自己紹介、自己紹介、自己紹介
「……あのっ」
岡田さんのおかげで、俺は王道君に何とか下駄箱で追いつくことが出来た。
さっきの会話で名前は聞こえていたが、何て呼んでいいのか解らなくてとりあえず声をかけるだけにする。すると、振り向いた王道君がボサボサ頭を不思議そうに傾げた。
「あ、俺、お前と同じ、転校生」
「へぇ、お前が! オレ、北見真白。お前は?」
「谷出灰」
「そっか! なぁ、真白って呼んでくれよ。お前のことも、出灰って呼んでいーか?」
「やだ」
良かった、アンチじゃない(名前呼びを強要されなかったから)みたいだ。作者として、主人公には(たとえ男でも)可愛くあって欲しい。
一安心したところで、俺は名前呼びを拒否した。そして断られて固まる王道君に、俺はある質問をぶつけてみた。
「下の名前、変わってるから恥ずかしいんだ。だから、あだなで呼んでくれないか? イズとかいっくんとか」
「えっ……」
下の名前呼びにこだわるが、親しさの象徴ならあだなの方が上じゃないだろうか? 現に、王道学園物のチャラ男とか双子とかはあだな呼びだし。
そう思って王道君を見ると、耳まで真っ赤になっていて驚いた。そんな俺の前で、王道君が口元を手で覆って言ってくる。
「……悪い。ちょっと、いきなりは無理」
「そうか。じゃあ、谷で……お前のことは、真白って呼ぶな」
「おう、よろしくな、谷!」
俺が下の名前で呼ぶと、王道君――真白は嬉しそうに俺の手を握り、上下に振った。
(……人懐っこく見えるけど、照れ屋? ってか、友達つき合いに慣れてない?)
疑問に俺なりの答えが見つかったところで、俺の名前呼びイベントは終了した。
下駄箱で、真白に追いついて良かった。俺がそう思ったのは、同じ地図の載ったパンフレットを手にした状態で、真白が反対方向に進もうとした時だった。
「よく校舎まで迷わなかったな」
「だ、だって、デカイの見えたしっ」
「そうか」
目印がないとアウトな方向音痴か。流石、愛されキャラ。
赤面する真白の力説を流しつつ、俺は理事長室へ――正確には、理事長室のある階に昇る為の、エレベーターへと向かった。
地図によると、職員室と各学年の教室が三階まで(ここまでは階段使用)そこから上、四階は風紀委員と生徒会の、五階は理事長のエリアだそうだ。
四階以上は普段、一般生徒には解放されてないけど、今回は転校初日なんで届いてたカードをかざして、エレベーターを使うことが出来た。
(さて、最上階のラスボスに会いに行くか)
ゲームみたいだけど、あながち間違っていないだろう。もっともラスボス、もとい理事長はすでに、甥の真白に落とされてるけどな。
(心配で、わざわざオトモダチ用意するくらいだし)
あ、断っておくけど嫌味じゃない。むしろ、手間隙(てまひま)かける愛情には素直に感心する。
そこまで考えて、俺は真白が高級車らしきものに乗ってきたことを思い出した。理事長が用意した? それとも、真白の家も金持ちなのか?
