水の都の水龍神、その3―水系魔道師再び―
リタとナンシーは、水龍族族長の屋敷で一夜を過ごし、午前六時に起床した。彼女達は朝食を簡単に済ませ、神殿に行く準備をする。同時にそれは、その足でアヌテラを出るための準備でもある。
二人が歯磨きをしている途中、屋敷の前から少年の声がした。
「ヨゼフ、思ったより早く来たんだね。あれ、その服とリストバンドは?」
先に歯磨きを済ませたリタが、訪ねた。ヨゼフの話によれば、昨夜服屋に行き、買い揃えたのだという。奴隷服から、黒いTシャツに着替え、更にその上に橙色のフードやポケットがついた黄色い服を着ている彼は、いかにも十三歳の男の子らしい、とリタは思う。
予定よりも少し早めに集合し、三人はアヌテラの南西部にある神殿入り口を目指した。その入り口は、リタ達の想像をはるかに上回る大きさだった。
「ここが、水龍神アークレイの神殿の入り口か……」
「いよいよ、伝説の水龍神アークレイとご対面だね」
そう言いながらリタは、《耐水属性マント》と呼ばれるマントを羽織った。このマントは、水着と同じように海に潜る時などに羽織る物だ。これを羽織ることで、どの魔族も無呼吸で水中を移動できるようになる。
「ナンシー、あんた泳げるの?」
「当たり前よ。レザンドニウムの訓練場で、何回も水泳の練習をしたからね」
「でも、その練習の途中で、何回か溺れかけてたじゃないか」
「それはヨゼフもでしょう?」
「はいはい、その話はもう終わり。私達は、もう奴隷じゃないんだよ」
二人が喧嘩しそうになっている所を、リタが制止した。
三人は、神殿内へと続く水路を泳ぐ。その途中、リタは思った。
(もしかしたら、私と同じように《龍神の生まれ変わり》という魔族が存在するのだろうか。また、その魔族が《龍戦士》として、覚醒する時を待ってるのだろうか)
リタは泳ぎながら、龍神と龍魔族の関係について考えていた。神殿の内部に上がった時、ヨゼフは「さっきから何を考えてるの?」と、訪ねた。リタは我に返り、「何でもない、大丈夫」と手を大きく振りながら答えた。
(今日のリタはおかしい。普段なら、あまり深刻に考えないで行動するタイプなのに……)
ヨゼフは、リタを睨むように見る。
水龍神の神殿というだけあり、壁や床は青色で、所々に貝殻が貼られている。三人の通り道の両側には、水が流れている。その水は、最終的に《水龍神の間》と呼ばれる場所に流れ着く。だが、今彼女達が歩いている進路から神の間まで、三百メートルもの距離がある。しかもその途中で、古代文字が彫られた石盤に遭遇した。
「なんで、こんな所に石盤なんかがあるのよ? まるで、砂龍城の地下神殿ね」
ナンシーは、半ば面倒くさそうに言った。
「まあ、神殿とはこんなものだと思うよ。ヨゼフ、古代文字を解読してくれる?」
「もちろん。これくらいの行数、僕にとっては朝飯前さ」
そう言うとヨゼフは、新品のリュックからノートと鉛筆を取り出し、古代文字を訳し始める。訳し終えると、彼はノートを他の二人に見せた。実際に石盤が示す内容は、以下の通りである。
『砂龍の娘、爪を持ちて石盤の前に立ち、呪文を唱えよ。さすれば、水龍神への扉を開けん』
(《砂龍の娘》か。まるで、私が《砂龍神の爪》を持ってこの神殿に来るのを予測してたかのような内容だね)
リタは、これは単なる偶然じゃないな、と思いながら、呪文を唱えた。それは、彼女自身が奴隷生活を送っていた間に、実際に使っていた魔法の呪文である。
(あの姿の時は、《ヒャッカンタフ》すらまともに使えなかった……。今はどうだろう?)
