水の都の水龍神、その1―ヨゼフの帰省―
フィブラスを出発して、北西に五百メートル前後歩き、リタ達は島内の港街に続く道に出た。
「このまま港街まで行けば、船に乗ってアヌテラに帰れるんだ。ラノア族長と、久しぶりに会えるよ」
ヨゼフは、早くも期待に胸を膨らませていた。が、彼とて元奴隷戦士としてのプライドを捨てたわけではない。何しろ、リタをサポートするよう、砂龍王に言われているのだ。九年ぶりの帰省だからといって、あまり浮かれているわけにもいかない。
(魔道族の人数は、十一属性の魔道師達を合計して、星の数だ。油断できない)
三人は、握り拳を胸にあてた。各属性の神殿を巡り、そのうえ龍戦士を捜さなければならない。リタ達はそのことを肝に銘じて、このような仕種をしたのだろう。
しかし、港街に着いたは良いものの、水龍族の里とも呼ぶべき水の都行きの船が、予定より三時間も遅れている。そのことを、リタ達は周囲の話で知った。
「早く、次の便が来ないかな? 三時間もオーバーするなんて、普通ならあり得ないよ」
ヨゼフが腕時計を見ながらぶつぶつ言っていると、ようやくクライアスの港街に船が来た。リタ達を含む二十人の客が、アヌテラ行きの船に乗った。間もなく、船は出航した。――
前述の通り、アヌテラは水龍族の住処にあたる水の都である。その都はガルドラの中央に位置していて、四方八方に水が溢れている。とりわけアヌテラはガルドラの中で、広大な都市と言えよう。
船内でリタ達は、仮眠をとっている。昨夜のパーティで疲れたからだろう。
リタは、自分が即位する夢を見た。ヨゼフやナンシーは、共に龍戦士になる夢を見ながら、高く手を挙げた。おそらく夢の中で、武器の調子を確かめているのだろう。
しばらく経って、リタが目を覚ました。彼女は気になってふと、腕時計と船内の時計を交互に見た。二つとも、正午を指している。
(二人を無理矢理起こすのは、可哀想だ。少しの間、起こさないようにしよう)
彼女は先程見た夢を思い出し、溜め息をついた。
(即位式か……。まだそんなの、当分先の話じゃないか。私が二十歳になっても、ぴったりその年に、父上が砂龍王を引退するとは限らないし。なんで、こんな夢を見たんだろう)
不思議な夢のことで、彼女の頭はいっぱいだった。
「そんなに溜め息ばかりついてると、幸せが逃げるわよ、リタ」
「びっくりした! 既に起きてるんだったら、一声かけてくれよ」
リタは〝一声〟というところを強調して、男っぽい口調で言った。ナンシーは苦笑した。
「ごめん。あまりにもリタの溜め息が大きかったから、目が覚めちゃった。ただそれだけ」
ナンシーは珍しく、幼げな謝り方をした。彼女に続いて、ヨゼフも目を覚ました。特に彼は、ばつが悪そうな起き方をした。
「やぁ、ヨゼフ。丁度昼食の時間だよ。もりもり食べて、水龍神アークレイの神殿への冒険に備えよう」
「そうだね。ふぁぁぁ……。まだ眠い。もう一眠りしても良い?」
「駄目だよ。もうすぐアヌテラに着くよ」
ナンシーは注意した。ヨゼフは背筋を伸ばす。
二十分後、船は水の都アヌテラに到着した。ヨゼフを先頭にして、三人は船を降りた。辺りの水が絶え間なく、都中を流れている。その水は、澄んだ青緑色をしている。
ヨゼフは、九年前に魔道族に殺害された家族のことを思い出す。彼の実家は、先程三人が降りた所から北西に二十メートル離れた所にある。その途中にもまた水路があるので、ゴンドラなしでは到底渡れない。彼は二人を、ゴンドラ乗り場に案内した。
「あのゴンドラで、まっすぐ二十メートル行った先に、僕の家があるよ。そこで、昼食にしよう」
「わかった。料金の負担は、私がするよ」
「悪いね、リタ。僕は今、一文無しだから」
「ううん、平気さ。困った時は、お互い様さ」
そう言ってリタは、乗船券売り場の料金表を確認した。その料金表には、『大人……五百六十ガルドン、子供……三百ガルドン』と書いてある。《ガルドン》とは、この魔界の通貨の単位で、一ガルドンは約十円に相当する。
(私達は全員子供だから、合計九百ガルドンだね)
リタは財布を持って、乗船券売り場の男性に声をかける。
「すみません。子供用三枚、お願いします」
リタの注文を聞いた後、男性はヨゼフの方を見た。
「あの紫色の髪の男の子……。どこかで見覚えがあるような……」
三十代前半と思われる男性は、ヨゼフを見つめている。ヨゼフは急にリタの前に出て、男性に自分のことを語り始めた。
