デートはどこまでお約束で?

「思いきって、告白したら……先輩、僕とつき合ってくれるって!」

「すごーい! 良かったねぇっ」


 文化祭が終わった後、Sクラスは一致団結――なんてことは、当たり前だが全く無く。

 ただし、一部生徒(主にチワワ)が盛り上がっていると言うか、浮かれてるおかげで俺への風当たりは少し弱くなっていた。

 朝から、女子のような会話をくり広げているチワワ達に、奏水がやれやれとため息をつく。


「文化祭が終わった後、一学期で三年生が部活を引退するから……この時期、こんな感じになるんだよね」

「あそこだけ、お花畑みたいだよね♪」

「お花畑? あた……」

「真白」


 一茶の言葉に、さりげなく酷いことを言いそうだった真白を、俺は名前を呼んで止めた。

 いや、きょとんとしてるけどお前、今、絶対「頭がか?」とか言いそうだっただろ?


「出灰、何見てるの?」

「『るるる』」


 そんなツッコミを入れつつ、携帯を見ている俺に奏水が尋ねてくる。

 答えた俺が見ていたのは『見る・着る・食べる』の最後の『る』を並べたのが由来な、情報誌のホームページだ。百均には行ったけど、改めて街に遊びに行ったことがないから店とか知らないんだよな。


「今度の土曜日、かー……会計様と出かけるから。リサーチ」

「「「えっ!?」」」

「……えっ?」


 瞬間、三人が驚いたような声を上げたのに俺も驚く。

 今は他の生徒もいるんで『会計様』呼びをしたが、俺とかー君が幼なじみだってことは真白達に言ってある。なのにどうして、こんなに驚かれるんだろう?


「デートか、出灰!?」

「は?」

「きちんとコースを決めるとか、男前だね! 会計様受けも、オイシイよね♪」

「何?」

「真白、一茶……まあ、でも、リサーチとか意外とマメなんだね」

「……ああ」


 二人に質問されて戸惑ったけど、奏水の言葉でようやく理解した。そっか、刃金さんの時はついてくだけだったもんな。

 そもそも男二人でデートってとは思うが、かー君の気持ちを知ってるんでそれは言わないでおく。


「俺、店とか遊ぶ場所って知らないから」


 答えになっているような、なっていないようなことを答えたところで次の授業を知らせるチャイムが鳴る。

 俺はネットの接続を切って、携帯をズボンのポケットに入れた。そして教科書とノートを出しながら、声に出さずに呟いた。

(次の休みには、ちゃんとかー君を『おもてなし』しないとな)



 文化祭の準備を始めた頃、同時進行で俺は『デリ☆』に新作を公開した。

 表紙は、かー君が描いてくれて。タイトルは、桃香さんが言った『灰かぶり君』にした。

 ……今まで書いていた『天使の花園(てんはな)』と、読者層が被らない(何しろボーイズラブだ)とは思ってた。

 『デリ☆』では、作者側で十五人くらいは誰が読んでくれたか解るんだが、何人か以外はまるで知らない名前ばかりだった。

 そう、読んでは貰ってる。だけど、他のクリエーター達が書いている小説と違って、全く反応がない。

(やっぱり男の俺が書いてる小説じゃ、読者さんの萌えどころと違うのかな)

 それはそれで仕方ないと思うんだが、せっかく表紙を描いてくれたかー君には本当に申し訳ない。だから俺は考えた。そして、決意した。

(元々、出かける約束はしてたけど……今回は、かー君にいっぱい楽しんで貰おう)



