男は自分と戦う生き物だ

 気付いたら、もうすぐ美香の誕生日も終わる時間だ。

 あれから、みんなはどうしたのだろう?

 さすがにもう解散しているとは思うが、やはり気になる。

 誕生日パーティーの最後に主役に気を使わせてしまうなんて、俺は最低の幼なじみだな。


 優美の部屋で壁に向かい目を閉じながら俺は今日1日のことを思い出していた。

 朝は、買い物に行き、昼はコスプレをして、夕方から鍋を作って食べた。

 そして、夜は雨に打たれながら奈保と再会した。

 その後は、優美をノーパンにして今に至る。

 なかなかに内容の濃い1日だった。


 「隼人さん。 もう、大丈夫ですよ」


 「ちゃんと履いたんだろうな?」


 「はい。 ついでに、隼人さんが外してくれなかったせいで、濡れて冷たいままだったブラも外しました」


 「俺が外せるわけないだろ! それに、そういうことは報告しなくていい!」


 「ブラをしてないと形が崩れるとかいうけど、寝る時はしないほうがいいらしいですよ」


 「そんな知識を男の俺が聞いても役に立たないだろ!」


 声を上げながら振り返ると、ドット柄のチュニックパジャマの上だけを着た優美が笑顔で立っていた。

 ぎりぎりパンツは見えないが、履いているらしい。


 「下も履きなさい!」


 「これ、今は下は本当にないんですよ。 お茶をこぼして洗濯機の中にあるので」


 「朝は上下セットじゃないみたいなこと言ってたけど、本当の理由はえらくベタだな」


 「朝の会話、覚えてくれてたんですね」


 「そんなすぐ忘れたりしねぇよ。 じいさんじゃないんだから」


 「隼人さんは、すぐに忘れてしまうと思っていたので」


 「昔の優美のことは忘れていたんじゃないぞ。 どっちかというとわからなかったというのが正しい」


 「あれ、奈保さんですよね?」


 「見たのか?」


 「窓から少しだけ見えただけですが」


 「あいつは変わってないからな」


 「変わらない女なんていませんよ。 特に、思春期の女の子はすぐに変わってしまいますよ」


 「優美は、男から女に変わったみたいな感じだけどな」


 「私は産まれた時から女ですよ!」


 「そうだな。 男みたいだったのは俺のせいだもんな」


 「おかげでこの銀髪のことで、いじめられなくなりましたけどね」


 「今は、長くてキレイだよな」


 「褒めても何も出ませんよ」


 「それは、残念」


 優美がベッドに座り、俺は優美がいつも絵を描いてる時に座っている椅子に座った。

 しばらく、沈黙が続くが優美は特に何も聞いてこない。

 特に何もというのは、もちろん奈保のことだ。

 今となっては部屋の中で沈黙でもそんなに気まずくはない。

 でも、やっぱりここは俺から切り出すべきだろう。



 「奈保のこと聞いてこないんだな」


 「隼人さんが、自分から話たくなった時に聞きます」


 「そうか。 ありがとうな」


 やっぱり気を使わせていたんだな。

 本当は、すぐにでも話をするべきなのだろう。

 けど、今日は優美の優しさに甘えさしてもらおう。

 しっかり、伝えるべきことをまとめてから、ちゃんと話をしよう。


 「別にお礼を言われるようなことではありませんが、私の手を払いのけた罰は受けてもらいます」


 「なんだよ、罰って? 着替え手伝っただけじゃ不満なのか?」


 「当たり前です。 あんなの隼人さんが私をノーパンにして遊んだだけじゃないですか」


 「遊んでない! 俺が変態みたいな言い方はやめろ!」


 「罰というか、お願いですね。 私のお願いを1つ叶えてください」


 「先に言っておくが、俺の力を超える願いは叶えられないからな」


 今日の一件はたしかに俺が悪い。

 多少のわがままなら全て受け入れるつもりだ。

 しかし、前置きぐらいはしておかないと優美は何を要求してくるかわからない。


 「今日、隼人さんの部屋でまた一緒に寝させてください」


 「なんでだ?」


 「ほら、ベッドが濡れてしまいましたし。 それに、お願いの理由なんて聞くのはルール違反ですよ」


 「わかった。 ただし、下を何か履くこと! それが条件だ!」


 「じゃあ、上は脱ぎますね!」


 「なんでだよ!? 上もちゃんと着たままに決まってるだろ!」


 「冗談ですよ。 じゃあ、私お風呂入ってきますね」


 「俺は部屋に戻るよ。 雨に打たれて冷えた体、ちゃんと温めてこいよ」


 「後で、隼人さんに暖めてもらうので大丈夫ですよ」


 「いいからはやく入ってこい! あと、濡れた衣類もちゃんと持っていって洗濯機に入れること!」


 「最近の隼人さんって、なんか親みたいなことを言うようになってきましたね」 


 「一緒に住んでるんだ。 家族みたいなもんだろ」


 「そ、そうですね」


 優美は、濡れた衣類を持って風呂場に向かった。

 最後の一言は少し動揺していたような気がしたが、顔を赤くしてスタスタと歩いていったのでよくわからない。

 家族みたいと言われて嬉しかったのだろうか?

