考えるな、感じろ?

 庶民の俺が、カフェとは言え個室で話すことを選んだのは、セレブ感覚に染まった――からじゃなく、万が一でも誰かに話を聞かれたら困るからだ。

 そんな訳で今、俺は桃香さんに予約して貰った個室にいる。


「誰か一人を選べずに、総受け主人公が国外逃亡って言うラストは可能でしょうか?」


 そして書いている話のオチについて切り出した俺に、桃香さんは紅茶のカップを傾ける手を止めた。


「国外逃亡って……」

「皆さん、そこまで器は小さくないと思うんですけど……ケジメをつける意味だと、それぞれのお家に関わらないようにしたら国内での就職は難しいので。物価の安い東南アジアとか、あ、香港も逃亡先としてはオススメみたいですね」

「……出灰君。確かに、その気がないのなら逃げてって言ったけど。そこまで、本気で逃げろとは言ってないわよ?」


 そう俺が説明すると、桃香さんはカップを置いて言葉を続けた。まあ、確かに俺も調べながら「あれ、何かこれ犯罪者?」って思ったけど。


「まあ、実際は出来ませんけどね……一応、選挙で選ばれましたから」


 人数的には、俺が生徒会にいる必要はないんだけど。一応(紫苑さんから勧められたとは言え)立候補して、当選した訳なんで。せめて来年、次の代に引き継ぐまでは役員も学校も辞められない。

 だからせめて、フィクションの世界ではって思ったけど――担当兼読者の桃香さんとしては、納得出来ないらしい。


「この前、ついに生徒会新メンバーと風紀委員長も落としたんでしょう? 総受けライフ真っ盛りじゃない!」

「いや、別に盛らなくても良いんですけど」


 現在、デリ☆での連載は副会長の見合い騒動までなんだけど――俺が教えていないことを桃香さんが知ってるのは、もう突っ込まないでおこう。理事長にかー君、更に桃里君と情報源の心当たりがありすぎるからな。


「……だから、ですよ」

「えっ?」

「三年生の皆さんは、来年卒業します。現段階で相手から思われてることを知ってて、その気にならないんなら……これから先も、誰も選べないんだと思います」


 そう答えてオレンジジュースを飲む俺に、桃香さんがクイッと眼鏡のブリッジを上げる。


「出灰君? 諦めるのは早いわ? 確かに男同士は大変だけど白月の卒業生は結構、大人になってもつきあってるわよ?」

「らしいですね。友達から聞いて、やっぱり世界が違うなって思いました」


 ちなみに、話を聞いた友達って言うのは奏水だ。一茶だと、話が脱線するからな。


「確かに、きっかけは周りが同性しかいないってことだし。勿論、卒業したら自然消滅とか、後継ぎ問題で別れたりはあるけど……それは、共学でもあるでしょう?」


 確かにその通りなので、俺は奏水の話に頷いた。でも、卒業後に同棲したり結婚式を挙げたりするのは、やっぱり独特だと思う。


「けど、許されてるからって誰かを選ぶのは違いますよね?」


 我ながら、総受け主人公みたいな感想で嫌になるけど――皆、それぞれ良い人達だとは思う。

 とは言え、だからって男とつき合う理由にはならないし、真白やかー君も誰も選ばないのなら解ってくれそうな気がする。


「確かに、その感じだと恋に発展は難しそうね……ねぇ、出灰君?」

「……はい」


 俺がどうこう以前に同性愛なんだから、選べないって当たり前じゃないかと思うんだけど――とりあえず、桃香さんの話の先を聞くことにした。


「出灰君は、優しいから」

「優しくないです」

「……うん、そう言うところはね」


 あ、しまった。話を聞くつもりがつい、口を出してしまった。

 もっとも、桃香さんはそんな俺に慣れてくれてるので、めげずに話を続けてくれた。


「出灰君に、そのつもりはなくても! 相手に向き合って、受け止めて! その心に添おうとするのは優しいし、救われることなのっ……まあ、出灰君はそれを皆に出来るんだけど」