「真白って金持ちなのか?」
「えっ!? いや、フツーフツー! ってか、谷だって……」
「俺、特待生」
疑問に思って尋ねたが、何となくうやむやになった。それより『特待生』と言った瞬間、瓶底眼鏡で見えない筈の真白の目が輝き、全身からキラキラオーラが放たれて驚いた。
「オレ……オレも、特待生なんだ! うわ、スゲェ嬉しいっ」
そう言って、また俺の手を握って上下に振る。面倒なのでされるがままになりながら、俺は真白とエレベーターに乗った。
……真白は『普通』と『友達』にこだわってる。だから、どっちにも当てはまる俺に構うんだろう。
(特待生ってことは、クラスも多分同じだよな)
観察するには好都合だけど、面倒に巻き込まれるかもしれない。一瞬、そう思ったけど俺はすぐにその考えを打ち消した。
(まっ、もう巻き込まれてるからな)
王道学園物を読む限り、巻き込まれるともれなく親衛隊――イケメン達のファンクラブから、呼び出される。警告で済めばいいけど、制裁って名の私刑もあるらしい。
真白と違って、俺は運動神経も普通だし喧嘩もしたことがない。小説が書けなくならないよう、手の怪我だけは気をつけよう。
ささやかな決意を抱くと俺はエレベーターを降り、門同様に豪華な理事長室のドアをノックした。
「失礼します。転校生の北見と谷です」
「どうぞ」
そして促す声を受け、中に入ろうとしたら――いきなり抱き着かれて、ちょっと驚いた。
「伯父さん! 何、やってんだよ!?」
「真白? あぁ、谷君すまないね。間違えてしまったよ」
「……いえ」
「解ったんなら、離れろ……ってば!」
すっぽり腕に収まった俺の代わりに、真白が理事長を押し退けてくれた。まあ、俺としては理事長と王道君のハグを体感出来たんで、申し訳なく(主に理事長に)は思うけど、別に怒ってはいない。
……と、真白が不意に硬直する。
(そっか。真白は俺が、理事長の紹介で来たって知らないのか)
そんな俺の前での『伯父さん』発言等に、今更ながらに焦ってるんだろう。社会を生き抜けるかどうかはともかく、主人公キャラとして正直者はありだと思う。
「……伯父さんって真白、もしかして理事長と親戚なのか?」
「ふぇっ? う、うん、隠しててゴメンな、谷!」
だから俺は、わざとらしく質問してこの場を収めた。あまりにも簡単に騙されるのに、ちょっと真白の将来が心配になった。
それにしても理事長、白々しいのは自覚してるんで、笑いを堪えるのはやめて下さい――岡田さんもだったけどこの学校、笑い上戸が多いな、オイ。
「改めて、白月学園へようこそ。私が、理事長の海道白馬(かいどうはくま)だ」
俺達が来客用のソファに座り、美人の秘書さん(男)が紅茶を出してくれたところで理事長の話は始まった。
「ここは幼稚園から大学までの、エスカレーター校だ。受け入れていない訳ではないが、君達のような外部生はほぼいない」
だろうな、って理事長の説明を聞きながら思う。ここは学費等がバカ高いから、特待生制度を使わないと一般人にはまず通えない。
そして特待生は、学年三位以内をキープしなくちゃいけない――無料(タダ)って、やっぱり大変だよな。
「だからこうして、外部生とは話し合いの場を設けている……狼の群れの中に、いきなり子羊を放り込むのも不憫だからね?」
おお、このタイミングか。確かに、これからの話は学校案内のパンフレットには書けないよな。
内心、感心した俺の横で真白が不思議そうにボサボサ頭を傾げる。
そんな甥っ子の様子を知ってか知らずか、理事長はおもむろに話を切り出した。
「男ばかりの閉鎖した空間のせいか、我が校では同性愛に走る生徒が多い。ゲイとバイで九割、ノーマルは一割だね」
「なっ……何だよ、それ!?」
驚いて立ち上がる真白の横で、俺は紅茶を飲んだ――美味い、出来るな秘書さん。
「って、何で驚かないんだよ、谷!」
そんな俺に真白が、ある意味当然なツッコミを入れてきた。とは言え、俺には俺の言い分がある。
「真白にも、好きなタイプとかあるだろ? 年とか見た目とか性格とか」
「お? おう」
「それと同じだ。いくら男好きでも、男なら誰でも無差別って訳じゃないだろ」
……まあ、美少年と思われる真白はその限りじゃないかもだけど。王道転校生には、ダイ○ン並の吸引力があるからな。
「そっか……そうだよな! 無闇に疑っちゃ、逆に失礼だよなっ」
後半、声に出さなかったせいもあり、真白は素直に反省の言葉を口にした。
それに「そうそう」と頷くと、理事長だけじゃなく秘書さんまで俯き、肩を震わせていた。
今の話が濃かったせいか、その後の説明は比較的穏やかだった。
個人的にはSクラス(家柄と容姿がスペシャル級な生徒の入るクラス)に、何で特待生が入るのかとは思ったけど――まあ、ある意味異分子だし。不良の王国Fクラスに入らないだけマシだろう。
