美香の誕生日(後編)

 美香と優美を着替えさすから部屋を出てくださいと白石さんに言われた。

 部屋を出る時に見た、美香と優美はすでに諦め顔だった。

 普段おとなしい白石さんが、積極的なところを見て、何も言えずに諦めたのだろう。

 白石さんには悪意はなく、好意しかないのだから断りにくい気持ちもたしかにわかる。

 それでも、少しばかりの抵抗をする声がドア越しに聞こえてきた。


 「やっぱり恥ずかしいのですが……」


 「うちも、初めてやし……」


 「2人共、大丈夫です。 私に任せてください」


 「美香ちゃんは、これを。 私からの誕生日プレゼントです」


 「え? あ、ありがとう。 なんで、このタイミング? 開けてみてもいいかな?」


 「はい。 今すぐ開けてください」


 「香織…… これ、誕生日プレゼントなん?」


 「はい! すぐに着てください!」


 「美香さん、良かったですね。 とても、似合いそうです」


 「優美ちゃんは、これを! 良かったら、あげます!」


 「私は、誕生日じゃないので頂けないです。 それに借りるにしてもサイズが合わないでしょうし」


 「これサイズ間違えて買ってしまったやつなんで、大丈夫です! 私は着れないですが、優美ちゃんなら着れるはずです」


 「優美、良かったやん。 めっちゃ似合いそうやで」


 「ですよね! さっ、2人共、着替えてください」


 「はい……」


 「誕生日プレゼントやもんね……」 


 ドア越しにパサッと服が床に落ちる音が聞こえてきた。

 気付いたら勇太がドアに耳を当てていた。

 気持ちはわかるが、なんて堂々としたやつだ。


 数分後に、部屋の中からドアがノックする音が聞こえた。


 「入っていいのか?」


 「入りたいですか? 美香ちゃんと優美ちゃんのコスプレ見たいですか?」


 「見たい! 見たいです!」


 白石さんの問いに勇太が思わず叫んだ。


 「では、2人はこれに着替えてください」


 ドアが開き、魔法少女白石さんだけが出てきて素早くドアが閉まった。


 「香織ちゃん! 似合ってる! 最高だ!」


 勇太は、もうダメになっていた。

 いや、そもそもダメなやつなのだが。


 「これに着替えたら、美香ちゃんと優美ちゃんのコスプレも見れますよ」


 「はい! すぐに着替えるであります!」


 「水町くんも着替えてくれますよね?」


 「……」


 エサに釣られた勇太は即答したが、俺は迷っていた。

 コスプレは見たい気持ちもある。

 しかし、自分がするのは恥ずかしいのだ。


 「ヘルメスも着替えてくれますよね?」


 「はい! すぐに着替えるであります!」


 耳元で囁かれた魔法少女の魔法の言葉に俺はあらがうことはできなかった。


 「では、着替えたらドアをノックしてくださいね」


 コスプレ衣装を俺と勇太にそれぞれ渡して、白石さんは部屋に戻っていった。


 覚悟を決めて着替える。

 白石さんから俺が渡されたコスプレ衣装は執事服だ。

 隣で着替える勇太のコスプレ衣装はカウボーイ。

 悔しいことにちょっと似合っている。


 「お! 隼人、カッコイイじゃん!」


 「そ、そうか? お前もけっこう似合ってるな」


 「この腰の銃がやけに重いんだが」


 「…… まぁ、気にするな。 とりあえず、準備はいいな?」


 「OK」


 コンコン


 ガチャっという音が聞こえるのと同時にドアが開いた。


 部屋の中には、魔法少女とメイドとサキュバスが立っていた。


 「2人共似合ってますね!」


 「あ、ありがとう」


 白石さんに褒められて、つい動揺してしまった。


 「どうですか? 美香ちゃんと優美ちゃんのコスプレを見た感想は?」


 「俺には見える、見えるぞ! メイドみかんがご主人様と呼ぶ姿! 魔法少女香織ちゃんが変身して、敵に衣服をボロボロにされながらも戦う姿! そして、今夜にでも夢に出てきそうな、優美ちゃんのサキュバス姿! エクセレント!」


 隣で俺の心境とほぼ同じ感想を口に出した勇太。

 しかし、甘いな。

 俺はその先すらもイメージできるぜ!


