文化祭の灰かぶり君

 幾つか試作品を作り、洗い物なんかを考えて最終的にメニューは『シフォンケーキ・ガトーショコラ・ロールケーキ』にした。

 たこ焼き器ドーナツは断念したけど、試作品共々返しに行くと寮長には「えぇよー、これうまいなー」と笑顔で言われた。あぁ、委員長もだけど金持ちでも良い人っているんだなとしみじみ思う。

 ……もっとも、Sクラスの面々は安定のボイコットで。

 SHRの後、飛び出していったのを見送って、俺達五人は開店準備を始めた。


「すご……」


 それぞれ、メイド服と執事服に身を包んだ真白と奏水、そして一茶と藤郎を見て俺は思わず声を上げた。

 一日だけなんで、レンタルしたけど――黒いパフスリープのミニ丈ワンピとヒラヒラエプロンに、燕尾服みたいなジャケットとシャツとズボン。ど定番の格好なんだけど、真白と奏水は可愛いとしか言えないし、前髪を上げた一茶と藤郎は文句無しのイケメンだ。


「出灰も可愛いぞっ」

「……ありがと?」


 笑顔で真白に言われたのに、何て返して良いか解らなくて、とりあえずお礼を言ってみた。

 今日の俺はシャツの上に、何故か真白達と同じヒラヒラエプロンをつけている。

 お揃いが良いって、子供みたいだよな――まあ、食い物扱うのにエプロンはつけるから、別に良いけど。


「お待たせしました、お嬢様。ロールケーキと紅茶をお持ちしました」

「ガトーショコラと、珈琲ですね? かしこまりました、ご主人様」


 厨房と区切る為に立てた衝立の向こうから、一茶や奏水の声が聞こえる。

 途端に歓声やため息が聞こえるんで、好評なんだろう。まあ、逆だったら「あなたの目は節穴でございますか?」って思うけど。

「出灰。シフォンケーキとミルクティー」

「了解」


 材料を炊飯器に流し込んだところで、真白から注文が入った。

 まずは紅茶を、とカップをお湯で温めて、ティーバッグを用意する。それからお湯を捨て、ティーバックと新たにお湯を入れたところで、俺はカップに皿で蓋をした。

 蒸らしてる間に、牛乳をレンジで軽く温めて切り分けておいたケーキを皿に乗せる。

 そしてティーバッグを取り出し、牛乳を注ぐと俺はそれらをトレイに乗せた。


「はい、完成。頼んだぞ」

「おう! 任せとけっ」


 そう言って、意気揚々と運んでいく真白を見送ると俺はボールや泡立て器なんかの洗い物をまとめた。

 それから真白達に「留守にする」と伝える為にベルを鳴らし、俺は教室を後にした。



「申し訳ございません、お嬢様。こちらで少々、お待ち頂けますか?」


 教室の外では、藤郎が執事姿で女の子達に待機用の椅子を示していた。そんな藤郎に、女の子達が目を輝かせながら頷いている。うん、穏やかで控えめだけど藤郎も十分、カッコイイからな。

(よしっ!)

 心の中で気合いを入れて、俺は調理室へと向かう。

 今みたいに洗い物、あとは焼いて少し冷ましたケーキを冷蔵庫に運んだり、逆に冷やしたケーキを運んだりで――大体、十五分から二十分くらいごとに俺は教室と調理室を往復している。

 会長親衛隊のチワワ達からは「洗い物くらいなら、やってあげてもいいけど!」と言われたが、俺は気持ちだけを受け取った。今回は、俺が頑張らないとSクラスの連中が納得しないからだ。


「おい、止まれ」

「えっ……あ、すみませんでした」


 そんな俺に、不意に声がかけられる。

 何だ、と振り向くとそこには風紀委員長がいて――廊下を走っていたからかと謝ると、風紀委員長はつ、と眉を寄せた。あれ、違ったのか?


