スナイパーと女戦士
「ところで、優美はなんで俺の家に住むことになったんだ?」
俺の目の前には天使がいる。
もちろん、本物の天使ではない。
俺の作った料理を美味しそうに食べる優美だ。
「隼人さんと同じ高校の芸術科に通うからですよ」
優美の予想外な返答に俺は肩を落とした。
突如現れた美少女が転校してくるのはたしかに、王道パターンだ。
しかし、俺が通っているのは私立桜山高校の普通科だ。
芸術科だと同じクラスになることはないのだ……
やはり、妄想みたいなことが現実に起きても全てが想像通りにはいかないようだ。
「そ、そうだ。 フォークとスプーンあるけど、使うか?」
俺はうっかり箸しか出してやっていなかった事に気付いて、フォークとスプーンを持ちながら優美に尋ねた。
箸を全然使えないってわけではなさそうだが、箸が苦手って言ってたのだからフォークとスプーンは渡してやるべきだろう。
「あの小説ならこういう時、食べさしてくれるよね……?」
優美は少しイタズラを思いついたように、左手の中指を唇にそっと当てながら上目遣いで俺に聞いてきた。
だが、これは罠だ。
俺の脳内でそう誰かが教えてくれた。
「あれは、俺の妄想だ。 普通はご飯は自分で食べるもんだ」
一瞬、ドキッとして顔を背けてしまったが普通の男子高校生の俺がここで、「じゃあ、食べさしてやろうか?」とか言えるわけがない。
言ってたらどうなっていたんだろう……
もしや、千載一遇のチャンスだったのか?
いや、気持ち悪いと思われたに違いない。
俺は、俺の脳内のお告げを信じている。
「隼人さんは、あの小説の主人公よりへたれなんですね」
そんなことを言いながら優美はクスクスと笑っていた。
なんだか、少し恥ずかしくなってしまい俺は話題を変えることにした。
「芸術科ってことは何かやりたいことがあるのか?」
ちなみに、俺は特になりたい夢など持ち合わせていない。
「漫画家になりたいのです」
優美は恥ずかしがる様子もなくそう教えてくれた。
普通、年頃の女の子が夢を語るのは恥ずかしがったりするものだ。
しかし、こんなふうに照れもせずに言い切られたら夢を持ってない自分のほうが恥ずかしいと思ってしまう。
それと同時に、切ないような寂しいような気持ちが胸を苦しめた。
「隼人さんは小説家になりたいのですか?」
優美は俺のあの小説を読んでおそらく何か熱意のような物を感じてくれていたのだろう。
しかし、残念ながらそれは勘違いだ。
たしかに、俺は小説を書くのが好きだし、書きながらこんな世界があればいいなという妄想をするのが何より楽しい。
けどあれは趣味で書いていただけで、優美が感じた熱意のような物の正体はただ俺の願望が人一倍強かっただけだと思う。
それは、俺が現実に押し潰されたくないという気持ちが強く、小さい頃から妄想による現実逃避をしてばかりだったからに他ならない。
「いや、俺は……」
俺の言葉を遮るように、ピンポーン!と大きな音が家の中に鳴り響いた。
「隼人ー! いるー?」
冷や汗を流して慌てる俺を優美が不思議そうに見ていた。
しかし……あれは間違いなく美香の声だ。
明日来ると言っていたが今日来るとは予想外だ。
今この状況を見られたら、優美のことをどう説明すれば良いんだ……
家に帰ったら急に知らない女の子がいて、どうやら一緒に暮らすらしいと伝えて信じてもらえるだろうか?
せめて、親父に詳しく事情を聞くまでは美香には黙っておくべきじゃないだろうか?
よし、居留守だ。
問題ない、俺はいつもちゃんと家の鍵をかけている。
小さい頃から親父が帰って来るまで家には俺だけだったし、親父は帰って来る時間が不規則だからちゃんと鍵をかけるよう言われていて習慣となっているのだ。
ノートパソコンのセキュリティーは破られたようだが、この家のセキュリティーは盤石鉄板だ!