 そういえば、優美の家族のことってあまり知らないな。

 俺の親父と優美の両親が友達みたいな話は聞いたが、それも詳しくは知らない。

 いつからの友達なのか、どういう経緯で友達になったのかも知らない。

 まぁ、わざわざ聞くような話でもないのかもしれないが。

 それに、聞くとしても親父に聞くべきだな。

 最近は、ほとんど家にいないみたいだが、別に仲が悪いわけではない。

 どちらかというと話のわかる父親だとは思っている。


 いろいろと考えていたら部屋に戻って30分程が経過していた。

 そろそろ優美は風呂上がるかな?

 俺も実は体がけっこう冷えている。


 「とりあえず、リビングで待機するか」


 独り言を呟きながら、ボクサーパンツと新しいジャージの上下セットを持ってリビングに向かった。

 別に、優美と一緒に寝るから新しいジャージを出したわけじゃない。

 これは、たまたまバーゲンで買っておいて、今着ているやつを洗濯する時に出そうと思っていただけだ。


 一階に降りると、今まで見たことのないパジャマを着ている優美がリビングにいた。

 もちろん、上下ちゃんと着ていて、白の前開きのパジャマでハート柄。

 似たような奴は見たことある気がするが、たぶんこれはこの前買っていた新しいやつだ。


 「どうしました? お風呂なら気にせずどうぞ。 私は髪を乾かすので」


 「濡れたまま放置もよくないけど、30分以内に乾かすのもよくないってテレビで言ってたぞ」


 「大丈夫です。 ちゃんとトリートメントもしてますから。 色は銀色ですが、けっこうサラサラなんですよ」


 「見たらわかるよ。 じゃあ、風呂入ってくる」


 わざわざ、パジャマのこと指摘するのもなんだか状況的に意識してるみたいで気まずく聞けなかった。

 まぁ、デート用の服とかじゃないんだし、部屋着のパジャマが新しく買ったやつだからって指摘するのもなんか変かな?


 洗面所兼、脱衣所で服を脱ぎながら自分のジャージに目がいく。

 まぁ、気にすることじゃないな。


 フゥー……


 溜め息をつけば幸せが逃げるんだっけ?

