俺のノーパソの秘密を知った同居人
迷い猫
俺が和食を作る理由
退屈な毎日に、どこか飽きていた。
何か起きないかなと、考える時間が増えていた。
例えば、食パンアタックだ。
アニメや漫画などで、登校中に食パンをくわえた女の子とぶつかり、その子が実は転校生で仲良くなっちゃうというパターンだ。
しかし、俺は食パンをくわえて全力疾走する女子高生をいまだに見たことはない。
もちろん、ぶつかったこともないし、ぶつかられても制服が汚れるだけで仲良くなれる自信はない。
では、空から美少女が降って来るパターンならどうだろうか?
地球には残念ながら重力というものがある。
相手が地球外生命体で頑丈だとしても、俺は普通の人間だ。
空から降って来る美少女を受け止める自信はない。
命は大切なのだ。
美少女が突然転校してきて、俺の家に下宿するパターンならどうだろうか?
そんなことが起きる確率はおそらく宝くじに当たる確率と同じぐらいだろう。
現実は残酷だ。
「隼人、うちの話聞いてる?」
気付いたらさっきまで、俺の前を歩いていた幼なじみの美香が顔を覗き込んでいた。
春だというのに、二人の間を通り抜ける風はまだ少し冷たさを残している。
「悪い、ちょっと考え事してた。 どうしたんだ?」
「明日バイト休みだよって言っただけよ」
何やら不機嫌そうにそう言うと、美香は再び俺の少し前を歩き出した。
後ろから美香を見ていると、ふわりふわりと腰まである少し明るい茶髪が背中を優しく叩いているようだ。
美香は小さい頃から髪の色素が薄く、その髪の色と名前から友達には「ミカン」と呼ばれている。
「隼人は、明日何か予定あるの?」
「掃除と洗濯と料理だな。 たまには、親父にコンビニ弁当以外も食べてもらわないとな」
俺の両親は十年前に離婚していて、おふくろは妹の唯を連れて大阪に住んでいる。
俺は、親父と一緒にこの京都に残った。
「明日、ご飯作りに行ってあげようか?」
「またまた、ご冗談を」
「なによ!? うちが料理できないと思ってるの!?」
「俺の幼なじみが料理上手なわけがない!」
学校の帰り道の幼なじみとのたわいのない会話だが、実は俺はこの時間をけっこう楽しんでいる。
美香が、怒ったり笑ったりしているのを見れるこの時間がなかったら俺の青春は今よりも、灰色だろう。
「とりあえず、明日行くからね!」
「わかったよ。 じゃあ、また明日な」
「うん、また明日!」
隣の家に住む美香が家に入るのを見送り、俺も玄関の鍵を開けて中に入る。
少し冷たいドアノブを回して中に入ると、昼なのに薄暗い玄関で小学生の頃から言い続けてるいつもの挨拶をする。
「ただいま」
親父は、仕事。
おふくろと妹はこの家に住んでない。
つまり、帰ってきた時俺を出迎える家族はいない。
「誰もいないのに、ただいまって言ってしまうのはなぜなんだろう?」
そんな独り言を呟いた時だった。
「おかえりなさい」
誰もいないはずの家から女の子の声が聞こえた。
聞いたことのない声の主は、リビングの扉から姿を現す。
その女の子のきれいな白銀の髪は薄暗い廊下の先ですら輝いているように見え、大きなエメラルドグリーンの瞳は何もかもを見透かすような印象すら受けた。
そして、雪のように白い肌、大きく膨らんだ胸を桜色のワンピースが包みこんでいた。
あまりの美しさに言葉を失ってしまい、俺は持っていたはずのスクールバックを玄関の床に落としてしまった。
「今日からよろしくお願いします」
「……?」
棒立ちで言葉を発しない俺に、いつの間にか女の子が近付いてきていたようだ。
気付いた頃には、心配そうに覗き込む女の子の顔がすぐ近くにあった。
慌てた俺は自分でもわかるぐらいに顔を赤くさしてしまった。
「おじさんに、聞いてないのです?」
もしや、このパターンは……
そう思いながら少し震えるような声で俺は女の子に聞き返す。
「な、何をですか?」
すると女の子は微笑んで、透き通るような声で明るく俺にこう告げた。
「今日から一緒に暮らすことをです」
