リタ姫の旅立ち宣言、その1―リタの覚醒―

砂龍城での一日。――


 昼間から夕方にかけて、地下神殿での冒険。キア一味の魔道師の妨害もあった。が、ヨゼフの頑張りで、魔道師を追い払うことができた。神殿の中にはたくさんの罠や仕掛けがあったけれど、それらも全て乗り越え、無事に砂龍神の所に辿り着いた。


 そして、夕方。――


 リタが九年ぶりにフィブラス砂漠に帰って来たことを祝福する、パーティの準備。そして、そのパーティの開催。


 彼女は奴隷達が着ている薄汚れた服から、水色のフリルがついた青いドレスに着替えた。最も、髪型はポニーテールのままだったが。


(やっと、《砂龍族の王女》の風格を取り戻したよ。だけど、まずはこの痩せすぎた体をどうにかしないと……。ドレスもぶかぶかだよ)


 リタは鏡を見ながら、溜め息をついた。その鏡に映し出される姿が、本来の龍の姿ではなく、北端の領国の領主の呪いによって変えられた姿だったからだ。といっても、耳や羽、尻尾は本来の形のままだが。


(この顔、この姿……。ギルスとセルセインにどう説明したら良いだろう。父上やジオには、予め説明してあるけど)


 リタは、また溜め息をついた。その時、近衛兵のセルセインが心配して、リタの部屋に入ってきた。最も、それは偶然見かけたのではなく、彼女が溜め息をついているということを、門番から聞いたから。


「セルセインか。何か用かい?」


「『何か用かい?』じゃありませんよ。私は、あなたのことを心配して差し上げているのですよ」


 セルセインは、顔を曇らせて言った。リタは、彼女に謝った。


「ごめん。謝るから、落ち着いてよ。それで?」


「ディフレンから、あなたが溜め息をついていらっしゃるので慰めてあげて下さい、と伝言を頂いたから来てみたのです。殿下、何か、悩み事を抱えていらっしゃるのですか?」


 リタは近衛兵の言葉を聞き、彼女を始め、他にヨゼフやナンシーなら気軽に相談できるかもしれない、と思った。リタは早速、セルセインに悩みを打ち明けた。


「そうですか……。でもそれは、殿下だけではないと思います。おそらくヨゼフ殿やナンシー殿も、同じように感じているはずです。魔道族のような姿には、嫌気がさしていると。ですが、幸いにも殿下の場合は、陛下やジオ様のご理解を通じて普通に話せたではありませんか」


 そこまで言うと、彼女は微笑んだ。その表情からは、《大丈夫です。理解のある魔族は、必ずいますよ》と言いたげな雰囲気が漂っている。


「ありがとう、話を聞いてくれて」


 リタは、作り笑いをして言った。セルセインは首を横に振って、返事をした。


「いえいえ。相談には、いつでも乗りますよ」


「ありがとう。でも、私にはヨゼフやナンシーがいる。冒険中は、彼らを頼るよ」


「殿下……。冒険はよろしいですが、あまり無理はなさらないで下さいね」


「ああ、大丈夫さ」


 リタはヨゼフ達の様子を想像しながら、鏡の前で髪を整える。


「では、私達は会場にいますからね」


「ああ。父上達も、痺れを切らしてるだろうからね」


 リタは、王女らしくティアラを飾りながら、言った。彼女は服装や身嗜みを整え、父王達が待っている場所へ向かう。




 その頃、ヨゼフは城の外で深刻な表情になっていた。


(リタ、僕はあんたが羨ましい。僕達と違って、あんたには父親を始め、兵士や召使い達がいる。城の砂龍全員、あんたが奴隷になる前と変わってない。それに比べ、僕には両親がいない。弟も、キアの部下に殺された。でも、あんたは誰一人殺されてない。本当に、羨ましい)


 リタの母親レイア王妃は、彼女が生まれて間もない頃に亡くなった。ヨゼフはその事実を知らずに、リタの家庭を羨ましがっている。彼が沈んでいると、ナンシーが来た。


「どうしたの、ヨゼフ。暗い顔をしないで、砂龍族の子供達と遊ぼうよ」


「ナンシー、あんたの家族はまだ生きてるの? それとも……」


 ヨゼフは、ナンシーに訪ねた。その内容は、あまりにも無神経なものだった。言い換えれば、今の彼の発言は他人のプライバシーを侵害するものであり、到底他人の家庭を羨ましがっているとは言えない。が、ナンシーは彼の言葉を否定しなかった。むしろ、今の言葉には、彼女自身も共感できる部分があったから。