 「3人共、かわいくてとても似合ってると思うよ」


 しかし、口には出さない。

 今の俺は執事服を着た紳士なのだ。


 「うちより、隼人のほうが似合ってると思うよ。 なんかちょっと大人っぽくてカッコイイ気がする」


 「えぇ、さすが隼人さんです」


 「あれ、俺は?」


 「勇太さんも似合ってますよ。 さぁ、腰の銃で自分の頭をぶち抜いてください」 


 率直な感想を口に出して、優美をエロい目で見ていた勇太は完全に敵視されていた。

 かわいそうだが、自業自得である。


 「サキュバス姿の優美ちゃんになら、どんな罵りをされてもご褒美です!」


 本人は喜んでいるようだった。


 「せっかくコスプレしたので、みんなで町内を一周しに行きましょう!」


 「それは、さすがにまずいんじゃないか?」


 「あかん! それだけは、絶対にあかん!」


 「こんな格好で外に出たら風邪を引いてしまいます」


 「日本には、銃刀法違反があるから俺もパスだ」


 「じゃあ、ジャンケンで負けた2人がペアで一周するというのはどうですか? せっかくのパーティーなので罰ゲームありの勝負というわけです。 負けなければいいだけの話です」


 「まぁ、せっかくのパーティーだし、そういうことなら……」


 「うちがジャンケンで負けるわけないし!」


 「私も負けるはずがないので構いませんよ」


 「ペア…… 手を繋いでという条件をつけてもらおうか!」


 「では、負けた2人は手を繋いで町内を一周ということで」


 白石さんの提案に、勇太の願望が入った条件が追加された。

 ペアと聞いてなのか、罰ゲームに対してなのか、みんなの顔つきが変わった。


 「それでは、いきますよ! ジャーンケン、ポン!」


 「……」


 「うちが負けるなんて…… あっ、でも……」


 「隼人さんと美香さんが、ペアですって!? 再戦を要求します!」


 「そうだ、そうだ! 意義あり!」


 「勝負は一回のみです! 敗者の意義は認めません!」


 白石さん、気付いてくれ。

 文句を言っているのは敗者の2人じゃなくて、勝者だよ?

 負けたのは俺と今日のパーティーの主役の美香なのだから。


 「では、水町くんと美香ちゃんは罰ゲームです!」


 「しかたない。 美香、行くぞ。」


 「隼人?」


 負けは負けだ。

 それに、今日のパーティーの主役は美香だ。

 罰ゲームとはいえ、誕生日の思い出にはなるだろう。

 俺は、美香の手を引っ張りながら部屋を出た。


 「まさか、この町内に住んでるうちらが負けちゃうなんてね」


 「そういえば、そうだな。 けど、カウボーイやサキュバスや魔法少女よりは、執事とメイドのほうがまだましかもな」


 美香の家を出て、手を挙ぎながら歩く。

 美香と手を挙いだのは、何年ぶりだろうか?


