ハロウィンコスチューム

 ここ数年で、日本でも幼稚園や街のイベントでハロウィンが開催されるようになった。

 白月学園でも、生徒からハロウィンをやりたいと要望があったらしい。らしい、と言うのは三年になった出灰は生徒会を引退し、晴れてひらの身に戻ったからである。


「決定すると良いなぁ……ハロウィンとくれば、仮装! 文化祭もあるけど、皆が仮装するとか萌えるよね♪」

「……そうか? 結局は、海外版のお盆だろう?」

「それはそうだけど! 魔除けって大義名分があるんだから、堂々とコスプレ出来るっ」


 そう言ってドヤ顔をする一茶に、出灰は「いや、ここの生徒にその辺の抵抗はないだろ?と心の中で突っ込みを入れた。

 更にイベント大好きでもあるので、決まりそうだと朱春と黒士からは聞いている。まあ、近々正式に発表されるだろうから今、ネタ晴らしをするつもりはないが。


「コスプレ……」

「あ、興味ある? 定番は吸血鬼とか狼男、あと可愛い受けは魔女っ子とか」

「この前、ゴジ○のマスクをネットで見た」

「そっち!?」


 顔も隠れるし、強そうなので大抵の魔物には勝てる気がする。そう思って言うと、一茶が芝居がかった仕種で両手を広げる。


「コスプレの目的は、いつもとは違う一面を彼氏に披露することだから! だから顔は隠さないで、格好良かったり可愛いのにするのっ」

「さて、夕飯作るか」

「スルー!?」


 一茶の力説を流しつつ、エプロンをつけて台所に向かう。けれど、そこでふと出灰は考えた。


(……刃金さんも、そういうのって興味あるのかな?)



 食事の後、個人スペースで出灰は考えた。

 出灰にとって、彼氏と言えば刃金だ。既に高校は卒業しているので、学校のイベントでの仮装は披露出来ないが。


(街でとか、他の相手に見せるつもりはないけど……当日は平日だから無理だけど、その前の土曜か日曜とか?)


 ただ、そうなると披露する場も必要になる――そこまで考えて、ふと出灰はあることを思いついた。


(これを口実に、刃金さんの家に行くのはどうだろう)


 出灰の誕生日に向けて気合を入れた結果、刃金から距離を取られたことがある。誤解は解けたが、今までは外で会うだけでお互いの家に行くことはなかった。


(あー……だけど、コスプレの為に押しかけるって言うのも何かな?)


 それにまず、刃金自体がコスプレに興味がないかもしれない。あと、一人暮らしと聞いているので付き合っていても、いきなりお邪魔しては迷惑か。

 ふむ、と考えて出灰は携帯電話(未だにガラケー)を手に取った。


『刃金さん、こんばんは。今月末、ハロウィンですね。一茶から、彼氏に仮装を披露すると聞いたんですが、刃金さん、こういうイベントって興味ありますか?』


 そしてメールを打ち、送信をするとすぐに返信が来た。


『ある。見たい』


 短く、しかしだからこそ気合いを感じさせるメールに、出灰は目を丸くした。そうしているうちに、続けてまた刃金からメールが来た。


『他の奴に見せたくない。前々日の土曜日、会えるか?』

『はい』

『俺ん家来い。猫耳見たい。楽しみにしてる』

『はい』


 とんとん拍子に決まったことに驚きつつも、迷惑ではなかったらしいことと、コスプレとしてハードルが低いリクエストに出灰はホッとした。



 あの後、落ち着いたらしい(だが、コスプレは却下されなかった)刃金から、猫耳と言った理由を聞いた。

 何でも去年、選挙の時に空青と海青がポスターで猫耳をつけていたが、あれを見て「出灰の方が猫っぽい」と思っていたらしい。

 それを聞いて、ポスターの没案で犬耳をつけられていたなと思ったが、言ったらますますややこしくなる気がして内緒にすることにした。


(うん、薮蛇になったら困るし)


 一つ頷いて、出灰はパソコンから『猫耳』と検索してみる。まだ日にちはあるが、店に買いに行くのも何なので通販をしようかと思ったのだ。

 けれど、猫耳カチューシャを何点か眺めて出灰はふと引っかかった。


「……買っても、一回きりだよな」


 値段の問題ではなく、ハロウィンは年に一度だ。一回、刃金に見せた後はタンスの肥やしになると思うと、買うのに躊躇する。プレゼントと思えば良いのかもしれないが、それだと今度は安すぎる気がする。

