方も同じ位です。
その五匹と全て私は何度も戦った事はありますが、勝率は芳しくありません。良くて半々なワイバーンが一匹か二匹、という所です。
本当に、私はここに居て良いのでしょうか。
もう少し強くなってから来た方が良かったのではないのでしょうか。
そうは確かに思いつつも、交尾をこう間近で見ていると疼きを我慢するのはもう、無理な事に近いような気がしました。
絶頂の声が響き、族長はゆっくりと力を抜きました。
ばたりと、その貫かれた番は満足そうに体を脱力させ、口を開けて涎をだらだらと流していました。
ふぅ、と族長はそのままそれを隠さないまま一息吐き、四匹目に向って歩き、自然に押し倒して交尾を始めます。
もう、二匹の族長以外は交尾を終えていました。どこからも絶頂の声は聞こえません。
ただ、計四匹の喘ぎ声が聞こえるだけです。
こうじゃなかったんだろうな、……姉さんは。
私は頭痛を覚えながらもそう思いました。
無視したくても、してはいけない事です。訳の分からない相手と無理矢理させられていたのだろう、その時には今目にしているような幸福は無かった。
この自由な場所に連れて戻りたかった。普通に自分に合う番を見つけて、幸せな時間を過ごして欲しかった。
どうして、一体。
もう、何度、どれ程、後悔したでしょう。もう、何ともならないと思っても後悔は止まりませんでした。
頭を下げ、座って私は悩みました。
もう何ともならないと分かっていても、どうすれば上手く成功させる事が出来たのか、考えずには居られませんでした。
先に全員あそこに勤めている智獣達を殺してしまえば良かったのか、突入の時もきちんと死体を隠せば良かったのか。
完璧に穴の無い正答を探すのを怠った私は、正答を見つけずには居られませんでした。
絶頂の声が聞こえ、私は顔を上げました。
族長は私の方へ来ていました。
……あれ? もう、私?
周りを見てみると、族長の一番の番と、貫かれた直後の余韻に満たされている一匹以外、他に族長の番は居ませんでした。
族長は雄を未だに滾らせたまま歩いて来て、私の前で一度止まって私を見つめてきました。
私は立ち上がろうとし、族長はそんな私を強引に、柔らかに背中から押し倒しました。
そのまま、族長の雄は私の雌に入りました。
ゆっくりと、次第に激しく族長は腰を振りました。
目が合い、その一瞬で族長には全てを見透かされているようだと思いました。
それでも良い、と私は一旦目を閉じました。快楽に身を委ねながら、罪悪感に殴られながら、私は自然と出て来た涙を感じながら、本能のままに声を出しました。
あの時よりも明らかに激しく、そして優しさはそのまま、私は族長が腰を振るのに体を合わせ、湿った視界で本当の絶頂を感じました。
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