 一瞬、やれやれって感じで微笑んだかと思うと、ズイッと桃香さんがテーブルから身を乗り出してきた。


「そんな出灰君に、私の尊敬する人の言葉を送るわ!」

「はぁ……」

「考えるな、感じろよ!」

「……ブルース・リーですか?」


 まあ、恋はするものじゃなく落ちるものだって言うし――ただ、俺にはどうもピンとこないなって『この時』はそう思った。



「……あ」


 店を出て、桃香さんと別れ――マナーモードにしていた携帯をリュックから取り出すと、不在着信が入ってた。

 ……それは、俺が知ってる人からで。

 相手の都合が解らないので、俺は歩くのを止めて通路から外れ、メールを送った。


『刃金さん、出灰です。どうしました?』


 途端にメールじゃなく電話がかかってきて、俺は慌てて通話ボタンを押した。


「部屋に行ったら、お前と同室の奴から出かけたって聞いてな」

「そうでしたか……保護者代わりの人に、会ってたんです」


 俺がいる場所を伝えると、十分も経たないうちに刃金さんがバイクで到着した。

 ……そして、話があるって俺を連れてきたのは、初めて二人で出かけた時に来た埠頭で。

 何か、込み入った話なんだろうか――そう思った俺の視線の先で、刃金さんは口を開いた。


「またしばらく、学校に行かなくなる」

「えっ?」

「合格してからとも思ったんだが、他の奴らから聞くよりは俺から伝えたかったし……とりあえず家の方とは話ついたから」


 家って言われて、本格的に込み入った話だなと思う。それは刃金さんの家が、十神(とがみ)組って極道だからだ(一茶から聞いた)

(合格ってことは、進路関係か?)

 白月にも大学はあるけど、この言い方だと外部の大学を受けるのかな? 三年生だもんな、くらいに考えた俺だったけれど。


「親父から、手切れ金代わりに会社貰うことになった」

「えっ……?」

「下請けの建築会社だ。正式に事業主になるのに資格いるから、大学行って……Fクラスの奴らとやってくつもりだから、親父とは手を切った」


 思った以上に重い内容で驚いた。確かに、完全に縁を切るのは無理だろうけど――Fクラスの皆を極道には関わらせないって、刃金さんの強い意志を感じた。頑張って下さいって、言おうとした。

 ……なのにこの時、唐突に俺は気づいてしまった。

(卒業して、進学して……仲間とは一緒だけど、学校からも家からも離れて)

 それなら、男と――俺とつき合うなんて、絶対に駄目じゃないか。


「おい、出灰?」

「……えっ?」

「顔色悪いぞ? 具合悪いのか?」

「いえ……あぁ、潮風で少し冷えたのかも……あ、おめでとうございます。受験、頑張って下さいね」


 心配そうに顔を覗き込んでくる刃金さんに、俺はそう言って頭を下げた。それからタクシーを呼ぼうとするのを止めて、刃金さんのバイクで寮まで送って貰った。

 後ろに乗せて貰い、刃金さんに腕を回しながら俺は思った。

(泣きそうなくらい悲しいって言うなら、綺麗だけど)

 刃金さんとつき合えないって思った瞬間、俺は吐きそうなくらい胸が苦しくなって――桃香さんの言っていたことを、思い知らされた。

 ……駄目だって、諦めなくちゃいけないって解ってから気づくなんて、我ながら遅いけど。

(俺、刃金さんのこと好きなんだ)



「ありがとうございました」


 寮の前まで送って貰った俺は、刃金さんにそう言って部屋に戻ろうとした。

 ……そう、戻ろうと『した』。過去形だ。


「っ!?」

「部屋まで送る。それにしても、軽いな。ちゃんと食って……は、いるよな?」


 俺を、あっと言う間に横抱き――俗に言う『お姫様抱っこ』にした刃金さんが、歩きながら不思議そうに言う。いや、俺としてはどうしてこうなったのかが不思議なんだけど。


「大丈夫です、歩けます」

「んな青い顔して何、言ってんだ。良いから黙って運ばれてろ」


 降ろして貰おうとしたけど、刃金さんに却下されてしまった――って言うか、そんなに顔色悪いのか? まあ、赤面して俺の気持ちがバレるよりは良いけど。


「出灰!?」


 そんな俺達を見つけて、声を上げたのは真白だった。刃金さんと俺を見て、キッと刃金さんを睨みつける。


「何やったんだよ、お前! 出灰、辛そうじゃねぇかっ」

「真白、違うぞ。俺が具合悪くなったのを、刃金さんが運んでくれたんだ」


 俺を心配したのか、暴走しそうになった真白に訂正する。いや、まあ、吐きそうになってるのは刃金さんへの気持ちを自覚したせいだけど。


「オレが運ぶ!」


 そんなことを考えてたら真白がそう主張して、驚いたことに刃金さんは無言で俺を真白へと手渡した――誤解させて、怒らせたんだろうか?