「!?」
後ろから肩を掴まれた。
俺の目の前には変わらずに優美が座っている。
後ろから肩を掴む者がこの家の中にいるわけがない……
「隼人! うちにわかるように説明してくれる?」
振り返ると美香が顔をピクピクさせながら拳を握っていた。
「その前に、どうやって家に入った? まさかピッキングか!?」
「普通に鍵開いてたから玄関から入ったわよ」
開いてただと……
俺は今日の帰ってきた時の状況を思い出してみた。
あまりの出来事に棒立ちになり、優美に腕を掴まれて……
ふむ、鍵をかけていなかったようだな。
「そうか、疑って悪かったな。 ところで、何しに来たんだ?」
居留守作戦が失敗したので、とりあえず話題を変えてやりすごすという浅はかな作戦を実行することにした。
「明日のご飯の買い物一緒に…… ほら、料理作りに来るのに材料なかったら困るじゃない」
美香は少し頬を赤く染めていた。
俺は知っている。
攻撃力の高い女ほど、防御力がないことを。
間違いない。 俺の幼なじみはそのタイプだ!
「美香は俺と買い物に行きたいのか?」
俺の読みが正しければこの攻撃で勝利だ!
「そんなことより、説明してよ!」
「はい……」
俺は、美香が顔を赤くしていたのは怒っていたからという現実を受け止め、諦めた。
こういう時は、とりあえず正座だ。
俺は正座して、美香に状況を説明した。
もちろんノートパソコンの秘密の件は説明から省かせてもらった。
「転校してくるとしても、なんで急に一緒に住むのよ? あんたの親戚なの?」
俺の説明を聞いて美香はピンポイント攻撃を始めた。
「わかりません……」
そう、わからないのに答えようがない。
「わからないわりにはあんた、料理作ってあげたりしてるじゃない! あんたいつから知らない子にご飯作るような紳士になったのよ?」
「それは……」
なんてやつだ。
幼なじみが困っているのに、こんなピンポイント攻撃をするとは……
いつから俺の幼なじみはスナイパーになったんだ? 昔は、俺について来るかわいいやつだったのに。
今は、標的を狙うスナイパーにしか見えない。
俺の小説を読んで共感してくれたから嬉しくなってつい、ご飯作ってあげちゃった、など言えるわけがないじゃないか……
「隼人さんは、私がお腹を空かしていたのを知ってご飯を作ってくれただけです」
俺と美香のやりとりを見ていた優美が、突然椅子から立ち上がった。
そう、俺が困っているのに気付いて優美は庇ってくれたのだ。
その凛々しく立ち上がってくれた姿はピンチに突如駆け付けてくれた女戦士のようだった。
「隼人が理由もなくそんなことするわけないじゃない! 何か理由があったんじゃないの?」
まずい……
俺に向けられていたスナイパーの銃口が今度は女戦士に向けられている。
「いいえ! 隼人さんは優しい方です」
あまりの衝撃に俺は驚いた表情を隠せなかっただろう。
美香ほどのスナイパーの銃口を向けられて怯むことなく、女戦士は凛々しくそう主張したのだ。
尊敬だ。
世が世なら、優美は英雄と共に世界を救うような立派な女戦士になっていただろう。
そして、そんな立派な女戦士が俺の背中を守ってくれるのだ。
もう大丈夫だ、スナイパーなど敵ではない!
「今日会ったばかりのあんたより、幼なじみのうちのほうが隼人のことわかってるわよ!」
お互い主張を譲らずに少しずつ二人の距離が近づいていく。
無力な俺はその様子を正座しながら見上げることしかできない。
まるで、二股の発覚現場みたいなこの状況に男の俺ができることは何もない。
「私はあなたの知らない本当の隼人さんの姿を知っているのですよ」
まさか……
裏切るのか!?
ここにきて、ノートパソコンの秘密を言うつもりか!?
「うちの知らない隼人ってなによ!? まさか、あんた達もう……」
美香の顔がトマトのように真っ赤になっているのを見て、何か誤解しているのに気付いた俺は慌てて立ち上がった。
「ちょっ、ちょっと、待て! お前は、今誤解している! 話を聞いてくれ!」
テンパった俺はついそんなことを言ってしまった。
「では、隼人さん。 どうぞ、ご自分でお話ください」
!?