 そんな訳での、土曜日。

 朝、今日の分の小説投稿をしたり、真白達の朝飯(起きる時間によっては昼飯になる)を用意したりした後、着替えて寮を出た。

 ……そして、出入り口の前に停まっていたベンツを見て足を止めた。


「りぃ君、おはよー♪」

「……おはよう」


 後部座席のドアが開いていて、そこに立っていたかー君が、笑顔で手を振っている。

 うん、待ち合わせ時間がまたしてもバスの時間じゃなかったから、どうやって行くんだろうって思ってけど――ベンツって、俺が『おもてなし』されてどうするんだよ。


「この車って、かー君の?」

「いや? これは、生徒会役員用に提供されてるサービス。バスで、一般生徒騒がせちゃ大変だから」

「……はあ」


 アイドルなんですね、解り……たくないけど、確かに学食のノリ(黄土色の悲鳴)になったら大変だよな。主に、バスに乗り合わせた白月の生徒以外のお客さんが。


「って、それなら尚更、俺が乗っちゃ駄目なんじゃないか?」

「そんなこと……俺がつき合って貰ってるんだから、心配しないで?」


 そう言うと、かー君は俺の手を両手で包み込んで小首を傾げた。

 そんなかー君の手に、俺も自分のもう片方の手を重ねる。それから、驚くかー君を見返して。


「解った……だけど、一緒に遊びに行くんだから。貰ってるとか、そんな言い方しなくて良いからな?」

「……っ!?」


 そう言うと、何故だかかー君は真っ赤になって唇を尖らせた。


「……ずるい」

「は?」

「俺ばっかり、メロメロにして……俺も、りぃ君のことメロメロにしたいのにっ」


 こらこら、何を力説してるんだ。かー君。と言うか、そんなことを考えてたのかかー君。

(別に、そう言う勝負をしてる訳じゃないけど……気合い入れていかないと、主導権握られっ放しだな)

 頑張ろう、と俺は心の中で拳を握った――それにしても運転手さん、全く平然としてるとかプロですね。



 ベンツは山から街へ、それから駅へと俺達を運んでくれた。

 そして、かー君が「また帰りにお願いします」と言うと、ベンツは元来た方角へと走って行った――今更だけど土曜日にも仕事とか、運転手さん本当にお疲れ様です。


「りぃ君、映画観ようよ」


 ベンツを見送っていた俺に、かー君が声をかけてくる。

 そう言えば近くに映画館あったよな、と『るるる』で得た知識を思い出して俺は頷いた。そんな俺ににっこり笑って、かー君が歩き出す。

(おお、見られてる見られてる)

 そんなかー君と並んで歩きながら、俺は心の中で呟いた。

 白月だとチワワ達と一部ガチムチに人気だけど、街だと圧倒的に女性陣からの視線を集めてた。イケメンだもんな、かー君。これ、彼女とか彼氏だったら心配で仕方ないだろうな。

(まあ、惚れたら一途だって言うのは知ってるけど)

 何しろ、初恋の相手の俺をずっと想い続けてるくらいだ。俺自身は初恋もまだなんで解らないけど、周りの感じからすると十分、一途だと思う。

(……あれ? そう言えば)

 そこで、俺はふと引っかかった。

 好かれているとは、聞いていたけど――かー君は『何で』俺のことを好きになったんだろう?


「何、観ようか」


 なんて考えているうちに、映画館に着いた。入り口の前、上映予定を見てふむ、と俺は考えた。

 ちょうどすぐ、観られるのは三つ。

 一つは、海外のラブコメディ。

 もう一つは、日本の刑事ドラマの映画化。

 ……そして、あと一つは。

(ライバンの映画か)

『Lion&Bambi』。かー君の大好きな、アニメの劇場版だ。おもてなし、と考えるならここはこのアニメを選ぶべきなのかもしれない。

(でも、なぁ……)

 好きとは言え、いや、逆に好きだからこそ同じベクトルで好きじゃない相手と観るのはどうなんだろう?

 そうなると一応、好きな相手と観るってことでラブコメディか――だけど、男子高校生二人で観るのってどうかな?

(そうなると、このドラマの……んー、でもチョイスとしてちょっと渋いか?)