 「なんか、こうして歩いてると小さい頃思い出さへん?」


 「あぁ、そうだな。 昔は、よく手を繋いだりしてたな」


 「今日はありがとうね」


 「誕生日だからな。 礼を言われるようなことじゃない」


 「誕生日にパーティーしたのなんかあの時以来やね」


 「そうだな。 あの時以来だ」


 あの時。

 3年前、まだ中学生だった時のことだ。

 美香と俺には、幼稚園からいつも一緒にいた眼鏡の女の子がいた。

 けど、あの時俺は……


 「奈保のこと、まだ気になる?」


 「美香はどうなんだ?」


 「うちは、あの時の隼人は正しかったと思ってる。 奈保とは、すれ違ってしまったままやけどね」


 「そうか。 いつかまた仲直りできたらいいな」


 「どうやろ? うちは、すぐに喧嘩口調なってしまうし」


 「最近だと優美といつも喧嘩してるもんな」


 「あれは、あいつが悪いんや」


 「まっ、喧嘩するほどなんとやらだな」


 美香と久しぶりの2人っきりの会話。

 そういえば、一番俺の近くにずっといるのは美香なんだな。

 改めて、幼なじみという存在のありがたさに気付かされる。


 「そろそろ町内一周やね」


 「あぁ、あんまり知り合いに会わなくて助かったよな」


 「なんかあっという間やったね」


 「なんだ? もう一周したいのか?」


 「アホ! そんなわけないやろ! はよ、戻るで!」


 「そんなに引っ張っるなよ」


 「あっ、ちょ、ちょっと!」 


 慣れないメイド服で俺を引っ張って歩こうとした美香がバランスを崩した。


 「美香!」


 転びそうな美香の手を引っ張ってそのまま勢い良く抱きしめてしまった。


 「あ、ありがと……」


 「お、おう……」


 美香の胸が当たっている。

 体温が高くなり、首筋には変な汗が流れた。

 美香の顔がこんなに近くにあるなんて…… なんだか見慣れた顔のはずなのに緊張する。

 メイドを抱く執事なんて俺たちには似合わない状況だ。


 「もう、大丈夫やから…… 離してくれんかな?」


 「あ、あぁ、悪い」


 「さっ、家の中に入ろ」


 「そ、そうだな。 主役は早く戻らないとな」


 何事もなかったかのように美香の家の中に入り、部屋に戻る。

 部屋には、窓から外を見ながら固まっている3人の姿があった。


 「隼人さん。 先程の行動は、どういうことですか?」


 「みかん、隼人。 そうだったのか。 水臭いやつらだ」


 「水町くんの浮気者! チャラ男! 変態! ラブコメ体質!」


 どうやら、窓から様子を見ていたらしい。

 転びかけた美香を抱きしめていたのをばっちり見ていたということだ。

 それにしても、白石さんの罵倒がひどすぎる。


 「違うんだ。 美香が転びそうになったからだな……」


 「言い訳は聞きたくありません」


 「そうだ、隼人。 男らしくないぞ」


 「水町くんの嘘つき! 犯罪者! 結婚詐欺師!」


 優美もこわいが、今は白石さんのほうがこわい。


 「隼人は、うちを助けてくれただけよ。 さぁ、パーティーの続きやりましょ!」


 美香の一言でなんとかこの場は収まりがついた。

 さすがに、パーティーの主役にこう言われたらしかたがないと言った感じだ。


 その後は、漫画の話や部活の話をしながら、せっかくコスプレしたんだから写真撮影会をしようということになってみんなで写真撮影をした。


 そして、夕方になり鍋の準備を始める。

 白石さんは汚しても構わないと言っていたが、さすがにキムチ鍋でコスプレ衣装を汚したら申し訳ないのでみんな私服に着替えることにした。


 まずは、美香と俺と白石さんで野菜を切ったりした。


 主役が働いてるというのに、騒いでいるだけの勇太と眺めているだけの優美はあいかわらずである。


 野菜を切り終わり、豆腐や肉の準備が終わると優美が鍋に盛りつけはじめた。

 優美は本当は手伝いたいのかもしれないけど、邪魔になるからやらないだけなのかもと思いながらその光景をみんなで見ていた。


 鍋に火をかけると優美は少し不安そうな表情をしていた。


 この時ようやく、気付いた。


 優美は、昔の火事のトラウマでおそらく火がこわいのだと。

 料理が苦手というより、あんまりコンロに近づかないために、いつも盛りつけだけ手伝っているのだろう。


 「優美、大丈夫か?」


 「だ、大丈夫ですよ」


 「心配しなくても美味しくできてますよ」


 何も知らずに味見をして声をかけてくれた白石さん。


 「よし、じゃあ二階に運んで食べようか!」


 食器や鍋を二階に運び、コスプレパーティーから鍋パーティーになった。


 「いっただきまーす!」


 鍋の蓋を外し、部屋中にキムチ鍋の香ばしいにおいが充満している。

 みんなで一斉に声をあげて、食べ始めた。


 「美味しい! やっぱり鍋はキムチ鍋にかぎる!」


 今日の主役も満足そうでなによりだ。


 「たまには、キムチ鍋も悪くないですね」


 「冬が過ぎて、春が過ぎようとしているこの時期に食べてもお鍋は美味しいですね」


 「夏にラーメン食べたくなるみたいなもんだな!」


 水炊き派の優美や白石さんに勇太も満足そうだ。

 俺も大勢で食べるというだけで美味しさ3割増しだなと感じている。



 そろそろみんなお腹が苦しくなり、ペースが落ちてきた頃。

 鍋の熱気もあるが、さすがにキムチのにおいが美香の部屋の衣類につきそうなので、換気をするために窓を開けた。


 「あれ? 雨が降り出してるぞ」


 「ホンマに? さっきまで、晴れてたのに」


 窓を開けた俺に、美香が天気を確かめるように立ち上がって近付いてきた。


 「ホンマやね。 ん? 家の前に誰かおる?」


 時刻は20時過ぎ。

 外は、薄暗く雨のせいで視界も悪い。


 けど、たしかに誰かいる。


 いや、誰かというにはあまりに知りすぎてる人物がいる。


 雨の中、傘もささずに美香の家の前にいるのは女の子。


 あれは、奈保だ。


 鼓動が早くなる。

 その姿を見ただけで、俺は冷静でいられなくなった。


 「隼人…… あれって……?」


 「あぁ、間違いない。 見間違うわけがない!」


 「待って! 隼人!」


 「どうしたんですか!? 隼人さん!」


 「おい! 隼人!」


 「み、水町くん!?」


 みんなに呼ばれた気がした。

 いや、急に部屋を飛び出したんだ。

 みんながびっくりして俺のことを呼んでも不思議じゃない。


 部屋を出る瞬間、誰かに腕を掴まれた気がしたが振り払ってしまった。

 あの小さな手は、誰の手だったのだろうか?



 しかし、止まれない! 体が止まらない!


 一階まで、全力疾走した。

 いや、気付けば靴も履かないで外に飛び出していた。


 「奈保! 奈保だよな……?」


 「久しぶり。 隼人」


 春の終わりを告げる冷たい雨が降り注ぐ。

 奈保は冷たい雨の中、傘もささずにただこっちを見ていた。


 眼鏡の奥の冷たい目はあの頃のままだった。

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