演説、そしてその結果
今日は、生徒会役員選挙当日です。SHRの後、体育館に集まって演説会、そして投票結果が午後に発表されます。
どうしてまた、こんな作文みたいな語りになっているかって言うと。
「えっと、刃金さん?」
靴箱で待ち伏せていた刃金さんに連れられて、F組近くの階段まで来てから――無言で、左手の薬指をにぎにぎと握られているからです。
……ヲイ、朝からどうしてこうなった?
「左手の薬指は、心臓と繋がってるから……マッサージすると、緊張がほぐれるって聞いた」
「俺、別に緊張してないですよ?」
「俺が、やりたかっただけだ。最近、会えなかったからな」
「……ありがとう、ございます」
勝手と言うかマイペースな理由だけど、まあ、刃金さんらしいし。一応、応援的なものらしいんでお礼を言っておいた。
それにしても、この緊張対策は初めて聞くな。今度、小説のキャラにやらせるか――いや、でもこれって『ただし、イケメンに限る』方法か?
「ただ、本当に緊張はしてないですよ。元々、決まってた一年二人が立候補したんで万が一……億が一も、俺が当選することはないでしょうから」
「解らないぞ? お前は色々と、不可能を可能にしてるからな。F組(おれら)を味方にしたり、親衛隊を味方にしたり、生徒会をたらしたり」
「…………」
最後、人聞きが悪いとは思ったが、事実ではあるんで黙っておく。
代わりに俺は、気になっていたことを刃金さんに尋ねることにした。
「最近、学校を休んでたみたいですけど」
「……あぁ、悪い。心配かけたみたいだな」
そう言うと刃金さんは俺の指から手を離して、代わりに頭を撫でてきた。だけど、どうして学校を休んでいたのかは結局、教えてくれなかった。
(まあ、俺も何から何まで教えてる訳じゃないし……怪我とかしてる訳じゃなさそうだし)
そう結論って言うか、自分に言い聞かせた俺はこの時、気づいてなかった――刃金さんが理由を教えてくれなかったのに少し、だけど珍しく『寂しい』って思ったことを。
※
「頑張れよ、出灰っ」
「平凡無双、楽しみにしてるから!」
「一茶っ……もう、あいつは気にしなくて良いから。しっかりね」
教室に戻った俺はSHR後、真白達に応援されて見送られた。
そして体育館に向かい、演説会が始まったんだけど――先に演説を終わらせたかー君達に、取り囲まれている。
……それは、一年生二人の演説のせいだ。
「皆さん、こんにちは。今回、生徒会庶務に立候補させて頂いた、一年S組の赤嶺朱春です」
壇上に上がった赤嶺に、ガチムチ達から野太い声で声援が飛ぶ。
だけど、続いた言葉のせいでその声はざわめきへと変わり、緑野には無言ながらも思いっきりガン見された。
「僕が立候補したきっかけは、ランキングで僕を選んでくれた人達に応えたかったのと……体育祭の時、ある先輩が生徒会で活躍しているのを見て、僕も先輩のようになりたいと思ったからです」
あれっ? 今の『先輩』ってもしかして、俺?
人間、自惚れちゃいけないと思うけど、学食で話した時のことを考えると無関係とも思えない。そして続けて中夜が壇上に上がり、演説を始めると今度は空青と海青が同時に俺を振り返った。
「今回、会計に立候補した一年S組、中夜黒士です……俺が会計に立候補した動機は、ある先輩への憧れです。我が校を愛する先輩を見て、自分も生徒会に入って我が校を、そして先輩を支えたいと思ったからです」
えっと、立候補してくれたのは嬉しいけど――俺、そこまで白月学園(ここ)への母校愛ないぞ?
(何か思い込みされたり、勘違いされてるみたいだな……そうなると)
幻想ならぬフラグをぶち殺さないと――そう決意を固めると、俺は壇上に上がって口を開いた。
「この度、会計に立候補しました二年S組、谷出灰です……俺は白月学園の、自由な校風を(王道らしくてネタとしては)素晴らしいと思ってます。ですので会計と言う役職を通じ、イベント行事の時に各クラスの出し物などに(他校生を驚かせない程度に)有効に生徒会費が使われるよう提案していきたいと思って『いました』」
ここまでは、紫苑さん達への義理立てだ。逆に言えば、ここまでやったからもう良いだろう。
「ただし、選挙を実施しての新体制としては俺のような二年ではなく、一年の方が(引継ぎも出来るし、こき使えるから)適していることも解っています。俺が立候補した時には、まだ中夜様は立候補していませんでしたが……今回はお二人にお任せし、俺は立候補を辞退しようと思いま」
「「駄目です」」
だけど、俺の演説は赤嶺と中夜に止められた。しかも言葉だけじゃなく、両側からそれぞれ腕を掴まれた。
「先輩と一緒に、生徒会で頑張ろうって思ったのに……中夜君、辞退して!」
「冗談。むしろ、お前が辞退しろ。先輩は、俺が支えるんだ」
「……赤嶺様、中夜様」
ステージ上で、言い合う二人に挟まれながらさて、と俺は考えた。
(だから、お前らが辞めてどうするんだよ)
そうツッコミを入れたいんだが、生徒の前でやるとますますカオスになりそうな気がする。
最初のランキング結果に戻るだけだろう、と思うんだがこいつらは俺にいて欲しいらしい。とは言え、一年一人だと来年が大変だろうし(一応、カードで入れるけど)一般生徒は生徒会への出入りは基本、禁止だし。
(写真とか人形で、ごまかされてくれないかな?)