 そんなことを考えていたら、ツンッと右頬をつつかれた。


「?」

「また、固まってた……どうしたの? 観たい映画、なかった?」

「……いや、かー君はどれが観たいかなって」

「そこで、ライバンにはならないの?」

「アニメをちゃんと観てない俺が、観て良いのかなって」


 俺の言葉に、かー君が軽く目を見張る。

 そしてにっこりと笑うと、さっきつついた頬を撫でてきた。


「りぃ君の、そう言う真面目なところ、好きだなぁ」

「……?」

「でも、りぃ君がどうこうじゃなくて……俺、もう上映初日に観てるんだ。ごめんね?」

「そうか」

「うん、限定コラボキトンちゃんもゲットしたよ♪」


 そう言ったかー君が指差したのは、俺が「渋い」と思っていた刑事ドラマの劇場版だった。


「そんな訳でこれ、観ない?」

「解った。好きなのか?」

「うん。あとこのドラマって、レギュラーキャラの一人がゲイ設定なんだよね」

「……最近のドラマ、すごいな」


 思わず感心した俺の頬を、指差すのに離したかー君がまた撫でてきた――何だ、気に入ったのか?


「んー、スベスベしてて手触り最高♪」


 気に入ったらしい。そして、俺の(かー君的な)チャームポイントは性格と手触りなんだろうか?

(そう言えば、刃金さんにも頭撫でられるしな)

 そんなことを考えていた俺とかー君に、通り過ぎる人達がギョッとしたように振り向いていた。



 それぞれジュースと、あと二人で食べるのにポップコーンを買って俺達は映画を観た。

 毎回かかさず視聴って訳じゃないけど、何となく設定やメインキャラくらいは知っている。そして、篭城事件に対しての意外な行動(まさか、ロープでビルを降りるとは)や、かー君お勧めのキャラともう一人の主人公とのシャワーシーンに驚いた。何だろう、サービス(腐向け)なんだろうか?

 少し戸惑うこともあったけど、映画は面白かった。パンフレットも買ったし、今度、ドラマも観てみようと思う。

 そしてポップコーンは食べてたけど、昼飯は別腹で。


「ここ、とかどうかな」


 少し悩んだけど、そもそもかー君が好きな食べ物とかが解らないのでファミレスを選んでみた。入る前、一応確認した俺にかー君が口を開く。


「俺、こういうところ来るの久しぶり」

「……やめとくか?」

「そうじゃなくて! 映画とか本屋行く時は一人だからファーストフードだし。こういう店って、二人以上で来たいでしょ?」


 そうか、金持ちの坊ちゃんは来ないのか――と思ったら、予想と少し違う答えが返ってくる。

 なるほどな、と思っていたらかー君がにっこりと笑って言った。


「だから、りぃ君と一緒に来られて嬉しいよ」


 ファミレスに入った俺達は、それぞれ注文をした。俺は白身魚のグリル膳、かー君はメンチカツ膳を頼んだ。箸で食べられるのって、ちょっとホッとするよな。


「かー君は、あのドラマ観てるのか?」

「うん、元々ゲイ設定でチェックしたんだけど。前々回のシリーズで、部下役が変わった時はすっごい滾った!」


 笑顔で話すかー君に、周りの女性陣の視線が集中する――話してる内容は、聞こえてないんだろうな。俺としては、楽しそうで何よりだけど。


「……りぃ君、楽しい?」

「えっ?」

「何か、目が優しいから」


 どっちがって言いたくなるくらい、優しく笑って尋ねてくるかー君に、俺は目元を押さえた。よく解らないけど、まあ、怒ってるかって聞かれるよりは良いのかな?

 そんな俺に、かー君は何故だかますます嬉しそうな笑顔になった。


「次は、俺につきあってくれる?」


 ファミレスを出た後、かー君にそう言われたのに俺は頷いた。そして連れて来られたビルの看板を見て、俺は軽く目を見張った。

(……メイド喫茶?)

 かー君、こう言うのも好きなんだろうか――そう思ってたけど、到着したのはその上にあるゲームセンターだった。良かった。いや、男としては喜ぶべきなんだろうけど、やっぱりいきなりメイドさんってハードル高い気がするし。


「これ、一緒に撮ろう♪」


 そう言って、かー君が指差したのはプリクラだった。

 キラキラだの美白だの書かれててちょっと怯んだけど、かー君はまるで気にせず入っていく。


「最近、男子のみだと使用禁止ってプリクラ多いんだけど。ここだと下にメイド喫茶あるからか、OKなんだよね」

「……はぁ」


 ある意味、メイド喫茶よりも高いハードルに圧倒される。いや、だってこう言うのって女の子が好きなものだし。お嬢様キャラを書いてはいるけど、何となくプリクラとか撮らないと思うし。