ちょっと驚いたのは、今回限りだと思ったカード(理事長室他特殊エリアも入室OK)がそのまま貰えることだった。そんな俺に、理事長が説明してくれる。
「外部生に対する、せめてものフォローだよ。何かあったら、いつでも言いに来なさい」
ワイルドな岡田さんとはまた違う――同じ二十代後半くらいだけど穏やかで優しそうな、貴公子って感じの理事長。そして中性的な、天使みたいな美人の秘書さん。
「ありがとうございます」
俺としては、キャラ立ちした二人を見られただけで十分だったけど、気持ちはありがたく受け取ることにした。
こうして、理事長イベントはつつがなく終了した――と思ってたら、チャイムが鳴った。
「ちょうど良いな、君達の担任を紹介しよう……田辺先生、すぐに理事長室まで」
そう言った理事長の台詞後半が、校内放送で流れる。どうやら明日、登校してからと思っていた担任イベントが始まるらしい。
(まあ、確かに解らないと困る……って、王道通りなら解らなくはないと思うけど)
だって、王道担任って――そこまで考えたところで、理事長室のドアがノックされた。
「田辺です」
「ああ、入りたまえ」
そして入ってきた担任を見て、俺はさっき真白を見た時同様、思わず遠い目になった。
イケメンはイケメンなんだけど、茶髪はキッチリ前髪盛られてるし、シャツワインレッドでノーネクタイだし、スーツの前開いてるし――うん、どう見てもホストだ。ホスト以外の何者でもない。
「転入生を紹介するよ、明日からよろしく頼む」
「田辺橙司(たなべとうじ)だ」
「オレ、北見真白。よろしく頼……みますっ」
「谷です」
真白の敬語は、予想通りぎこちなかった。あれ、絶対「頼む」って言おうとしたよな。ごまかそうとして、何かいかつくなったけど。
「……真白。無理に敬語、使わなくていいぞ」
「ありがとな、田辺先生!」
「ああ、あと『お前は』俺のこと、橙司って呼んでいいからな」
心の中でツッコミを入れてると、いつの間にかミラクルが起こっていた。アレかな、変態の時もだけど真白は美形相手でも自然体ってのが、モテ要素なのかな?
(って言うか先生、ドヤ顔されても別に羨ましくないから)
わざわざ『お前は』って強調する辺り、大人気ないって言うか、子供っぽいなぁって思うけど。俺の態度も悪かった(苗字しか名乗ってない)からお互い様だな。
そんな訳で結局、俺は担任に下の名前を名乗らないまま、このイベントを終了した。
さて、次は寮長イベントだが。
本音を言うと、入室カード(寮の鍵も兼用)があるんで、避けられるのなら避けたい。寮長が可愛い子(男)を連れ込んでいちゃついてるとか、本気で見たくない。
(だけど、部屋割があるからな)
流石に、何も知らない転入生同士で同じ部屋にはならないだろう。白月学園の寮は、生徒会と風紀委員、そして寮長以外は二人部屋らしいんで、どうしても入れ替えが必要だ。
「うわ、こっちもデカいな!」
「……ホテルだな」
門や学校同様、いかにも高級な建物に俺達はそれぞれ感想を口にした。うん、まあ、ここまではいいよ。想定内だから。
(転入生来るって知ってるよな、頼むから自重しててくれよ、本っ当頼むから生徒連れ込んで妙なことしてんなよ)
大切なことなんで二回(声に出さずに)言って、俺達は入口近くの寮長室へと向かった。
そして、その部屋のドアをノックしたが――俺の祈りは通じなかったらしく、誰も出てはくれなかった。
(チッ、もげろ)
何が、かは省略で。考えるだけでもウンザリするからな。
「おーい、誰かいないのかー?」
そんな俺の苛立ちを知ってか知らずか、真白がおもむろにノックをした。しかも思いっきり、ガンガン連打で。いいぞ、もっとやれ。
「すまんな、取り込んでたわ」
……そう言って、部屋から出て来た男は上半身裸だった。
そこまでは王道通りだったが、明るい色の髪は濡れていて。
その腕には、同じく濡れた三毛猫と黒猫が抱かれていた――うん、確かに可愛いけど。
(をいをい、新しいな)
取り合えず、さっきの舌打ちと呪いは反省しておこう、うん。
どうやら、猫達の入浴タイムだったらしい。しかも更にもう一匹、ぶち模様の猫も出てきて、寮長らしき人物の足にくっついた。
「……猫? 飼ってんの……ですか?」
「俺だけやなく、野良を寮全体で面倒見てる感じや……って自分、敬語ヘッタやな! 無理せんでえぇよ」
俺とは違い、声に出して尋ねる真白に笑って答える。一瞬、ミラクル再びかと思ったけど、笑顔に変化がないんで断定出来ない。
(変態みたいに、作ってる感じはないけど……実は腐男子? 年上だけど爽やか君? それとも、オカンキャラ?)