「口を開けろ」

「……はい?」


 そんな俺に、風紀委員長が不思議なことを言う。まあ、変なこともされないだろうと口を開けると、風紀委員長はポケットから取り出した何かを包みから出し、俺の口の中へと入れた。

 モグモグ、と口の中のものを咀嚼してゴクン、と飲み込む。


「大福、ですか?」

「ああ。どうせ忙(せわ)しなく動いていて、何も食べていないんだろう?」

「……はい」


 ちょっと驚いたけど、風紀委員長の言う通りなんで頷いた。まあ、これだけ行き来してたら目にもつくか。

 とは言え、刃金さんから聞いた話だと動き回ってるのは風紀委員長もだよな?


「ありがとうございます……あの、でも今の、風紀委員長様のお昼じゃ」

「……私は、戻ればまだあるから構わない。気にするな」


 俺の言葉に、今度は風紀委員長が驚いたように軽く目を見張る。

 それなら良かった。って言うか風紀委員長、大福持ち歩いてる上にまだあるとかって、意外と甘党なんだな。


「ありがとうございました」


 微笑ましい気持ちになりながら、俺はもう一度お礼を言って頭を下げた。

 そして俺は、風紀委員長に止められなかったんで走って調理室へと向かった。


「……風紀委員長様、か」


 だから俺は、そう風紀委員長が呟いていたことを知らない。



 大福のおかげか、そもそもケーキの焼ける甘い匂いでお腹一杯になったのか。

 空腹を感じることなく、俺はその後も教室と調理室の往復をくり返していた。そして何度目かに戻り、チリンとベルを鳴らすと一茶が何故だか笑顔でやって来た。


「出灰、ご指名だよ♪」

「…………は?」


 その言葉に、衝立からそっと顔を出し――生徒会の面々がいるのを見て、俺はこっそりとため息をついた。


「イラッシャイマセ。ご指名、アリガトウゴザイマス」

「棒読みかよ」


 渋々行くと、まず紅河さんがツッコミを入れてきた。

 その前には、三種のケーキが全部並んでる。って、相変わらずこの人よく食うな。


「この後、劇あるから来ちゃった♪」

「……あー、うん。お疲れさん」


 可愛く小首を傾げるかー君は、今回の俺への無茶ぶりを聞いた時に刃金さん並、いや、それ以上に殺気立った。

 最終的には許してくれたけど、条件つき(休みの時に二人で出かける)だったりする。

(まあ、良いけどな)


「「うわーっ、出灰、すごく甘い匂いがするーっ!」」

「……おいし、そ」


 そんな俺に空青と海青が声を上げ、緑野がボソリと呟いた。えっと、ケーキと同じ匂いだぞ?


「劇、頑張って下さいね」


 確か、生徒会で『眠りの森の美女』をやるんだよな、行けないけど。

 人目もあるし、何て言って良いか解らなくてそれくらいしか言えなかったけど――それぞれ嬉しそうに笑ってたんで、うん、言って良かった。



 紅河さん達へ一礼し、俺はまた厨房へ戻った。そしてベルを鳴らし、焼き上がったシフォンケーキを冷やす為に教室を出る。


「緑野様が眠り姫なんだよね!」

「紅河様が王子様なんて、似合いすぎっ」


 聞き覚えのある声に振り向くと、クラスメートのチワワ達が楽しそうに話しながら歩いて行くところだった。

(そっか、生徒会の劇観に行くんだ)

 そう思って、また歩き出そうとした俺に声がかけられる。


「……意地を張らなければ、君も行けたんじゃないですか?」


 顔を上げた先、何故だか不機嫌そうにそう言ったのは副会長で。機嫌の悪い理由を考えて、ポンッと俺は手を打った。


「すみません、真白を巻き込んでしまって」

「は?」

「あ、劇が始まったら客も減るでしょうから。真白、観に行かせますか?」

「え?」

「違いましたか? じゃあ、生徒会の皆様を探しに?」


 そう俺が聞いたら、副会長がキッと睨みつけてきた。これはもう、ただ単に俺が気に食わないってオチか?