 そんな借りてきた猫状態の俺を余所に、かー君はお金を投入し操作していった。


「かー君、よく撮るのか?」


 金持ちの坊ちゃんだと、縁がないんじゃないか。いや、これだけイケメンだと女の子達から誘われ放題なのか――なんて思っていると、少し困ったようにかー君が笑う。


「……そう言えたら格好良いかもだけど、違うし。そう言う見栄って言うか嘘? 俺、好きな子に言いたくないし」

「え?」

「ネットで、調べたんだ……遊んでるのが男の甲斐性とか俺、思わないし。それって、相手を不安にするだけでしょ?」


 笑いながらではあったけど、かー君のその言葉はひどく重く響いた――かー君の母親は、愛人で。しかも一人だけじゃなく、他にもいるって前に聞いている。

(父親の影響か?)

 子供は親を選べない。だから絶対、尊敬出来るって訳じゃないし、逆に反面教師になる場合もあると思う。

 ……だけど、余計なお世話かもしれないけど。親のことを話すのに、こんな寂しそうな表情(かお)なのは見てるこっちも寂しくなる。


「りぃ君?」


 好かれてる身としては、これもやっちゃいけないことなのかもしれないけど――俺は、ギュッとかー君を抱き締めた。

 飛びかうカラフルなハートを背景に、そんな俺達の姿は撮影された。



「……本当はさ? プリクラで、りぃ君とのキス写真撮ろうと思ってたんだよね」

「は?」

「だってバ会長、りぃ君にキスしたって自慢するんだもん!」

「……ほっぺにだぞ?」


 プリクラを撮り終えた後、かー君がそんなことを言い出したのに、俺は左頬を指差した。

 って言うか紅河さん、生徒会室で(まさか、食堂じゃないよな?)何、話してんだよ。


「でもそれじゃ、紅河さんには勝てないんじゃないか?」

「冗談! これは、絶対にバ会長にも誰にも見せないよっ」


 俺が、かー君に抱き着いている『だけ』のプリクラを見て言うと、何故だか力説で返された。えっ、何か言ってること変わってないか?

 首を傾げる俺の前で、かー君がニコニコしながらプリクラを指で撫でる。


「りぃ君が、俺のこと慰めてくれたんだもん。昔みたいに」

「えっ?」

「覚えてない? 幼稚園の時もりぃ君、さっきみたいに抱き着いてきたんだよ……俺に、父親がいないってからかわれた時にね」

「……昔から成長してないんだな、俺」

「いいんだよ、りぃ君はそれで! 母さんと行って以来、久しぶりにファミレスにも入れたし……慰められた時、俺、本当に救われたから」


 覚えてないけど、さっきのことを考えたら確かにやってそうだ。

 ……そしてどうやら、俺のそんな行動が初恋に結びついたらしい。

 そんなことを考えていた俺の左頬に、不意にかー君がキスしてきた。驚き、次いで誰かに見られてないかと辺りを見回した俺に、かー君が笑って言う。


「大丈夫、誰も見てないよ……でもね、りぃ君? 他の奴らにこれ以上、させちゃ駄目だからね?」

「……かー君がそれ、言うのか? 基本、俺の嫌がることはしないんじゃなかったか?」

「俺のは『消毒』だもん♪」


 ツッコミを入れた俺に、かー君は悪戯っぽくウインクした。可愛く言ってるけど、何かされたら同じことされるってことだよな。うん、気をつけよう。


 ……その夜、俺の小説に初めてコメントがついた。

 好意的な内容で、ありがたかったけど――もうちょっと早ければ、二度目のキスは回避出来たのかもしれないと思うと、ちょっとだけ複雑だった。いや、別にあれは『おもてなし』じゃないし、油断した俺が悪いけどな。

(いかんいかん、ちゃんとお礼言わないと)

 ため息をついて気持ちを切り替えると、俺は携帯で返信コメントを打ち出した。

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