神在月(上)

「着いた……出雲ー!!!」


全国的には神無月の始まりの日。サラス達一行は、島根県の出雲に来ていた。普段は仕事に追われている3人がなぜここにいるのかというと、その理由は1日前まで遡る。


「サラス、行きますよ!」

「……あの、え?行くって、どこにですか?」

「この時期に行く所なんて一つに決まってます!」


テンションの高いウズメとカフカは、大荷物を抱えている。


「「それは、出雲です!」」

「……え?」


2人が口を揃えて言ってくれるが、サラスにはいまいちピンときていない。


「来月からは全国的に、神無月と言われる月です。神無月は『神の無い月』と書きますが、各地からいなくなった神々が一体どこへ行くのかというと、それは島根県の出雲です。出雲では神々が集まる月なので、『神在月』と書きます。……ということで、早速出雲に行きますよ!」


いつもはクールに仕事をこなしているウズメが、やけにウキウキしている。


「ほら、早くサラスも準備しなさい!」


そして冒頭の状況である。町中には様々な神が溢れており、みんな楽しそうに練り歩いている。町中といっても、下界と上界の間に神々の町が作られており、屋台などが出ているものだ。ウズメ達一行も、宿に荷物を置くと町へ繰り出した。


「ウズメ様ウズメ様!あれは何ですか?」

「あれは、わたあめというものです。甘くてとても美味しいんですよ」

「いいなぁー!ちょっと私、買ってきます!」


わたあめを売っている屋台へ走っていくサラスの後ろ姿は、まるで子供のようだ。


「お、美味しいっ!ふわふわで、甘くて……初めて食べた……」

「どうですか?美味しいでしょう?」

「はい!あ、ウズメ様とカフカもどうぞ!」


3人で食べていると、様々なものに目移りしてしまう。ひたすら口に詰め込む作業を繰り返していたサラス達一行であったが、気付けば辺りは暗くなり、大きな星が輝いていた。


「それではカフカ、サラスを連れて先に帰っていて下さい」


わたあめを持ったウズメが振り返ってカフカにそう言った。


「ウズメ様、どこかに行かれるのですか?」

「これから会議なのですよ」

「会議?」


サラスが首を傾げると、ウズメがふわっと笑った。


「神在月に出雲へやって来た神達は、皆が集まってある会議をするのです」

「一体、何を話し合うんです?」

「どの人間を誰と結びつけて結婚させるのかなど、そういった会議です。その名も『縁結び会議』」

「縁結び!」


サラスの目がキラキラと輝いた。


「ウズメ様、私も行ったらダメですか!?」

「……え?」

「その会議、私も参加したいです!」

「いえ、ですが……」

「やっぱり、ダメですかね……」


先ほどとは打って変わって、泣きそうな顔で俯くサラスに、ウズメが深いため息をついた。


「……分かりました、行きましょう」

「いいのですか、ウズメ様」


アタフタとするカフカに、ウズメが落ち着いた声をかけた。


「ああいう場にも、早く慣れさせておくのに損はありませんからね」

「ウズメ様、早く行きましょう!」


早く行きたくて仕方がないというように足踏みをするサラスに苦笑して、一行は出雲大社へと向かった。






「良かった、間に合いましたね」


ザワザワと騒つく本殿の中では、大勢の神様がひしめき合っていた。座ってすぐに天井から声が聞こえた。


「それでは全員集まったようだし、只今より縁結び会議を行います」


その言葉と同時に、全員の目の前へ置かれたのは膨大な書類の山。


「う、ウズメ様……これは、一体?」

「言ったでしょう?どの人間を誰と結びつけるかの会議だと。一人一人の願いを全ての神達で叶えるのですよ」

「一人一人の願い、全てを!?」

「そうですよ」


ウズメの笑顔が、今のサラスには悪魔のように見えた。


「さぁサラス、始めましょう。あなたが望んでここに来たのですから」


サラスの絶叫が上界中にこだました。






次の日のサラスは目の下に隈を作っていた。


「サラス様、大丈夫ですか?」