王道学園物に出てくるキャラに当てはめていると、首の後ろで束ねた髪同様、明るい茶色の目が俺へと向けられた。
「自分ら、二年の転入生やな。俺は三年で、寮長の仁和浅葱(にわあさぎ)や。よろしゅう頼む」
「おう! オレは北見真白だっ」
「谷です」
「北見に谷な、うん、よろしゅう」
転校するのって初めてだけど、自己紹介の嵐だな。明日、クラスで自己紹介したら落ち着いてくれるかな。
……何て思いつつ、相変わらず苗字しか名乗らない俺だったけど。
寮長は、ニコニコ笑いながらそう返してくれた――担任より大人だよ。オカン、いや、いっそ女将(おかみ)だな。
「あ、同じ部屋になる奴ら呼ぶから、ちぃと待ってぇな」
そう言うと、寮長はおもむろに電話の子機を手にした。それから、繋がったらしい相手と寮長室へ来るよう話してる。
(ホテルのフロント状態だな)
確かに、これだけ大きな寮だと必要なシステムだろう。そう納得して真白としばし待ってると、待ち人らしい二人がやって来た。
「お前らと同じ二年S組の、杜(もり)と柏原(かしわばら)や」
一人はふわふわの髪と大きな目の、女の子(しかも美少女)にしか見えない男で。もう一人は髪サラサラで、甘めの容姿の爽やか君……。
「キタコレ! 王道転校生だけでもメシウマなのに、平凡まで! しかも寮長、半裸待機! あ~、もう俺、萌え死ぬ…いや、でも生徒会との絡みを見るまではっ」
「一茶(いっさ)!」
キラキラと目を輝かせて興奮する爽やか君を、可愛いのが叱り付けた――そうか、いるとは思ってたけどお前が腐男子か。
王道学園物を読んでいて、思ったことがある。
男同士の恋愛は見る専門って豪語する腐男子だけど、下地があるからか男と恋に落ちる可能性が高いんだ。
(ただ、攻めじゃなく受けになる可能性もあるんだよな)
そして爽やか君は爽やか君で、少々、影が薄い――いや、これは可哀想か。周りがあまりにも濃すぎるんだ。
相手がダイ○ン真白だから、無駄な努力かもしれないけど。
(腐男子と爽やか君は、話がとっちらからないようパセリ(彩り)要員にって思ってたんだよな)
うん、と心の中で頷いた俺の前で二人が自己紹介する。
「杜奏水(かなみ)です、よろしくね」
「柏原一茶、ようこそ王道学園へ……っ痛っ!」
「煩いけど、悪い奴ではないから安心してね」
両手を広げた腐男子の後頭部を、可愛いのが笑顔のまま殴った。うん、ナイスボケツッコミ。
「……二兎を追う者は、一兎をも得ず」
「っ!?」
ボソリ、と俺が呟いたのに腐男子が反応した。俺の肩を掴み、真白達から離して尋ねてくる。
「何、君、もしかしてお仲間?」
「いや。ただ、王道転校生総受けが見たいだけだ」
「えっ? 腐ってないのに?」
「知り合いが、推してるんだ」
嘘じゃない。桃香さんが(新作として)推してるからな。
「そっかぁ……王道君、アンチじゃない?」
「あぁ、ちゃんと苗字で呼んでくれてる」
「本当に君、腐ってないの? まぁ、でもそれなら良いかな」
そう言うと腐男子は寮長へと目をやり、笑顔で手を挙げた。
「俺、この転校生と同室になりますっ」
「そうか? 谷は良いんか?」
「はい」
「一茶、転校生に迷惑かけちゃ駄目だよ……よろしくね、真白」
「オレこそ、よろしくな奏水っ」
穏便に話がついただけじゃなく、いつのまにか可愛いのと真白が仲良くなっていた。それを見て、腐男子が「姫カップル!」と喜んでいる。そんな面々を見ながら、俺は思った。
……物語世界ならともかく、俺には魔法使いみたいに何でも出来る訳じゃない。
だけど、魔法が使えないシンデレラが継母や姉達の為、ドレスを作って舞踏会に送り出したみたいに――俺も、頑張ってやるよ。
(ただし、俺は舞踏会へは行かないけどな?)
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