指輪狂想曲3

「そうだったんですね……」

「……出灰」

「あ、プレゼントについては解りましたが、手を出さないってことについては怒ってます」

「何?」


 だから、出灰のあいづちに一度は安心したが――いつもの淡々とした口調で「怒ってます」と言われたのに、思わず固まってしまう。


「……だから俺も、勝手にしますから」


 そんなおれの胸倉を掴んだかと思うと、出灰は自分も背伸びしておれに近づいてきた。

 ……そして、驚いて目を閉じることの出来なかったおれを、ジッと見上げながら。

 出灰は、おれの唇にその唇を押し当てて――あまりのことに固まるおれから離れ、視線の先で口を開いた。


「何も言わずに二月までとか、本当に勝手ですよ。記念日にこだわるんなら、今日をファーストキスの日にして下さい」

「ファーストって……初めて?」

「気にするところ、そこですか?」


 いや、そうじゃないかとは思っていたが――改めて本人の口から聞くと、インパクト絶大だ。


(初めて、初めて、初めて……おれが、初めて)


 どうしよう、嬉し過ぎる。

 その場にしゃがみ込み、膝を抱えながらしみじみと喜びを噛み締める。

 そんなおれの前で、同じようにしゃがみ込むと――出灰はおれの顔を覗き込み、目線を合わせてきて言った。


「初めてで良いんですよ。好きな相手と、出来たんですから」

「……出灰」


 おれの初めては、出灰じゃない。

 そう思ったのが顔に出たのか、いつもおれがするように、出灰がおれの頭を撫でてきた。


「気にしないで下さい。世の中、初めて同士も需要がありますが、攻めには豊かな経験が求められますから」

「……お前は?」

「はい?」

「出灰も、経験豊富な方が良いのか?」


 フォローのつもりらしい言葉に、ふと引っかかって尋ねる。すると、しばし無表情で考えたかと思うと、出灰はキッパリと答えた。


「と言うより、刃金さんが良いです」

「……っ!」


 何も言えなくなったおれは、衝動のままに出灰を抱き締めた。しばしそのままでいたが、やがて腕の中の出灰が口を開く。


「あ、でも、これ以上は卒業してからで」


 驚きのあまり、抱き着いた時同様の勢いで体を離し、相手を凝視してしまった。そんなおれを見返して、出灰が言葉を続ける。


「確かに、十八歳で結婚は出来ますけど……十八禁の定義を考えると、学生のうちはちょっと」

「………………解った」


 とりあえず、怒っていたり嫌われたりした訳ではないようなので(少し間は空いてしまったが)頷いた。そんなおれの耳に、ポツリと出灰の呟きが届く。


「すみません。でも、俺も我慢しますから」


 ……再び、無言で抱き締める腕に力を込めたおれの背中を、しばらくすると出灰がペシペシと叩き出した。



 そんなやり取りがあったり、おれの誕生日の時に『おれから』出灰にキスしたり。出灰が専門学校に合格したりして、おれ達は今日のこの日を迎えた。

 プラチナの、シンプルなデザインの指輪。

 シンプルなストレートのラインの上下に、ミル打ち(細かい地金の粒を連続して打刻する装飾技法)が施されている。何でも、お互いを照らす太陽をイメージしているそうだ。


「だから、ヘリオスって名前らしい」

「……双子の太陽神、ですか」


 店で聞いた名前の由来を、さらりと出灰が答える。と、その目が指輪とおれへと交互に向けられた。


「……刃金さんに、つけて貰っていいですか?」

「勿論」


 そう言って、渡した箱を差し出してくる出灰におれは即座に頷いた。若干、食い気味だったかもしれない。

 そして誰もいない埠頭で、手袋を外した左手の薬指に指輪をはめると――これからを誓う為、おれはその指輪へと口付けた。

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