フラフラと危なげに歩くサラスに、心配そうにカフカが声をかける。


「初めて、徹夜というものをしたの……」

「それは……お疲れ様でした」

「サラス」


振り向くと、いつもと変わらない美貌のウズメが苦笑していた。


「今日は会議に来なくても大丈夫です。夜はゆっくり寝なさい」

「ウズメ様は、会議ですか?」

「ええ。神在月の間はほぼ毎日です」

「大変ですね……今までもずっとこんな感じで?」

「そうですね。一年の中で一番忙しいのは神在月といっても過言ではないかもしれません」

「そうなんですか……」

「なにせ、全国の男女を結びつける大事な会議ですからね」


そう言って笑うウズメを見て、まだこの神様には到底届かないなと思ってしまう。


「じゃあ今日はお言葉に甘えて、ゆっくり休みます」

「そうして下さい。……さあ、今日も町へ行きますよ!」


そんなウズメの元気な声と共に、2日目が幕を開けた。


「サラス、買いすぎですよ」

「そんなことないですよ!ただ、欲しいものが大量に……」

「その欲望を少し抑えて下さい」


軽い会話を続けて歩いていると、サラスはあるものを見つけてふと足を止めた。そこは町の最奥で、出店も大分少なくなっている場所だった。だが、サラスの目を奪ったのはその場所ではない。そこに群がる神々の姿である。


「あれは一体、何に集まっているんだろう……」

「あれは、『鬼ごっこ』に参加する神々が、受付に集まっているんですよ」

「お、鬼ごっこですか?」

「神は皆、人間の願いを叶える事は出来ますが、自分の願いを叶える事は出来ません。でもそれは不公平でしょう?そこでこの神在月の時だけ、あの鬼ごっこに参加するんです」

「鬼ごっこに参加して、何かいい事でもあるんですか?」

「ええ。優勝した神には、『自分の願い事を叶える力』が与えられます」

「え!?」

「ただし使えるのは一度だけ。でも、たった一度でも願いを叶えてみたいと思うでしょう?だから、彼らはああしてあそこに集まっているのです」

「やりましょう!」

「へ?」

「やりましょう、ウズメ様!私、鬼ごっこやりたいです!ほら、カフカも!」

「いや、私は争い事は……」


うーん、と2人共渋っているのを、サラスは無理やり手を引っ張った。


「せっかく出雲まで来たんです!楽しまないと損ですよ!」


そう言ってサラスは、列の最後尾に並んだ。

そして今か今かと待っている内に、サラス達の順番がやって来た。


「ようこそ神々の鬼ごっこへ!参加したいのは、ウズメ様・サラス様・カフカ様という事でよろしいですか?」

「はいっ!」


未だに渋っている2人を尻目に、サラスは元気に返事をする。


「では団体での受付としますが、願いを叶えられるのはやはりお三方で一つだけ。その点はよろしいでしょうか?」

「はい、大丈夫です」

「それでは、以上で受付は終了となります!鬼ごっこは明日の正午より開始です。それまでゆっくりとお過ごしください」


受付から離れると、サラスの胸は更に高鳴った。


「明日、本当に楽しみですね!」


そうにこやかに声をかけると、2人はまだ困ったような顔をしている。


「どうしたんですか?」

「遊びとはいえ、私は争い事はあまり好みではありませんし、それに……」

「それに?」

「今年は一体誰が鬼なのかと思うと、気が気ではありませんね」

「えっ、鬼って決まってないんですか?」

「そうですよ。鬼ごっこが始まる直前に、誰が鬼なのかを言い渡されるんです。だから鬼ごっこに参加する神は皆、自分が鬼なのか逃げるのか、全く知りません」

「もし、鬼になったら……?」

「全員を捕まえなければなりません。そうすれば鬼の勝ちで、優勝賞品は鬼に手渡されます。ですが、参加するのはこの数の神々。捕まえるのは至難の技です」

「確かに……」

「ですがこれだけの数の中から、たった1人の鬼に選ばれるという確率はとても低いですし、大丈夫だと思いますが。……さ、今日はもう疲れましたし、宿に帰りましょうか!明日は鬼ごっこにも参加する事ですし、体力をしっかり回復させておきましょう!」