 今回のリクエストである猫耳という条件をクリアし、更に普段使うことの出来るもの。

 猫耳では、日常使いは難しいかもしれない。だが、何か良い方法はないかとしばらくネットサーフィンをして、出灰はある物を見つけた。


「ちょっと、可愛すぎる気はするけど……まあ、個人スペースで着る分にはギリギリ……かな?」


 そして自分に言い聞かせるように呟くと、出灰はその商品をカートへと入れたのである。



 そんな訳で通販をしたり、腐男子レーダーで何かを察したのか、一茶が出灰のコスプレを見たがったりしているうちに当日を迎えた。

 ちなみに、コスプレについては「刃金さんにだけ見せる」と言うと「ごちそうさまですっ」と拝まれてしまった。のろけたことに気づくが、披露するのは免れたので良しとする。

 そして迎えに来た刃金のバイクに乗り、到着した家はと言うと。


(立派なのは、勿論だけど……何か、広い)


 あと家具の感じなど、どうも刃金の趣味だけとは思えないのだ。もしかして、一人暮らしだと思っていたが、家族――母親と、暮らしているのだろうか?


「お邪魔します」

「おう」

「……あの、刃金さん」


 とは言え、挨拶をしながら視線を巡らせても他の人間の気配はしない。名前を読んで、けれどどう聞いていいのか解らなくて、しばし悩んでいると刃金が出灰の様子に気づいて答えてくれた。


「今は一人だ。昔は母親もいたけど、今は彼氏と暮らしてるからな」

「そうなんですか」

「出灰に、会いたがってたぞ……あぁ、心配するな。息子をヤクザにしないでくれたって、感謝してるから」

「……恐縮です」


 刃金の言葉に何と答えるべきか、あるいはどこから突っ込んで良いのか解らなくなるが――とりあえず、男同士であることを反対されないだけで良しとしよう。まあ、実際に会ったらまた話は変わるかもしれないが。


「……で、どうする? そっちの部屋で、着替えてくるか?」

「あぁ……いえ、大丈夫です」


 当初の目的に話が戻ったのに、別の意味で緊張する。ただ、色気はないかもしれないが脱ぎ着するものではないし、初めてお邪魔した家であちこち入るのも気が引けるので、出灰はそう断ってリュックを肩から降ろした。

 そしてカーペットに腰を下ろし、リュックからあるものを取り出すと――着ていたトレーナーの上から丈の長い、ダボッとしたそれを羽織ってファスナーを上げた。


「猫耳のパーカーです。あ、尻尾もあるんですよ……刃金さん?」


 そして猫耳のついた黒いフードを被り、後ろについている尻尾の飾りを手に取って、立ったままの刃金を見上げようとした。

 ……もっとも、すぐに飛びつくように刃金に抱き着かれてしまったけれど。


「ハロウィン万歳」

「……万歳?」

「クリスマスも期待してる」

「え? もしかして、またコスプレってことですか?」


 抱きしめられた腕の中で、出灰は顔を上げた。そんな相手の額に自分の額を当てて、刃金が口を開く。


「あぁ、可愛いからな」

「……引かれないのはありがたいですけど、そこまで言う程じゃ」

「今の格好も可愛いし、おれに……彼氏にこうして披露するって行動自体が、可愛いじゃねぇか。あ、クリスマスはおれが用意するか?」

「いえ、俺が準備します」


 尋ねると即座に、むしろ被るくらいの勢いでキッパリと出灰は言い切った。

 ……猫耳フードを被った、出灰の顔は赤くなっていない。彼を知らない者が見たら、無表情にすら見えるくらい動じていない。

 だが刃金が言った通り、小柄な彼がダボダボの猫耳パーカーを着ているのがまず可愛いし――出灰は、その行動も健気で可愛い。そして出会った頃はすぐ離れようとしたが、今はこうして刃金の腕の中に収まっているのも可愛い。つまり、何もかもが可愛い。


(こいつが選ぶんなら、ミニスカサンタにはならないだろうが……ズボンを脱がせれば、一緒だよな)


 そんな下心が顔に出たり、触れ合った額から伝わらないように気をつける刃金を、しばしジッと見返した後。


(何か、コスプレにハマったみたいだな。こんな平凡に、何て残念な……とは言え、刃金さんの新しい扉を開いた責任は取らないと。まあ、エロくない範囲で)


 相変わらずの真顔ながらも、出灰が妙な決意を固めていたことを刃金は知らない。

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