家の中なのにふわっと風が吹いたような錯覚を覚えた。
どうやら俺は宝くじに当たったらしい。
そんなことを思ったのも束の間。
女の子は突然俺の手を掴んで、引っ張りながら家の中を歩き出す。
「なんだ!? いきなり!?」
着いた先は台所だ。
「とりあえず、なにか食べたいのです。 せっかくだから和食がいいのですが、私お箸が苦手だから魚料理なら骨は全部外して頂けたらありがたいです」
この女の子は、初対面の下宿先の息子に対して、いきなり料理を作れと催促してきたのだ。
しかも、メニューが微妙に細かい。
あまりに予想外なことを要求されて、俺は思わず声を大きくしてしまった。
「待て待て、なんで俺が!?」
「まさか、和食を作れないのですか!?」
心底驚いた表情をしている女の子の声も少し大きかった。
「いや、そういう意味じゃない。 なんで俺が、見ず知らずの女の子のためにいきなり料理を作らなきゃならんのだ!ってことだよ」
理不尽な要求に俺なりの正論をぶつけると、女の子は俺をその力強い瞳で睨みつけてきた。
その表情は、何やら悔しそうで涙目になっているようにも見えた。
そしてリビングに置いてあった、ピンク色のキャリーケースを開けてしゃがみこんで何やらゴソゴソと探し始めた。
あのキャリーケースはこの女の子のものだろうか? いや、そんなことより……
しゃがみこんだ時、本来なら見えるであろう角度なのにパンツが見えなかったのだ。
もしや履いてないのかもしれない…
「これを見てください」
パンツか!?
もちろんパンツではなく、女の子はノートパソコンを取り出した。
偶然だろうか?
あの、ノートパソコンは俺が使っているのと同じだ。
もしもあれが俺のノートパソコンだったとしたら……
「何を隠そう、これはあなたのノートパソコンです!」
やはりか!
この王道パターンは俺の読み通り。
まだ慌てるような段階ではない。
正義は我にある!
「なんで見ず知らずのお前が俺のノートパソコン持ってるんだよ! 泥棒か!? 本当はただの泥棒なのか!?」
我ながら正論だ。
「いいえ、私は本当に今日からこの家に住むことになってます」
「とりあえず、返せよ! 住むことになっててもそれは、俺のだ! 泥棒には変わらない!」
俺は女の子からノートパソコンを取り返すことに成功した。
女の子は、何やら悲しそうな表情だ。
まるで、俺が悪いことをしたような気分にすらなる。
「まだ、そのノートパソコンを調べたかったのですが……」
「なぜ、残念そうに言ってるんだ!? まだって、なんだよ! もしかして、調べたのか?」
「もちろん、調べましたよ」
これはまずい。
何を隠そう健全な男子高校生のノートパソコンの中身だ。
しかし、セキュリティーは盤石鉄板!
破られているわけがない!
「それで、どうだった?」
「とてもおもしろかったですよ」
この反応はセーフゾーンまでだ!
レッドゾーンどころか、イエローゾーンにすら入り込めていないだろう。
ちなみに俺のノートパソコンの秘密ゾーンは三段階に分けてある。
第一階層は一般・グラビアアイドル画像
この階層はいわば撒き餌だ。
万が一、誰かに見られてもいいようにわざと見つかりやすいようにしている。
これを俺はセーフゾーンと呼んでいる。
見られてもさしたる問題はない。
第二階層は三次元・十八禁画像
この階層はガチで見られたくないエリアだ。
素人投稿からお気に入りの女優さんまで多種多様に取り揃えてある。
ここは、ギリギリだがイエローゾーンだ。
物によってはかなりの深手だが、致命傷には至らない。
第三階層は二次元・十八禁画像
この階層は一般人に見られたら俺の人生は終わるであろう、危険度MAXのエリアである。
才気あふれるクリエイターたちが生み出した、幻の世界だ。
ここは、レッドゾーンだ。
見られたら痛みも感じずに俺は消滅するだろう。
もしも、こんな銀髪美少女がイエローゾーンやレッドゾーンに足を踏み込んでいたらノートパソコンの持ち主である俺の前で笑顔でおもしろかったですよとか、言えるわけがない!