ウズメに急かされて、サラスは宿へと足を向けた。

宿には多くの神が宿泊していて、サラスにとっては初めて見る神がほとんどだ。


「ちょっと、ウズメ!」


背後からかけられた声に振り向くと、見覚えのある人物が立っていた。


「シタテルヒメ!」

「久しぶり〜!もう、ウズメってば全然アタシに会いに来ないんだから……サラスも久しぶり!」

「お久しぶりです、シタテルヒメ様!」

「アンタも、あれからぜんっぜんお茶しに来ないんだから!寂しいんだからねー?」

「ごめんなさい、最近忙しくて……」


謝ると、シタテルヒメはくすっと笑った。


「知ってる。アンタの評判、アタシの所まで来てるよ?」

「評判?」

「そ。ウズメのとこの子供が、まだ神でもないのに色んな願いを叶えてるって」

「え、それって悪い方の評判なんじゃ……」

「違う違う!いい方なの!」

「本当ですか?」

「ホントだって!いい?正式な神様になってないのに人間の願い叶えちゃうってのは、アンタが思ってるより結構スゴイ事なんだよ?たとえそれが、他の神様の力を借りて叶えてるとしてもね」


と、シタテルヒメはウインクしてみせる。


「ウズメ、アンタもいい子供授かったよねーっ!ウズメの遺伝子がスゴイの?」

「だから私の子供じゃないってば。そもそも、この子が元から凄い子なの」


「悪友」というだけあって、ウズメのシタテルヒメを上手く扱っている感じは本当に手慣れていた。

結局その日の夜は、酒と共にシタテルヒメがやってきた事で、サラス達の部屋の電気は遅くまで消える事が無かった。

そして翌日。


「あ〜……頭痛い……」

「昨日遅くまで飲むからでしょ。あれだけ飲めば、誰でも頭くらい痛くなるよ」


ウズメがぴしゃりと言い放つ。


「皆様今年もようこそいらっしゃいました、神々の鬼ごっこへ!ルールは簡単。今から発表する『鬼』に、捕まらなければ勝ち。『鬼』は全ての神を捕まえれば勝ちです。時間は今日の正午から明日の正午までの24時間ですが、商品である『自分の願いを叶える力』は1つしか用意されていません。その為、明日の正午の時点でプレイヤーは残り1人になっていなければなりません。つまり、」