ちょっと逃避気味にそんなことを考えていたら、かー君がマイクを手にステージに上がってきた。そして俺達三人ににっこり笑うと、生徒達へと向き直って。
「会計への立候補を辞退したりぃ君を、庶務に推薦したいと思いまーす……あー君とみー君も二人で庶務だったから、ありだよねー?」
「…………は?」
「体育祭の時の、りぃ君の働きは見てくれたよねー? だから皆、大船に乗った気で投票してねー?」
「ちょっ」
勝手なことをチャラ男口調で言い放ったかー君を、慌てて止めようとしたけど――次の瞬間、体育館に黄土色の大歓声が上がって、俺は思わず耳を塞いだ。
(油断した……俺の演説で、うるさくなるなんて思わなかったから)
罵声の可能性もあったんだから、万全を期して耳栓をしてくれば良かった――耳を塞いだまま、俺はそう反省した。
「うん、それなら……負けないからね、中夜君っ」
「こっちの台詞だ」
だから一年二人が、やっぱり勝手に俺を巡って張り合ってることには気づかなかった。
※
投票の集計は、より公平にって理由で風紀委員が行うことになった。演説を終えた俺達は一年二人も誘って、結果が出るまで生徒会室で待つことになった。
労いの意味を込めて、紅河さんがケータリングを用意してくれたけど、そのお礼が俺の作ったサンドイッチって辺り、申し訳ない気持ちになる(作ったけど)
「待て」
「……はい?」
声と呼びかけを聞いて、もしや、と思ったけど――振り向いた先には、やっぱり風紀委員長がいた。
「やろう。食後にでも食べろ」
そう言って差し出されたのは、どら焼きだった。
「ありがとうございます、風紀委員長様」
「待て。今の私はもう、委員長ではない」
お礼を言って頭を下げると、風紀委員長に制止された――そうか、三年だから風紀委員長も引退してるんだ。
「失礼しました、石見(いわみ)様」
「すまないが、名前で呼んでくれ」
「えっ? ……草薙(くさなぎ)様、ですか?」
「いや。それも、周りと同じになるからな」
謝って訂正したが、苗字だけでなく下の名前まで却下されたのには驚いた。おいおい、それなら何て呼べと?
「マリア、と呼んでくれ。私の、ミドルネームだ」
そんな俺に風紀委員長、もといマリアさんはそう言った。髪や目の色が明るいとは思ってたけど、そうか、ハーフだったのか。
「「マリアって、女の子の名前だよね?」」
「外国だと洗礼名をつけたり、それを代々使うこともあるから、男女関係ないぞ」
「「そっかー」」
「……把、握」
「って、そこじゃなくて! 問題は元風紀委員長が、りぃ君からの呼び方にこだわるところだよね!?」
空青と海青からの疑問に答え、双子と緑野が頷いてる(何か、ちょっと一茶の影響を感じた)と、チャラ男口調をやめたかー君が抱き着いてきた。そして、マリアさんを睨みながら言葉を続ける。
「りぃ君は、渡しませんから!」
「……渡すも何も、谷はそもそも物じゃない」
淡々としたマリアさんの正論に、かー君がグッと言葉に詰まる。そんなかー君に、無表情なままマリアさんは口を開いた。
「確かに、私は谷が好きだ。だが私は好きな相手が健康で、美味しそうに物が食べられているのならそれで良い。それ以上を望んだら、キリがないからな」
……流石、マリアさん。名前通りの無償の愛(アガペー)っぷりだ。
「解りました、マリアさん」
「りぃ君!?」
「かー君だって『かー君』だろう? あ、俺のことも好きに呼んで下さい」
抗議の声を上げるかー君を宥めながら、俺はマリアさんに言った。うん、転校当初ならともかく、名前くらいと思ったんだけど。
「そうだな……テゾリーノ(可愛い宝物)?」
「すみません、名前の範囲内でお願いします」
まさかの呼びかけに、俺は前言撤回した。何でもマリアさんは、イタリア人とのハーフらしい――なるほど、どうりで情熱的な訳だ。
※
マリアさんの登場により、生徒会室ではかー君達、そして俺達を待っていた紅河さん達に問い詰められた。とは言え、腹が減ったんで俺は紅河さんにサンドイッチを渡し、かー君達にこう言った。
「お腹と背中がくっつきそうです。話は、食べてからじゃ駄目ですか?」
用意してくれたお弁当だから、話が先だって言うなら我慢するけど――空腹への切実さが通じたのか、黙って貰えたんで俺は頭を下げ、黙々とケータリングのお弁当を食べ始めた。
(((ハムスターみたいで、可愛い(ですね))))
皆の心は一つになっていたらしいが、当の俺は天ぷらや筑前煮に夢中になっていて気づかなかった。
そんなまったりムードの後、体育館に戻った俺達の名前の下には全員、赤い花が飾られていた。俺だけ違う色じゃないから、当選ってことだよな?
全校とまでは言えなくても、生徒からの意志なら後は頑張るだけだが――声に出さずに、俺は言葉を続けた。
(……桃香さんと、今後の方針についてちょっと話すか)
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