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 さて。

 群れの外にいつか出ると私は決めていて、とうとう出たのですが。

 それからの事は殆ど考えていませんでした。魔獣がどうやって智獣と普通に接触出来るか、そういう事を考えずに私は外に出て、そして私はそのまま何とも言えない気持ちのまま飛び続けました。

 山脈の麓には村がありましたが、閑散としていたのもありそこには私は興味を持たずそのまま飛び続けます。そして暫くすると、森の中を切り拓いて作られた道があり、私はその道に沿って行く事にしました。

 私は智獣が多く居る場所を無意識に目指していたのです。

 逃げたように群れから去った事を頭から追い出す為に、余り何も考えずに私は飛び続けていると、眼下に馬車が見えました。私はそのまま考えなしに、その馬車の前に降り立っていました。

「うわわわっ」

 馬車の御者であるリザードマンが驚いて、馬二匹は私を見て暴れ出してしまいました。


「どうしたっ」

 御者の声を聞いてすぐさま中からリザードマンが数人現れ、私を見て驚き、全員無言になりました。

 やってしまった、と私は思いながらも、どうしようかと悩んでいました。

 智獣と接触したいという事だけは頭に思い浮かべていたのですが、どう接触すれば良いのか、という事は頭の中からすっぽ抜けていました。

 前世が智獣だったという事が影響しているのでしょうか。

「あの、例のワイバーンか?」

「いや、違う。傷だらけなのは同じだが、あいつに右目を失明しているなんて特徴は無い」

 リザードマン達が私を見ながら、そう話していました。

 あいつ? 何か目を付けられているワイバーンでも居るのでしょうか?

 私がその事に疑問を抱きながら、またどう動いたらいいのかも分からずにそのまま立ち尽くしていると、リザードマンの一人が私を暫くの間眺めて言いました。

「……好奇心の目だな、これは」

 私がそれを理解していないという事を前提にしながら、リザードマン達が慎重に喋り始めます。

「それって、どういう……」

 おどおどしている、まだこういう事になれていなそうなリザードマンが聞くと、違う一人が答えました。

「自分の力量に絶対的な自信があるか、単に世間知らずか。あの命令が出ているような智獣を食い荒らして回っているワイバーンよりは安全だが、危険なのには変わりない」

 あの命令、というのはきっと指名手配みたいなものだろうな、と思いながら私は話される言葉に耳を傾けました。

「どうすれば良いんですか?」

「こっちから攻撃を仕掛けるのは良くない。……はっきり言ってこいつは、俺達全員より強い気がする。あの体躯を見て分かるだろ? こいつの方が、戦闘経験は絶対に上だ。

 あっちから何か行動を起こしてくれないと、どうにも出来ない」

 馬二匹が繋がれているものを強引に引き千切ってどこかへ逃げて行きましたが、もうそんな事も目に入らないようでした。

「癇癪玉とか、ありますけど」

「そんなんで魔獣が怯むと思うか? 言葉を理解出来る知能も持っていたりするんだぞ? 怯ませられても、仕留められはしない」

 確信めいた口調でしたが、私が言葉を理解しているという事を念頭に入れてないのでしょうか。

「……俺達は何も出来ない、という事ですか?」

「残念ながら、俺達のような安い護衛じゃ手に負えない。運が悪きゃ、荷物放って逃げるしかない。

 それで逃げられるかどうかも分からんが」

 私は、どうすれば良いのでしょう?

 私も迷っていたので、ただ、暫くの間はどちらもじっと見つめているだけでした。


 右目が潰れているので、右から突如誰かが襲い掛かって来るかもしれない、とも少し思いましたが、そんな事もなく、時間が経ってもリザードマンは動こうとしませんでした。

 なので、私は意を決して少しずつリザードマン達に歩み寄る事に決めました。

 弓矢に手を掛けようとした、その新入りっぽいリザードマンを一人が手で止め、私はリーダーのような一人に顔を近付けてみます。

 目を逸らしてはいけない、と思っているようで目はじっと私と合わせていますが、その目には同時に恐怖も浮かんでいました。堪えるかのように武器にも手を伸ばさず、ただ私と目を合わせていました。

 私は顔を舐めてみて、喉を鳴らしてみます。

 猫みたいだな、とそんな猫の仕草をワイバーンになってから見た事が無いのに私はそう思いました。

「……大丈夫だ、今の所は。

 俺達に興味があるだけだ。襲われる心配はない。……今の所は」

 リザードマンは、ほっとしたような、でも涎塗れになった事に嫌な顔もしつつ、そう言いました。

 そう言われて、私もほっとします。

 リザードマンは顔を布で拭きながら、私に問いかけました。

「念の為聞くが、俺達の言葉が分かるか? 分かるなら、頷いてくれ」

 私が頷くと、顔が少し青くなったように見えました。そしてすぐに謝罪の言葉を並べられます。

 私に対して頭を下げている姿を見ると、どうも強い魔獣は智獣で言う権力みたいなものを持っているような気がしました。

 まあ、その気になればこのリザードマン達を全員殺せる自信はあるのですが。

 それからまた、一つ言われます。

「あなたが近くに居ると、馬が暴れてこれを走らせられない。

 付いて来られるのは良いが、少し離れて付いて来てくれないか?」

 それじゃあ、余り話は聞けないか。

 取り敢えず、有象無象でも良いので喋りを聞いてみたかったというのがあったのですが、馬で引いている以上、それは難しそうです。

 なら、いいやと私はそこから去る事にしました。

 飛び上がり、そこから去る前に一度下の方を見ると、唖然としているリザードマンやほっとしているリザードマンが居て、そんな反応が少しだけ面白く、食べても良かったかなとも僅かに思いました。