優美は座って再びご飯を食べ出したのだ。
嵌められた!
なんていう、策略だ。
優美は俺が失敗するこのタイミングを待っていたのか!?
後ろは任せて!っと言っていた頼もしい女戦士に後ろから襲われたのだ。
ピンチに駆け付けてくれた女戦士は、実は俺の命を狙っていたのだ。
こうなってしまったら、信じられるのは自分だけだ。
やってやるよ! 男にはやらなければいけない時があるもんだ。
俺は覚悟を決めた。
「美香…… 本当に知りたいのか?」
俺は突如、美香の肩を掴んでそのまま壁まで追い詰めた。
そう、妄想の中で何回も練習した必殺技、壁ドンだ!
声色にも、瞳にも全力で力を込めた。
「……」
突然の俺の行動に美香は驚いて、何も言えない様子だった。
「それで、俺達の関係が崩れるとしてもか?」
そう、恐らくノートパソコンにある俺の秘密コレクションのことを知られたら俺は美香に口を聞いてもらえなくなるだろう。
「あ、あんたが…… そこまで言うなら、もういい! 言わなくていい!」
「美香……」
伝わった!
俺がどうしても言いたくないということがきっと伝わったのだ!
「けど、誤解なんだよね…… イヤらしいことはしてないんだよね?」
「俺が初対面の女の子とそんなことできるわけないだろ!」
「そうね! だいたいあんたには、そんな度胸ないだろうし」
美香は俺を見下すのが楽しいのか、最後に笑顔になった。
とにかく、俺はスナイパーを退け、女戦士の策略も真っ向から打ち破ったのだ。
大勝利だ。
ピンポーン!
俺が勝利の余韻に浸っていると先程の戦いの合図を鳴らしたその音が、再び家の中に鳴り響いた。
まさか、また争いが起きるのか!?
「誰か来たみたいよ」
「そうみたいですね」
美香と優美が俺になぜか冷たい視線をぶつけてきた。
「ちょっと見てくる」
その場を逃げるように俺は玄関に向かった。
ドアを開けると、帽子が似合い、眼鏡をかけた、爽やかな人物と目が合った。
そう…… 全然知らない、引っ越し業者のお兄さんだった。
「なんですか?」
「神咲 優美様のお荷物をお届けに参りました」
「二階の奥の部屋に運んで下さい」
俺はとりあえず空いている部屋に荷物を運ぶようにお願いした。
たまたま、俺の部屋の横だけど空いている部屋はそこしかないのだ。
荷物をどう配置して良いかわからないので、当の本人である優美を呼びにいった。
「優美の荷物届けに来た引っ越し業者だったよ。 部屋は二階の奥が空いてるからそこに運ぶように言っておいたけど細かい配置とかわからないから来てくれ」
優美は頷いて引っ越し業者の方と作業を始めた。
ただ見ているだけなのは気が引けたので、俺も荷物運びを手伝うことにした。
いつのまにか、美香も手伝ってくれていた。
「手伝ってくれてありがとうございました」
荷物を全て運び終わり引っ越し業者を見送ると、外にいた俺と美香に、二階で荷物整理をしていた優美がお礼を言いに出てきた。
頭を下げ素直にお礼を言われるとちょっと照れ臭くなってしまう。
「ひまだっただけよ! じゃあ、私もう帰るから」
腕を組みながらそう言うと、美香は急ぎ足で隣の自分の家に帰っていった。
明日の食材の買い物がどうのこうの言ってたのに、突然帰るなんてよくわからないやつだ。
「とりあえず中入ろうか。 荷物かなりあったから一人じゃ大変だろうし整理も手伝うよ」
優美が小さく頷いたのを見て俺は二階の奥の部屋に向かった。
後ろからは、優美がついて来ている。
そして階段を上がりながら気付いたことがあった。
俺は今から女子高生の部屋に上がり込むだけじゃなく、荷物の整理まで一緒にするのだ。
今まではただの自分の家の階段だったが、俺はこの階段を「大人の階段」と名付けることにした。
拳に力を込めて、一歩ずつ階段を上がる足にも自然と力が込められていく。
いざ、楽園へ。
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