「他の神様を犠牲にして残らないと、誰も賞品はもらえないって事ですね……」


そう呟くと、シタテルヒメが「そーそ」とため息を吐いた。


「とても神様達がやるゲームとは思えないよねぇ。なんでこんな殺伐としたものをやるんだか……」

「確かに……結構、怖いですね」

「ほら、2人共。そろそろ鬼の発表ですよ」


ウズメが指をさす方向では、司会者がくじを引こうとしていた。


「この箱の中には、今回の鬼ごっこの参加者全員の名前が書かれた紙が入っています。引いた紙に書かれていた神様は、鬼となります。それでは参ります!」


司会者は箱に手を入れ、紙を引いた。

その光景を眺めている全員が、息を呑んだ。


「今回の鬼は……サラス様です!」

「……」

「……」

「えっ!?」


サラス達4人は、顔を見合わせた。


「それでは、後1分程で鬼ごっこが始まります。皆様、準備をお願いします!」


周りの神々はさっさと準備を始めるが、サラス達は動けなかった。


「え……私、鬼?」

「さっきの発表が、間違いでなければ……」

「いやいや!この人数は無理だって!どんだけいると思ってんの!?」

「それではカウントダウンを始めます!10、9、8……」

「ヤバいヤバいヤバい!と、とにかく、頑張んなよ!」

「3、2、1!スタート!」


その声と共に、全員が走り去った。


「ちょ、ちょっと!」

「サラス様!どうぞ、皆様を追いかけてください!」

「……わかったよ!全員捕まえるし!」


サラスはそう叫ぶと走り出した。




しばらく走ると、サラスはある事に気が付いた。


「もしかして、あれって……」


離れた所に、走っている背中が見えた。それも大量に。


「人数が多すぎて、思うように走れないんだ!」


全員窮屈そうに走っている。

それを見たサラスは、一気に加速をつけると、背中をタッチした。


「わぁっ!?」


その1人を皮切りに、次々と捕まえていく。


「鬼が来たぞ!」

「うわっ、もう捕まった……」


わぁぁぁぁ……と、散り散りに逃げていく。

捕まってへたり込んでいる神々を見ると、その中には見知った顔がひとつもなかった。その事に、矛盾しているがホッとする。


「良かった……まだ皆いない」


そう呟くと、キッと前を向いて走り出した。

お願い、出来れば最後まで私に捕まらないで。と願いながら。




それから数時間後。サラスは大量の神々を捕まえていた。


「サラス様は恐らく歴代最速ではないでしょうか!たったの数時間で、全参加者の約3分の1は捕まえています!」


実況の声が町中に響きわたる。その声を聞きながら、サラスは地面に座っていた。


「う〜……疲れた……」


安易にこのゲームに参加してしまった事を後悔し始めていた。

それにしても、とサラスは思う。


「あれだけ参加者がいたのに、捕まえられたのがこれだけなんて……」


捕まえた神に聞いてみるとほとんどが初参加で、このゲームのベテランは他にも沢山いるのだという。つまり、そのベテラン達は、あれだけの大人数の中でサラスに見つからないように上手く隠れている人が沢山いるという事だ。


「一体どこに……」


そう呟いてふと目を向けた先には、のれんに書かれた『うどん』の文字。


「ちょっとお腹空いちゃったし、うどんでも食べて休憩しようかな!」


思い立ち、勢いをつけて立ち上がってうどん屋に向かう。


「お邪魔しまーす」


中に入るとどうやら人気店のようで、大勢の客が座っている。入ってきたサラスに、1人の店員が申し訳なさそうに近付いてきた。


「申し訳ありません。只今混んでおりまして……相席で宜しければ、席は空いているのですが……」

「あ、相席でもいいですよ。うどんが食べられれば!」

「では、こちらの席へどうぞ!」


案内されたのは、男神が三柱座っている席だった。「失礼します」と声をかけて座ると、全員なんだかソワソワとしながら頷いた。注文をすませてから、声をかけてみた。


「ここのお店、美味しいんですか?」

「あ、ああ……まぁ……」


サラスの声にも返事をするとすぐに俯いてしまう。

変わった神様だなぁと思っていると、サラスのうどんが運ばれてきた。


「こちら『きつねうどん』です」

「じゃあ、俺たちはこれで……」

「あ、はい」


うどんと入れ代わるように男神達は立ち上がって会計に向かった。

サラスは目の前に広がるきつねうどんの香りを吸い込むと、割り箸を割ってうどんに箸を伸ばし、そして。


「……あれ?」


ふと思い当たり、サラスは顔を上げた。視線の先には会計中の先ほどの男神達。慌てているようで、小銭を落としている。その顔をじっくりと見て、サラスは立ち上がった。そして気付かれないように駆け寄り、三柱の肩に触れた。


「え?」


三柱は振り返り、サラスを見るなり顔が引きつった。


「あの、鬼ごっこの参加者ですよね?」


そう言うとみるみる内に顔から血の気が引いていき、地面にへたり込んだ。


「捕まった……」

「クソ!あと少しだったのに!」


男神達がそう叫ぶと、店内にいた客達が全員、立ち上がった。


「え?もしかして全員、」


参加者なの!?と叫ぶなり、客達は走り出した。中には窓から出ようとする神もいて、サラスは急いで捕まえていった。

結果、店内にいた全員を捕まえた。


「皆さん、お店の中に隠れてたんですか?」

「そうだよ。店内にいて、普通の客を装っていれば分からないからな」

「それなら、他のお店にもいる可能性があるって事ですね!」


サラスは隠れ場所が見つかった事で嬉しくなり、早速外へ探しに行こうとした。が。


「あ!うどん食べなきゃ!」


せっかくお金を払うのだから、しっかりと食べなければ!と箸を構えてうどんをすすった。


「美味しい!」


店内には捕まった神々が落胆する声と、サラスがうどんをすする音だけが響いた。




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