-*-*-*-


 まず、私は自分を知る為に何をすべきか、落ち着いて来た頭で再度考える事にしました。

 そして、それはすぐに決まりました。第一にやるべき事は、私の思考している言語と同じ言語を喋るコボルトを探し出す事です。前世はコボルトだったという事は分かっているのですし。

 そうすれば、私が生まれ育った場所も自ずと分かるでしょう。

 今まで私の中に仕舞われている記憶が時偶引き出されて来た経験から、その記憶は自発的に引き出せるのではなく、きっかけがあれば思い出せるようなものだと思えました。

 生まれ育った場所が分かれば、連鎖的に様々な事が思い出せるでしょう。

 そして今も、それで鍵というものを何となく思い出しましました。

 鍵……。何か、とても重要なものの気がする。

 単にそれは私の記憶を引き出す為の鍵、という訳ではありません。物理的にか鍵を使う事によって入れる場所というのが、私にとって重要な場所の一つだったような、そんな記憶が同時に浮かび上がりました。

 自分がコボルトの男だったと思いだした時とは違く、その記憶では光景が全く思い浮かばなかったのですが、その場所は今でも残っているという確信がありました。

 そしてまた、そこには私を知る手掛かりが確実にある、と確信出来ました。

 けれども、光景すら思い浮かばないのにその場所に辿り着けるのでしょうか。

 族長を倒すより、いや、倒すのと同じ位難しい問題です。

 私は、その問題を解けるのでしょうか?

 私が前世で生きていた場所を探り出せたとしても、その場所の事が思い出せなければ問題の難易度は殆ど変わらないようなものでしょう。

 近い場所に行ければ、自ずと思い出せていくのでしょうか?

 そうなるだろう、と思っておく事にしました。


-*-*-*-


 私はまた、空を飛び続けます。

 より多くの部族が集まっている所に居る必要がある、と私は結論付けました。

 それは即ち、町です。村ではなく、もっと大きな様々な智獣が所狭しと暮らしていそうな町を探す事にしました。

 そこに行き、何らかの方法で町に入る事が出来たら様々な智獣の言葉が聞けるでしょう。

 その何らかの方法はまだ考え付いていないのですが、取り敢えず行ってみれば何とかなるだろうと、リザードマンの事も踏まえて思っていました。


 森を切り開いて作られた道の先を辿ると、ぽつぽつと村があったりしますが、大きな町はありません。

 それに出発したのが昼過ぎだったので、もう日が沈み始めています。

 ……そう言えばもう、完全に安全な場所で寝る事は出来ないんだった。

 どこで寝れば良いのでしょうか。森の中で適当に眠っても大丈夫でしょうか。

 一応、何かが来たら即座に起きられる自信はあるのですが、不安です。木の上で寝る事が出来ればそれが一番安全なのでしょうが、私の体重を受け止められるような巨木はここ辺りにあるようには思えません。

 無理して起きて、体力を消耗するのも余り良くなさそうですし、普通に眠るしか選択肢は無いような気がしました。


 熊を夜に食べようと思いましたが、中々食べ切れる大きさの熊は見つからず、仕方なく私は適当に見えた動物を毒針で狩って食べる事にしました。

 音を聞いただけで毒針を当てられる、とまでは私の耳と毒針の精度は高くありませんが、これも智獣を食べたからか、いつの間にか夜でもそこそこ目が効くようになっていたので狩るのには大して苦労はしません。

 リスやネズミ、フクロウやコウモリ等、目に入った獲物を片っ端から狩って食べていくと口の中が良い具合に混沌としていき、それも偶に味わう分には中々良いものでした。

 ただ、小動物ばっかり食べても満腹になるまでは結構な時間を必要とするのですが、今日は大して疲れていません。崖下で暮らしていた時のように喧嘩もしなければ、強くなる為の特訓も積んでいた訳でも無かったからです。

 寝る時間が多少少なくとも特に問題は無いでしょう。


 青い月が高く登った頃に私はやっと腹を満たせ、最後に口の周りの血を舐めてから適当な場所を見繕って寝る事にしました。

 片目だけで見る夜は、やはり何か物足りなさを感じます。

 人間やケットシーのような魔法に長けている智獣なら、もしかしたら治せるかな。そんな事を願うと、治せるだろうと何となく記憶が教えてくれました。

 ……ふと、思いました。私の中の記憶は何を知っていて、何を知らないのでしょうか。

 今日出会ったリザードマン達の言葉は数年前に子供を盗みに来たリザードマンと同じ言葉だったので、それに関しては大して何も思わなかったのですが、私は馬車を知っていて、馬も知っていました。

 馬車の構造を見ても何も感じませんでした。

 前世の事全てが記憶として残っているのでしょうか? そもそも、何故記憶は鍵が掛かったように自由に引き出せないのでしょうか?

 見て、思い出す。考えて、思い出す。まず、それがおかしい事に私は気付きました。

 中途半端な記憶喪失のようなものです。

 一度死んだ、という事による副作用みたいなものなのでしょうか。それなら納得は一応出来るのですが、その事に関してはどう考えても推測の域を出ず、正しいと言いきれません。

 なので、考えずに寝る事にしました。

 正解があるのに解法が無い問題は、考えるだけ無駄でしょう。

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