「良かったですね。 妄想が現実になって」
なんて言った?
この女の子が俺に向けて言った言葉の意味を理解できなかったわけではないが、俺の脳はそれを受け入れるのを拒んでいた。
「な、なんのことだ?」
「俺の家に銀髪美少女が住むことになってボクもう我慢できない」
なんだと……
美少女が呟いたこのラノベのタイトルみたいな言葉を俺は知っている。
第三階層の先にある、幻の第四階層。
通称、暗黒ゾーンにある俺の妄想フルスロットル小説のタイトルの一つだ。
内容は、銀髪美少女が突然やってくるだけじゃなく、出てくるヒロイン達が次々と主人公を好きになっていくという男子高校生の夢と希望が詰まった逸品だ。
その破壊力はもはや、言うまでもない。
「よ、読んだのか?」
俺は震えながら、冷や汗を流しつつも笑顔で女の子に質問した。
「さっき言ったじゃないですか。 おもしろかったと」
俺の質問に対して女の子は、微笑みながら言葉を返してくれた。
「そ、そうか……」
消えたい。
消えてしまいたい。
まさか、あのセキュリティーが破られていたとは……
心なしか、俺のノートパソコンも「すまない」と言っているようだった。
「けど、タイトルの一人称は揃えたほうが良いですよ」
女の子が少し残念そうにダメ出しをしてきた。
もちろん、一人称を揃えたほうが良いことは知っているが俺はあえてそう名付けたのだ。
しかし……それはわざとだ!など言える心境ではない。
いや、待てよ。
俺としたことが、あまりの事態に一つ見落としている。
この子はあの小説を見ておもしろいと言ったのだ。
秘密を知られたのはピンチだがおもしろいと言ってくれたのは仲良くなるチャンスなのではないか?
「ちなみに、どんなとこがおもしろかった?」
この状況を打破するために一か八かに賭けよう。
もう後には引けない!
そう思いながら目を閉じて神に祈ることにした。
しかし、俺は質問をしてからわずか数秒ほどの沈黙に息ができないような錯覚すら覚え、祈るように閉じていた目を開けて女の子の様子をチラッと伺う。
すると、女の子はゆっくりと目を閉じて、その血色の良いピンクの唇を動かした。
「正直、最初は読む価値もない駄作だと思いました。 ただ、無意味に美少女がいっぱい出てきて主人公を好きになっていくただの妄想全開の作品だと。 けれど、読んでいるうちに気付いたのです。 これは、そこらのエロいだけの妄想作品ではないと! 主人公のへたれっぷりに対して私は勘違いをしていたのです。 誰にでも優しくするだけで、なんて優柔不断な男なんだ!と思っていましたが、そうではなかったのですね…… すぐ、誰かを選んでしまったらラストで誰を選ぶのかという最大の山場が訪れなくなるから、あえてなかなか選ばずにハーレムを作り上げてから、わざと追い込まれて選ぶ! 鈍感でへたれなふりして最後に素直な気持ちをヒロインにぶつける主人公! そして、あなたの独特の表現力! 私は思わずノートパソコンを自分のキャリーケースに入れていました」
……
間違いない、俺の頬を伝うこの熱くも冷たい雫は涙だろう。
俺は、ちょっと仲良くなれるかもと期待して聞いただけだったのに、この女の子は、俺の想像を超える感想を語ったのだ。
おもしろかったとこを物語の内容ではなく、そのさらに先にあるこの物語の本質について語ってくれたのだ。
作者として、涙を見せないことがどうしてできよう?
許そう。
キャリーケースに俺のノートパソコンを入れてしまったという、君の罪を俺が許す!
そして、この小説の真の理解者として仲良くなろう。
「遅くなったが君の名前を教えてほしい」
女の子は、笑顔で俺に名前を教えてくれた。
「優しいに美しいと書いてユウミ。 神咲 優美です」
「良い名前だな! 俺は、水町 隼人だ。 今日からよろしくな!」
俺も笑顔で名前を名乗った。
笑顔で人に名前を名乗るのは久しぶりだったが、良いものだ。
こうして俺の妄想小説の理解者、ファン第一号ができた。
嬉しくなった俺は、とりあえず優美に和食を作ってやろうと思い無言で料理を始めた。
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