 世の中には、都市伝説がいっぱいだな。


 風呂場で溜め息をつくのと歌うのは人間の本能な気がする。

 おそらく誰でも一度は経験があるだろう。


 頭を洗い、体を洗って湯舟に浸かる。

 風呂は命の洗濯という名言はわかる気がする。

 何かいろいろ洗われている気がして気持ちいい。


 冷えた体も温まり、風呂から出て新しいジャージを着た。

 新品の衣類の匂いは嫌いじゃない。

 ジャージの袖の匂いを嗅ぎながらリビングにいくと優美がテレビを見ていた。


 「お風呂上がりに匂いを嗅いでどうしたんですか? あっ、新品のジャージですね」


 「あ、あぁ。 優美も新しいパジャマだよな?」


 「気付いてたんですね。 どうですか?」


 「似合ってるよ」


 さっきは、聞けなかったけど話の流れであっさり聞いてしまった。

 ソファーから立ち上がり、クルッとその場で一回転した優美は、ハート柄のパジャマのせいかいつもより少しだけ幼く見えた。


 「隣座っていいか?」


 「ここは、隼人さんの家ですよ。 それに、私が断るわけないじゃないですか」


 「なんか、つい聞いてしまうんだよ」


 「隼人さんは、たまに他人行儀なとこがありますよね」


 「優美ほどじゃないと思うけどな」


 「私のどこが他人行儀なんですか?」


 「喋り方とかかな? ほら、いまだにみんなをさん付けで呼んでるし。 まぁ、丁寧な喋り方は女の子らしいけどな」


 「苦手なんですよ。 誰かを呼び捨てにするのが」


 「そうなのか。 まぁ、苦手なら無理に呼び捨てにする必要はないと思うけど」


 「はい。 もし不快な思いをしているなら改善しますよ」


 「いや、本当にそんなことはないよ。 俺の方こそいきなり呼び捨てで呼んでて不快じゃなかったか?」


 「全然不快じゃありません。 むしろ、名前を褒めて呼んでくれた時は嬉しかったです」


 「そ、そうか。 ちょっと、ドライヤーするな」


 「あれ? さっき、30分以内に乾かすのはよくないとか言ってませんでした?」 


 「俺は、男だから髪が傷んでも気にしないんだよ」


 ブォーと勢いよく暖かい風が出る。

 優美と違い、俺はヘアブラシもコームも使わないでてきとうに乾かすだけだ。


 ドライヤーを片付けるついでに、少しだけ開いていたカーテンが気になり閉めにいった。

 外がやけに静かだ。

 気になって窓を開けて外を見てみると、雨はすっかり止んでいた。

 もうすぐ暑い夏がやってくる。

 この春の終わりを告げるように降る雨が止むといつもそう感じてしまう。


 「雨止んでるんですか?」


 「あぁ、まだ星は見えないけどな」


 「そうですか。 夏になれば、いっぱい見れますね」


 「今年の夏までに漫画完成させないとな」


 「もちろんです。 間に合いそうになかったらみんなで合宿ですね!」


 「漫研で合宿とかあるのか? 費用とか出なさそうな気もするが」


 「そういえば、そうですね。 今年、コンテストで結果を出せば来年からは出るかもしれないですね」


 「良い結果出ればいいな」


 「結果に関係なく、私は今の漫研での活動が楽しいです」


 「あ、あぁ。 俺も楽しいよ」


 優美らしくない一言だった。

 結果主義とまでは言わないが、優美は少し前まで勝つためには手段を選ばなかった。

 今でもたまにそういう一面はある気がする。

 けど、部活は本当に楽しんでいるんだな。


 「そろそろ寝るか。 今日は、朝も早かっただろ?」


 「そうですね。 実は、昨日あまり眠れなかったんですよ。 何度か目が覚めてしまって」


 「そうなのか。 あっ、先に部屋に行っといていいぞ。 お茶飲んでトイレ行ってから行くから」


 「私も、お茶だけ飲んでから行きます」


 優美はお茶を飲むと先に2階に上がっていった。

 俺はお茶を飲んでからトイレへ。

 喉が渇いたり、トイレに行きたくなったり、少し緊張しているのかもしれない。


 一緒に寝るのは初めてじゃない。


 だからといって慣れているという程の回数じゃない。

 むしろ、初日に不意打ちされただけで、これで2回目だ。


 一緒に寝ると約束してから寝るのは初めてなのだ。


 何もするつもりはない。

 しかし、男子高校生の俺が何も考えていないと言ったら嘘になる。

 それを期待しているとかではないが、どうしても意識はしてしまうのだ。


 再び、高校生から賢者にジョブチェンジするしかないな。


 階段を上りながら脳内を賢者モードに切り替える。


 部屋に入ると優美はベッドに女の子座りしていた。


 「えっと…… カーテン閉めていいかな?」


 朝に開けたままだったカーテンを閉めようとしたが、なんとなく確認してしまった。

 この部屋は、朝陽が気持ちよく差し込むので開けたままだと、朝方目が覚めてしまうのだ。


 「いつも寝る時は閉めてるんじゃないんですか?」


 「あ、あぁ。 そうだな。 なんとなく聞いてみただけだ」


 「電気も好きにしていいですよ」


 「じゃあ、真っ暗もあれだから常夜灯にしようかな」


 なんだ、なんだ!?

 賢者モードは部屋に入って5分もせずに解除されてしまった。

 ベッドの前に立つ俺を優美が不思議そうな顔で見ている。


 俺にはなぜ優美がこんなに平常心なのかが不思議だ。


 「優美は、奥と手前どっちがいい?」


 「奥がいいです」


 「わかった」


 優美は、俺の質問に答えて奥に寝転んだ。


 「じゃあ、俺も寝転ぶぞ」


 「はい、はやく来てください」


 ベッドの奥でかけ布団をかぶり、手前をひらりとめくる優美。


 俺は静かにその布団の中に入り、優美に背を向けて寝転んだ。


 「隼人さん、私のこと嫌いですか?」


 「いや、そんなことない。 ただ、そっちを向くという要求には答えられない!」


 「わかりました。 では、背中にくっつくしかありませんね」


 「え、ちょ、ちょっと!」


 柔らかいものが背中に当たる。

 いや、当てられている。

 俺が触れないようにしていた神の領域が俺の背中にテリトリーを広げてきたのだ。

 これはダメだ!

 しかも、あれだ。 

 寝るときは形を崩れないためにつけないという、さっきの知識が無駄じゃないということを実感してしまうしかない状況だ。


 「優美! ちょっと、この状況はまずいから手を繋いでお互い背中を向けて寝るというのはどうだ?」


 「私としては、隼人さんの背中にくっついて寝たいのですが、仕方ないですね。 手を繋いで仰向けなら要求を受け入れましょう」


 「わ、わかった。 それでいこう」


 ゆっくりと優美が背中から離れて仰向けになり、俺も仰向けになって、手を繋いだ。


 「これも悪くないですね。 なかなか良い感じです」


 「そ、そうか。 じゃあ、寝ようか」


 「はい。 おやすみなさい」


 「あぁ。 おやすみ」


 おそらく寝れないだろう。

 こんな状況で寝れるわけがない。

 それでも、とりあえず目を閉じた。

 同じシャンプーを使っているはずなのに、優美の髪からは良い匂いがした。

 わざと嗅いだわけじゃないが、自然とこの距離ならわかってしまう。

 俺の右手と繋がれた手はあいかわらず小さくて暖かい。


 さぁ、朝まで自分との戦いスタートだ。

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