「ヨゼフ……。あなたも辛い過去を背負ってるんだよね。私がレザンドニウムの奴隷として連れて行かれる前、両親が体を張って守ってくれたの。だけど、『我々魔道族に逆らう者は、キア様に逆らう者だ』と言って、彼らは両親を殺害し、私を一族から引き離した」


 ナンシーは冷静に、自らが味わった過去を、ヨゼフに話した。彼は話を聴きながら、今自分がしてしまった発言について、深く反省する。


「ごめん、ナンシー。あんたにもそんな過去があったなんて、知らなかった。僕は、少しだけ砂龍族の王室が羨ましくなって……。ただそれだけなのさ」


「そうか。でも、いつまでも暗い気持ちでは駄目。キアの思う壺よ」


 ナンシーの励ましにより、ヨゼフは元の明るい顔に戻った。彼は礼を言った。


「ありがとう、ナンシー。おかげで、元気が出た」


「どういたしまして」


 二人は当たり障りのない会話をしながら、フィブラス国内で、砂龍族の子供達と遊んだ。




 一方、砂龍城の中では、ランディー王が玉座状の椅子に腰掛けながら、パーティの時間を心待ちにしている。他には二人の近衛兵はもちろん、リタの乳母ジオや爺やのギルスも参列している。


「あなた様直々に、このようなパーティを計画なさるとは。陛下も意外と子煩悩な所をお持ちですのね」


 静かに紅茶を啜っている横から、急にセルセインが妙な発言をしたので、王は吹き出してしまった。


(唐突に何を言い出すのだ、セルセイン。今回、私がこのパーティを計画したのは、リタが手紙で勧めてくれたからであって、あの子自身や砂龍族の民、二人の客人が満足してくれれば、それで良いのだ)


 王はハンカチで口を拭きながら、このようなことを思った。


(駄目だ。このままでは、パーティの挨拶に間に合わない)


 リタの顔から、焦りの色が窺える。が、ラッパの音色が砂漠全体に響き渡る直前、ジオは静かに合図を送った。これにより、リタはぎりぎり挨拶の時間に間に合った。


『遅いですよ、殿下。まさか、迷っていたのではないですか?』


 ジオは耳元で囁くように、リタに訪ねた。


『そ、そんなことはないよ。仮に城内で迷ってたら、国民達の前で恥をかくよ』


『まあ、取り敢えず迷っていないのなら、良しとします。ですが、今度からはこのようなことがないように。誕生式典等で、遅刻寸前に来ることはもってのほかです』


『……わかったよ』


 素直ではなかったけれど、ジオはこれ以上リタを叱るのは可哀想だと思い、ひそひそ話をやめた。


 丁度その頃、大臣のツーリアンによる開会宣言が始まった。会場内ではヨゼフやナンシーを始め、リタのことを名前しか知らない子供達及び彼らの両親が、王や大臣の方を見ている。


「大変長くお待たせ致しました。ただいまより、我らが砂龍族の姫、リタ殿下が九年ぶりにレザンドニウムから、このフィブラス砂漠に戻られたことを祝して、パーティの開催をここに宣言致します」


 大臣が開会の言葉を述べた後、他龍族民の二人は拍手をした。続いて砂龍族の民一同も、一斉に拍手をした。


「リタ殿下ご入場の前に、ランディー陛下のお言葉を頂きます」


 そう言うとツーリアン大臣は、砂龍王にマイクを渡した。王が咳払いをして、祝辞を述べる。


「ええ。この度、我が王女リタ姫が九年ぶりにこのフィブラス砂漠に戻って来たことは、誠に喜ばしい限りです。砂龍族及び砂漠の王として、祝福します。以上」


 言い終わるとランディー王は、再び椅子に腰掛けた。その時から風が音を立てずに、砂漠の砂を運びながら吹いている。が、城や城下町を覆う黒い塀のおかげで、その風の影響が及ぶことはない。


「お待たせ致しました。リタ殿下のご入場でございます」


 大臣の言葉に促されるように、リタはゆっくりと歩く。


 その時――


 彼女の体が橙色の光に包まれ、変化を起こし始めた。


(リタ?)


(殿下?)


 ランディー王を始め、城内の者全員が彼女の体の変化に驚いている。

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