水の都の水龍神、その4―水龍族が崇める神―
リゲリオンの召喚獣が、水龍神の間を水浸しにする。その水は、リタ達を飲み込もうとしているかのように、彼女達を追い詰めていく。
「もう、何なのよ、この化物は! まるで、体が溶けてるみたいじゃないの!」
「まあまあ、落ち着けよ。戦うのは、君一人じゃないんだからさ」
リタは、ナンシーを宥めるように言った。とうとう彼女達は、噴水状の彫刻の近くまで追い詰められてしまった。ナンシーが言った通り、水属性の召喚獣はまるで体が溶けているかのように、三人を水に浸し始める。
「ヒャッカンタフ!」
「アックス・ブーメラン!」
リタは、爪で敵を引っ掻くように右腕を振り、攻撃した。ナンシーは、炎を纏った斧を敵に向かって投げた。一方でヨゼフは、怯んでいるせいか、槍を持つ手が震えている。それを気にして、リタが訪ねた。
「どうした、ヨゼフ。君も、何か魔法を繰り出すんだ」
「わかってるよ。だけど……」
「ここは、君の故郷にある神殿だ。守らなくてどうする?」
リタの言葉を聞き、ヨゼフははっとした。
(リタの言う通りだ。ここは僕の故郷、水の都にある水龍神の神殿だ。僕が、この神殿を守るんだ。そして、リタやナンシーも)
(僕は家族を全員、キア領主に殺されてる。これ以上、大切な魔族を失いたくない!)
(偉大なる水龍神アークレイよ。どうかこの僕、水龍族のヨゼフに力をお貸し下さい! 大切な魔族達を守るための力を、お貸し下さい!)
ヨゼフが願っている間にも、召喚獣が放つ水の魔力は、徐々にリタやナンシーを飲み込んでいく。そして遂には、ヨゼフをも飲み込んでいき、息をするのも限界になってきた。
(駄目だ。天井の近くにまで、水が来てる。おまけに、目眩までしてきた。私達は、ここで死んでしまうのか……)
リタ達は、必死にもがいている一方で、半ば諦めかけていた。二人の仕種を見て、ヨゼフは諦めないで頑張ってくれと言いたげに、彼女達の方へ泳ぐ。
その時だった。――
突然、ヨゼフの体が青色の光に包まれる。これは、リタが実際に砂龍城で経験した現象と同じものである。リタは少しだけしか目が開かなかったが、ヨゼフの体の変化だけは、しっかりと捉えることができた。
(え? ヨゼフが青い光に包まれてる? もしかして、私が経験したあの現象で、彼も元の姿に戻ろうとしてるのか?)
リタは思った。やがて光は消え、ヨゼフは息継ぎもせず、リタとナンシーを両脇に抱え、そのまま召喚獣に向かって突進した。彼の攻撃に驚いたのか、召喚獣は魔力を弱める。そのおかげで、リタ達は神殿内で起こった大洪水から脱出することができた。
ふと、リタはヨゼフの顔が、元の龍魔族らしい顔に戻っていることに気づく。
「ヨゼフ、顔が元に戻ってる」
「え?」
ヨゼフは慌ててリタの手鏡を借り、自分の顔を見た。その手鏡に映っていたのは、水色の角や少しだけはねている赤紫色の鬣、真っ青な全身に薄紫色の双眸が揃った姿だった。急に自分の姿が元に戻っていたので、ヨゼフは驚いた。
「どうして、僕の姿が?」
ヨゼフは、首を傾げて言った。
(ヨゼフが……彼が二人目の龍戦士?)
リタは半信半疑だった。が、ヨゼフが手にしている武器は、魔道族の職人が創った槍ではないのは確かである。彼が手にしている槍は、先程私が七メートル下から眺めていた物だ、とリタは感じた。
ヨゼフは自分の姿を確認した後、もう一度水系魔道師と召喚獣の方を向く。
「水系魔道師リゲリオン。今、僕は猛烈に怒ってる。お前はこの神殿を荒らし、僕の親しい友二人を――そして僕自身を、何の理由もなしに襲った。そんなお前を、僕は許さない!」
ヨゼフは、水系魔道師に怒りをぶつけるかのように、槍先を召喚獣に向ける。そして、彼は高く飛び上がり、空中で一回転し、召喚獣を裂いた。その時、既にリゲリオンは、三人の前から去っていた。
(リゲリオン。仲間を置いて逃げていくなんて、相当な意気地なしだな)
ヨゼフは思った。少しふらふらしながら、リタ達が彼の近くに来る。
「助けてくれてありがとう、ヨゼフ。君には、借りができたね」
四枚の翼を上下に動かしながら、リタは礼を言った。ナンシーも似たようなことを言い、「この借りは、必ず返すからね」と付け加える。三人は微笑んだ。
その時、ヨゼフが右手に持っている槍が、青く光った。やがてその光は大きくなり、ヨゼフと同じく体が青い龍の姿に変わる。ヨゼフは、その光の正体が《水龍神アークレイ》であることに気づく。
「あ、あんたは、水龍神アークレイか?」
ヨゼフは、確認するように言った。水龍神は、頷く。
『ああ、そうさ。ヨゼフ、俺はずっと君を見守ってたよ』
「え? それはどういう……」
『君が伝説の冒険家ラルフの長男として生まれ、過酷な奴隷生活を経てどのように成長してきたかを、十三年間見守ってきたということだよ』
「そしてそのうえで、僕が水龍戦士にふさわしいかどうかを確かめるために、試練を与えたのか?」
『そうさ』
水龍神は頷いた。それは彼にとって、ヨゼフが新たな水龍戦士にふさわしいと判断しているようでもある。
『ヨゼフ、君にガルドラを守るための力を与える。俺が千五百年前に、闇龍を封印した時に使った槍だ。俺はこれからも、君を見守っていく』
「ありがとう、水龍神」
ヨゼフは、水龍神から槍を授かった。同時にそれは、彼が水龍戦士として目覚めた証でもある。――
リタ達は、神殿の門を出て、一息ついた。
「あの召喚獣に襲われた時は、どうなることかと思ったよ。ヨゼフが助けてくれなかったら、確実に溺死していた」
「まあ、これはランディー陛下との約束だからね、当然さ」
ヨゼフは、顔を赤らめて言った。
三人は、乗船場に向かって走る。船の出航時間が、残り六分しかなかったからだ。三人が乗船場に着いた時、彼女達の前に、ラノア族長とスーラルがいた。
「やあ、ヨゼフ。見送りに来たよ」
スーラルは、陽気そうに言った。ヨゼフはありがとう、と言いたげに、指を二本出して合図する。
「ヨゼフ、やっぱりリタさん達と一緒に行くのですね?」
「ええ。ランディー陛下と約束したのです。リタを守ると」
「でしたら、これを」
そう言いながら族長は、ヨゼフにお守りのような物を渡す。それは、雫の形をしたペンダントだった。
「ありがとうございます、族長」
ヨゼフは、族長に一礼をして船に乗った。船長が出航を告げる。彼は、族長達に手を振り、声をかけた。
「用が済んだら、また帰ってきますから」と。――
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