「おじさん、九年ぶりですね。ヨゼフです。覚えていますか? 四つの時、母と手を繋いで、よくここから出るゴンドラを利用していた……」
そこまで話すと、男性はようやくヨゼフのことを思い出した。母と手を繋いで、ゴンドラを利用していた時の彼の様子が今、はっきりと蘇ったのである。
「ああ、あの時のヨゼフか。しばらく見ないうちに、かなり髪が伸びたな。でも、なんで魔道族のような姿なんだ?」
「……レザンドニウム領国のキアの仕業で、このような姿に変えられてしまったんです」
「あの……。それは良いですから、子供用乗船券を三枚下さい」
「いやぁ、ごめんごめん。懐かしくなって、つい……。合計九百ガルドンだよ」
リタは男性に促され、九百ガルドンを払った。予定より一時間遅れたものの、三人はゴンドラに乗って、ヨゼフの家に辿り着いた。
(やっと家に帰れた……。昼食後、両親やカルツフォイを丁重に弔ってあげなくちゃ。神殿に行くのは明日になるけど、きっとリタ達はわかってくれるはずさ)
ヨゼフは決心を固めて、自宅のドアを開けた。
その時――
彼の家の中で、誰かがクラッカーを鳴らした。その中身が、リタの角やナンシーの顔にかかった。
(おかしいな……。僕の家族は九年前、キアに殺されたはず。近くに、誰かが隠れてるのか?)
疑問を頭に浮かべながらヨゼフは、ソファの周りを調べた。
「どこを見てるの、ヨゼフ? 僕はここだよ」
そう言いながら、ヨゼフを知っているような――いや、むしろ彼と親しいと思わしき少年が、ソファの後ろ側から現れた。
「お帰り、ヨゼフ」
「スーラル! 君だったのか。びっくりした……。九年ぶりだね。元気かい?」
「もちろん。ラノア族長も、君のことを待ってたんだよ」
「そうか……。族長はどこだい?」
ヨゼフの質問に答えるように、彼の部屋の方から、ピンクの鬣をした水龍族の女性が現れた。その女性は緑色の服に身を包み、清楚な身なりをしている。
「お久しぶりですね、ヨゼフ。小柄な所は、相変わらずですが……」
「一言多いです!」
女性にからかわれ、ヨゼフは反発した。リタ達は首を傾げた。
「ヨゼフ、さっきからこの二人と親しげに話してるけど、この人達は誰だい?」
「ああ、紹介が遅れてごめんね。右側にいる女の人がラノア族長、左側にいる男の子が、幼馴染みのスーラル」
次にヨゼフは、族長とスーラルに、リタ達のことを紹介した。
「族長、紹介します。こちらは奴隷部屋にいた時からの友達で、リタとナンシーです」
「砂龍族のリタです」
「火龍族のナンシーです」
「え? リタって……。もしかしてあなたは、三十代砂龍王のご息女?」
「父をご存知なのですね? そうです、私は第三十代砂龍王ランディーの娘です」
リタは、大胆に身分を明かした。後から、ヨゼフが注意する。
「リタ、駄目だよ。そんな簡単に身分を明かしたら……」
「どうして? ラノア族長は既に、私のことを少し知ってるんだよ」
「あんたに何かあったら、僕達の責任なんだから……。まあ、今回は良いけど、今度からは気をつけてね」
年下のヨゼフにがみがみ言われ、リタは乳母に説教されているような気分になった。その時、リタの腹が鳴った。三人はふと、時計を見やる。
「そういえば私達……」
「昼食をとるために、ヨゼフの家に来たんだった」
三人はすっかり、ヨゼフの家に来た目的を忘れている。その様子を見て、ラノア族長は言った。
「ご心配なく。昼食は私が作っておきましたよ」
そう言いながら族長は、テーブルを指す。ヨゼフはテーブルの上にある蠅帳を取り、族長の手料理を見た。それらの皿には、生野菜サラダやビーフシチューなど、栄養のある料理が盛られている。
「こ、これ全部、族長が作ったのですか?」
ナンシーが訪ねた。
「そうです。早く食べて下さい」
ラノア族長に言われるがまま三人は、椅子に腰掛けて手を合わせる。
「頂きます」
「どうぞ、召し上がって下さい」
ヨゼフもナンシーも、奴隷生活のせいでがりがりに痩せた体を太らせるつもりで食べた。そんな二人を見て、リタも少しだけ太りたいと思った。が、それは無理だった。彼女の場合、父親の食べても食べても太らない体質を受け継いで育ったからだ。それでも彼女は、体力をつけるために、適度の食事を摂った。
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