「僕は、君に聞いているんです!」

「俺、ですか?」

「意地を通して頑張ったって、良いことなんて何もないじゃないですか!」

「ありましたよ……副会長様に、怒って貰えました」


 うん、腹黒副会長に(真白とかが絡まない状態で)怒って、って言うか心配して貰えるなんてレアだと思う。あとは、委員長とも仲良くなれたし。風紀委員長に、大福貰えたしな。


「ありがとうございます。だけど、何でもかんでも逃げるのも悔しいんで今回は頑張ってみます。失礼します」


 それから、呆れたのか反論してこない副会長に頭を下げて、俺は調理室へと走り出した。


「……全く。何を言っているんだか」


 だから、副会長がそう呟いてSクラスに向かったことを俺は知らない。


「ちょっと、見た!?」

「見た見た! 紫苑様の微笑みっ」


 それから、そんな副会長とすれ違ったチワワ達がそう盛り上がっていたことを。



 ……三時になり、文化祭終了を知らせる放送が流れる。


「終わったー!」

「お疲れっ」


 衝立の向こうから聞こえてきた真白達の声に、俺もホッと息をついた。教室の片づけこそあるが、とりあえず何とかやりきれたぞ。


「よう」

「「先生?」」

「橙司!」

「ホスト!」

「……柏原、お前な」


 と、聞こえてきた声に俺は何だ、と顔を出した。

 そしてホストこと橙司先生と、その手に持っているコンビニ袋とのミスマッチに首を傾げた。


「お疲れさん、差し入れだ」


 これくらいは良いだろ、と言って橙司先生は俺にコンビニ袋を渡す。

 うん、確かに口出しを控えてくれて助かった。先生が介入してたら、また面倒なことになってただろうからな。

(本当、見かけによらず空気を読んでくれる人だよな)

 だから、俺は「ありがとうございます」とお礼を言って、コンビニ袋の中を見た。

 ……そしてそこにあったおにぎりを見た瞬間、グウ、と俺の腹が鳴り。


「食べていい、ですか?」

「お、おう!」


 橙司先生に尋ねると、腹の音に驚いたのか軽く目を見張りつつも、頷いてくれた。

 立っているのも何なんで、俺は床に座り「いただきます」と言って、おにぎりを口に入れた――美味い、そして鮭ハラミだ。


「出灰……腹、減ってたんだな」

「ん、みたいだな」


 真白に聞かれて、俺は他人事みたいに答えた。

 本当に、さっきまでは別に何かを食べたいなんて思ってなかった。自覚してなかったけど、結構、いっぱいいっぱいだったのかな、俺。


「オ、オレの分も食うか?」

「いいよ。もう一個あるし、お前も食ってないだろ……って、おい?」


 メイドの格好のまま、床に座ろうとした真白に俺は慌てた。

 それから、俺が立ったのに合わせて立ち上がる真白を見て思う。

(そっか、これも……一緒に並んで食うのも『お揃い』か)

 女子か、と思ったけどまあ、真白には似合うし可愛いから良いか。そう結論づけた俺に、一茶達が声をかけてくる。


「出灰、ここで食べようよ」

「今回は、一茶に賛成。もう、ご主人様やお嬢様も来ないしね」

「そうだね」


 さっきまで、客がケーキを食べてお茶をしていたテーブルと椅子を示されたのに、俺は無言で頷いた。

 それから、橙司先生が俺の肩をポンッて叩いて教室を出て行った後――俺は、皆と一緒に差し入れのおにぎりを食べて、ペットボトルのお茶を飲んだ。

 走り回ってたせいで、だるくなった足を伸ばしながら――終わったんだな、って俺は心の中で呟いた。

(これも『良いこと』ですよ、副会長)

 ……文化祭を回って、楽しむことは出来なかったけど。

 こいつらと一緒に、何とかケーキ屋をやりきれたから十分だ――小説にするには、ちょっと地味かもしれないけどな。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る