 やっぱり無言で踵を返した刃金さんの背中に、俺は咄嗟に声をかけようとして――やめた。諦めなくちゃいけないんなら、むしろ嫌われた方が良いと思ったからだ。


「出灰……辛い時に、我慢すんなよ?」


 そんな俺の頭の上から、真白の優しい声が降ってくる。

 体調のことだとは思うけど、王道転校生ならではの絶妙なタイミングに――俺は吐きそうにじゃなく泣きそうになり、顔を上げないまま頷いた。



 真白に横抱きにされ、青い顔で戻ってきた俺に一茶と奏水も慌てた。

 そんな訳で、夕食作りを免除されて俺は個室スペースで横になっている。

(申し訳ないな……さっきはちょっとキたけど、そもそも俺は我慢以前に行動しなかったんだし)

 ベッドに横になりながら、俺は一人反省会をしていた――そう、何もしなかったんだから悲劇のヒロインぶっちゃいけない。諦めなくちゃいけないからって泣いたら、刃金さんにも他の皆にも失礼だ。

(そもそも、いつから刃金さんを好きになったんだ? いや、別に嫌いじゃないけど)

 嫌いじゃない――それは、他の皆も同様だ。いや、周りの連中に比べればむしろ好きな方だと思う。

(最初、会った時は関わりあいたくなかったから、真白の名前教えて逃げようとしたし)

 不良だからって言うより、真白の相手(つまりは攻め)候補だったからな。最初はそれくらいの印象だったけど、何でか気に入られてボタンつけに呼ばれたんだ。

(生徒会の面々から、嫉妬されてたから? 刃金さんに好かれて、コロッとなった?)

 ……思ってみたけど、すぐに「いや、無いな」と思う。嫉妬されてウザかったけど、別にそれで凹むとかは無かったし。第一、刃金さんだけじゃなく真白にも懐かれてた。だから弱ってたり、コロッとなったりは無いと思う。


「んー……」


 だったら一体、何でだろう――そこまで考えて、俺はおもむろに携帯を手に取った。

 そして、客観的に今までの俺と刃金さんを振り返る為に、デリ☆の俺の小説を読み返すことにした。


「出灰!? 顔、真っ白だぞ……病院、行った方が良いって!」

「……いや、熱とかないし。ちょっと、寝不足なだけだから」


 翌朝の日曜日。真白は俺を見て、悲鳴のような声を上げた。そして叫びこそしないが、一茶と奏水も気づかうようにこっちを見ている。

(言えない……携帯小説読んで、徹夜したなんて)

 秘密は墓場まで持っていくことにして、自分の話を読んで気がついたことがある。

(刃金さんをモデルにしたキャラの人気が、ダントツ)

 次点は俺様会長とチャラ男会計、あと番外で会長親衛隊のチワワだよな……って、そうじゃなくて。

(きっかけは、相変わらず解らないけど……うん、俺、刃金さん好きだわ)

 改めて読んでみるとこの主人公、王道転校生や生徒会メンバーには基本、受け身だけど不良のボスに対しては『応援したい』とか『甘やかしたい』とか思ってんだよな。いや、実際、俺が思ったから書いたんだけど。

(結構、あれ露骨じゃないかな? 桃香さんや一茶の反応とか、コメント見てて総受け話かと思ってたけど。これって、主人公……俺の、片想い日記?)

 ジャンルを、ノンフィクションにするべきか――いや、問題なのはそこじゃない。

 流石に、刃金さんも俺を想ってくれてるのは解るけど。刃金さんの進路を聞いた今となっては、片想いだと思ったまま『高校時代の甘酸っぱい思い出』にするべきだと思う。

(……いや、まあ、昨日の俺の不審な行動で嫌われたかもだけど)

 そう思った瞬間、また胸が苦しくなった。とは言え、病気じゃないのは俺が一番よく解ってる。


「昨日は悪かったな。遅くなったけど、今から朝飯作るから」

「「「えっ!?」」」


 ……本当に病気じゃないんだが、真白達には止められて寝ているように言われた。冷凍していたご飯を温められ、作られたお茶漬けまで出されては断れない。

(そんなに、顔色悪いのか……仕方ない)

 自分では大したことないと思うけれど、確かにお茶漬けを食べたくらいで胃が痛むのは少々、まずいかもしれない。そんな訳で、俺は三人の好意に甘えて寝ることにしたのだが。

(これから……小説、どうしよう?)

(今回の刃金さんとのこと書いたら、桃香さんに強制的にくっつけられそうだし)

(クリスマスイベントとかをやって、卒業式にごめんなさいして……ラストはやっぱり、国外逃亡にするか)

(って言うか、今は無理でも卒業したら俺も……ネットは魅力的だけど、逆に見つからないようにだと東南アジアかな?)


 寝不足のせいもあり、思考が暴走していることに俺は気づいていなかった。

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