リタは不安になった。が、彼女が使っていたよりも、爪は上手に魔力を制御し、《ヒャッカンタフ》という名の魔法が見事に発動した。これにより、石盤状の扉は重そうな音を立てて開いた。
「リタ、今の呪文は?」
「《ヒャッカンタフ》さ。本来なら、固い壁や岩などを切断する時に使う魔法だけどね」
リタは「ちなみに、私が最初に覚えたものさ」と付け加えた。
ヨゼフとナンシーは、距離が遠いために、疲れた顔をしている。一方でリタは、至って涼しい顔をして、辺りを見回している。その時、神殿が大きく揺れ、振動のせいで彼女達は足元がふらふらになった。それは、立っているのも辛い程だ。数秒後、揺れは嘘のように止まった。
「今のは……地震かしら?」
「馬鹿だな、ナンシー。地震は普通、地上で起こるものさ。ここは、水中にある神殿だよ」
ヨゼフに馬鹿呼ばわりされ、ナンシーは「それくらい、私にだってわかるわ」と言いたげに、頬を膨らませる。
三人はそのまま二百メートル歩き、水龍神アークレイを思わせる巨大像を発見する。その像はガラス細工でできていて、周辺には大きな噴水状の彫刻がある。
「ここが、水龍神の間……」
「水龍戦士と、千五百年ぶりに再会できる場所ということだな」
リタの言葉を聞き、二人は思わず彼女の方を向く。彼女の発言が、あまりにも妙だったからだ。
「リタ、大丈夫?」
ヨゼフは、リタの顔に手を翳しながら訪ねた。彼女はふと我に返り、辺りを見回す。
「私、何を言ってたの?」
「あれ、覚えてないの? さっきあなたは、〝水龍戦士と久しぶりに会える〟みたいなことを言ってたのよ」
「そうそう。まるで、神に転生した砂龍戦士デュラックみたいな口調だったよ」
「そうだったんだ……。ごめん」
二人に責められ、リタは半ば落ち込んでいる様子でもある。ふと、ヨゼフは思った。
(メアリーの言う通り、リタは砂龍神の生まれ変わりなのか?)
リタの前世について考える一方、それは絶対にあり得ない、第一生まれ変わりなどいるはずもない、ともヨゼフは考えた。
彼が考えている間に、リタは水龍神像の上顎と下顎の間に挟まっている、二百七十センチくらいの長さの槍を見ていた。その槍は、先端が紫色で鋭く尖っていて、先端付近が水龍族の耳と同じデザインになっている。七メートル下から見ていたが、彼女の視力でも、はっきりと見える。
(あの槍は、おそらくセイント・ウェポンの一つだろう)
リタがそう思った時だった。床に大きな穴が開き、巨大な水属性の召喚獣が現れた。その上には、水系魔道師リゲリオンの姿がある。彼の頭には、包帯が巻かれている。
「リゲリオン! どうして、ここがわかった? この神殿に、何の用がある?」
ヨゼフは、水系魔道師に訪ねた。
「父上――いや、キア様の命令で、砂龍神の来世であるそこの女砂龍を、始末しに来たのだよ」
「私は〝リタ〟だ。前にも一度会ってるんだから、いい加減に覚えてくれよ」
リタは半ば怒り気味に言った。が、気を取り直し、リゲリオンに訪ねる。
「お前達魔道族は、私を倒したがってるようだけど、それはどうしてだい?」
「この魔界に住む全ての龍魔族を根絶やしにする、というのがキア様の計画だ。が、リタ姫が砂龍神の生まれ変わりとしての能力を覚醒しつつある、とキア様が言い出したのだ」
「つまり、私達が龍戦士を覚醒させるための旅をしてると、キアの邪魔になるということか?」
リタの言葉に対し、水系魔道師は静かに頷く。そして、彼は自分の召喚獣にリタ達を襲わせる。
「来るぞ。二人とも、武器を構えろ」
リタは、命令口調で言った。彼女はセイント・ウェポンの爪を、ヨゼフとナンシーは、奴隷戦士専用の槍と斧を構えた。今、水龍神との対面をかけた戦いが、始まった。
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